Selfishly

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S,P 17「光の路」


スローライフ S

         Pa 16 「 光の路 」


H19、6/10 20:30



「ああ、こちらは相変わらず元気にしているよ。
 君らの方も変わりないかい?」

かかってきた電話に朗らかに答えながら、
互いに近況を話し合う。
電話の向こうでは、受話器の主導権を争っている声が聞こえて、
ロイは思わず微笑みながら、庭の方に視線を向ける。

今日は、本当に良い天気だった。
寒く辛い冬が越し、遠くに去ってから大分と日が経つ。
日差しは温かく、風には緑の香りが乗せられて、
部屋でじっとしておられないような気にさせられる、そんな日だった。

漸く争いは終結したようで、ロイの予想していた通りの結果の声が聞こえてくる。

「やぁ、ウィンリー。
 君も相変わらず元気そうで・・・」

笑いを含ませながら挨拶をすると、当然とばかりに元気な返事が返ってくる。

「ああ、エドワードも随分と良くなってね。
 今では、自分の身の回りの事は自分でできるようになったんだよ」

自分の事のように自慢げに語られるその言葉に、
電話の相手も、嬉しそうに言葉を返してくる。

「そうだね、近いうちにまた、二人で顔を見せに来てやってくれ。
 エドワードも喜ぶよ」

その後、少し会話を楽しむと、簡単な挨拶をして受話器をおく。
頻繁とまでは行かないが、定期的にかかってくる電話だったので、
長くはかからない。

ロイは、用意していたお茶を持ち上げて、エドワードの待つ庭へと
足を運んでいく。
庭へと面している扉は開放されていて、外の陽気が部屋にもふんだんと取り込まれている。
自然を多く残しているこの地域では、人の喧騒も届かない。
穏やかに日々が過ぎていく、そんな土地だった。



***

チンと澄んだ音をたてて、受話器がおかれる。
電話をおいた後、しばらく受話器を見つめるのは、
ここ最近、アルフォンスについた癖だ。

そんなアルフォンスの様子に躊躇いを浮かべながらも、
ウィンリーが元気良く背中を叩く。

「ほぉーら! アル、また眉間に皺寄ってるよ。
 そんな顔しない。 エドの奴も、随分と良くなったって、
 マスタングさんも言ってたよ。
 良かったじゃない。 大丈夫、もうじき全部良くなるよ」

ウィンリーの励ましに、アルフォンスは痛みを堪えるような表情に
無理やり笑みを作ると、彼女に視線を向ける。

「うん・・・」

短く返事を返すと、また視線を落として俯くアルフォンスの様子に
ウィンリーもかける言葉を見つけれずに、片手で腕を握り締めたまま
顔を逸らす。

そんな二人の重い空気を流し去ろうとするかのように、
温かさを濃くして行く風が、二人の頬を撫でながら通り過ぎて行く。
何度も頬を掠める自分の髪を、ウィンリーは邪魔気に撫で付ける。
落ち着きのないそんな仕草を数度繰り返していると、アルフォンスがポツリと
言葉を洩らす。

「ウィンリー・・・、本当に兄さん・・・戻ってくるかな・・」

不安に押し潰されそうになっている思いは、言葉にして現してみても、
やっぱり、掠れて力ない。

「アル・・・」

瞬間、ウィンリーは、泣き出しそうに表情を歪めて相手に視線を向ける。

「だって・・・、もうすぐ1年になるんだよ。
 あれから兄さん、ぼ、僕が逢いに行っても、全然・・全然変わらないし・・・」

泣くのを我慢しているアルフォンスの身体は、小刻みに震えている。
ギュッと結ばれた唇は、力が入り過ぎているのか、白くなっている。

「アル・・・。 馬鹿! あんたが信じてやんなきゃどうすんのよ!
 大丈夫! 大丈夫なんだから!
 絶対にエドは、戻ってくるよ!」

自分の中の不安を消し去ろうとするかのように叫ばれたウィンリーの言葉に、
アルフォンスは驚いたように目を瞠り、力強く頷く。

「そう・・・そうだよね。

 僕らが信じて待ってなくちゃ」

「そうだよ! もう、戻ってきたら絶対に許さないんだから。
 あたし達にこんだけ心配かけて、マスタングさんに、あんだけ面倒かけてるんだから」

きつい言葉を吐く彼女の頬には、水滴が跡を作って伝っている。

「うん、うん、そうだね。
 僕も、今度という今度は、きっちりと叱るよ」

「そうねと言いたいけど、あんた達はダメよね。
 エドの奴に甘すぎるんだから」

仕方ない奴らだと言うように、ウィンリーは首を振ると、
優しく微笑む。

「叱るのはあたしに任せて、あんたは、身体一杯喜びを伝えてあげればいいよ」

涙を零しながらも、ニコリと微笑まれて伝えられた言葉に、
アルフォンスも、耐えていた涙を流す。

「うん・・・うん、そうだね、そうする。

 きっと、そうするよ・・・」

自分よりも、自分達の事を理解している彼女の言葉に、
素直に頷く。
今も昔も、彼女の言葉に間違いはなかった。
きっと今度も、彼女の言うとおりの自分は行動をとるのだろう。

