Selfishly

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好きなあの子を振り向かせる方法6~8


 ●●● ~ 好きなあの子を振り向かせる方法 ~ ●●●




★ Act6 『本気の恋には形振り構わず』


「・・・判りました。報告ありがとう」
内線でかかってきた電話にそう告げて、ホークアイは受話器を置く。
向いに座って仕事をしていたハボックが顔を上げて確認してくる。
「来ましたか?」
そのハボックの言葉に頷いて、ホークアイは部屋の入り口を開けに行く。
それから待つこと数分、廊下からバタバタ・ガチャガチャと威勢の良い足音が
部屋の中に居る皆の耳にも届いてきた。




*****

エドワードが来る数日前。

以前よりは治まってきたとは云え、相も変わらずテロ騒ぎで東部を賑わしていた犯人達も
市民の協力の下、無事に事件は収束した。
ここ東部では他の司令部とは違って、軍と市民の仲は悪くない。
悪く無いと云うよりは、友好的だ。
軍が正しく市民を守り保護している為か、それの恩恵に預っている市民たちは
軍への協力を惜しまずに行ってくれる。
北方の一枚岩の連携とはまた違った形で、東方は異なる立場の両者が日々の安寧を守る為に
協力体制を築き上げて行っているのだ。
・・・勿論、全ての者がと云うわけにはいかないのだが。


事件が勃発すればその対応に追われ、漸く終息すればその後の処理に追われる。
それは軍で働いている限り、切れない輪のような因果だ。

「ではハボック、すまないが頼む」
帰り支度を済ませた上司が、慌しくハボックに声を掛けて部屋を横切って行く。
「任せといて下さい。気いつけて」
座りながらヒラヒラと手を振って見送るハボックに、再度「頼む」と言い置いて
上司は部屋から姿を消した。
ハボックの横に座るブレダが、そんな二人のやりとりを不思議そうに見つめ。
「何が頼むって?」
とハボックに話しかけてくる。
「ああ、この報告書」
ピッと立て持った書面を見せると、ブレダはその書きかけの用紙のタイトルにあたる箇所に目をやる。
「――― それって。・・・この前のテロ犯の報告書か?」
「そっ」
ピコピコと咥えたタバコを動かしながらハボックも頷いて返す。
ブレダは怪訝そうに首を傾げて、顎を手で摩りながら問いかけてくる。
「確か・・・、その報告書は大佐が書くって言ってなかったか?」
事件の対応にはハボックが率いる部隊が投入されたが、陣頭指揮はロイが行っていた。
ホークアイやブレダはその時は、後方の応援部隊に配置されていたから
現場には足を運んでいなかったのだ。
ハボックは書類をデスクに置きながら、一休みついでにと咥えていたタバコに火を点けて
一服始める。
「・・・大佐が書くって言ってたんだけどよ。それじゃあ、休みに間にあわねぇだろ」
「ああ、それはそうだが・・・」
司令部のメンバーはロイが通常は休みも取らずに勤務して、1月か1月半の割合でエドワードの元に
出かけて行ってる事は知っている。
最初は驚きもしたし、また何故エドワードなのかと頭を捻ってもいたが、今は・・・何と云うか
まぁ、それで本人が良いなら構わないかと達観してる境地に至っていた。
「・・・しかし、お前がわざわざねぇ。――― どういう風の吹き様だ?」
上司の想い人がエドワードだと云うのは、なかなかに複雑だ。
達観する境地に至っているとは云え、別に奨励をする気にもなれない。
多分それは、司令部に務める人間なら誰しも同じような感想を抱いているはずだろう。
なのに何故、仕事を肩代わりしてまで? そんな疑問を浮かべているブレダの表情に
ハボックはう~んと唸り声のような声を洩らしながら、頭を掻きながら答える。
「・・・なんて言うかよ。
 ――― あの人、結構必死だろ?」
そのハボックの言葉が何を指してかはブレダにも伝わったのか、まあなと苦い声で答えを返す。
「俺も、別に良いとまでは言えないってのが、本当のとこなんだけどさ。
 ――― あんだけ必死になってるあの人見んのも、・・・初めてってか、健気って云うか」
「絆されたってわけか?」
そのブレダの指摘に、ハボックは更に眉間に皺を寄せて首を傾げて返す。
「絆されて・・・ってのも、ちょっと違う気もするが。
 まぁ、この位の事なら代わってやっても良いかと思ってさ。
 あんだけ楽しみに毎回してるんだぜ。それを無しってのは、やっぱきついだろ?」
不眠不休の勢いで仕事を片付け、それでも捻出出来る時間はほんの数日。
大抵は1,2日位だ。その短い日程を使って移動し帰ってくるだけなのに、
上司はさも嬉しそうに出かけて戻ってくる。
「・・・しかし、解せんな。お前、普段から俺の予定を悉く壊してくれる~とかって
 文句ばっか言ってる癖に。えらく同情的じゃないか」
鋭いブレダの追及に、ハボックは短くなったタバコを灰皿に押し付けながら乾いた笑いを零す。
「やっ、だから余計に・・・さ。
 ――― 俺もあんだけ必死になれば、振られる事もなかったんかな。
 とか、思ってさ!
 俺は振られると結構あっさりと引いちまうだろ?
 でも大佐、そんなに報われてるわけでもないだろ、今の状況考えてみれば。
 なのに、それを苦にする様子も見せないでああやってアプローチしててよ。
 ・・・ああ、真剣なんだなこの人。とか思うと、俺も考えさせられると云うか何と云うか。
 ――― あんなあの人見んのも初めてだから、・・・まぁ、ちょっとばかし見習わせてもらおうかと」
ハボックにはハボックなりの感慨があるのだ。
「確かに・・・今までの浮いた話とはだいぶん違うな」
う~んと腕組しながら考え込むブレダに「そういうわけだ」と締めくくると、
ハボックは目の前の仕事を続ける為に、座りなおす。
「そっか・・・まぁ、お前さんがいいってんなら構わないが。
 ――― 分け前は俺にも寄越せよ」
にやりと笑って付け足された言葉に、ハボックが驚いたように視線を向ける。
「お前の気持ちは判ったが、それだけですんなり頷いたわけじゃーあるまい」
ニヤニヤと笑いながら自分を見てくる同僚の鋭さに、ハボックはがっくりと肩を落とす。
「・・・大佐の秘蔵のブランデーだ」
「だろうな。じゃ、大佐が戻ってきたらお前ん家で酒盛り決定な」
「・・・・・チェッ」
折角一人で楽しもうと思っていたのに、長年組んでいる同僚は感傷的な話だけでは
納得してはくれなかったようだ。侮れない。
これだから長く組んでる奴は油断できないのだと心で舌打ちしながら、ハボックは分け前の減った
極上の酒を心から惜しんだのだった。
そんなハボックの内心の呟きをブレダが聞いたら、お互い様だと笑って返したことだろう。

