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とにかく人がたくさん。人太多!中国語ではこう言います。駅の売店待合室
2013.03.09
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工事現場です。これも
2013.03.08
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これは北京。2月半ば。二姐のマンションの近くの道左に写っているスーパーで朝の8時から野菜の買い物私の食べたいものを作ってくれるといって。前に来た時に面白くて大好きだった露店の朝市もオリンピックの年に禁止になったらしいこの写真、さりげなく撮ってたつもりだったけど、お店の人がずっと見ていて、また叱られた。日本から遊びに来てると言ってくれて大丈夫だったけど。中国では、店で写真を撮るといつも咎められる。どうして怒ってるのか聞いていると、何か違反を通報されると思うらしい。懲りずについつい撮ってしまうわたし。
2013.03.07
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他の写真を探していて、ふと2年前に中国へ行った写真が出てきた。なにかしら、無性に懐かしくなって。まず思い出すのは、埃っぽいこと。そして雑然としてる感じ。何をそんなに懐かしいと思うのか、自分でもわからない。日本なら歩道と思われるところにタクシーが。横断歩道を避けてるかのように車と混ざって車道を歩く人たち。こんな日本とのあまりの違いから感じる躍動感?というのか、生命力?というのか、わが道をゆく感?というのか、そういう日本ではとても味わえない感じが懐かしいのかなぁ。
2013.03.06
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帰国も近づいたので、日本から持ってきてもらった食材でみんなを招いて食事会。よく出来たゲルのミニチュアとお財布をみんなからプレゼントしてもらいました。最後に記念撮影
2012.03.19
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若者たちと一緒にやるのは、本当に楽しくて、もう2週間も過ぎたとは思えない。でも、毎日頭を使うせいか、また少し夜眠れないモードになってきたので、松本さんにやってもらってる14、15日は農場でゆっくりさせてもらう。まるで時間が止まっているかのような空間。
2012.03.18
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モンゴル語で車は「マシーン」という。家の窓から撮った写真。駐車のラインも引いてないし、訪ねてきた人も自由に止めるのに、いつもきれいに並んでる。住人が帰ってる夜は、もっと、ぎっしり止まってるけど。こちらでお世話になっているジャウザーさんは、女性だけど、車でどこへでも行く。夜、暗くなって車もいっぱいで、先がどうなってるかわからないこういう間の道も、平気でどんどん入っていく。私なら、もし出られなくなったらと、行く先を下見したくなる。
2012.03.17
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授業の後、もう少し勉強したいと、うちへ来た4人。ひとしきり勉強して、夕食を食べに行こうと言うと、ボーズのお店へ連れて行ってくれた。「ツェツェグ(花)ボーズ」というお店。ごちそうするから何でもいいよと言ったけど、遠慮したのか、3人はそれぞれボーズ4個とスーテーツァイに、一皿のサラダだけ。バヤルサイハン君は、モンゴルチャーハン。私はサラダのせボーズ。5人食べて、1000円にも満たない会計でした。
2012.03.16
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昨日残った麺で、今日は汁のあるうどん。延ばした生地を密閉しないで、そのまま少し乾かしておく。あとは、昨日の焼うどんとほとんど同じ。炒めないで始めから、全部の材料と水を入れて煮る。包丁はここにあったのが切れなかったので、買ってきた。800円程度だったかな。コップも、ツァガーンダリちゃんと買いに行ったもの。1個1500トゥグルク、約100円。他にフォークも買った。1本600トゥグルク、40円弱。
2012.03.15
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先生、一人で大丈夫?と言って、ずっと泊まってくれているツァガーンダリちゃんにモンゴル料理を作ってもらった。小麦粉をこねて、寝かせてる間に、肉と野菜の準備。野菜が切れたら、生地を延ばして麺を作る。麺棒がなかったので、缶ビールを使って器用に麺を作る。羊の肉と野菜を炒めて、水と塩を入れたら、できたばかりの麺を入れて、ふたをして煮る。水分が飛ぶまで、絶対にふたを開けないのがコツらしい。ぐつぐつ煮える音だけが、出来具合の頼り。塩味のミルクティー スーテーツァイと。なかなかいけます。