アルフォンスは、自分の傍に彼女が居てくれて、心から良かったと思う。
今抱えているこの不安は大きすぎて、とても一人では耐え切れなかっただろう。
泣いている自分を慰めるように、上げられた腕に頭を預け、
自分より小さな彼女の肩に頭を伏せる。
これで泣いている無様な顔は見られなくて済む。
そう思うと、今まで我慢していた分だけ、涙は後から後から流れ落ちていく。
自分同様、震えている小さな身体は、彼女もまた同様の思いを浮かべている事を感じさせる。
それを肯定するかのように、ポツリと言葉が呟かれる。

「マスタングさん・・・偉いね」

『一人で耐えてるなんて』の言葉はなくても、アルフォンスにはわかる。
自分達は二人居たからこそ、何とか信じて待ち続けていける。
けど、あの人は・・。

それが自分だったらと想像するだけで、ぶるっと身を震わせて
小さな身体に縋るように腕を回す。
そして、力強く受け止めてくれる彼女に、心から感謝をする。

『一人では、とても耐え切れなかった』と痛感しながら。





***

ロイ・マスタング中将暗殺の犯人達を無事に逮捕し終わり、
事件の後始末が終わりに近づいた頃、ロイは軍に休職届けを出した。

理由は、『療養の為』と言う、世間的にも頷ける理由だった。
瀕死の状態から、奇跡的に回復したとは言え、重傷だったのだから、
当然だろうと軍の上層部も、最初は頷いたのだが。

「はっ? もう1度言ってくれないかね?」

訝しそうな様子を見せる相手に、ロイは同じ言葉を繰り返す。

「療養期間は未定と」

ざわざわと周囲が驚いた反応を見せる。

「未定とは言っても・・・、医師の診断書があるだろう・・・?」

戸惑っている相手は、思わず自分より階級下の立場の者に
窺うように問いかけてしまう。

「はい。 診断書は提出させて頂いております。
 が、一身上の都合で申し訳ありませんが、期間は未定でお願いしたい」

語気強く言い切られて、話していた相手は思わず、
周囲のメンバーに助けを乞う様に視線を巡らす。

周囲のメンバー達の反応は様々で、不満を顕にしながらも渋面で押し黙っている者。
根回しが終わっているのか、平然と受け止めている者。
困惑を深くしている者、悲喜こもごもだ。

確かに、次期大統領の椅子に1番近いと言われているロイが居なくなれば
このチャンスにと喜ぶ者もいるだろうが、実際、軍の大半の職務を負っていた中将が
不在となれば、その仕事は自分達に振り分けられてくる。
認めたくはないが、マスタング中将と言う男は優秀だ。
だからこそ、忙殺される程の仕事内容を捌いてこれたわけで、
自分達がそれを担当するとなると、どれだけ手こずらされ、
苦労を背負わされる事になるか・・・。

この日の議長を担当していた高官は、どう議事を進めれば良いのかと
途方にくれる。
認めても、後々反感を買うことは間違い無さそうだし、
が、かと言って、断るのには相手が悪い・・・怖い。
ちらちらと周囲を窺うが、皆事の成り行きを見守る姿勢を崩しそうにない。
目の前に座る男を窺ってみるが、自分の言葉を撤回する姿勢を全く見られない。