「しかしなぁ・・・。お前ならあの大佐の必死さって・・・喜べるかぁ?」
そんなブレダの言葉に、ハボックは大きく頭を振る。
「喜べるわけないだろ!?」
真っ当なハボックの反応に、そら見ろとブレダは顎をしゃくる。
「・・・エドの奴も同じだと、俺は思うんだがな」
「――― そう言われれば・・・だよな」
ハボックの下心付きの善意は、もしかしなくてもエドワードにとっては大迷惑の結果を生むのだろうか。
自分の浅慮に少々、落ち込んだのは仕方がない。




*****

そんな事があった数日後、約束を忘れてなかったロイはハボックに機嫌よく酒を渡し、
ハボック達4人は(結局、男ども皆がたかってきた)上手い酒にありついたのだった。


「ち~」わぁーと続ける声は、扉の横に立ったホークアイが口元に指を立てているジェスチャーに
よって止まり、不思議そうに彼女の顔を伺い見る。
「ごめんなさいね。ほら、あの通りなの」
手招きされて中に入ると、ホークアイが指差した方角に兄弟二人の視線が集中する。
少しだけ開き中が見える執務室の奥では、椅子に背を預けたままのロイの姿が見えた。
「・・・なんだ、大佐。まぁ~たサボってんのか?」
眉間に皺を寄せて不機嫌な声でそう告げると、ホークアイは苦笑しながら首を微かに横に振る。
「いいえ逆よ。この数日に暫く分の業務を終わらせて頂いた程なの。
 今日はもう上がって頂いても問題ないんだけど、・・・エドワード君たちが来るだろうからって、
 帰ろうとされなくて。もう少ししたら定時になるから、エドワード君たちはそれまで
 私達とお茶でもしていましょ?」
その言葉にエドワードは目を瞠り、その後呆れたような表情になる。
「・・・・・馬っ鹿じゃないの? そこまでして欲しいなんて、俺は一言も」
いくらエドワードが忘却無人に振舞っては来たと云え、それはあくまでも無理が通せると
判っている範囲でだ。疲れて居眠りする程無茶をしてもらいたいなどと思ってはいない。
「大将~、あんま厳しい事言うなって。あの人、あれはあれで一生懸命なんだからよ。
 お前に会いに行く時間捻出するんだって何週間も必死こいでやっとなんだぜ」
「・・・・・」
ハボックの言葉にエドワードはむっつりと黙り込む。
皆が皆、あの迷惑人間を擁護するような事ばかり言ってるが、エドワードは被害者なのだ。
もう少し何とかして欲しいと思っているのは自分の方だと云うのに。
理不尽な気持ちが込上げてくる。
「・・・アル帰ろうぜ」
「兄さん?」
兄の声掛けに首を傾げている間もなく、エドワードは踵を返してさっさと部屋を出て行ってしまう。
部屋の中からは自分を呼ぶ複数の声が聞こえるが、そんな事は知ったこっちゃない。
ずんずんと廊下を歩きながら、後ろから話しかけてくる弟の言葉にも耳を貸さない。

