マックの文弊録

マックの文弊録

2005.10.29
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カテゴリ: 小言こうべえ
◇土曜日:旧暦九月二十七日 丙戌;福岡香椎宮秋季例祭

長穂白吾亦紅
間には心の安らぐリーチというか「空間距離」が有るもののようである。これは、大方の日本人にとっては、歩く時か、自転車でゆっくり走る時の景色の移り変わりのリズムに関係しているようだ。時速にして数キロからせいぜい十キロ程度で移動しながら、適度なリズムで周囲の景色が変わっていく時、人間はゆっくりとくつろいだ気持ちになれるようである。

市整備がされ、道が真っ直ぐに付け替えられたり、今まで無かったところに新たに道が付けられたりすると、古い建物は壊され、街は小奇麗になる。小奇麗になるばかりではなく便利になるが、その代わりくつろぎや安らぎはなくなってしまう。
周囲を捉える視線の網目は粗くなり、大きな建物や看板しか目に入らなくなる。塀越しに熟れた一個の柿の実や、庭先にぶら下がるムベの実の薄紫などは、粗くなった視線の網目からはすり抜けてしまい、心を動かすような印象を与えてはくれない。

をもて余した床屋さんのおじさんが、道端に出てきて隣の用品屋さんのオバちゃんと世間話をしているような光景は無くなり、肉屋さんの隣でジュエリーショップが店を開き、本屋さんの隣で焼き鳥屋さんが良い匂いを通りに振りまいている、などという猥雑な雰囲気もなくなる。
僕の郷里の繁華街も、昔はアーケードの下に小さな店が目白押しに並び、鰻屋の隣に印舗があったり、薬屋の隣に仏具屋があったりと、判じ物のような町並みが続き、休日になると随分の人出で賑わったものだ。しかし、今は区画整理されて廃業する店舗が増え、お客も皆郊外の大型店に車で出かけるようになって、随分寂れた雰囲気になってしまったようだ。

うなると何よりお祭が似合わなくなるなぁ。
色んな店がごちゃごちゃ交じり合い、適当に曲がりくねった狭い道筋を、ぶら下がった飾りの下をかすめるように練り歩くから、お神輿だってサマになる。そろいの法被を着て囃しながら、人ごみの狭い道でお神輿を担ぐから、子供らの声も華やぎ、周りの同年輩の子等の視線を集めて顔も誇らしさに紅潮する。
それが区画整理され、お店は皆ビルの中に入ってしまった真っ直ぐな道では、お神輿だって練り歩くわけにも行かないし、囃しの声も白けるばかりだ。

日の朝日新聞の夕刊に載っていたが、下北沢の町が変わってしまうのだそうだ。小田急の連続立体交差工事が進んで電車が地下を走るようになったら、駅の跡地をロータリー化し、商店街を貫く道路を敷設して、駅前一帯を「再開発」するのだという。この二つの工事をワンセットとして平成13年までに完成を目指すというのだから、もうそんなに先のことではない。下北沢と言えば、昔僕の通勤路であり、僕はこの駅で毎日小田急線から井の頭線に乗り換えて通勤していた。だから、何となく他人事じゃない気がする。

田谷区は「メリハリのある街づくり」を実現するとして、これで狭い路地に小規模店が乱立していることによる防災上の不安も解消でき、災害時の緊急車両の通行路を確保できるとしている。それは確かにそうだな。あの街は若し大規模な火事にでもなれば惨憺たる事態になるだろうし、地震がくれば緊急車両など通れるはずも無い。
しかし一方で「シモキタらしさが消えてしまう」と反対する住民運動も盛んになってきているそうだ。反対運動の一角には、シモキタに住むフジ子・ヘミング女史なども名を連ねているそうだ。「ライブハウスや芝居の余韻を楽しめる、曲がりくねった雑多な空間は何とか残すべきだ。」と。フムフム、これも又尤もだ。

便性、安全性を優先するか、人情や雰囲気を大事にするか。
どちらにも理があり、悩ましいところだ。
しかし、駅前開発をせざるを得ない場合でも、人間が安らげる空間距離や「曲がりくねり」はどうにかして維持して欲しいものだと思う。






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最終更新日  2005.10.30 07:56:07
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