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のぽ君を抱きながら…車の中で、ぽちこに何て言えば良いのだろう?という思いで、また涙が出てきました。家につくまでの間、のぽ君の顔がどんどん安らかになってただ眠っている様に見えるまでにきれいになりました。家について、いつものように、体を拭いて…のぽ君がいつも眠っている場所に小さな祭壇を作って安置しました。大切なお散歩仲間の方がのぽ君の訃報を一部知らせてくださり家に着いて安置してほどなく、生前のぽ君がお世話になったお友達がたくさんたくさん来てくれました。外が暗くなる頃には、のぽ君の体が全て埋っても余りある御花で一杯になりました。のぽ君の口元には、生前好きだったお菓子をいっぱい置いた。裸のまま置いたんだけれど、ぽちこは全てを悟っているかの様にのぽ君の口元のお菓子には一切口をつけなかった。食いしん坊でいつもなら、のぽ君のおやつを横取りするあのぽちこが、のぽ君のお供物を絶対に食べなかった。だからといって食欲が無いわけではなく、ごはんも食べるしぽちこにと与えたものはしっかり食べる。でものぽ君のお供えには絶対に手出ししなかった。傍には行く。心配そうにのぽ君の顔を見に行く。だけどおやつは食べない。そのぽちこの気持ちと行動がまたも涙を誘った。私がのぽ君を死に追いやっただけでなく、ぽちこをこんなに傷つけた。天真爛漫で朗らかなぽちこの可愛い笑顔を曇らせてしまった。ぽちこにとって、愛する愛する素敵なだんな様を引き離してしまった。のぽ君にもぽちこにも詫びても詫びても足りない。2009年9月13日朝が来て…殆ど眠れずに過ごしたけれど、ウトウトして目が醒めたら、悪い夢からも醒めているかなと思ったがやっぱりのぽ君は動く事も目を開けることも無かった。のぽ君が住み慣れた家を出て、火葬場に行く時間が迫った。覚悟を決めて、のぽ君を抱いた。でもやっぱり眠っているようで途中起きて、「いいだろ?」って顔でもしそうなほど眠っているようだった。のぽ君は生前私が彼を抱っこすると、周りの人に「いいだろ?」って顔をするから、家人が羨ましがっていた。柴友達も、柴なのに抱っこされて幸せそうなのをはじめて見たといわれるくらい、ママになら抱っこされるもの好きだった。のぽ君の幼馴染のめぐちゃんとパパが火葬場まで一緒に来てくれた。火葬場に向かう車の中でもぽちこがいるから出来るだけ明るくしようと努めるが、涙があふれて止まらない。沢山のお友達がのぽ君のために弔問に来てくださり、のぽ君の体が隠れてしまう勢いの御花とお供物…。その半分を持って火葬場に向かった。まだ七年半しか生きていないのに、こんなに早くのぽ君をこの火葬場に彼の火葬のために連れてきてしまった。治そうとした手術の事で彼が命を落としてしまった事に変わりはない。ただ・ただのぽ君に「ごめんね」と何度も何度も語りかけた。のぽ君を火葬する時間が迫った。家の名前が呼ばれた。火葬したら二度とふかふかのお日様の香りのするあの被毛もぷにぷにの肉球も、可愛い瞳も、スタイルの良い体も見る事は出来ない。飼い主として最後の覚悟の時が来たのだ。以前から親交のある方はこの火葬が一回や二回ではない事をご存知だと思う。沢山のウサギと、家に来たときには既に老犬だった満身創痍のぽちお君をここで見送った。何度経験しても愛犬の死は辛い。何度経験しても慣れない。火葬の台にのぽ君を置いた。綺麗で優しい顔が最後なのだ。頂いたお花やお供物を半分持って出て来たけれど、それでも火葬の台に置き切れなくて、1/3また持ち帰る事になった。火葬場の係りの方が、こんなにお花を持ってきたワンちゃんは初めてだといっていた。「これでも半分なんです」と言ったら本当に驚いていた。火葬場の時間的空きがないところを、無理くり調整してこの時間に入れてくれたのだろう。慌ただしかった。のぽ君の足形を取り、本当に最後のお別れの時間が来た。のぽ君を抱きしめ、可愛い頬にキスをした。ぽちこが、大粒の涙を流した。のぽお兄ちゃんの姿が此処に居なくなるのが彼女にはわかったのだと思う。のぽ君がゆっくり御釜の中に入っていった。かわいい頭だけが見えた。私は泣きながら、一部始終を見届けなくてはいけないから目を逸らさずにいた。御釜の蓋がかたく閉じられた。ほどなく点火しますと係の方に言われた。赤い大きな点火ボタンが押され、火が吹き出す音がした。「のぽ君!起きて!火でびっくりして起きて!」と願ったがのぽ君が骨になって面会する時まで、御釜の蓋が開くことはなかった。