――― 何だよ皆。あれじゃあ俺が大佐に無理させてるみたいじゃんか。

ロイがエドワードに会いに来るのを、エドワードから願った事など断じてない。
しかも・・・エドワードが来た時でさえあの状態と云うのなら、ロイが会いに来ている時は
更に酷い状態が続いているに違いないのだ。

――― そんなにしてまで会いに来て欲しいわけがないだろうが。
ましてや自分から望んだわけでもないのに。
どこに向けていいか判らない腹立ちがエドワードの中に渦巻いている。
兎に角ここを去ろうと、動かしている足を速める。

と・・・。

ひょいっとエドワードの身体が宙に浮き上がる。正確に言えば、持ち上げられたのだ。
「なっ!?」
アルフォンスかと思いながら驚いて首を振り向かせてみれば。
「鋼の。挨拶も無しに帰るのは酷すぎやしないか」
そう告げているロイの表情も少々顔が強張っているのは、怒っている為だろうか。
「!? ――― 離せよ! ってか、人を軽々持ち上げんじゃねぇ!」
相手が怒っているのだとしても構うものかと、エドワードは盛大に文句を言いながら
手足をバタつかせて反抗する。
「生憎、文献は家でね。個人で借り出しているから保管の為に置いてあるんだ。
 悪いが家まで来てもらおうか」
ジタバタを暴れるエドワードを肩に担ぎ上げると、ロイはエドワードの抗議をものともせずに
さっさと歩き出してしまう。
「離せッ~!! 俺はいかねぇぞ! はっ?アルぅー見てないで助けろ!」
肩に抱え上げられても抵抗している遥後方では、アルフォンスが引き気味に手を振って見送っている。
「兄さん、僕は宿に先に行ってるからね~。無事に帰って来てねぇ~」
そんな無情な言葉を投げ掛けてくる。
「アルぅ!? どういう事だ? おい、助けろよぉ!」
騒いでみた処でアルフォンスが着いてくる様子も全くない。
エドワードは愕然としながら、ロイに担がれたまま司令部を後にしたのだった。




「良かったのかよ、兄貴渡しちまって・・・」
心配で様子を見に来たのだろうハボックに、アルフォンスは小さく首を傾げる。
「良くはないんでしょうけど・・・。
 兄さん、あれはあれで結構大佐が来るのを楽しみにしているようなんで」
「・・・あの騒ぎっぷりでか?」
信じられないと告げるハボックに向き直って、小さく笑う。
「兄さん、素直じゃないですからね。
 旅の時でも、そろそろ大佐が来るかなぁって頃になると、結構そわそわしながら
 待ってるようだし。――― まぁ、そんな自分が嫌なんでしょうけど」
「構われるのはウザイが、構われないと寂しいってか?」
「そうみたいですね。――― それが全部正しいかは判りませんけど、
 気にするようにはなってるみたいです」
「・・・お前さんはそれで良いのか?」
そのハボックの問いかけに、アルフォンスは暫し二人が去った方向に目をやって考える。
「良いかどうかは僕には言えませんけど・・・。
 僕は兄さんが良ければ、別に気にしません。答えは僕が出すんじゃなくて、
 兄さんが考える事だと思いますし」
暗に、本当に嫌なら例えロイがどれだけ強硬な手段を用いたとしても、エドワードは
絶対に従わないだろうと伝えている。
「それもそっか・・・。まぁ、人の恋路を邪魔する奴は何とやらだ」
ハボックは肩を竦めてそんな事を呟き、アルフォンスを誘って司令室へと戻っていく。

エドワードが見かけ通りの非力な少年なら別だが、彼はそんな玉ではない。
本気になればロイと互角の力量も備えているし、自分達の上司も
・・・・・・そこまで非道ではないはずだ。
そう自分に言い聞かせるように、胸の内で呟いたのだった。








★ Act7 『肩1つ分の歩み寄り・・・』

「紅茶が良いかな? それともオレンジジュースの方が・・・」

リビングのソファにエドワードを座らせると、ロイはまめまめしく
エドワードをもてなすために立ち働いている。
リビングとキッチンを何度も往復する度に、ソファの前のテーブルには
数種類の飲み物やら軽食、焼き菓子やチョコと並んでいくのを眺めながら
エドワードは呆気に取られていた。

――― 独り暮らしの男の家に、何故こんな物が???