2012.03.14
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モンゴルの話をすると、時々、モンゴルは何語?と聞かれる。こういうのを聞くと、日本から遠いどこかの国の人にとっては、日本も中国語か何かを話していると思っている人もいるんだろうなと思ったりする。モンゴルにはモンゴル語という歴史ある言語がある。現在の公用文字はロシア語と同じキリル文字。アルファベットと全然違う。Bとbは違う文字だし、Xは、は行、Hは、な行と、ん、Pは、ら行、Yとyも別々の文字、ほかに、Rの裏返しのような я、б г д ж з л ф ц ч ш щ э ю など見慣れない字もある。語順は日本語と全く同じで、行かない、行きたい、行く、行けば、行こうなどの語尾の変化もご五段階活用とよく似ている。みんなが、え~~~っと言ったのは数量詞。枚、冊、頭、匹、台、本など、分類が多いことにちょっと困惑。モンゴル語では、5羊、6ホーショールなど、その物の名前の前に数をつければいいらしい。他には、住む、(車に)乗る、(椅子に)座るが同じ単語。馬に乗るの、乗るは全く別の言葉だそうで、これには、モンゴルの人の暮らしと馬との密接なつながりを感じさせられる。スーパーの冷蔵庫に牛乳と並んで売っていた、тарад(タラグ)は、日本のプレーンヨーグルトと全く同じ。酸味が少なくて、とても食べやすくおいしい。
2012.03.13
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ツァガーンダリさん 2歳の男の子のお母さん 28歳特講へ行って、「おしゃべりになった。明るくなった。前はおとなしくて、あまり人と話さなかった」と。モンゴルについて皆が話してる時も一人ひとりがいうことに嬉しそうに反応してるうちに気づいたら自分は何も言ってなかった。日本語の勉強、とても熱心です。
2012.03.12
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バイン・ゾラさん 30歳日本語の勉強を皆より遅れて始めたけど、頑張ってついてきています。去年の夏のモンゴル特講受講。特講では、上の学校へ行きたかったけど、洋裁の仕事をして、3人の妹たちの学費や家計を支えたと話していたそう。
2012.03.11
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D.バヤルサイハンさん 7歳と3歳の女の子とのお父さん。34歳奥さんは中学校の英語教師。10人の中で一番おとなしいかも。
2012.03.11
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ツェツェグさん 7歳の男の子と5歳の女の子のお母さん 32歳やはり未婚の人と違って、落ち着いた雰囲気と気配りを感じる。ご主人は、ウランバートルのガンダン寺という大きなお寺の僧侶。
2012.03.11
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アディル バヤルくん 28歳陽気で、みんながまだ少し緊張していたころから「にほんごのべんきょうはたのしいですねえ~」と軽く話せる。特講へ行って変わったこと では、「やさしくなった」と。車の運転が上手で、乗せてもらっていて、危ない!と思ったことがない。写真は、バックに緑を入れたいと、席を移って撮りなおした。白いセーターがお気に入りのようで、おしゃれ。
2012.03.11
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ニャマ ドルジさん 3人の既婚者のうちの一人 33歳やはり、結婚してない人たちとは違う落ち着きがありますね。「特講のあと、変わったこと」では、「温厚になった」とのこと。夫婦で一緒に特講受講。「モンゴルは、6月1日は母子の日です」この日は、家族で遊園地へ行ったり、映画を見たり、大きな公園へ行って馬に乗ったりするそうです。
2012.03.11
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B.バヤルサイハンさん 30歳「特講に行って自分が変わったこと」を出し合ったとき、「楽しくなった」と言ってた。この日本語教室が始まったころより、また、明るくなったような気がする。「モンゴルの冬は寒いです。雪がたくさん降ります」「ツァガーンサルはボーズをたくさん作ります。500個から2000個作ります」このボーズは家に訪ねてきた人に、一人ずつ15個くらいをお皿に山盛りにして出すそう。こういうのを聞くと、その時期にも、モンゴルへ来てみたくなる。