火葬している間の待ち時間にのぽ君のお釜の煙突から出てくる陽炎にも近い煙を見詰めていた。生前良い子過ぎるくらい良い子だったから迷わず天国にのぼるだろうと考えながら、見詰めていた。心なしかめぐちゃんも少し悲しそうに見えた。のぽ君の初恋の女性めぐちゃんと、最愛の妻ぽちこに見送られある意味、犬冥利に尽きるのかもしれません。正直何を喋っていたのか余り覚えていません。ただ、この日は何故か他界したワンちゃん猫ちゃん小動物が沢山で、悲しみに暮れる飼い主さんと、泣き笑いしながら言葉を交わしていた記憶がある。家の名前がまた呼ばれました。のぽ君を迎えに行きました。すっかり綺麗なお骨になっていて、余程時間が押していたのでしょう、まだ石綿やお骨の一部がパチパチ跳ねていました。下から見守るぽちこの目にその破片が入らないよう私の体でガードして、係りの方の説明を聞きました。そして、まず私からのぽ君のお骨を骨壷に入れ、家人やめぐちゃんのパパにもお骨を拾っていただきました。骨壷の中に収められたのぽ君のお骨はまだ熱く、胸に抱くとその熱さが、心に沁みました。のぽ君を抱きながら、帰路について、のぽ君のお骨を御安置してから、ぽちこのお散歩に行きました。伏目がちに歩くぽちこを見て、大好きなぽちこのだんな様を奪うような選択をした自分を責めました。皆さん、自分を責めてはいけないと仰って下さいます。でも、のぽ君は思いのほか大きな手術になったものの生きて帰れぬ手術ではありませんでした。私さえ傍に居たら傍に居たいと先生にもっともっと強く言えたなら…ぽちこの大切なだんな様は、今ごろ傷跡こそ痛々しいもののぽちことより添いいつものように仲良く散歩していたろうと思うと、自分を責めるしか気持ちの持って行き場がないのです。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~本日。一周忌を迎えるほど時間がかかってしまいました。その間には、先に書いたように新しい家族も迎えました。でも、のぽくんはのぽ君なんです。写真を整理する度に泣けて泣けて、結局こんなに時間がかかりました。GREEには携帯からアップできるので時々新しい家族のこともアップしています。のぽ君に、ぽちこに元気で頑張ると誓ったのにやっぱり本当には元気が出なくて…。のぽ君の誕生日に日には泣き、さくらの時期に泣き…一人で泣いていますけれど、ぽちこと新しい家族のために笑顔で頑張っています。でも、どうか一人のときや、こうしてブログにアップするときは泣くことがあるかもしれませんが…のぽ君の事ではもっともっと泣きたかったけど泣くのすら我慢していました。そばにぽちこがいるときは新しい家族がいるときは泣きません。のぽ君のために一人で流す涙を咎めないでください。今まで、のぽ君を愛してくださった皆さんありがとうございました。まだ、ぽちこもいます。新しい家族のこ君も居ます。のこ君は現段階まだパピーから間もないなので色々事件も有りますもちろん大変だけど笑える事件多数です。悲しい事も書かせていただきますが、私の想いも書かせていただきますが、楽しい事も書きますし、可愛い写真も載せます。サボって更新しないのぽ母ですが、これからもよろしくお願いいたします。
2010.09.10
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~~~前置き~~~~~~~愛するのぽ君が亡くなって一周忌を迎えます。何度もパソコンに向かいブログを書こうとするが何から書いていいのかわからなかった…書けば泣いてしまう。泣いて文字も打てない。ぽちこちゃんの前では泣かないと決めていますが一人になるといまだに現実を受け入れられない自分が居ます。でも、こうしてブログに自分の想いの30パーセントを書く。それが、私とのぽ君が歩いてきた七年半のけじめだから。ブログという公のものなので30パーセントに抑えるけれど私の心を吐き出させてください。決して悲劇のヒロインになろうというのではない。読んでくださる方をなかそうなどとも思っていない。犬を飼っていない人には到底わからぬ内容。犬をなくした人でないと理解できぬ感情。何より、飼い主でありママでもある私とのぽ君の絆・信頼関係・愛…は私にしかわからない事。私とのぽ君の間には普通の人には考えられない程の強い強い愛と絆があった事もきっと他人にはわからない。家族でさえわからないと思う。ある程度冷静になった今でも、のぽ君を失った悲しみで胸が張り裂けそうなこの気持ちは私にしかわからない。胸が張り裂けそうなんて簡単なものじゃあない。…心も体も魂もその一部であったのぽ君が居なくなってしまった。