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碧るいじの個人的な趣味日記
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碧るいじ

碧るいじ

2021.02.06
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カテゴリ: 雑記
その犬の飼い主は、気持ちを整理するための記録をつける事にした。

その犬は14年前、先代の犬が亡くなって半年後くらいにある飼い主一家のところへやって来た。
犬が居る生活がその一家にとって当たり前になっていたのだろう。
生後一ヶ月だった子犬はとても人懐っこく、家族は概ね再び犬を飼い始める事に反対はしなかった。
ただ1人、その一家の世帯主は経済的事情もあり渋っていたのだが、結局その可愛さに折れて自らその犬のために犬小屋を制作した。

先代の犬と同じように外犬として庭で飼われ始めた子犬は、犬よりも人間に興味を示し塀の隙間からぴょっこり顔を出しては道行く人に可愛がってもらっていた。
その道はとても狭かったが複数の学校機関の通学路となっており、人通りが多かったためあっという間に飼い主よりも有名な人気者になった。
人間が話しかけると犬も呼応するように鳴くものだから、その反応が面白かったのだろう。
平日の朝や夕方は学生によく相手してもらっていた。

しかしアイドルのように無条件にチヤホヤされていたのはほんの一時期だけだった。
実はその犬は大型犬で、1年後には塀の上から頭を出して「ワン」と低い声で鳴くものだからビックリする通行人が続出。
それでも中身は人懐っこく好奇心旺盛なものだから、変わらず相手してくれていた子供たちの良い遊び相手になっていたようだ。

そんな一家に最初の転機が訪れたのは、家族の1人が結婚した時だった。
相手をしてもらっていた飼い主が1人居なくなり、家族が外出すると門の前で待ち続ける癖があった犬は、寒い時でも小屋から毛布を引っ張り出して外で寝るようになってしまった。
世帯主である飼い主の父は寝る前に小屋に毛布を入れ直してあげるのが日課となってしまったが、結婚した家族に子供が出来ると、定期的に孫の顔を見せに実家に遊びに来るようになったので、ようやく犬も理解したようだった。
毎回帰ってくるたびに大はしゃぎする大型犬は、孫にとっては脅威でしかなくよく泣かしていたが。

とにかくオンとオフが激しい犬で、スイッチが入ると大きな体で全力を出すものだから、散歩は基本的に一番体力のある飼い主の役目だった。

次に転機が訪れたのは、多額の借金返済が苦しくなった時だった。
バブル時代に連帯保証人となっていたある工房が夜逃げしたため、とあるゲームを制作しようと活動していた飼い主は資金繰りが厳しくなり、さらに近所に落雷があった時にHDDがクラッシュしてした事がトドメとなり断念。
転職によって家に居る時間が少なくなり、犬の面倒を見るメインの相手が高齢の父となった。
その頃から父自身の仕事にもトラブルがあり、離れて暮らす家族にも援助を乞うようになっていた。
その事を知った飼い主は収入を増やすため、さらに高収入の仕事に転職した。
父はストレスのせいかボケに似た症状が見られるようになったので、仕事自体も辞めて引退してゆっくりして欲しかったのだ。
しかし近所の高齢者のために父は仕事を辞めることなく、ほぼボランティアに近い状態で働き続けた。
彼にとっては生きがいのようなものだったのだろう。
せめてお金の問題をどうにかしてやる事が重要だと考え、飼い主は毎日終電が過ぎるまで帰って来る事はなくなった。

だがその選択は間違っていた。
父は身体も弱り、犬の散歩にも行けない状態になってしまった。
犬も気を遣っているのか、元気がなくなり小屋の中でじっとするようになった。
借金返済がほぼ終わり、後は自身の借金だけとなった飼い主は収入を落としてでも定時に早く帰って来られる仕事を探し始めた。
そして新しい仕事を見つけたその1ヶ月後、父は息を引き取った。
突如補助なしで食事を食べられなくなった父を病院に連れて行った時には、すでに全身に癌が転移しており余命2週間と告げられた。
まさか命に関わるほどの重病を患っていたとは思いもしなかった家族は、突然過ぎる訃報に言葉を失った。
元々病院嫌いで、調子が悪いのなら病院へ行こうと何度誘っても拒否されていたが、これ以上家族に負担をかけまいと必死に痛みに耐え我慢していたのだろう。
ボケの症状はその痛みに耐えたストレスが原因である可能性が高いと医師は告げた。