2012.03.11
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バット ドルジさん。最年長ですが、日本語の勉強は一番熱心に見える。最年長といっても36歳。豊里ならまだまだ、まだまだ若手。「モンゴルは春、風が吹きます」「夏は暑いです。秋は涼しいです。雨が降ります」「9月1日から、学校の勉強が始まります。一年生も、大学生も、みんな新しい勉強が始まります」バット ドルジさんは、お昼を食べに行くと、スーテーツァイ(塩味のミルクティ)を必ず2杯か3杯頼みます。姿勢がよくて、歩く姿がなんかカッコイイ。
2012.03.11
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バヤル ツェツェグちゃんも、日ごろは「ちょっとおすましの優等生」だけど、この話には身を乗り出して、自分の語彙では表現できないことを何とか伝えようと、辞書を片手に、身振り手振りを交えて一生懸命話してくれた。 21歳「モンゴルは右(西)は草原で、前(南)は砂漠です」「砂漠(のところ)まで草原が広がっています」「ナーダムのとき、ホーショールをたくさん作って食べます」「ナーダムにホーショールがないのは、意味がないです」「ツァガーンサル(旧正月)はボーズをたくさん作って食べます。私の家では、600個作りました」彼女は自称「大食い」というだけあって、食べる話が多かった。そうそう、いつものお昼ご飯では、ボーズやホーショールをフォークで突き刺して豪快に食べるので、写真撮っていい?と聞くと、断られたのです。
2012.03.10
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今日の「研鑽会の練習」はモンゴルの気候や習慣や人について話してくださいというテーマを出した。これは思いがけず、みんな生き生きとうれしそうに話し始めて、本当に楽しかった。とくに、家が遊牧民のバットムンフくんは、自分の性格は、照れ屋、おとなしいといっていたけど、日本語のテキストを見ながら、きらきらと目を輝かせてモンゴルの四季折々の話をたくさんしてくれた。23歳「モンゴルの春は家畜の出産の季節です。5月は家畜の去勢で忙しいです」「6月から7月はひつじの毛刈りがあります」「7月10日から13日まで、革命の日です。私は革命の日が好きです」「ナーダムで10時から6時までホーショールを20枚食べました」「夏休みは6月から9月まで休みます」「秋は草刈りをします」「旧正月は明けましておめでとうございますとあいさつをします」とお兄さんと向き合って手を組んでする挨拶の様子をしてみせてくれる。
2012.03.09
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通りの向こうがお昼ご飯を食べる食堂(レストランというよりはこういう感じ)日本語教室のオフィスから歩いて5分ほどのところ。でも、この大通りを渡るのが難関(というほどでもないけど)地元の人でも、ちょっと思い切って渡るという感じがする。信号があまりないのと、左折車は青でもスピードを緩めずに曲がってくるから、気を付けないと危ない。渡る時は、一緒にいる人は気遣っていつも私の両側に立ってくれるけど、中国も似たような感じだったので、たぶん、私はもうそろそろ一人でも渡れそう。
2012.03.08
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授業は10-12時と1-3時の4時間。お昼は皆で近くの店に行って食べる。私の分はみんなが持ち回りでごちそうしてくれるということになった。初めはお互いに様子がわからなくて、私だけいいメニューをとってくれてたけど、メニューの値段と皆がよく食べるものを見ていると、ほとんどの子がホーショール(言わば、特大羊肉の揚げ餃子)とスーテーツァイ(塩味のミルクティ)が基本のようだ。それで、「私もそれがいい」というと、皆も心なしか、ほっとした顔をしたものの、羊大丈夫?お腹痛くない?と心配してくれる。日本人はよほど羊の肉に弱いと思われているらしい。ホーショールは1枚600トゥグルク、40円程度。一人ずつ、私は何枚と言い合って、合計枚数を注文する。スーテーツァイはもっと安い。これは大体一人一杯だけど、バットドルジさんは毎回3杯くらい注文する。
2012.03.07
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昨日は、日本語教室が休みだったので、家でお昼。団地の中にコンビニ程度の「スーパーマーケット」がいくつもあるのがわかって自分で買い物できるようになった。スー(CYY)は牛乳。ソーセージやパンは素朴な味でとてもおいしい。野菜も、ビン詰めのピクルスがあれば大丈夫。パプリカのピクルスは大きなビンで、ひとビン2800トゥグルク、200円弱。ビスケットは、前回のホームステイので、どの家でも食事前に出されたのでまねして買ってみた。パンと同じような感じで食べるものらしい。日本のお菓子のクッキーと違って甘みが少なく、これも素朴な味わい。大袋で600グラム入り、100円程度。
