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日中の蒸し暑さに負けて、とうとう、半袖の上着を出してきた今日、普段の不摂生がたたって、胃の痛みで起き上がれない体験をしました。
あまりの痛みの中で、のんきにも、「ああ、そうか。人が“死”を恐れるという事は、単にわからないから怖いのと、“死”そのものよりも、その直前に来る、病の苦しみであったり、痛みの激しさを憂いていることも大きいのだろうな。」なんて事も考えていました。
午後には治まって、通常通りの仕事中心の世界に戻ったんですが、時折、現世の人間にとって、死の恐怖というものは、想像の世界でしかないことと、宗教観の違いで受けとめる死生観の違いに心が泳いでいました。
私の先祖は主に神道に近い処にいた家ばかりで、亡くなると同時に神になり、子孫を守っていくのだという考え方が私の中に根付いています。
さて、昨今の話題になりますが、大阪の児童虐待・足利事件・・・等、後から謝っても仕方のない理不尽な場面がテレビで報道されています。
たまらなく腹立たしい・・・。
でも、私達に何も出来なかった被害者周辺の過去。
この腹立たしさをあれこれ言ってみても、失なわれたものは帰ってきません。
私達に出来る事は、被害者の痛みに心をよせ、このような惨事が2度と起きないように「学習」して、未然に防ぐ手段を具体的に考え、手を打っていくことです。
私が生涯学習の講座で、必ず紹介する事例の中に「ローマ・クラブ」があります。
1968年にローマで結成された、各国の経済人・経済学者・科学者が作る、国際的民間グループで、人類の将来に警鐘を鳴らし、「人類が生存し続ける為には、限りない学習が必要である」と訴えています。
「もう、また、堅苦しい事、書いて~」と叱らないでくださいね・・・。根は固い人間です・・・。
「ローマ・クラブ」は、あらゆる人々が、革新的学習を行う必要があるとも述べています。
革新的学習とは、参加型であり、起こりうる偶発的な危機に備えて、将来の問題を見通し、その問題に対する策を検討しようという姿勢を意味しています。
これは、学校式教育に責任を押し付ける話ではないと、強く思うのです。
私の大好きな歴史書の読書も、方法論次第で、いくらでも、危機に備える学習であると思ったりしながら、読書の時間が、もっと欲しいな・・・と思ってもいるわけです/笑。
2012-04-08 の日記 2012.04.08
15日の日記 2011.11.14
4日の日記 2011.11.03