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カテゴリ: 家族



  母はその当時小学校3年生だったそうです。

  私が小さい頃時々、その時の話をしていました。

  私も子供だったので時別興味もなく聞いていたのですが、その話を聞くたびに戦争は

  恐ろしいと思いました。


  母の話によると、3/10の夜 空襲警報が鳴り非難する間もなく爆撃で一瞬であたり一面

  火の海になって下町の空は真っ赤だったそうです。

  母の弟はまだ小さかったので父親におぶさり、母は母親に手を引かれて火の粉の落ちて

  くる中を命からがらあっちにこっちにと逃げたそうです。

  「炎の熱さに川の方に逃げた人達も沢山いたけど、溺れたり川も火の海になってしまい

  死んだ人がいっぱい浮いていた」

  「道には死んだ人が沢山いて、その人達を避けながら逃げなければならなかった」

  「火の粉が沢山飛んできて防空ずきんをしていても火傷をした」

  「死んでしまった赤ん坊抱いて泣いているお母さんがいた」

  「近所のおばさんがお米をといでおいたのが、熱さでご飯になっていた」

  「火傷した若い女の子が家族とはぐれて彷徨っていたから、ばあちゃんが自分の分の

  ご飯を食べさせてあげた」

  断片的ですが、私が幼い頃に聞いた母の体験談です。

  「この世の地獄だったよ」と母はいつも言っていました。

  母が生きているうちに孫達にもその話を聞かせたいと思うのですが、母はあまり話し

  たがりません。

  「そんな話し聞いたって孫達には退屈だよ」なんて言ってます。

  昨日も電話があったので、「今日は3/10だからTVで東京大空襲のドラマがあるよ」って

  教えたら「あたしゃ、そんなもん見たくないよ。本物を体験しただけでたくさんだよ」

  なんて言うんです。

  母の中でそれは思い出したくもない過去なのかもしれません。

  戦争の怖さを一番知っているけれども国の力の前では個人の力なんて無力に等しいという

  事も嫌というほど知っているのでしょう。



  アメリカは戦争に勝って正義顔してるけど、原爆や東京大空襲で多くの日本国民の命を

  奪った事を忘れてくれちゃいけないんじゃないかな。







  「





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Last updated  2008.03.11 15:52:31
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