そう、サインはあったのだ。
自分がお金の事なんて気にしないくらい稼げてたら、もっと無理矢理にでも病院へ連れて行っていたのなら、こんな事にはならなかったのだ。
兄弟達には親の面倒は自分が看るから好きなように生活しろと言っておきながら、異変に気付けなかった事で飼い主は非難された。
しかも父には余命の事は伝えず、最期に何か伝えたい事があったかもしれないのに治る病気だと嘘をつき続けた。
父は病院で自殺未遂まで起こし、自宅で最期を看取るための手続きを急いだ。

ほとんどかまってやれなかった犬はようやく家族がみんな家に戻ってきた事に喜んでいたが、父をベッド毎担ぎ込んだ時に、様子のおかしいご主人様の足を舐めようとしたそうだ。
次にその犬がご主人様を見た時は、遺体として運ばれる時だった。
不思議な事に犬は生きている者と死者の見分けがついているのか、遺体には何も反応を示さなかった。
匂いはするものの物を運んでいるだけと思っていたのだろうか。
しばらく犬は元気にしていたが、顔を見せないご主人様を探しているのだろうか、再び門の前で待つようになった。
もう帰ってくる者は居ないのに、もしかしたら結婚した家族のようにひょっこり戻ってくるかもしれないと思ったのかもしれない。
それが数ヶ月続き、気付けば一番可愛がっていたご主人様を失った犬は日に日に元気を失っていった。

武漢での新型コロナのニュースが流れ始めた頃、今度は飼い主が倒れてしまった。
仕事柄、長時間中国人と接触する機会が多く、感染の疑いのあるのではないかと病院へ駆け込んだが、当時は渡航歴がなければ検査は受けられず、風邪を引いて抵抗力が落ちたため持病が再発しただけと告げられた。
しかし飼い主が務めていた会社では大事な繁忙期に休んで出向先がカンカンに怒っているため、たとえ咳が止まらなくても歩けるのなら出勤するように言い渡され勤務を続けた。
そして残業で遅くなった飼い主が帰宅すると、犬が息苦しそうに倒れているのを発見した。
犬にも感染するのかどうかはその当時、噂程度で言われていた事を思い出し、自分のせいだと思った飼い主はすぐに病院へ連れて行って医師に説明した。
今まで病気らしい病気をした事がなかった犬は初めて入院する事になった。
結局コロナとの因果関係は分からないため否定は出来ないが、年老いた大型犬によく見られる気管の収縮が要因である事を告げられた。
気管を拡張する手術をする選択肢もあるがデメリットもあるため、一度に大量の酸素を必要とする運動を避ければこれまで同様に過ごす事は可能と言われ、飼い主は後者を選んだ。
正直、その頃には経済的余裕はほとんどなかったため、天秤にかけてしまったのだ。

それから半年後、新型コロナが猛威を振るい飼い主は職を失った。
その代わり犬と一緒に居られる時間が増え、遊んでやってるうちに犬は元気を取り戻していった。
もしかしたら飼い主を1人失った事によるストレスが原因だったのかもしれない。
ただいつまでも無職でいるわけにはいかないので、飼い主は職を探し始めた。

その矢先、飼い主は足を骨折し手術する事になってしまった。
入院するまでの応急措置として簡易ギプスをつけて帰ってきた飼い主を気遣ってか、犬はやたらとギプスを舐め回してきたが、いつものように「おかえりー」と全力で飛びついて来る事はなかった。
怪我をしている事が犬にも分かるのだなと思い、再びストレスでおかしくならないよう、出来るだけ元気に犬に別れを告げ飼い主は入院した。
しかし犬は何かを察してか、飼い主が去った後3時間も泣き続けたという。

退院後、犬は跳んで喜んだが、寒くなってきたのに飼い主が帰ってくるまで一度も温かい小屋の中で寝ようとしなかったそうだ。
毛布を引っ張って来て門の前で丸くなって待ち続けていたらしい。
自宅療養となった飼い主は顔こそ見せるものの、散歩には行けなくなったので代わりに母が連れていくようになった。
ただ母の仕事は帰宅が遅く、高齢のため父のように無理をさせるわけにはいかず、少しずつ歩けるようになった頃に飼い主はリハビリも兼ねてすぐに犬を散歩するようになった。

オンとオフが激しい犬は、ちょっと歩いては息切れするようになっても、息が整ったらすぐにまた全力を出す、それを繰り返していたのだが、足を引きずるように歩く飼い主に合わせて、犬はゆっくり歩くようになった。
毎日リハビリに付き合ってくれた犬は次第に元気を取り戻し、正直なところ今年中に老衰で亡くなるじゃないかと思っていたのに、全盛期のように飛び跳ねて喜んだり餌も大量に食べるようになったので飼い主は安心した。