目を白黒させてそんな疑問を浮かべていると、連れてこられた最初の緊張感も
どこかに行ってしまった。

「どうした? 食べないのか?」

今度は手にフルーツを盛った皿を運んできたロイが、並べられた菓子に一向に
手を出さないエドワードを不思議そうに声を掛けてくる。

「・・・こんな物より、もう少し腹に溜まるものの方が良かったか・・・」
フルーツをテーブルに置くと、ロイはエドワードの態度からそんな風に考えたのか、
次は部屋に備えられている棚の上から、色とりどりの紙の束を持って来て。
「生憎、料理は上手く無くてね。材料も無いし。
 ここから好きな物を選んでくれれば、直ぐに持って来てもらうが」
そう言ってエドワードに差し出してきたのは、数々のデリバリーのメニューだった。

「! い、いいよ!」
慌てて断るエドワードにロイは気にすることはないと、メニューを押し付け
渡そうとしてくる。
「ちょ・・・、ほんとに。本当にいいんだ! その、――― こ、ここのお菓子で十分!
 ・・・まだ、そんなに腹減ってないから」
そう告げて並べられている焼き菓子の1つを、急いで手に取った。
「・・・そうか? まぁ、夕食には早いからな。
 けどお腹が空いたら遠慮せずに直ぐに言いなさい。一緒に食事にしよう」
菓子を食べ始めた事で納得したのか、ロイは持っていたメニューを戻して部屋を出て行く。
今度は何を・・・、と思いながら出て行くロイを目で追っていたエドワードは、
彼が部屋を出て行って姿が見えなくなると、思わずはぁーと体から力が抜けた。


浚われるようにして連れて来られたから、何かされたらと警戒心を吊り上げていたと云うのに
ロイの予想外の構い方に、・・・思わず毒気を抜かれてしまった。
綺麗に包装されたマフィンを取り出して口に放り込むと、バターの風味としっとりした
焼き上がりに、知らず知らずに口元に笑みが浮かぶ。
――― 以外に甘党なのかな・・・。
これだけ常備してあると云う事は、司令部では見かけなかったが
結構、甘いものが好きなのだろう。
また1つ菓子に手を出しながら、きょろきょろと部屋を見回す余裕も出てきた。

シンプルな部屋。広いリビングにはソファにローテーブルが1つずつ。
チエストの棚と電話。家具の数が少ないせいか、がらんとした印象を受ける。
年がら年中司令部に詰めているから、家には余り関心がないか、手を掛ける暇もないか。

――― 随分、違うもんだよな。

自分達の家とは違う印象に、不思議な感じを受けながら座っていた。
廊下から足音が聞こえてきたと思えば、直ぐにロイの姿が現れる。
「エドワード、お待たせ。ご期待の文献だ」
10冊はあろうかと思われる重厚な本を抱えロイが近づいてくるので、エドワードは
慌てて立ち上がって、本の半分を受け取る。
「ありがとう、助かったよ」
残りの本をソファの横の床に置くと、ロイはやれやれと息を吐き出す。
「重っもー」
1冊でもかなり重量がある本は、重ねて持つにはきつい。
自分が座っていた横のスペースに置いて腰を掛け直すと、エドワードは好奇心一杯に
それぞれの本の題名を確認していく。
「うっわぁー・・・、ラベルの書にファイエルの日記。・・・それに、これ」
手に持った1冊の古びた本をまじまじと眺める。
装丁は他の物より簡素で、しかもタイトルは手書きで書かれてある。
「まさか・・・、これって・・・」
エドワードはそっとタイトルの文字の下を指でなぞる。
「さすが目が高いな。『闇月の烏』だ」
ロイのその応えにエドワードは目を瞠ってロイを見上げる。
思ったより傍に顔があったのは、エドワードは熱心に本を眺めている間に
横に腰をかけていた為なのだが、今のエドワードにはそんな事も気にならないほど驚いている。
「『金冠の鳩』は君も読んだ事があると言ってただろ?」
そのロイの問いにエドワードは言葉もなくこくこくと頷いて返す。
「生態練成では伝説的になっているモース博士の書かれたものだが、その中に
 組み込まれている暗号に気づいた者なら、姉妹本のこの書の事も知っている者もいる」
「けど、読んだ人は殆ど居なくて・・・」
「そう。何せ内容が人体練成に関わる事だから、博士独りが書き上げた1冊しかないと言われていたからね」
「じゃあ、これが・・・」
エドワードは手元の手作りの本を、信じられない思いで見つめる。
禁書中の禁書。
内容も当然ながら、書も1冊しかない稀少本の中の超稀少本。
「貸し出してくれた方が、たまたま彼の血筋の方でね。処分する前に無理を
 聞いて下さったんだ」
生体練成の術者にとって垂涎の本でも、世に広ろまれば持っている事さえ犯罪の本だ。
幾ら貴重な物とはいえ、持っているリスクは高い。
ロイは偶々などと云ってはいるが、そんなにおいそれと貸し出してもらえる物ではないし、
持っている事さえ隠していただろうに。
所在を判定することさえ難しかった本を、こうして・・・。