その想いと、事実をここに書きます。そして、家族が私の笑顔を取り戻したいと、新しい命を迎えました。名前は「のこ君」です。のぽ君が居ない穴は、心の隙間は埋るはずはありません。それでも、ぽちことのこ君の為に明るく振舞っています。大切なお散歩友達やペットショップのお仲間、グリトモさんで、ぽちこちゃんや新しいワンちゃんの為にいつまでも泣いてちゃいけないと、叱られました。それも良くわかります。仰る通りです。ですが、一人のときは、どうか泣かせてください。ぽちこちゃんとのこ君のママとして、彼らの前では頑張ります。百箇日過ぎた今でも、のぽ君が亡くなったのは悪い夢ででも、やっぱり祭壇というか仏壇というか…にはお骨があって遺影があって…のぽ君の暖かいふかふかのお日様の香りのする実体はここには無くて、やっぱり夢じゃないんだなと毎日が毎日が絶望しているけれど、死ぬ直前ののぽ君の絶望はこんなものでは無いはずだから、ママである私は耐えねばなりません。そう言い聞かせて生きています。~~~~のぽ君が旅立ってしまったこと~~~本文2009年9月12日朝8時46分の電話に耳を疑った。耳を疑ったというより、悪い夢だから寝てしまおうと思うくらい唐突に、ありえない内容の電話だった。本来なら命を奪われるようなものではないような腫瘍を取るために入院していたのぽ君だったがその入院先の先生からの電話は開口一番「のぽくん、亡くなりました」 だった。「はい?」 と聞きなおしたが「昨晩お散歩に連れて行こうとしたら既に大量の出血で、いき耐えていました」 と続いた。「すぐ迎えに参ります」というのが精一杯だった。家族に話し、すぐに迎えに行った。病院に向かう車の中でぽちこに詫びた。ぽちこはお留守番していてもらったのだが「ぽちこも愛してる。だけど今だけのぽ君の事を考えさせてね。ごめんね。」とぽちこに詫びた。死んでしまったという電話がただの悪夢で…実は迎えに行ったら、手術の痕は有るものの可愛い笑顔がそこに有るのだと思いたかった。入院先の病院に着いた。どうかただの夢であって欲しいと最後の最後まで願っていた。現実はあまりにも無情でした…のぽ君は、白い小さい箱の中に横たわっていました。本来ならば、開腹手術とは言え、内臓まで切った訳ではないので、術後帰ってくるはずだった。かかりつけでもあり、執刀した医師も、こんなことになるとは夢にも思わなかったのだと思う。なぜ、入院に至ったかを書かねばならない。遡る事、2009年9月7日いつものように、のぽ君とぽちこちゃんは大好きな先生のところに健康診断に行った。以前から腫れのあった部分も先生と相談しながらこの手術をむかえた。この手術の原因以外は健康なのぽ君、ぽちこちゃんの健康診断を済ませ、いよいよのぽ君を病院に残してかえらねばならず、のぽ君と1日たりとも離れて暮らしたことのない私を、まるで気遣うように素直に先生に付いていきました。その姿忘れられません。少し俯いたけれど気丈にしっかりとした足取りで先生に付いていきました。一度もははを振り返ることなく…先生からは、手術の写真などをキチンをメールでいただいており、のぽ君と離れているのは辛かったけど本当に辛いのはのぽ君なんだからと私は自分に言い聞かせていました。2009年9月8日迎えに行きました。少しやつれて見える。だけど、開けてみたら状態が悪く思いの他傷も大きく痛いはずなのに、ママに駆け寄ってスリスリしてくださり…。今のぽ君は、家に帰って来て少し安心したように可愛い顔に戻り可愛い寝息をたてて眠ったり、痛いながらも自分でちゃんとおトイレに行き、とても元気にしていました。2009年9月10日のぽ君、手術は成功しましたが、縫合が開いて病院に連れて行きました傷口が痛いのに、私やぽちこに気を使って、無理に動いたり元気に振る舞ったのですね。気持ちの優しさが裏目に出たのかも知れません。9日の夜発見し、すぐ先生に連絡をとり開いた傷口の写真を送り、先生の指示をあおぎました。8日9日と食欲が無かったのぽ君、でも9日の夜豚足を骨から外して細かく刻んであげたら一生懸命食べました。痛々しいけどきっと痛いのだろうけど可愛い笑顔には生きる力を感じました。再入院した夜、ぽちこちゃんも寂しそうにのぽ君のいつも居る場所クンクン探します。飼い主として、病気怪我も含めて飼い主。楽しいばかりじゃありませんが、のぽ君が頑張っているから、ママは落ち込んで居られないと自分に言い聞かせて居ました。のぽ君の傷が早く治りますように。ただただ、そう祈っておりました。夜先生からも、状況をメールいただきました。