議長は、ため息をつきたい気持ちを抑えながら、
一応の代案を提案してみる。

「いやしかしだね、君の部署の部下達も困るだろう?
 目安で構わないので、一応、期限をだね・・・」

「部下達には話が終わっております。
 私も、無茶を申し上げている事は重々承知しておりますので
 今の地位でおれるとは思っておりません」

降格・処罰も甘んじて受けると断言しているロイの言葉に、
議長は唖然として、言葉の先が言えなくなる。

硬直した場を壊すように、のんきと取られても仕方ない口調の言葉が
飛び込んでくる。

「まぁ構わんのじゃないかな?
 彼は、わしらより倍は働いてきてくれたんじゃ。
 ここでしばらく休養してもらっても、罰はあたらんじゃろ」

「グラマン老将・・・」

議長は、思わずホッとしたように名を呼ぶ。

「彼の部下は、わしの管轄下に入ってもらおうかな。
 上司不在のままで中央と言うわけにはいかんじゃろうから、
 東方に来てもらう事になるがな。

 まぁ、以前、東方に居たメンバーばかりじゃから、
 すぐに慣れるだろう」

「宜しくお願いいたします」

深々と下げられる頭に、老将は頷き返す。

「まぁ、当面はわしらがキリキリと働く事にしよう。
 今まで楽させて貰って来たんじゃ、少し位はいいじゃろう」

そう言って周囲を見回す目には、厳しい色が籠もっており、
上がりかけていた不満も抑えられていく。
人望も信頼もある老将の言葉には、逆らいにくいものがあるのか、
渋々ながらも、肯定の意思を伝えてくる。
それを確認して、満足そうに頷くと、
ロイの方に視線を据える。

「マスタング中将。
 君の休養期間に関しては不問にする。

 が、必ず戻ってきてくれるな?」

自分を信じようとしてくれる相手の態度に、ロイも意思の籠もった返事を返す。

「必ず」

そのロイの言葉に、力強く頷き返して、退出を示す仕草をする。
この後は、煩い高官共と仕事の割り振りをしなくてはならない。
面倒ごとはなかなか引き受けようとしない面々ばかりだから、
時間が長引くだろう。
療養が必要な者には酷な事だろう。
そんな老将軍の思いやりに、ロイは再度頭を深く下げて退出をする。

ロイは司令室への戻る廊下を、重たい足取りで歩いていく。
本来なら、まだ入院して安静にしておかねばならない体調なのだ。
それを無理してでも出社してきていたのは、休職を取る為なのだ。

軍を退く話をした時のメンバーの表情を思い出しながら
ゆっくりと歩いていく。

「休職ですか!?」

「ああ、そうだ。
 期間は未定となる。
 君らの事は、老将にお願いしてある」

「中将・・・」

もの言いたげな強い複数の視線にも、ロイは避ける事無く
正面から受け止める。

「勝手な事を言っている事はわかっている。
 ここまで信頼して着いて来てくれた君達には、
 頭を下げるしかない」

ロイは立ち上がり、姿勢を正したまま深々と頭を下げる。

「「中将!!」」

ロイのその態度に、部下達は驚いたように声を上げる者もいた。
が、ロイは姿勢を変えずに謝罪を伝える。

「少しだけ、私に時間をくれ。
 必ず戻って、君らの信頼を裏切るような事はしないと誓う」

皆は、頭を下げ続けて語られる言葉が、どれだけ苦闘の末に導きだされた結果なのかを
ロイの態度から知らされる。

「・・・必ず、お戻りになられるのですね?」

冷静で優秀な副官が珍しく、感情を含ませた話し方で問いかけてくる。

「必ず」

ロイを1番理解して、そして支えてきてくれた者だ。
彼女の落胆は、衝撃に近い程だっただろう・・・いや、もしかしたら、
ロイの行動を読んでいたかも知れない。
それでも、もしもと思う僅かな期待もあったはずだ。
なのにロイは、それさえも砕いてしまった。
頭を下げるだけでは済まない事だとわかっている。
けれど、今のロイにはそれ以上、やらねばならない事がある。

「わかりました。 頭を上げてください。

 中将のさぼり癖には慣れております。
 今回は、少しだけさぼる時間が長くなったとしても、
 誰も驚きませんから」

ホークアイのそんな言葉に、周囲のメンバーもホッと気を緩める。

「中佐・・・」

ロイは頭を上げて、視線を彼女に向ける。

「中将はどれだけさぼられても、必ず戻って来られてました。
 だから、今度もお帰りをお待ちしてます」

思いやりのある優秀な彼女は、さっと綺麗な敬礼をする。
そして、周囲のメンバーも次々とそれに見習う。
ロイは、伝える術もない感謝の思いを、敬礼を返す事で伝える。



ゆっくりとした足取りでも、確実に自分の執務室に近づいていく。
中では、移動の準備が終わった面々が迎えてくれ、
ロイの言葉を待っている。

ロイは、扉の前で一息つくと、もう躊躇いは見せずに扉を開ける。

ロイが入ってくるのを見ると、全員立ち上がり敬礼をして向かえる。

「本日より、私 ロイ・マスタングは休職に入る。
 君らの事は、先に話してあるとおりだ。
 私の不在の間、苦労をかける事になるが、よろしく頼む」

そして、自分も敬礼を返すと、皆には仕事を続けるように示唆する。

静まり返っていた部屋が、ガヤガヤと喧騒を取り戻すと、
ロイは執務室に入って、片付いた部屋を見回す。
すでに、必要なものは処理され、不必要なものは処分されている。
持ち帰る物もないので、確認を済ませると、そのまま部屋を出て扉を締める。

