自分の過去を
PCの操作のように 「消去」
することが出来たなら、
もちろん、その全てではないにしても、
消したいところだけ、
「無かったこと」にすることが出来たなら、
と思ったことありませんか?
私などは
大きな失敗をしてしまった時などよく思いますが、
今日はその逆の感じを持ちました。
楽しく有意義であった時のことであるはずなのだが、
肝心な部分が 「思い出せない」
のである。
その時の情景は
頭の中のモニターに映し出せるのであるが、
「音声が無い」
のである。
『忘却とは忘れ去ることなり』
であろうか!
あの時のあの一言、
あの場面で発せられた「正確な」一言、
消去してはならない一言、
が 思い出せないのである
。
五年ぶりに会った「ひと」から、
今日言われたのが、 「あの時と同じ事を言う」
であったのである。
人間の記憶も
それぞれの「今」に合うように
体が自然と
消去・保存
を自動調整しているのであろうか?
「忘れて」いたことを
年の所為にはしたくなく、
あれやこれやと模索である。
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