「大佐、・・・ありがとうな。ほんとにありがとう――」
エドワードは日ごろの反発心もすっかり消えて、心からの感謝を伝える。
ロイはそんなエドワードの態度に、驚いたように目を瞠り、そして小さく微笑んだ。
「いや・・・、君がそれだけ喜んでくれたのなら、良かったよ」
「うん・・・。すっげえ嬉しい。サンキューな」
潤んだ瞳で見上げられ、エドワードからそんな言葉を告げられれば、思わずぐらりと
心の中の天秤が揺れてしまう。
「エドワード・・・」
甘くなった吐息を吐き出しながら、ロイは彼の名前を囁いてそっと近づいて行く。
あと少しで喜びで高潮している頬に触れることが出来る。
エドワードとは別の期待に胸を弾ませた瞬間。

「じゃ、早速読ませてもらうな!」
意気揚々とそう宣言して、エドワードは手元に視線を落として本を紐解いた。
「エ、エドワード・・・」
消沈した声が漏れたが、本を読み出したエドワードが応える事も無い。
はぁーと盛大なため息を吐き出して、ロイは居ずまいを戻して苦笑を胸に
そんなエドワードを見守ることにした。



*****

後世に残す気がなかったのが伝わるように、その本は博士が自分だけに
判るように書かれている。暗号で無かっただけでも幸いだろう。
大量のメモ書きのように書かれている本は、本のようにきっちりと
手順どおりに書かれているのでもなく、推測や考察、実証を散りばめて
書かれて行ってるので、なかり注意して読み進めないと理解できない。

「ふぅー」
さすがのエドワードも、読み進めていく間に軽い疲労を感じて嘆息を吐いた。
そして、肩にかかる重みに漸く気が付いたのだった。
本に落としていた視線を、重みのかかる肩の方に向けると。
「・・・・!」
驚いて口を開けたままで固まった。
重さの原因は大佐の転寝だ。エドワードの肩に寄りかかるようにして眠り込んでいる。
一瞬、体を引きそうになって何とか押し留まる。
そしてもう一度、そっと様子を窺ってみると、規則正しい寝息を吐いている
大佐の表情が見えた。
深く座り込んで頭をエドワードの肩に預けているロイは、余程疲れているのか
ぐっすりと眠り込んでいるようだった。目元には少し黒くなった隈が浮いている処を見ると、
やはり随分無理をしていたのだろう。
どうしようかと暫し逡巡して、エドワードはそのまま本を読み続ける事にする。
折角、気持ち良さそうに寝ているのを起こすのは忍びないし、そんなに・・・、
――― 肩に掛かる重みは負担でも不愉快でもない。

(この本の礼もあるしな。)
忙しい中、これだけの本を探すだけでも大変だっただろう。
頼んで取り寄せる事が出来るものもあっただろうが、この本のように
信頼できる人間にしか貸し出してもらえないような書物は、直に頼み込みに
行くことでしか渡して貰えない方が多い。
エドワード達兄弟も、色々な人に頼み込んで読ませてもらってきたから判ることだ。
その大佐の苦労を思えば、肩の1つや2つ、貸してやっても嫌じゃない。
そう考えながら、エドワードはまた本の世界へと戻っていく。

傍に寄り添う温もりから伝わる優しい気配を感じつつ・・・。


それからどれ位の時間が経ったのだろう。
エドワードは夢心地に体の浮遊感を感じていた。
不安定な感覚のはずなのに、何故か恐れや怖さは感じない。
それよりも優しい揺れは、丸で揺り籠で寝ていた幼い記憶を思い出させていくようだった。
温かなぬくもりに包まれ、ふわふわと浮かぶ感覚は更に不快眠りを誘っていく。
完全に眠りの世界に入り込んだ頃には、エドワードは気持ちの良い寝具の中だった。