扉の横で控えていたのだろう、ホークアイ中佐が言葉をかけてくる。

「中将、必ずエドワード君を連れ戻ってきて下さいね」

「ああ、もちろんだ。
 今度戻ってくるときには、必ず彼と戻ってくる」

「はい、皆心よりお待ちしております」

「では」

部屋を横切る間にも、名残り惜しそうに皆から声がかかる。

「中将、大将のこと頼みます!」

「また、料理食べさせて下さいねって伝えておいてください」

「あんまり呆けてるようなら、ガツンとやってくださいよ!」

「書物のリストは溜めておきますんで」

皆の励ましに送られながら、ロイは扉に手をかける。
そして、閉める時にメンバーに視線を巡らすと、
前回同様に、深く、深く礼をする。
誰かが、泣きそうな声で中将と呟いている。
ロイは、必ず戻ってくる事を念じながら、静かに扉を閉めて歩き出す。




***

春の日差しと言うには、ややきつくなってきた日を避けるように
木陰で座っている青年に、ロイは声をかけてやる。

「エドワード、遅くなってすまない。
 今丁度、アルフォンス君たちから電話があってね、
 君が元気にしていると話すと、大変喜んでいたよ」

ロイが自らアイスティーをグラスに注いでやり、
エドワードの手前に置いてやる。

「今日は、少々暑いから冷たい方がいいかと思ってね。
 さぁ、飲んでみてくれ」

ロイの言葉に、ゆっくりと手が伸ばされグラスを持つ。
一口飲んで、気に入ってくれたのか、コクコクと美味しそうに喉を鳴らし
飲み干していく。
日陰にはいたが、この陽気だ、喉が渇いていたのかも知れない。

ロイは、お替りを注いでやりながら、今度からは、そういう点にも
気をつけていようと思い浮かべる。
今度は、ゆっくりと飲み始めるエドワードの頬にかかっている髪を
梳いてやる。

その間も、エドワードの瞳はぼんやりと空を写しているだけだ。
ロイは、エドワードのそんな様子にも気にせず、
色々と話しかけていく。
時折、お菓子を勧めたり、お茶を勧めたりしながら。

時たま、掌を強く握り締めてやったり、肩を抱いたりして、
触れる事も忘れない。
自分が独りではない事を、ロイが傍に居ることを伝えるように。
そうやって、二人は過ごしてきた。


事件の解決後、ロイは郊外に家を移した。
偽名を使って買い取った家は、家と言うよりは別荘と呼ぶのが近いような地域にある。
必要な物は配達を頼み、療養を兼ねている事を話している。

あの時、家から出てきた後、二人はすぐに病院へと運ばれた。
ロイは、もとより重態の状態だった為、入院後、面会謝絶の瀕死の状態に逆戻りし、
エドワードは心身とも酷く衰弱して、とても起き上がれるような状態ではなかった。
そして、互いの容態が安定してきて、初めて変調に気が付いたのだ。
身体の回復と共に、意識がはっきりしてきたロイに反して、
エドワードが一向に意識を戻さない状態のままなのを。

付き添うアルフォンスの呼びかけにも、医師の手当てにも
何の反応も返さない兄の様子に、アルフォンスとウィンリーは
すぐに、過去の情景を思い出した。
虚ろに開かれた瞳には、何の感情も浮かんでおらず、何も写していない。
綺麗な宝石のような瞳が、光に反射しているだけだ。
生体反応も微弱になっており、食事も睡眠も与えられなくては
受け取る事もしなければ、痛みも不快も反応を返さない。
無理に食事をさせようにも、喉に詰まらせる事もしばしばで、
危険を感じた医師が、点滴での栄養補給に変えて処置をする。

意識が戻ると、ロイはすぐさまエドワードの面会を希望した。
が、本人が酷く衰弱しているので、しばらく時間を置いてからと
断られて、それも日が長くなるほどに、様子のおかしさに気が付きだす。
反対する医師を振り切って、エドワードの病室に来た時にロイが目にしたものは、
悲壮な様子を見せるアルフォンスと、やつれ果てたエドワードの姿だった。