「ちょっとお前、最近太り過ぎちゃう?」
犬にそんな事を言う飼い主も、コロナ自粛と骨折によって太っていた。
犬は飼い主に似るとはよく言ったものだ。
今年中にもう危ないかもと話していたため、元気になってもらおうと結婚した飼い主の兄弟も犬のためにご馳走を送ってくれた。
今までで一番豪華なディナーを毎日のように食べるようになってテンションも上がったのか、死の影は何だったのかと思えるほどに回復していた。

飼い主は再就職が難しく、会社務めにも疲れていたため、とりあえずアルバイトを始めた。
その帰り道、スマホを落としてして傷がつき「高かったのに最悪」と愚痴りながら帰宅すると、いつものように「おかえり」と犬が飛び跳ねながら出迎えてくれた。
アルバイトの仕事柄、また散歩の時間が不定期になってしまい申し訳ないが、元気になった事だしもう大丈夫だろうと飼い主は感じていた。
この日も「早く散歩に行こう!」と元気に催促していた。
流石に息が上がりやすくなってるし散歩コースも短くなっていたのだが、この日は元気が有り余っており、仕切りに定番コースだった公園の方を見るので「久しぶりに公園へ行くか?」と、ゆっくり歩き始めると尻尾を振り出したので、たまにはいいかと飼い主は犬の行きたいように歩かせた。

犬が糞をした後、飼い主が処理をしていると、犬が飼い主の足にもたれ掛かるように座り込んだ。
「やっぱり引き返すか?」と、飼い主は犬の息が整うまでいつものように待った。
しかしこの日は一向に良くならなかった。
その場で寝転んでしばらくすると泡を吹き始めたのだ。
それでも起き上がろうとしたので、足腰に力が入らないのかと思い飼い主は補助して立ち上げようとした。
しかし後ろ足にまるで力が入っておらず、立てる状態ではなかったので抱っこして帰ろうか迷っている時に、ワンちゃんを散歩させていた通りすがりの人が声をかけてくれた。

「どうかしました?」
「犬が糞をした後、急に倒れてしまって……」
「すごく息が苦しそうですね」
「ハーネスを外して、首輪をゆるゆるにしているんですけどね」

ほぼ首輪をしていないような状態だったが、遂に首を持ち上げる事も難しくなりぐったりとなってしまった。
そこにまた別のワンちゃんを抱っこした通行人が声をかけてくれた。
「すぐ病院に連れて行った方が良さそうですね。まだこの時間診てくれるところあるかな? かかりつけの病院はどこです?」
飼い主は病院名を告げ、世帯主が亡くなった時に車を売ってしまったため、今は病院の車で送り迎えをしている事を説明した。
ただ飼い主は落としたスマホを綺麗にした後、そのまま充電器に置いて出てきたため電話を持っていなかった。
「一度取りに戻るので、犬を少しの間見ていてくれますか?」
とお願いしたところ、親切な通りすがりの方はすぐに病院に電話してスマホを貸してくれた。
病院は現在診療中ですぐに対応は難しいという事だったが、状況を説明し「動かさずに待っていた方がいいですか?」と訪ねたところ、それは一刻を争う状態かもしれないので出来るだけ早く向かいます、と言っていただけた。
飼い主はその間にスマホを取ってきますと、通りすがりの方に犬を任せ自宅へ急いで戻った。
ただ飼い主はまだ走れる状態ではなかったので、戻って来るのが少し遅くなってしまった。
自分の電話で病院にかけ直し、今車で向かってますという事を通りすがりの方に告げると、突然倒れたまま犬が泣き始めて手足をバタバタさせ始めた。
両手両足を揃えて動かす様は、まるで何かを追いかけているようだった。
見開いた目はもう見えていないのか、耳もダランとなり声をかけても反応しなかった。
身体をさすりながら自分を探しているのかと感じた飼い主は「大丈夫、ここに居るよ」と声をかけ続けた。
すると安心したのか、犬は走る仕草をやめて落ち着きを取り戻していった。
しかし飼い主は身体を触った時、とても冷たくなっている事に気付いてしまった。
一緒に看てくれていた通りすがりの人は毛布を持ってきてくれて、さらに病院の車の誘導までしに行ってくれた。
辺りは騒然となり、次から次へと道行く通行人が倒れている大型犬を見て心配そうに声をかけてくれた。
狭く入り組んだ道だったため、私道を使おうと停車していた車の運転手も協力してくれたおかげで、思ったより早く病院の車が到着した。
病院のスタッフが確認したところ、非常に危ない状態なのですぐに病院で処置しなくてはならないと告げ、飼い主は協力してくれた親切な通りすがりの方達に急いで礼を言い、すぐに車に同乗した。

