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2005年12月30日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
昔は、会社のストレスをぜ~んぶ家に持ってきて、母に当たっていた父。
母は、いっさい反抗しなかった。ずっと耐えていた。

父もきっと大変だったんだろう。

気に入らないことがあると、娘達にすぐ手をあげる父。
何度、ぶたれたかわからない。
何度、出てけ~!と言われたか、わからない。
その原因がなんだったかは、思い出せない。

夫婦喧嘩なんて毎日のようだった。
そのたび、私と妹は、二階に逃げた。
耳をふさいで、嵐が過ぎ去るのをひたすら待った。

私は父が大嫌いだった。

18歳の時、私は東京へ。
妹は、16歳で家を出た。

十代で、家を出た娘達。
二人きりの父と母。
どんな生活をしていたんだろう。

私が25歳の時、母は、自ら命を絶った。
突然のことだった。
10年前のお正月、2日の出来事だった。

私はそのときまだ東京に住んでいて、群馬に帰っていた時だった。
妹も帰ってきていた。家族が揃っていた。
朝起きたら、母の姿はなかった。
どこにいったんだろう?
でもみんな、そのうち帰ってくるだろうと、そんな心配もしなかった。

その日の夕方、母は、線路にうずくまって、電車が来るのを待って、轢かれて亡くなった。

見つかったのは、その数日後。

父からの電話「何日か滞在できる用意をして帰ってきなさい」
父の暗い声から、ただならぬことを感じた。
私は、帰るお金が手元になかった。
電車に乗れない。
私はなにかを察したのか、新宿の駅の公衆電話で「そんなこと言ったって、
お金ないんだよ!帰れないよ!」と泣きながら、大きな声を出していた。
周りの人がびっくりしてみんな私を見ていた。

駅まで妹が迎えにきてくれて、お金を払ってくれた。
その妹の様子を見て、何かがあったんだ…と思った。
いつも、化粧も服もばっちり決めている妹が、素顔で着の身着のままの格好でいた。

車に乗ったら、妹が言った。「お母さんが死んだ」
「え?何が?どういうこと?」
「お母さんが、電車に引かれて、、、、」

何が起こったのかわからなかった。
あまりの出来事に、悲しむこともできない。
家に帰って玄関を開けると、父が申し訳なさそうに、私の前で泣き崩れた。
床の間を見ると、お棺があった。

何が起きたんだろう。。。
私は泣いていた。でもよくわからないまま、ただ泣いていた。

あれから10年。。。
昨日、ずっと手をつけられなかった、母のバックやら、手帳やらを整理した。お父さんは、見たくないと言って、ずっと手をつけられなかったものだ。遺品として、箱にしまった。

もう涙はなかった。
悲しみも怒りも後悔もない。
懐かしいような気持ちで、お母さんと話をしながら、整理した。

この間、私が辛かったとき、妹の家で二人でお酒を飲んで、母の話をした。
妹はまだ、母の死の悲しみを背負っている。

妹は、母の死がわかって、私が東京から来るまでの出来事を語った。
警察で、母の死を知ったときの父。
いつも気丈で、涙なんか見せたことのない父が、その場に倒れ、泣き崩れ、
とても見ていられなかったと言う。

妹はそんな父を見て、「私がしっかりしなきゃ、私がお父さんを守るんだ。」そう思ったそうだ。

警察が家にきて、親戚が帰った後、妹は一人になった。
お父さんはまだ警察の事情徴収から帰ってこない。
親戚から、お姉ちゃんには、帰ってくるまで言うなと言われた。

誰にも言えず、誰にも頼れず、妹は一人で耐えた。
どんなに辛い時間だったろう。

そのときだ。母が帰ってきた。
庭の石畳をコツコツという足音。
玄関をガラガラと開けたと思ったら、ぴしゃ~ん!と勢いよく閉める音。
「お母さんだ。。。」妹は思った。
「私はここにいるよ!みんな何してんの!?」

母は妹に知らせていた。
自分が死んだことをわかっていない。

それからも、何度も妹は、階段を登る音や、戸を閉める音を聞いたという。
私も母が死んでから、家にいても、会社にいても、ラップ音がひっきりなしに鳴っていた。
それはしばらく続いた。

妹は怖かった。
「お母さんは、私のことを怒ってるんだ。。。」
不良で、ずっと親に迷惑をかけてきた妹は、母に申し訳ない気持ちがあった。

それから、それぞれの苦しみが始まった。
それぞれが、母の死と向き合った。

同じ苦しみを味わった、お父さんと私と妹。
でも、それぞれに違う痛みと悲しみを背負ってきた。

今だから、こうして妹と笑いながら、泣きながら、母のことを話せる。
妹は、母の写真を持ってきて、「お母さん、聞いてる?きっと今頃、ここにいるよ」と笑う。

母のことがあったからこそ、気づいたことも、学んだこともいっぱいある。
家族の大切さ。
父がいて、母がいて、妹がいて、それが当たり前だと思っていた。
誰かが欠けるなんて想像もしていなかった。

ある日突然、その大切な家族がいなくなる。

私は、ここに来るとき、このことを自分で選択してきた。
今も、わかっているけど、これは一生かけて、学んでいくことだろう。

それぞれの身に起こること。
嬉しいことも、辛いことも悲しいことも、それはすべて必要なこと。

そこから、私たちは、「愛すること」を学ぶんだ。

2005年も、あと少しで終わる。
今年は、いろんなことがあったなぁ。

来年は、もっといい年になるだろう。

明日は、山梨のカウントダウンのイベントに、行ってきます!
ぱ~っと!こころを解放して、いっぱい感動してこようと思います。

皆さんもよいお年を~☆

ありがとう♪ 





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最終更新日  2005年12月30日 22時15分04秒
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