「どういう・・・これは、どういう事なんだ!」

付き添ってきた医師に詰め寄ると、医師は仕方無さそうに経緯を話す。

ロイは、ベットに横たわるエドワードの傍まで近づくと、
余りのエドワードの有様に、正視に耐えれない。
無数の管やチューブを挿され、目には保護の為かガーゼが施されている。
医師の説明では、そうでもしなければ生命の維持が難しいからとの言葉だったが、
それだけではなく、お手上げの状態を誤魔化す為なのだろう。
傍から見れば、今のエドワードの状態は、最善を尽くした治療を受けているように
見えるかも知れないが、ロイには、、エドワードをここに居させても、
死に追いやられるのが見てとれた。

「アルフォンス、部下を呼んでくれ」

堅い声に、消沈して座り込んでいたアルフォンスが、ビクリと反応する。

「中将・・・?」

「早くしないか。 こんな所にいつまでも、エドワードを置いておけないだろう」

ロイの言葉に、アルフォンスはここに来て初めて、安堵の涙を流す。
何度も頷くと、ロイの言葉に従うように、病室を急いで飛び出していく。

医師の猛反対を一喝で黙らせると、エドワードに刺さっていた忌々しい器具を
取り払わせる。
目に留めていたガーゼは、自分から外してやる。

「君の綺麗な瞳を隠すなんて、馬鹿な事をする奴がいたものだな」

ゆっくりと開かれた瞳が、まぶしさに眩まぬように手を翳してやる。
それから、瞬きを忘れた瞳に、ロイは根気よく優しく指で何度も何度も、
優しく指で触れては、瞬きをさせる。
ゆっくりと時間をかけてやれば、本人の意思がなくても
身体が反応を返すようになる。
人の身体とは、そういう風にできているのだ。

エドワードが、自分で瞬きを繰り返すようになると、
ロイは、指示を待っている部下にエドワードを運び出すように伝える。

茫然と眺めていた医者達の中にも、もうロイを止めるほどの
豪胆な者は居なかった。

ロイのその後の献身ぶりは、彼の事を疎ましく思っていたアルフォンスでさえ、
頭が下がる程だった。
エドワードが放棄してしまった事を、ロイは辛抱強く思い出させていく。
何度も失敗もしたが、ロイは、それでも根気強く諦めずに
エドワード自身が、自分で生きていく為に動けるように教えていく。

「いいから! 無理して飲み込まなくていい。
 駄目なら吐き出して、ほら、エドワード、口を開けて!」

タオルを差し出してやり、口を開かせる。
病院での生活で、自分で食事をとる機能まで無くし始めていたエドワードに、
食事を取らせる事だけでも、並大抵ではなく、咽るエドワードの背を擦りながら
長い時間をかけて食事を取らせていく。
足りない栄養分は、信頼する医者に来てもらい、自分の治療と兼ねて診て貰う。
ロイの体調が回復するまでは、アルフォンスとロイが交代互体でみ、
復調すると、その後、ロイは住居を変えてエドワードの様子を見守っていった。

今では、通常の生活をするには支障がない所まで戻ったエドワードと二人で、
ひっそりと暮らしている。
ロイは決して焦らしたりせず、ゆっくりとエドワードが自分で戻ってくる気になるのを
待ち続けている。
彼が負った痛みを抱えたまま、閉じこもったエドワードには、
その痛みが癒えるまでの時間が必要なのだ。
今無理に引き戻したとしても、エドワードの心には大きな傷が残ったままになる。
そうなれば、エドワードは他人どころか、自分の事さえ信じられなくなるだろう。
不安に脅えながら生きて行く事は、彼の背負う運命では難しすぎる。


カランと涼やかな音をたてて、氷が砕けたのをきに、
ロイは、物思いから醒める。
長くなってきた日も、少しづつ翳りを見せている。
思ったより長く、思い耽っていた様だ。
隣のエドワードの様子を窺うと、少し眠たげに瞼を瞬かせている。

「眠たくなってきたかい?
 そろそろ、家に入ろうか」

そう言いながら手を引いてやると、素直に後についてくる。
家までの短い距離を、二人はゆっくりと歩いていく。
ずっと忙しなく歩んできた二人に、この場所での時間は
ゆっくりと過ぎていく。



夢を見ているのか?
ロイは、自分で自問する。
夢を見ていると言って良いのかどうか。
何故なら、ただ暗闇しか見えないからだ。
延々と底が見えない程の闇の中を、降下している。
いや、している気がするだけかもしれない。

下降は、奥底に微かな光の点を見つけると、
速度を急速に上げていく。
これ程の闇だからこそ、微弱な光でも見つけれたのだろう、
光の点は、近づいていっても明るさを強くする事もない。
『一体、何の光なんだ?』

視認出来るほど近づいてから、降下はゆっくりとなり、
ついで光の傍に、ふわりと浮かぶ。

『エドワード!!』

ロイは、闇が震える程の声を上げて名を呼んだつもりだったが、
実際は、声は発せられていないようだった。
エドワードの傍に近づこうとしても、意識はふわふわと
エドワードの周囲を検分するように回るだけで、近づいては行かない。

