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2026.03.02
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テーマ: 哲学・思想(211)
カテゴリ: 俺の哲学


まいど、俺や。
「我思う、ゆえに我あり」
これ聞いてな、
正直こう思わへん?
いや、
当たり前やろ。
考えてるんやから
おるに決まってるやん。
今日はこの
“当たり前っぽい名言”を
ちゃんと疑ってみよか。
■当たり前に見えるけど、実はめちゃくちゃ攻めた一言
この言葉を言うたんは
ルネ・デカルトや。
結論から言うと、
「自分が本当に存在するって、
何で証明できるん?」
って極限まで疑った結果、
最後に残ったのが
“考えてるこの瞬間の自分”だけやった。
これが
「我思う、ゆえに我あり」や。
■ デカルトは疑いまくった人
この人な、
めちゃくちゃ疑り深い。
世界は本物か?
五感は信用できるか?
夢と現実の区別ついてる?
全部疑った。
もしかしたら
全部幻かもしれん、
って本気で考えた。
■ それでも消せへんもの
全部疑って、
最後に気づいた。
「今、疑ってる俺はおるやん」
世界が偽物でも、
体が幻でも、
“疑ってる意識”だけは
消せへん。
これが
「我思う、ゆえに我あり」の核心や。
■ 当たり前ちゃう理由
当たり前に聞こえるのは、
俺らがもう
「自分はいる前提」
で生きてるからや。
でもな、
それを一回ゼロにして、
全部崩して、
そこから組み直してる。
これ、
だいぶヤバい作業や。
■ ひねくれ視点で言うと
正直な話な、
考えすぎて
自分の存在が
分からんなる時あるやろ。
「俺、何してんねやろ」
「ほんまにこれ俺の人生か?」
でもその疑問自体が、
思考や。
つまり、
迷ってる時点で
ちゃんと“おる”。
■ デカルトのすごさはここ
この言葉な、
ポジティブな名言ちゃう。
「安心しろ」
って言うてるんやない。
「全部壊しても、
思考だけは残るで」
っていう、
最後の砦や。
■ 逆に怖い話でもある
考えてる限り、
自分はおる。
でもな、
考えるの止めたら?
何も疑わず、
何も考えず、
流されてるだけやったら?
それは
“存在してる”って
言えるんか。
ここまで考え出すと、
ちょっと怖い。

まとめ
・「我思う、ゆえに我あり」は疑いの果ての言葉
・世界全部疑っても思考は消せへん
・当たり前に見えるのは前提で生きてるから
・迷ってる時点でちゃんと存在してる
この言葉はな、
自信満々の宣言ちゃう。
疑い切った末の、
かろうじて残った証明や。
当たり前に見えて、
実はめちゃくちゃギリギリの思想や。


締めの俳句
疑えば
消えぬ思考の
影ひとつ





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最終更新日  2026.03.02 08:00:08
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