本人元気ですとのメールに、ほんの少し安心しました。2009年9月11日手術をしたのですが、普通には命にかかわるものでなく、ただのぽ君は本当に私から離れて居るたったふた晩が耐えきれず、ママにあいたい一心で、エリザベスカラーすら自力で外して、私の傍に来たいからの一心で無理をして傷口が開いて、失血死してしまいました。ここまでママっ子とは先生も想定外でしたから、先生にお任せくださいと言われたら、そばに付いてあげたいの一言が言えず、帰って来てしまいのぽ君を血だまりの中で病院で一人で逝かせてしまいました。このとき、のぽ君が一人で闘っている時、院内は無人で先生も人間ですから食事や入浴などあるでしょう。それを済ませ、夜10時30分頃様子を見に行ったら、既に、おびただしい血だまりの中で絶命していたそうです。私の所に帰りたい。それだけではなかった気がします。のぽ君は、とてもやさしい顔をして優しい性格でしたが男気がある子でした。私やぽちこちゃんのために帰ろうとしたのだと思います。ママが悲しむから帰らなくちゃと…ぽちこが心配するから帰らなくちゃと…そう思ったと思います。大人しく優しい性格で愛されていたのぽくんですが、家族を守ろうとする男気は強い子でした。そして無理をして傷が開いて、それでも帰ろうと闘ったのだと思います。普通では柴犬レベルの力では外せないようなエリザベスカラーまで外してしまった。相当の力が傷口にかかったと思います。自分が死んでしまう直前まで、彼は戦い抜いて…絶命する直前に、死を悟ったと思いますがのぽ君は何を思ったでしょうか?ママとぽちこにもう逢えないと絶望させてしまった。その絶望がどれほど彼にとって重く辛かった事か。先生には、メールでも、術後傍にいたいと相談していましたが先生にとっては、死に至るような手術ではないので楽観していたのかもしれません…手術に問題はなくても…10年以上の付き合いのある先生だから私とのぽ君の愛の深さを少しは理解してくれているかと思ったけれど、私が甘かったです…どんなに親しくさせていただいていても、むしろ親しいから言いたい事を飲み込まなければならない時も有る訳で。結局、先生にとっては、のぽ君もただの患畜でしかなく私が傍に居たいという願いは聞き入れてもらえませんでした。というよりは、それほど深刻な手術ではないからと明るく一笑されてしまっては、それ以上いえませんでした。のぽ君を医学的には失血死ですが孤独死させてしまった。なぜこの病院を選択したのか…と、聞かれればのぽ君とぽちこちゃんがとても懐いていて先生が大好きだったからです。夏に、ちょっとした口の怪我でのぽ君を他の病院にといっても、数回はかかっている面識のある病院なのに注射一つ打つのに大暴れしてしまったので、のぽ君の気持ちを考えたら、のぽ君が精神的に楽に手術出来る方が、のぽ君にとっての負担は少ないのでは?と考えての事でした。既に息絶えている事を、夢にも思わずこの日の夜明日こそのぽ君をお迎えにいけると、眠れない夜を過ごしました。そして、冒頭に書いた12日の悪夢のような電話を…白い箱の中の、のぽ君は少し苦しそうな顔をしていました。先生の用意してくれた小さな花束が胸にありました。のぽ君に、起きて!ママだよ!と話し掛けてもそのつぶらでまっすぐに私を見詰めてくれた瞳は開く事は有りませんでした。お願い、私の命と引き換えにしてのぽ君を返して!と、何度も願いましたが、叶う訳は有りません。私は、のぽ君を箱に入れたまま、つれて帰るなんて出来ませんでした。箱から出し、いつものようにこの腕にこの胸に抱いて連れ帰りました。箱から出して抱きかかえていると、のぽ君の顔がだんだん安らかに、眠っているような顔に戻ってきました。亡くなってしまっても、逢いたくて焦がれたママの事は判ってくれたんですね。きっと…。のぽ君を抱きかかえて、先生にお別れの挨拶をしたら先生まで涙を流しました。私としては本当に先生を責めたかったけれど我慢して、「ありがとうございました」とだけ言いました。私は飼い主だから…断言出来る事は…私がそばに居れば確実に生きて帰ってこれた。面会というレベルではのぽ君には足りないんです。傍にいて…ただただ傍にいるだけでのぽ君は帰って来れたんです。良い飼い主とはいえない私ですが、自分の愛する我が子の気持ちくらいわかります。でも私が先生に其処までを伝えきれなくて結果、私がのぽ君を殺してしまったんです。にほんブログ村にほんブログ村
2010.09.09
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