2012.03.06
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地球の歩き方にはどんなことが書いてあるのかと思い、成田空港の書店で探したけど、モンゴル版はおいてなかった。今回は、ネットがなかなか使えるようにならなかったのと、毎日4時間の日本語教室とその準備もあって、今日が初めての投稿。まずは、日本語教室の様子。毎日、一番初めに「研鑽会の練習」と称して、会話練習もかねて、自分の思ってることを出すのをやっている。研鑽会といっても、投げかけられた練習問題ではなく、まずは自分から発するのができるようになれたらいいなという程度。でも、日に日に語彙も増えて、日本語で話すことにも慣れてきて、陽気なアディラくんや彼と年の近いB.バヤルサイハンくんがよく冗談を言うので、いつも笑いが絶えず、楽しい時間になっている。
2012.03.06
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遺跡に簡単に触れられる・・・なんていうことはないです。これは、写真撮影用のレプリカ。3列目くらいまで人形が作ってあって、後ろは写真。上手に出来ていて、ホントに遺跡の坑内に入ってるみたいに写る。一人10元か20元だったかな。その場所に立って自分のカメラを渡すと写してくれるというもの。2011.2.22
2011.09.24
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高速を降りて、兵馬俑博物館へと向かっていると、不信な乗用車が追いかけてきて助手席の女性が窓から持っている紙を指差しながらこちらへ向かってしきりに何か言ってどこまでもついて来る。こちらは一同気持ち悪いと思いながらも、ドライバーは車を止めて窓越しに話をした。兵馬俑を見に行くのならこの道は違うから、道案内をしてあげると言ってる様子。しかも、こちらの車に乗って案内すると。もちろんタダではない。40元だったか、忘れてしまったけど。あまり気持ちよくもないけど、相手は女性だし、こちらは3人いるので、暗黙のうちにまあ大丈夫じゃないかと一致して案内してもらうことになった。その女性は乗ってる間中、何かべらべらとしゃべっていた。パンフレットをくれると言って差し出されたけど、劉さんも私も迷いもなく受け取らなかった。中国のこと、きっとお金を取られると察したから。正門前に無事到着し、お金も最初の額で済んでほっとする。それにしても、道路の案内表示の通りでは、なんだか裏門のような変なところに行ってしまう。まさか!博物館そのものと、この案内システム?はグル???2011.2.22
2011.09.15
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整備された高速道路で移動車はとても少ないけど、追い越しをするときは、ウインカーを出すというより、必ずクラクションを鳴らしてサービスエリアオフシーズンのせいか、ほとんど人が居ない。トイレもきれいだった・・・けど、帰りに寄った高速のトイレは水が出てなくて、どの個室も使ったそのまま!!花はもちろん?造花。シクラメン風。熱湯が出る・・・無料列車の中にも必ず無料でお湯が提供されている2011.2.22
2011.09.13
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開園の翌日子どもたちが親や祖父母に連れられて登園どうしても泣き止まないので、子どもを置いて帰ったお母さんを呼び戻す園長先生子供は泣きながらおしっこ。股の割れたズボンから。幼稚園の先生も制服を着ないので始めは親と区別がつかなかった。初日は2時間ほどで保育が終わり、帰って行く子どもたち2011.2.22
2011.09.13
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キウイフルーツの畑河南省西峡県はキウイの生産にも力をいれている2011.2.22
2011.09.13
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これは北京西駅にあった携帯の充電ボックス「手機加油站」ガソリンスタンドも「加油站」運動会の「がんばれ!がんばれ!」も「加油!加油!」試験がんばってね のがんばっても「加油」おもしろい
2011.09.13