ペタリと茫然とした態で座り込んでいるエドワードから
かすかな光が発せられているが、光の大半はグルグルと螺旋のように
彼の身体に巻きつく闇の触手に遮られている。
そして・・・、彼は静かに涙を流し続けている。
感情の高ぶりも無く、涸れる事もないように、
浮かぶ雫は頬を伝い、闇に吸収されていく。

ロイは堪りかねて、エドワードの名を叫ぼうとする。
その瞬間、自分達以外の声が発せられるのを耳にした。

「やっぱ、こうなったか。

 だーかーら、迎えに行った時に、さっさと入れ物なんか見捨てて
 俺とくれば良かったのによ。

 なんで、人間ってのは、あんな器にこだわるかねー。
 無くなってからの方が、自由が利くのによ」

ロイは、その声の主を探すが姿を見れない。
見れないと言うよりは、ロイ自身から発せられているような気がさせられる。
いや、正しくは自分が内包されていると言うべきか。

「どうすっかなー。 もう、ここまで同化してると
 引き剥がすのも難しいよな」

不穏な言葉に、ロイがギョッとするようにエドワードを見る。
確かに、この声の主が言うように、エドワードの身体は
大半が闇に溶け込んでいる。
なら、全て覆われてしまうと、彼はどうなると・・・。
恐ろしい予想に、ロイは必死に身体を動かそうと足掻きだす。

『エドワード! 気づいてくれ!
 目を覚ましてくれ!』

何度も繰り返し名を呼び、願いを叫ぶ。
ずっと伝えたくて、伝えれずに来たロイだったが、
このままでは永久にエドワードを失うかも知れないと言う予感に、
初めて、自分の想いをぶつけて、動かない身体でめちゃくちゃに足掻こうとする。

「うっさいよ、アンタ。
 折角連れてきてやったんだから、俺が考えている間くらい
 静かにできないのかよ。

 全く・・・、元凶はあんただろうが。

 なんで、こんな愚かな奴に、エドワードの奴もここまで肩入れするかねー。
 エドワードの事は気にいってるけど、俺はアンタの事は嫌いなんだよ」

忌々しそうに語られると、全身が硬直するほどの力で押さえ込まれる。

「こいつがいなけりゃ、エドも手に入りやすかったのによ」

クソッと毒々しい舌打ちを鳴らす。

「でも、可哀相だよこの人・・・だって、泣いてるよ」

今度の声の主は、ロイの視界にも認められた。
そして・・・、思わず凝視するほど驚く。

「つってもなー、ここは俺の領分じゃないし。
 同化してるのも本人の意思なら、無理やり引き剥がすっのも
 難しいんだよ」

自分より一回り小さな姿の相手の頭に、優しげに手をおいて撫でてやる。

「でも、真理なら、何とか助ける手立て位は出来るんでしょ?」

期待を込めて見上げられる瞳に、満更でもない気にさせられる。

「出来ない事はないけど・・・きっかけがいるな。

 前とは違って、こいつは望んでここに居る。
 戻りたいって気になれば、道しるべさえあれば戻れるはずなんだ」

「道しるべ?」

可愛い仕草で首を傾げて尋ねてくる。
首を傾けた時に、綺麗に輝く金糸がさらりと流れる。

「そう。 この闇の奥底まで届けれる道しるべだ」

ふーんと曖昧な返事を返しながら、子供はエドワードの傍にうずくまると、
頬を伝う涙を拭う仕草を見せる。

「かわいそうだね、こんなに泣いて」

「仕方ねえよ、本人が望んだ結果だ」

「でも、真理も悪いんだろ。
 通行書なんて埋め込むから。

 人間如きに制御できないって、いつも言ってるのにさ」

気の強さを見せるように、キッと睨みつける瞳の色だけが
エドワードとは違う真紅の色を宿している。

「俺嫌だよ。 オリジナルがこんなままなんて」

「・・・わかってるよ。 だから、様子見に来てるだろうが」

子供の抗議に、言い訳のように言葉を告げる。

その後、二言三言言葉を交わしていたようだが、
急激な浮遊感に襲われて、はっと目を覚ます。

そして、急いで横を見てみると、熟睡しているエドワードが目に入る。
ロイは、衝動のままエドワードを引き寄せて強く抱きしめる。

「エドワード、君はずっとあんな所で独りでいたのか?」

誰をも傷つけずに済む代わりに、誰も居ない・・・何もないあんな空間に・・・。

ロイは、堪えきれずに涙を流して、エドワードを掻き抱く。
自分の愚かな願望の為に、エドワードをあんな暗闇に落ち込ませる事になった。
そんな自分を、どうすれば責めずに済むだろう。
エドワードが責めない分、自分が許してはいけないのだ。
何も無い、生まれもしない闇の中でさえ、啼いている彼の為に。