「肩を貸してくれてありがとう」
ロイはエドワードの無邪気な寝顔を見つめつつ、その頬を優しく撫でる。
うかつにも眠り込んでしまった自分を、エドワードはずっと肩を貸してくれていたのだろう。
ふと目が覚めて寄り添うように寝ているエドワードに気づいた時には、
驚きもしたし、そして嬉しくもあった。
少しだけ傍に居る時間を許してくれたエドワードの優しい気持ちが・・・。

「さて」
手早く夜着に着替えると、ロイは部屋の電気を消して、エドワードを起こさないように
そっと同じベッドへと潜り込む。
抱き込むようにしても気づかないエドワードに気を良くして、その温かさを満喫する。
明日の朝には仕返しが怖い気もするが、今はただ、この優しい時間に浸っていたい。
重なる心音を子守唄に、ロイは満ち足りた気分で眠りに落ちていったのだった。





★ Act8 『攻撃は最大の防御なり』


「結局・・・。お泊りしちゃってるわけだ」
そう呟いて嘆息を吐くハボックの表情は複雑な色を浮かべている。
「――― ええ。・・・大佐の家に居るのは間違いないだろうから、
 寝床の心配はしてなかったんですけど・・・」
カションと小さな音を立てて首を傾げるアルフォンスの困惑は解る。
「だよな。けど正直、まさか朝帰りやらかすとは」
「本当に。こんな時、僕どんな態度で接したら良いんでしょう?」
そのアルフォンスの言葉を合図に、向かい合っている二人は深い嘆息を吐き出す。


昨日のあの様子で、よもやこんな急展開があるとは想像もしていなかった二人は、
朝の交代時の喧騒の司令部でまんじりとしながら、上司の出勤時間を待っていた。
文献を餌にお持ち帰りされたエドワードが、連絡もなく外泊するとは・・・。
少々、いやかなり予想外の展開にあっさりと送り出した二人の内心は複雑な処だ。

「きっと・・・、文献に夢中で気づいたら寝ちゃってたんですよね?」
縋る様なアルフォンスの言葉に、ハボックも「多分・・・」と説得量の無い
相槌を返してくる。
「でもなぁ~、あの大佐だしなぁ・・・」
ぎしりと椅子を鳴らしながら頭の後ろで手を組んで背凭れに身体を預けるハボックが
不安な呟きを零す。
「え、ええ~! ちょ、ちょっと止めて下さいよ! そんな怖いこと言うのはっ」
おろおろと慌てるアルフォンスの動揺を他所に、ハボックの話は続いて行く。
「だってよぉ。あの大佐だぜぇ? 歩けば寄って、しゃべれば誑し、微笑めば墜ちるっー御仁だから、
 エドの奴もとうとう――」
「に、兄さんは、そそそんな節操なしじゃ!」
確かにロイがエドワードを追い回している事に関しては容認してはいたが、一足飛びに
そんな関係になられても、自分としてはどんな態度で接すれば良いのか判らなくなるではないか。
「エドにそんな気がなくても、相手があの大佐だろ?
 あれよあれよと言う間に、そんな雰囲気に持ち込まれたら・・・。
 ――― 経験の無さそうな大将だって流されるっーことも」
「そ、そんなぁ~」
泣きそうな声で悲鳴を上げるアルフォンスを哀れに思いつつも、
最悪な状況を考えておけよと、更に不安を増徴させるようなアドバイスをする。
「そ、その場合・・・。――― やっぱり、大佐のこと・・・・・・義兄さんって
 呼んだ方が良いんでしょうか?」
そのアルフォンスの言葉に、ブホッ!!!と盛大に煙を噴出した。
ゲホゲホと咳き込んでいるハボックの背を擦ってくるアルフォンスに、
涙交じりの視線を向けて。
「それはもうちょっと待った方が・・・・・」
咳き込みながらもそう返すと、アルフォンスは安堵したように肩を落す。
「良かったぁ~。・・・やっぱり急には難しいですよね。
 もう少し心の準備と、呼ぶ練習もしておかなくちゃ」

 そんな決意を告白するアルフォンスの純真な心を踏みにじりたくは無い。
だからハボックは浮かんだ言葉を腹の中へと飲み込んだのだった。
曰く、
 ――― そんな事で義兄、義弟って呼んでたら世界中に義兄弟が氾濫するぜ、と。