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せっかく中国へ来たので、北京の中国社会科学院マルクス主義研究院から2007年に参観に来られた、鄭萍さん、去年の秋に来られた3名の方たちとお会いしたいと思い日本語の堪能な鄭さんと連絡を取り、うれしくも実現!2年前に夕張実顕地に来られた方たちもぜひ同席したいとのことで、同マルクス主義中国化研究部の皆さんと、午後からのたっぷり3時間ほどの交流の時間を持つことが出来た。交流と言っても、ほとんどは実顕地と私についての質問で、個人の経歴や暮らしを聞くことからヤマギシズムを知ることができると。参観に来ていただいてもなかなかこういう時間はとれないので、聞かれたことには出来るだけ正面から丁寧に答えたいと思った。机の上での議論と違い、話が生き生きとして興味深いと言っていただいた。皆さん研究熱心で、同じ研究チームでの仲の良さも印象的で素敵な方ばかりだった。中国社会科学院は「中国社会科学研究機関の最高峰とも中国のシンクタンクとも呼ばれています」とさりげなく説明してくださった。ヤマギシを訪問されたあと、鄭さんは中国でヤマギシについての論文も発表された。http://marxism.org.cn/blog/u/95/archives/2009/554.html今年の秋にも、まだ来られたことのないメンバーがぜひ来たいとのこと、その時の再会が楽しみ。 ※中国社会科学院(ウィキペディアより)中華人民共和国の哲学及び社会科学研究の最高学術機構であり、総合的な研究センター。研究所31、研究センター45、研究者4200人を擁し、中国政府のシンクタンクとして大きな影響力をもつ。また世界80ヵ国のシンクタンク、高等研究機関200余りと日常的に交流する。国務院直属事業単位である。 2007年6月に鄭さんが来られた時 2010年10月に豊里参観に来られた 彭さん、金さん、王さん
2011.02.25
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ちょうど、北京へ来られていた藩さんの会社イスクラ産業の会長石川さんとお会いできた。数年前に東京でお会いしたときと変わらずお元気で、とても85歳には見えない健康と気力に圧倒された。石川さんは中国に強い思い入れがあり、お隣同士で且つ歴史上もこれからの世界の平和にとっても日本とは切っても切れない中国と共に手を取り合って発展していきたいという信念を持ち続け、この年齢になられた今も年に何度も日本と中国を往き来されている。北京まで送ってくれた劉さんも同席できて、またひとつ繋がりが増えた。
2011.02.25
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劉さんは少し前から老人ホームを作りたいという話もしている(もちろん中国で)。中国では、年金の制度も整っていなく、子供のいないお年よりは生活のすべがない。また、子どものいる人でも、一人っ子政策が始まって30年が過ぎその子どもたちにとって、一夫婦で4人の親を看なければならない現実がある。現在既に老人介護施設が足りない。また今ある老人ホームの実情も、介護のレベルがかなり低く、劉さんが見学した施設の中には、数十人のお年寄りが、することもなくただ庭に座って時間を過ごしその周囲には一人の介護師も見当たらず、施設全体に鼻を突く異臭が漂っていると。そんな状況を鑑みて老人ホームを是非やりたいとのこと。まず子どものいないお年よりは行政の援助も受けながら、無料で入居できるようにしたい、入居者にとって、ただ残りの時間を過ごすのでなく、生きがいになるようなことを用意したい、循環農法での農業を組み合わせて、環境づくりや経費を賄う収入も得られるようにしたい、また、その施設を併用してそこで特講も開催出来ればと描いている。具体的に、西峡県の郊外に現在使われていない国営の林業基地を借り上げてその居住施設を再利用することを考えている。そこは、近くに川も流れていてとても環境もよく、実顕地のように見た人が自分もやりたいと思うようなものを作りたいと、劉さんの頭の中にはすでに青写真がある。日本でその話を聞いたときは、「理想はそうかもしれないけど・・・」と内心思っていたけど、実際に開園にこぎつけたあの立派な幼稚園を目の当たりにし、老人ホーム予定地?に案内してもらって、とても絵空事には思えなくなった。もちろん、そこが中国での特講の拠点になることは、私の夢でもある。
2011.02.23
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劉さんが高校教師だったころの教え子朱さんが経営しているしいたけの栽培地を見せてもらった。広さは約20ヘクタール。菌床栽培という方法だそう。ごく簡単な設備で年中しいたけが撮れる。夏冬の気温はちょうど三重県と似ていて、雨はおそらくもっと少ない。ここからもずいぶんたくさんの椎茸が日本に輸出されているとのこと。
2011.02.22
