マックの文弊録

マックの文弊録

2006.01.31
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◇ 1月31日(火曜日); 旧睦月三日 庚申

校時代に眼鏡を着用に及んで以来、無慮40年ほども「四ツ目」の生活を送っている。
勉強をしすぎて眼を悪くした、というのではない。古式に則った東洋風の(つまりは凹凸の少ない)我が顔貌を、めがねのフレームで鋭く切り取れば、多少はメリハリが利いて精悍な趣にでもなるかと思ったのだ。そうなれば、多少は女性に人気が出るだろうとの魂胆もあったが、昔風の暗い教室の所為もあって、程なく立派な近眼になってしまい、眼鏡は必需品になった。肝心の魂胆は毫も実現しないままである。

多聞に漏れず数年前から老眼が入り、眼鏡も遠近両用になった。それが、最近では本を読むのに不自由するようになってきた。どうも水晶体の焦点調節をする筋肉が若干老朽化してきたような感じである。そうなってしまうと、何が不自由だといって、電車の中で本が読み辛くて困る。

勤電車の混み具合も、僕が社会人になり立ての頃の殺人的な混雑と較べれば、この頃はよほど楽になった。それでも僕の乗る駅からでは、ラッシュ時に座席に座る事などはなっから望むべくもない。だから、乗り口のドアと座席の端との隙間に首尾よく入り込んで、角の小さな三角形の空間を利用して読書にいそしむ事にしている。本のページと眼球との距離は約20センチ強。この距離で活字を追おうとすると眼鏡が邪魔になるようになったのである。

性活字中毒患者の僕の場合、通勤電車に乗っている間は読書時間として貴重である。一回の乗換えを経て目的の駅に到るまでの乗車時間は、延べにして約45分。往復で1時間半である。つまりは、勤め人でいる間は、人生の十六分の一を電車の中で過ごしているわけだ。これだけの時間を無為に過ごすのは勿体無い。だから、就職以来これを読書の時間に充ててきたのだ。

れで、暫く前から電車の中では眼鏡を外すようにしている。本は以前と同じように快適に読めるようになった。ところが、当たり前だが今度は遠くのものが見えない。本から目を上げて、「今何処だろう?」と駅名を探したり、遠くの景色に目標を探したりするのだが、視野の中の形象は判然としない。それで、どうしてもという時には、眼鏡を取り出してかけ直すことになる。歳をとるという事は、どうもこういう細かい手間隙が増えるという事なのだろう。つまり五感それぞれの機能においてLatitude(許容深度)が小さくなるものだから、外出する時には補聴器を装着し、入れ歯をつけ、眼鏡をかけ、関節にはサポーターを巻き、杖を持ち・・・。因みに僕がお世話になっているのは、眼鏡だけである。未だ若いのだ!

まりは五十路を遙に過ぎて、子供時代の裸眼に戻ったのである。
眼鏡を外してみると、これが随分快適である。今まで視野の隅を区切っていたレンズの影が無くなったら、無闇に世界が広くなった。その代り今のように木枯らしが吹く時期だと、盾の無くなった目玉は風の直撃を受けて涙が出る。ボロボロ涙を流しながら歩く事になるけれど、こっちは細部が見えないから、行過ぎる人がどんな怪訝な表情をしたって気にならない。平気の平左である。
それに景色が綺麗だ。僕の目玉には乱視も入っているから、周囲の光景はジョルジュ・スーラの点描画のように見えて、頗る趣がある。行過ぎる人だって、細部が見えないから皆美しく見える。というより、想像力を働かせる事によって醜くさを見ないで済ます事ができる。

体、世の中には眼鏡をかけて見なければならないものなど、実は余り無いのだ。普段乗り降りする駅ならば、駅名などわざわざ読む必要はない。道を歩いていても、信号の色くらい眼鏡が無くても判別できるし、車の往来や周辺の人の動きも、命に係るほどの事ならば、裸眼の視力でも充分察知できる。それで、このところ朝の通勤時には、電車に乗ってから会社に着くまで、いっそ眼鏡を外したままにしている。

するに、物事をはっきり見るなんて、普段生きていくためには殆ど必要のないことなのだ。逆に美しさを重んじるなら、物事ははっきり見ないほうがむしろ都合がよい。
フム、これは中々哲学的な発見である。

ころで、僕自身は怖くてコンタクトレンズを入れた事が無いのだが、暫く前から「乱視対応のコンタクトレンズ」というものに興味があった。そうしたら、今では「遠近両用のコンタクトレンズ」もあるのだそうで、いよいよ不思議になった。どうやって水晶体とコンタクトレンズの「位置合せ」をするのだろう?又、どうやって相互の位置関係を保つのだろう?
そうしたら、誰かが「重力を利用して位置決めしているのでしょう。」と教えてくれた。なるほど。確かにそれくらいしか方法は無いだろうな。そうなると、今度はコンタクトレンズの重さが気になる。眼球を覆う涙がコンタクトレンズを支えているのだから、遠近両用のコンタクトレンズの場合、レンズの上下である程度以上の重量差がないと、ちゃんと「起き上がりこぼし状態」を保ってくれないのではなかろうか?
それにしても、遠近両用のコンタクトレンズをしたまま、布団に入って読書をしようとしたり、鉄棒で逆上がりしたりする時には不自由だろうなぁ。少なくとも、スペースシャトルに搭乗する時には、「やめた方がいいよ」と云ってあげるべきである。






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最終更新日  2006.02.02 17:36:16
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