 所詮ハボックも汚れちまった大人の一人なのだった。


そんな二人の苦悩を知らず。当事者の二人がやってきたようだった。
何故、判ったかと云えば。


「なーんで、起こさなかったんだよ!」
「君が寝こけていたんだろうが」

「それは大体あんたが!」
「そう私が転寝をしてしまって、君が肩を貸してくれたんだな。
 ありがとう、礼を言うよ」

「・・・・・!?」
ロイの嬉しそうな笑みを浮かべての礼に、エドワードはさっと顔を赤くする。
「そ、それは関係ないだろ!」
確かに疲れていたロイに肩をかしてはやったが、それは文献のちょっとした礼のつもりだったからだ。
気持ち良さそうに寝ているロイに釣られて眠ってしまった自分にも非はあるが、
それでも、あんな・・・―――。

勢いよく扉を開けながら、エドワードは自分の不満をぶちかました。

「だからって、一緒のベッドで寝ることないじゃんか!!!」


そう叫んだ瞬間。今までの喧騒が嘘の様に静まり返った。
そしてエドワードが向けた視線の先には・・・。

二人に視線を向けながら、固まっている司令部の面々、プラス弟が居たのだった。



~~~~~~~~~~

「・・・そんな事じゃないかと思ってたよ」
呆れた口調でアルフォンスがそう言って返してきた。

「だ~か~ら、ごめんって! ・・・気づいたら朝だったんだよ」
罰悪そうに謝るエドワードに、アルフォンスはやれやれと云うように肩を竦めて溜息を吐いている。

あの後、慌てて事の成り行きを説明しているエドワードの横では、
始終ご機嫌そうなロイの姿があった。
しかもエドワードが必死に説明をしていると云うのに、元凶の片割れのロイが
余計なちゃちゃを入れてくるから話が進まない。

やれ寝顔が可愛いだの、抱き上げて軽さに驚いただの。
留めには、
「鋼のは抱き心地も抜群でね。こう、すっぽりと腕に収まる感じが特に―」
「あんたは黙ってろって! 
 ア、アルぅ。べ、別に他意はないんだぞ? こ、こいつが勝手に寝てたんだ!」
「仕方ないだろ? 私の家にはベッドは1つしかなかったんだ。
 良いじゃないか、君の寸法なら困るわけじゃなし」
「ムッキィ~~~! どぅ~あれが、ベッドのシーツの隙間に埋もれるダニ虫サイズのお子様だー!!!」

食って掛かるエドワードをロイは笑っていなしている。



「何か・・・、全然、心配なかったみたいですね」
「ああ。まぁ、大将だからな・・・」

昨日と変わらぬ二人のやりとりに、気を揉んでいたアルフォンスとハボックは
ホッと胸を撫で下ろしたのだった。


「何事です! 始業時間はもう始まっているんですよ」
賑やかな二人の言い合いを止めたのは、氷点下まで下がっているホークアイの一言だった。
その声に大半の者は席へと戻り慌てて仕事を始める。

「ア、アル。・・・俺達も邪魔しちゃ、悪いから・・・」
「そ、そうだね。・・・すみません、お騒がせしてしまった」
礼儀正しい弟がペコリと頭を下げて、部屋を出る意思を見せる。

「待ち給え」
歩き去ろうと背を向けた途端に掛けられた声に、二人は訝しげに首を振り向かせる。
と、数歩近づいてロイがアルフォンスに頭を下げてくる。
「た、大佐っ!?」
軍の高官に急に頭を下げられれば、アルフォンスでなくても驚くだろう。
ロイはきっちりと頭を下げた後姿勢を正し。
「昨日は済まなかった。どう云う理由があれ、連絡も入れなかったのは私の失態だ。
 ――― 心配だっただろ?」
真摯なその声にアルフォンスは躊躇いながらも素直に頷いた。
「宿屋に伝言だけでも頼めば良かったんだろうが」
悔やんでいる事が伝わる声に、アルフォンスは判っていると云う様に頷く。
エドワードとアルフォンスが常宿にしている宿屋は小さな処だ。
老夫婦が切り盛りしているその宿に、深夜に叩き起こして伝言を頼まれても
アルフォンスの方も困ってしまう。
「そこでお詫びにと云っては何だが。
 ―― 今日から二人で私の家に泊まりに来ないか?」
「なっ!?」
ロイからの突然の提案に、エドワードはぎょっとしたように声を上げる。
「・・・・・二人で、ですか?」
少しの間をおいてアルフォンスが尋ね返す。
「ああ。ベッドは1つしか無いが、部屋だけは余っているからね。
 鋼のに渡した文献も数がある上に、期限も限られている。
 昨日のような失態を起こして、君に要らぬ心配を掛けるのは申し訳ない。
 読み終わる期間だけでも、私の家を提供しよう」
「大佐―――」
ロイの親切な心遣いに感動したのか、アルフォンスが胸の前で両手を組んで立ち尽くしている。

そして、カションと頭を鳴らしてアルフォンスは嬉しそうに頷き返した。
「あ、あのぉ。・・・お邪魔でなければ」
「邪魔なことなど全くないさ。文献は何冊かあるから、鋼のと取り合うこともないだろ」
「ええっー! ぼ、僕も読ませてもらっていいんですか!?」
驚くアルフォンスに、ロイは当然とばかりに笑って頷いてみせる。
「ああ、勿論。今回の本は軍絡みではないからね。
 君の事は信頼に値する人間だと思っているから、全く問題はないよ」
「ほ、本当ですか!あ、ありがとうございます!!」

貴重な文献だと。それも禁書に近いものだろうから、てっきり軍属の兄だけしか
読めないだろうと諦めていたのだ。
二人の話がとんとん拍子に進んでいきそうな中、慌てて割り込んできたのは。
当然、エドワードだった。

「ちょ、ちょっと待てよ! 何で二人でそんなこと勝手に決めて盛り上がってんだよ!!!
 反対! 大反対! 俺は大佐の家になんか泊まらないぞ!」

昨日のことは不慮の出来事で、エドワードの望んだことではない。
こんな危ない相手の所へなぞ、ほいほいと泊まりにいけるわけがない。

「えぇ~、どうしてだよ? 折角、大佐が言ってくれてるのに・・・」
不服そうな弟の言葉に、エドワードは頑なに頭を横に振る。
「必要ない! 通いながら読めば済むことだろ。
 何でわざわざ大佐の家に泊まんなきゃいけないんだよ!」
「でも、結構数が有るんでしょ? 行ったり帰ったりする時間、勿体無いじゃんか」
「それでも! 行き帰りする時間なんて、たかが知れてる。
 俺とお前がかかれば、文献の3冊や4冊―」
大丈夫だと続けようとした言葉は、横から落された言葉で止まる。
「鋼の。通いなら深夜帰りは認めないぞ」
そのロイの言葉に、エドワードは険のある視線を向けて。
「何でだよ!?」
食って掛かるエドワードに、ロイは呆れた様に溜息を吐いた。
「―― 当然だろ? 深夜に帰らなくてはいけない時間まで引き止める大人がどこにいる」
「俺達はっ―」
「大丈夫かそうでないかではない。常識として当然のことを言ってるんだ」
ビシリとそう告げられれば、エドワードも黙り込むしかない。
「―――・・・・何時頃までなら、いいんだよ」
不服そうに伺ってくるエドワードに、ロイは何でもない事のように告げる。
「そうだな・・・。まぁ、9時頃までなら」
「9時~!?」
「ああそれと、早朝から尋ねてくるのは止めておいて貰おうか。
 出勤時間を見計らって、8時過ぎにきて貰うのが都合がいい」
「8時ぃ?」
「当然だろ? 私は仕事を持っている人間なんだから」
寝る時間は邪魔されたくないと言われれば、無理は押し通せない。
う~ん う~んと腕を組んで頭を悩ませているエドワードを、ロイは内心、苦笑しながら
眺めながら待つ。
あの文献の量を。しかも普通の本ではなく、暗号交じりの錬金術書だ。
いくら二人が優秀な術者だと言っても、それなりの時間は必要になる。

暫く頭を捻っているエドワードの肩が落ちるのを見計らって、ロイが口を開いた。
「さて、どうする? 泊まり込むのか、通いにするのか」

答えの判っている男の質問する声は、確信に満ちた強い声だった。