「声をかけてあげてください」
病院に向かっている途中、飼い主は犬をなでながらもう少しの辛抱だから頑張れと励まし続けた。
犬はもう返事が出来る状態ではなかったが、動いたので少し持ち直したか?と飼い主は少しホッとした。
処置室に運ばれるとすぐに酸素吸入を始め、エコーを取り薬剤を何本も注入し待機してくれていたスタッフ総出で処置が始まった。
何度も交代で心臓マッサージを行い、エコーの音と心電図のグラフが上下するたびに「助かるかも?」と飼い主は淡い期待を抱いた。

しかし、その期待は届かなかった。

懸命の蘇生措置を施してくれたが、肺が動いているように見えるのは機械によって吸入しているからであり、心臓も弁は動いているように見えるものの、完全に停止しポンプの役目を果たしておらず、脳への血流もストップしている状態。
間に合わなかったのだ。

先生は軽く身体を診て、どこにも病気は見当たらず健康体、最近元気になっていたので蘇生出来ると思ったのですが発作による突然死です、と告げた。
人間にもある事ですが何かの拍子に脳の血管が切れたり、血栓が飛んだり……、糞をした直後という事でその時に心臓に異常が起きたのでしょう。
先生はこの後どうするか飼い主に尋ね、飼い主はペット葬に出します、と告げた。
突然の事で今は実感が湧かないかもしれませんが、詰め物をした後、棺に入れてご自宅に届けます。とスタッフに促され、徒歩で飼い主はトボトボと骨折した足を引きずりながらゆっくり帰宅した。

帰宅すると門を開けた瞬間、いつもは愛犬が出迎えてくれるのだが、そこには生前の世帯主が手作りした空っぽの小屋と、庭に引きずり出した毛布がその上に乗っていた者の形状を留めて放置されているだけだった。
先代の犬の時もそうだったが、亡くなって直後は案外冷静だったのが、犬が居ないのに犬が生活していた痕跡を見た瞬間、涙が止まらなくなった。

もしも自分が骨折していなかったら不安にさせる事はなかったし、すぐに助けも呼びに行けたのに。
もしもスマホを自宅に置いていかなかったら、すぐに病院に電話出来たのに。
あの時スマホを落としたのは、きっと何かのサインだったのだ。
でも自分は選択肢を間違えた。
今回も、あの時も。

家について間もなく、病院から遺体が届いた。
「すみません。棺に入れると言ったのですが、あいにくこの子が入る大型の棺がなくて……」
先生は申し訳無さそうにタオルで包んだ愛犬を丁寧に居間に運び入れてくれた。
「すぐにペット葬にするので構いません。それにまだ生きている感じがするので、もう少しこのままにさせてください」
飼い主はそう告げたが、前の犬から30年以上の付き合いだし生活に困窮している事を知っているので、恐らく先生は気を遣ってくれたのだろう。
大型犬の棺は高額なのだ。

「必死に助けを求めていたのに、助けられないご主人様でごめんな」

急に元気になったのは飼い主のリハビリに付き合うためだったのか。
大型犬だから介護も大変になるだろうと言っていたのを聞いて、死時を選んでくれたのだろうか。
1人で居た飼い主が困らないように、人通りが少ない散歩コースではなく、助けてくれそうな通行人が多いコースを選んでくれたのだろうか。

ほどなくして仕事帰りに犬の餌を買って来た母が帰宅した。
今にも起き上がりそうな綺麗な遺体に母も絶句した。
つい数時間前まであんなに元気だったのだから。

先代と同じように共同墓地へ埋めるか尋ねられたが、自分のわがままで例え借金してでも骨を引き取る事にした。
そしてペット葬の後、宗教的には問題があるだろうが、まだ納骨出来ずに居た飼い主の父の隣に犬の骨壺を置いた。
身体が大きく厳つい風貌から怖がられる事もあったけど、人懐っこく一度も噛んだ事はないし寂しがり屋だった犬。
どうしてももう一度会わせてあげたかったのだ。
キーホルダーにも遺骨を入れてもらい、飼い主はずっと一緒に居る事を誓ったのだった。

そして飼い主は助けてもらった通りすがりの親切な方にお礼をしたくて、不審者として通報されそうな道行く人の視線は気になるが、あの時間にあの場所で一人立ち続けた。
犬が居たから飼い主は人として認められていたのかもしれない、と飼い主は思った。
それでもあの時、犬は最期に底辺の自分に優しい世界を見せてくれたのだ。
犬が見てきた人間の世界はこんな風だったと教えてくれたのかもしれない。





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Last updated  2021.02.06 05:52:46
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