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10年以上前から劉さん夫妻を支え、5年前に劉さんが西峡の自宅を開放して始めた日本語学校創設からの協力者でもある松田さんからのお祝いのメッセージ。 天童幼稚園 開園御祝いの言葉 日本国 三重県津市 松田信義 淑子 天童幼稚園の開園にあたり、遠くて近い日本国の三重県津市より心から御祝のご挨拶を申し上げます。 夢と希望あふれる春節を迎えられ、西峡県の皆様にはお元気でお過ごしのことと思います。この度待望の開園を我が事のように大変喜んでいます。周紅さんご夫妻、陶成ご夫妻をはじめ関係の皆さまのご尽力、ご苦労は言葉では言い表せないと存じます。日本のことわざに、「苦有れば楽あり、楽あれば苦有り。」との言葉があります。本日の開園までの皆さまのご苦労が報われ、将来西峡県、中華人民共和国の発展、世界の平和、ひいては日本と中国の友好交流の進展に大いにご貢献されます事を心よりご期待申し上げ開演の御祝の言葉と致します。 夕食もまたいくつものお祝いの席があった。劉さん夫妻はもちろんまた掛け持ち。私はわざわざ日本から来たということで、必ず主賓の席に座らされるのでちょっと辟易していたら、劉さんが気を利かせて幼稚園の先生の席に入れてくれた。20代の女の子ばかりで、向こうは多少緊張したみたいだけど、通訳してくれる栄栄もいなくて片言の中国語でのコミュニケーションでも、おかげで私はとても気楽に過ごせた。みんな明るくて仲良くて可愛い。
2011.02.20
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開園式当日。写真の左端は劉さんの娘の栄栄。その隣は劉さんのすぐ下の妹さん。他にもお姉さん、弟さん、もう一人妹さんの兄弟姉妹がいて、劉さんの留守中の留守番など、援助を惜しまない。私も、お腹をこわしてお粥を届けてもらったり家族同様にお世話になっている。式では、私も日本の友人代表で、松田さんから届いた祝辞を読ませてもらった。今日は日曜日にも関わらず県の大きな会議と重なってしまって、劉さんの夫周さんの元同僚など本来来てくれるはずの人が来れなくてと残念そうだった。出席してくれた、県の副代表もこちらが終わり次第会議に戻るとのこと。このあと、昼食に招待された。劉さん夫妻は食事の場を出たり入ったりするので聞くと、5部屋を掛け持ちだそうだ。私のテーブルはお医者さんが2人、高校の校長先生、漢方薬のツムラと取引のある製薬会社社長、医薬品取引会社社長、作家などのメンバーで、ほとんどが劉さん周さんの大学の同窓生のみなさん。中国ならではの干杯(乾杯)のやりとりはあるものの、官僚の食事の席と違い、とてもなごやかでユーモラスな席だった。
2011.02.20
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いよいよ明日は開園式。関係各位、数十人を招いての式典。三重県で劉さん夫妻をずっと応援している松田さんご夫妻からも祝辞が届いた。私も以前から劉さんの思いを聞いていたので、幼稚園を見れば見るほど、感無量だ。
2011.02.19
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この辺では恐竜の卵の化石が有名だからと、幼稚園の開園準備で忙しい中、恐竜博物館へ連れて行ってくれた。河南省・南陽(なんよう)市は古くから恐竜の卵の化石が多く発見されることで有名。その種類は6科9属13種にもおよび、数量では世界全体の3分の1を占めている。近年数多くの恐竜骨格化石が発見され、注目を集めている。今回の調査では、地元の農民から骨の発見が報告された。試掘を行った結果、恐竜と思われる骨化石が産出した。骨化石は比較的保存がよくないものの、恐らく脊椎骨や四肢骨と思われる化石が産出した。(2010年12月 ネットニュースより) 恐竜の卵の化石
2011.02.18
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劉さんの娘の栄栄と栄栄のいとこの燕子と街をまわった。二人とも日本語ができる。この間は休暇の人も多く、街なかはにぎわっている。爆竹の店、提灯の店、風船の売り歩きに季節柄衣類の最終バーゲンも加わる。歩くには少し遠いからとタクシーに乗った。栄栄が念のため尋ねたら、元宵節だから10元だという。栄栄がぷんぷんと怒るのでどうしたのかと思ったら、普段は3元で行くところだった。 午後は幼稚園に獅子舞が来た。鉦や太鼓を打ち鳴らすなかで、獅子が舞い踊る。作り物だし、中に人が入ってることも知ってるのに、その巧みな動きのせいでそばに来ると噛みつかれるんじゃないかと逃げ出したい気持ちになる。日本のなまはげも近くで見たことはないけど、子供が泣き出す気持ちがよくわかった!縁起物で、もちろんご祝儀もこちらが出す。
2011.02.18