熱い日差しが襲う季節も、そろそろ終わりに近づいてきたのか
朝晩は、過ごしやすくなってくる。
この頃になると、エドワードはやたらと寝むるようになってきた。
それに、気にしないようにしていたが、エドワードの存在自体が
希薄になってきた気がして仕方がない。
気をつけていないと、ふと気配がはかなくなってしまいそうで、
ロイの焦燥感は募るばかりになっていく。
真理とやらが言っていた道しるべを、どうすれば示せるのだろう。
あの夢とも、体験とも言えない経験をしてから、
毎日、その事ばかりを考えてきた。
今のエドワードの状態も、同化の進行が反映しているのではと、危惧すればするほど、
恐怖がロイの中を犯していく。

エドワードを失うかも知れないと実感すると、
眠るエドワードに反比例して、ロイは片時も目を離せなくなる。
せめて、姿だけでも確認し続けなくては、恐ろしさに
自分が保てそうもない。

そして、漸く気づいたのだ。
エドワードも、そんな想いを抱えてロイを待ち続けていた事を。
そして、それを強いたのが己であった事を。
傲慢な愚かな人間は、愛し守るべき人間も、苦しみの淵に追いやっていくのだ。
今の苦しみなど、エドワードの我慢し続けた想いに比べれば
何という事もない。
これは、ロイが自分に課した罰なのだ。

拷問のような緩慢な日が、のろのろと過ぎていくある日。


「今回の配達は以上ですね。
 で、こちらが頼まれた郵便ですんで」

近況の知らせが、軍からは普通の郵便を装って定期的に送られてくる。
ここ最近は、目を通す事もしなくなっていた。
それを受け取り、代金を支払うと、ロイの顔色の悪さを心配する相手を
適当にあしらって、リビングに戻ると、束になっている封書を無造作に机に
投げ捨てる。

ゴトリと紙にしては重い響きがたつのを訝しんで、
紐解いてみると、中にやたらと厚めの封筒が入っている。
手に取ってみると、結構な重さがある事から、書類ではない事に気づく。
軍からの転送なのだろう、封筒の中には厳重に封がされた袋がもう1つ入っている。
そのロゴに見覚えがあって、久しぶりに嬉しい気持ちで袋を開封する。
その中に添えられていた手紙には、綺麗な字で丁寧に中の品物の事が
書かれており、時間がかかったお詫びが告げられていた。

ロイは中身を確認する為に、慎重に封を外していく。
美しい包装の中には、小箱だけでも十分置物としても価値がありそうな装飾が施されていたが、
中を開けてみると、外側が霞む程の石が2つ並んで収められていた。

「揃ったのか・・・」

ロイは、感慨深げに、並ぶ石を見つめる。
以前、無茶を承知で注文した商品だったが、今回の事件で、すっかりと忘れていた。
今では1度きりとなってしまっているが、最初にエドワードを抱いた日の翌日、
嬉しさで舞い上がっていたロイが、注文したリングだ。
互いの、永久への愛をつづったリングには、それぞれの愛すべき人の色が輝いている。
エドワードには、自分の銘を表す真紅の石。
ロイには、エドワードを現す金の石。
硬度を注文した為に、探し出すのに時間がかかったようだが、
無色の石が普通の中で、これだけはっきりした色を持った物は、
そうそうないだろう。

ロイは、エドワードにも見せてやろうと、彼の寝室に足を運ぶ。
今では1日の大半を眠っているエドワードは、もう部屋からは
余り出て来れないようになっている。

「エドワード、起きてるかい?」

ノックもせずに部屋に入ってみると、見慣れた場所に横渡るエドワードの姿がない。

「エドワード!?」

慌てて近寄るが、ベットにも、その近くにも姿がない。
焦ったように周囲を見回すと、開かれたままの庭へと通じる扉が
カーテンをはためかせている。
足早に寄ると、そこから庭の木の下に立ち尽くすエドワードの姿が見える。
ホッと安堵の息を付くと、ロイはエドワードを追う様に庭に出る。

そして、木漏れ日を浴びているエドワードを見て、
近づく足が止まる。

日の中で、透けて見える気がするのは、きっと・・・気のせいではないのだろう。
その表情は、今まで見た表情のどれとも違う。
穏やかとも、達観しているとも見て取れる表情は、
この世の全てを見つめ、別れを告げる為のものなのだろう。

