磨珠摩呂の日記
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祇園祭が始まれば夏だ~っと感じるのと梅雨明けまじかも感じる。 米子帰り夜の9時過ぎ地下鉄は満員御礼。四条駅下車から改札口まで一苦労、阪急烏丸駅改札口に行くまで久々に祇園祭を14日土曜日の宵々々山。 地上へ上がって観れば歩行者天国、人だらけ夜とあって四条通りか?烏丸通りか?分け解らん。京都で方向音痴になるのも生まれて初めてだわ。四条烏丸交差点ど真ん中、東に見えるのは長刀鉾(なぎなたぼこ)西に見えるは函谷鉾(かんこぼこ)。殆どが烏丸より西側に鉾が多い。外国人の浴衣姿をよく見る。ひと昔は違和感を感じたが、今じゃ見なれてしもうた。金髪ヘアーに着物系では合わないような個人的イメージがあったけど、髪の裾を巻き上げれば何ともない。日本人でも背の高い女性や金髪もいるから、その性かも。外国人が浴衣を着て貰えるのは、ちょっと嬉しい気分。日本の文化に触れて貰えて。浴衣は涼しいよね。外国人には解って貰えたかな? 私は着た事ないんやけど。 Cool祇園祭。遡れば平安時代、誰かの怨霊、悪霊が疫病をばら蒔いたので陰陽師が儀式を行ったのが始まりだと思っていますが。今では最新型の出店?私も祭りの地には何十年ぶり、出店と言えばパイプの骨組みにビニールのテントのイメージが。歩き廻っていいひんから解らへんけど。小さい頃、ゴム風船の中に水が入った水玉ゴム?ゴム風船の口元にゴムの紐が付いていて、紐の先を指に着けてバスケットボールのドリブルのようにして遊んだ記憶が。手でパンパンしながら時には外れて顔面に。応仁の乱頃は祭りも延期していたそうで江戸時代など刃物を振り回していた頃ってどんな出店が在ったのだろう?まずはたこ焼き、お好み焼き屋は無かっただろうね。かき氷屋(この時代氷は貴重品だろうし)食べ物系だとうどん・そば屋の屋台、寿司屋(京都市内は内陸だからサバ寿司だけ)画像ではリキュールだから当時は酒屋かな。りんご飴、バナナチョコは無理かもチョコの原料であるカカオまで輸入していたとは思わん。りんご飴なら技術的には出来たかも。飴類は在っただろう。信長様好物の金平糖。みたらし団子や餅とか煎餅やおかき屋。 工芸では清水焼の陶器やたたき売りの着物屋・・・・何でもアリになってくる。今じゃビニール系プラスチックのお面。当時だと和紙を重ね貼り付けたお面?特撮やアニメ系だけど当時は浮世絵の人物顔?お相撲さんの顔(*_*; 遊びだとコマ回しや竹トンボとか?竹で作った水鉄砲?猿回しや、からくり人形、今では世にも無い法律に引っ掛かる見世物小屋、菜種油を口に含んで火を噴く人や刀を振り回したり刀を飲む曲芸師・・・なんか祭りから外れてサーカスかよ。とりあえず写真だけ撮って帰宅へ。阪急電車もまた満員御礼。冷房もこの時だけは節電の言葉は聴きたくない。
2012.07.15
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