伊賀へいらっしゃい

伊賀へいらっしゃい

2020年10月20日
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旧長野隧道美里村側坑口
重厚な石組み「近代土木遺産2000選」では総切石造とあり,そんな総切石造の隧道を初めて見たと
あり,アーチ環の輪石は異形状のものを組み合わせ,全体として一個の装飾となっているのも美しい
ものでした。素人の私でも機能美構造美を感じました。


明治13年11月に着工、明治18年6月に旧長野隧道は完成しました。人力で掘り抜かれた隧道は長さ
216m。残念ながら西側は土砂でほとんど埋没していますが、東側の坑門(出入口部分)は重量感の
ある明治時代の姿を良好に残しています。

坑門は峠の岩盤を逆台形に削り、花こう岩の切石を積み上げています。アーチ部分は一重の迫石で、
鉾状模様に御影石を組み込んでいます。アーチの高さは3.6m、最大幅は4.6mで、荷車なども通れる道でした。




隧道に掲げられていた石造りの偏額が右に「其功以裕」の一筆があり,小じんまりした字で「従三位
勲四等岩村定高」と添えられている.もう一つはふくよかな書体で「補造化」と暘刻されたものが
その右側にあります。



「隧道改修記念の碑」美里村側の昭和トンネルの手前にあります。





「旧伊賀街道 長野峠」の案内
明治18年以前はこの峠道伊賀街道だったので江戸時代の藤堂藩の通行し松尾芭蕉が越えた峠だと思われ
「初時雨 猿も小蓑(こみの)を ほしげ也」
の句を峠を越えた伊賀側で詠んだといわれます。




峠の頂点



少し下った所に茶屋があったそうでその痕跡です。


茶屋といっても大きな礎石が石垣状に遺っていて個人の物だったとは考えにくいものでした。



榊原温泉に寄り「田中善助翁碑」を探してみつけました。




石碑の裏側に刻まれている文字









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Last updated  2020年10月22日 12時27分20秒
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