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旧暦の正月15日は元宵節といって、新年の最初の満月の日を祝う日。ここ数日は仕事も休みになり、これで春節の休暇の締めくくりとなる。 夜遅くまで、外はお祭りみたいににぎやか。広い道路に企業などが出展している巨大な灯篭がいくつも並んで、広場には舞台が出来ていろいろな出し物が繰り広げられている。昨日今日(2月18日)は、日本の夏の夜の花火大会の夜のように、広い道路にあふれるように人が歩いている。暗くなった頃から花火の上がる音がが絶え間なく響いている。昨日は一晩中、花火と爆竹の音がしていた。日本の花火より低いところに上がるせいか、ぱんぱんと甲高い音が頭の上で弾ける。出し物の音楽と広告の放送と花火の音に、車やバイクのクラクションも混ざってとにかくにぎやか。
2011.02.18
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幼稚園の土地は、購入したときはまだ安かったため、かなり広い面積を手に入れることができた。西峡県最大といわれるほど大きな幼稚園を建てても、まだいくつか建物が立つほどの広さがある。その土地が、ここ1ー2年で急騰し、今売れば何千万元にもなるらしい。でも、夫婦ともに一致しているのは、売ってしまえば大金と言えども一時のお金に過ぎないが、このあとも高校など教育施設を作ったらそこでたくさんの学生が育つことができると。日本での日々の暮らしはごく質素で、収入はできるだけ自分たちの夢に使いたいという意志がが伝わってくる。今どき、特にこの中国でこんな考えを、何の気負いもてらいもなくごく当たり前のことのように話す人は他にいるだろうかと思うほど、志の高い人たちだ。※写真は開園を前にして開放されている園庭で遊ぶ近所の子どもたち
2011.02.17
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劉さんの幼稚園が完成した。生まれ故郷をもっと豊かにしたい、その希いを叶えるにはまず子どもの教育が大切で、そのために生まれ故郷に幼稚園を建てたいというのが劉さんと夫の周さんの長年の夢だった。今から5年前に夫婦でこつこつ貯めたお金で土地を買い、去年、一時中断していた幼稚園建設を急に進められるようになり、この2月の完成にこぎつけた。劉さん夫妻の故郷、河南省南陽市西峡県で最も規模の大きい幼稚園になった。規模も一番だけど、入園費用もこういう設備の整った幼稚園の中で一番・・・安い。普通は幼稚園に行けないような所得の低い家の子どもをできるだけ受け入れたいという。
2011.02.17
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梨子は梨のこと。 中国では、今の時期も梨をよく食べる。 食後にすすめられて、一つは多いかなと思い「半分こしよう」と言ったら梨は分けて食べないって。梨開=離開で、分かれる、離別するの意味と同じ音になって縁起が悪いから。そういえば、ホームステイした始めの頃にも言われたように思う。どんなに大きな梨でも、梨は分けて食べないとのこと。そんなこと、考えても見なかった私にとってはちょっと不便なこと。でも振り返ってみれば、中国からのお客様に、梨を切り分けて出したこともあったかもしれない。
2011.02.16
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2006年に北京のホームステイでお世話になった藩さんが空港まで迎えに来てくれて、藩さんの一家と再会することができた。みんなも心待ちにしてくれていたようで、二姐は会う前から電話で「何が食べたい?」と聞いてくれて、一緒に食事をしてる最中も「帰りも北京に寄るんでしょ、その時はいろいろ(料理を)持っていけるでしょ」と私に食べさせたくてしょうがない様子。着いた日の夕食は外での食事だった。私もすっかり中国語を忘れて、ほとんど聞き取れないし話せないので、自分たちで勝手に会話してるようにも見える中に、ホームステイした時にも感じた、この人たちの大げさな表現はしないけど、とてもさりげない気遣いが本当に心温まる。こういう所は日本的というか、もともと中国の人はこんな人間関係を持っているのか、ヨーロッパの人とこいう付き合いをしたことがないのでわからないけど、東洋的というのか、私たちと共通するものを感じる。
2011.02.14
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2月14日は中国でもバレンタインデー。情人節っていうんだって。地下鉄の駅に真紅のバラの大きな大きな花束を持った男性が立っていた。こちらでは、花を贈るのが習慣なのかな?通りのあちこちでラッピングしたお花を売っていた。中国のバレンタインデーは女性から男性にだけでなく、双方共にチョコレートや花束を贈って愛を告げる日だそう。日本のホワイトデーのような、お返しの日はないんだって。