~~~~~~~~

それから直ぐ後、荷物を取ってくると出て行った二人を見送り、
ロイは何事もない様子で執務室へと入っていった。

「――― 大佐。・・・昨日の連絡ミスは、本当にお忘れだったので?」
背後からの声に一瞬ひやりとなるが、振り返って座る時には困ったような表情を
造り終えていた。
「ああ、私としたことがとんだミスだ・・・。
 アルフォンスには申し訳ないことをしてしまったよ」
悔いているようにそう告げるロイをじっと見つめ、ホークアイは
「気をつけて上げてください」とだけ注意のように告げて、ロイの机の上に
書類を置くと、礼をして出て行った。


――― 全く・・・。優秀すぎる副官を持つと、なかなか大変だ。

くすりと口角を上げて、書類の1枚に手を伸ばす。

時間は無限には無い。ならそれを如何に有効に使えるようにするのかだ。
優しい弟を騙すのは気が引けるが、手段を選んでいては手に入らないものもある。

逃がさないと決めた限りには、手を抜かずとことん追いかけ、追い詰め・・・。
この腕の中に墜としてみせる。

――― 勿論、自分の出来うる限りの優しさを持って・・・。

ロイは楽しくなる今後の数日間を思って、嬉げに書類を片付けて行くのだった。






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