ロイは、来るべき時が来たことを悟る。
掌に握った小箱を、ギュッと握り締める事で、
足を動かす勇気を奮い起す。

「エドワード・・・」

ロイの呼びかけに、エドワードは顔を向ける。
ここに来て初めて、エドワードが返してくれた反応に、
ロイは驚くよりも、深い理解を示す。

ロイは、すぐ傍まで近づいて、優しく哀しい笑みを見せる。

「行ってしまうのかい?」

そう告げるのが精一杯だった。
細くなった身体に腕を回し、力を入れすぎないように抱きしめる。
自分の無力さに打ち震えるロイにも、エドワードは何の反応も返してはこない。
しばらくそうやって抱きしめた後、ロイは腕を外して
エドワードに座るように促す。
そして、座ったエドワードの前に膝まづくと、
握り締めていた小箱を開ける。

「エドワード、君への贈り物だ」

そう伝えると、エドワードの薬指にリングをはめてやる。

そして、優しく触れるだけの口付けをすると、
永久への誓いを宣げる。

「独りで行くんじゃない。
 今度は、私も一緒だ」

ロイは、エドワードと一緒に降りて行くつもりだ。
助け上げることが不可能だった時、今度は自分が降りて行こうと。
そう決心していた。

今も待ち続けてるだろうメンバーの顔が何度も浮かび、
信頼してくれていた人々の落胆した顔が浮かび責めてくるが、
エドワードを独りであの闇に溶け込ませる事は、
ロイには出来なかった。
二人の強く孤独な魂は、互いが溶け込んでしまっていて、
今は、どこまでが自分で、どこからが相手なのかもわからないほど
一緒に共存して生きている。
今更、離れて生きていけるほど、自分達は本当は強くも賢くもない。
互いが唯一の人間に出会ったからこそ、ここまで生き残ってこれたのなら、
去るときも一緒にしか考えられない、残される事が嫌ならば。

ここしばらくなかった穏やかな気持ちが心を占める。
去られる事におびえて過ごしていたが、共にいける道があるのなら、
それはそれでいい、今度は自分が追いかけよう。
闇の路を下って・・・。

そのロイの気持ちを映し出したかのように、
エドワードの指にはめられた石が、木漏れ日に反射して燃え上がるような
輝きを見せる。

全ての光を吸収して、反射するようにカットが施されていた石は、
台座に埋め込まれている紅い石の色も吸収して、それ自体が持つ彩よりも
数倍濃い色の輝きを生み出していく。

ロイは、驚いたようにエドワードの指で輝く石を見つめる。
そして、同様に輝く自分のリングの石も。

「見事なものだな」

これなら、あの闇の中でも消えない光跡を残すだろう。
そう考えたとき、ふと、誰かの言葉を思い出す。
思考を探ろうとしたが、次の瞬間、そんな考えは頭から吹っ飛んだ。

光る2対のリングの上に、水滴が落ちたかと思うと、
次々と、零れ落ちてくる。
ロイは、驚いたようにエドワードを覗き込む。
涙を溢れさせる瞳は、今はしっかりとロイを見て、認めている。

「エドワード・・・」

ロイは、恐れているように、震える声で名前を呼ぶ。

エドワードの唇が、震えながら何度も開くが、
声がなかなか発せられない。
代わりに、握り締められていた指にギュッと力を籠められる。

その力に、やっとロイは真実を実感できた、エドワードが戻ってきてくれた事の。

ロイの破顔させた笑みは、涙で濡れている。
リングには、今や二人の零す涙がとめどなく降り注いでいる。
抱きしめてくるロイの胸の中で、エドワードが泣きじゃくりながら、
何度も力ない拳で胸を打つ。
その小さな痛みさえ、今は信じもしない神に感謝をしたい位嬉しかった。
小さな痛みが終わると、縋るように回された手に、
更にロイは力を入れて抱きしめる。
2度と、絶対に離さないと言うように・・・。







[あとがき]

ようやく、最終章に至れました。
個人的な感動は、また日記の方にでもアップさせて頂きます。
先に、ここまで見守り、励まして下さいました読み手の皆様、
本当に、本当にありがとうございました!
皆様が居なければ、ここまで辿り着く事はできなかったと痛感しております。
長いシリーズに、挫折しそうになったとき、
皆様の温かい励ましがあったからこそ、自分の納得のいける最終章が
書けた事は間違いありません。
誠にありがとうございました!

後は、エピローグへと続きます。
今日中に、そちらもアップの予定ですので、
最後まで、お付き合い下さい。 m(__)m



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