2011.02.14
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地下鉄の切符が変わってた。前は、日本と同じ様に裏に磁気で情報が刷りこまれているものだった。今日、地下鉄の切符(?票)と言って渡されたのは、カードで、使い方は日本の切符とほぼ同じ。入札の時に改札機をくぐらせるのじゃなくセンサーにタッチする。ただ、耐久性のあるもので、改札機に吸い取られたら、また使い回ししているらしい。日本も普通の切符もそうしてもいいんじゃない、と思った。・・・けど、清潔好きの日本人にはうけないかなぁ。あ、お金は昔昔からそういうことなんだよね。
2011.02.14
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また北京へ来る機会に恵まれて。今朝、関空から出発した。さっそく機内食を紹介。飲み物にワイン、ビールもあって、せっかくの旅行だからってちょっと羽目をはずして?お昼からビールなんて注文してみました。キリン、サッポロ、アサヒのどれにしますか?だって。銘柄まで選べるとは・・・手前は温かいちらし寿司と唐揚げ、手前真ん中は冷麺を食べたあと。食べ始めてから、思い出して写真撮りました。奥はハム、チーズ、枝豆、レタスとポテトサラダだったかな?ワインにあわせた感じ。手前右はグレープフルーツのゼリーお隣の男性はお茶を注文されたのに、私はビールで。
2011.02.14
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ブログはぷっつりと途絶えていたけど。日本へ帰ってきて、今日でちょうどひと月。あっという間だった。50年近くも生活してきたのだから、やっぱり日本が一番いいと思うのは当然だと思う。でも身びいきを差し引いて考えたとしても、やっぱり日本がいいかな。北京では、よく「人が多いから・・・」という言葉を耳にした。彼らが言うのは中国人は13億で日本の10倍だという意味もあると思うし、単純に北京の人口が多いと言っていることもある。何か不合理なことを目にしたとき、日本人の私に対して言い訳のように使われることもよくあった。私は「日本だって、東京や大阪はもっと多いよ」って思って聞いていた。このひと月の間に、たまたま京都や東京や、昨日は関空へも行く機会があって、そこは、三重の田舎と比べて、もちろん人は多い。でも、北京に居たときと、なにか感じが違う。人が多くても、整然としていると言うか、気負わずに歩けるというか・・・北京では、電車やバスに乗ると、降りる時はどうしても身構える。言葉が通じないからと言うことでなく、人を押しのけて降りていかないと、降りる人の流れが少し減ったら、あっという間に次々と乗り込んでくる。道を歩くときもそう。前にも書いたけど、交通ルールはないようなもの。地下鉄の駅から、ホームステイの家に帰る間の住宅地の道でさえ、歩道をクラクションを鳴らしながら、バイクが猛スピードで当然のように走り抜けていく。日本にいると、都会で見知らぬ人同志、言葉を掛け合うわけでもないけど、周囲で「この人はどうしたいのかな?」と察しようとする気持ちを感じる。北京にいたときは、人ごみに出ると特に、押されたら押し返さないと生きていけない(少し大袈裟だけど)ような気持ちにいつのまにかなっていた。
2006.07.04
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二姐の長男夫婦が理髪・美容室を経営している。私も髪が伸びてきたので、そこでカットしてもらった。日本の美容室では、クリップをたくさん使って、少しずつ分けて髪を切るけれど、ここではクリップはまったく使わず、全体に見て多いところを切っていく感じ(私にはそう見えた)。時間は短くて済むけど、ちょっと大丈夫かな?っていう気持ちになった。出来上がりはまあまあだった。カットの後のシャンプーもついて10元。お金は取ってくれなかった。美容室に「洗髪」というメニューがある。これは鏡の前の椅子に座ったまま、マッサージするように頭を洗ってくれる。気持ちがいいのだけど、首をもたれさせるところがなくて、マッサージで動く頭を首でささえているのは少し疲れる。シャンプーを流した後は、鏡の前のちいさな台にうつむきにもたれて、背中と腕をマッサージしてくれる。ただ、ブロウはなく、自分でドライヤーで適当に髪を乾かす。写真は、和光さんの家に泊めてもらったとき、奥さんに足のマッサージに連れて行ってもらった。その一階の美容室の様子。ちなみに、足のマッサージは、腕や背中ももんでくれて、一時間半で40元。奥さんは週に一度通っているとのこと。私は初体験。とても気持ちよかった。
2006.06.03
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