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「烏相撲」は長陽の日の9月9日、上賀茂神社で行われる神事ですカラスのように飛び跳ね・・・「カーカー」「コーコー」と鳴き真似をする神事などが続き烏相撲の子供たちが立砂を回ります紅組は左の立砂、白組は右の立砂を回りいよいよ相撲が始まりました。勝っても負けても温かい拍手が送られていました紅白十人ずつの子ども力士子どもたちは華奢な体つきですが精一杯戦っている姿は素敵ですね。後ろでお母さんに抱かれて観戦している4歳くらいの男の子相撲が大好きなそうで大きな声で「がんばれ~」と応援していました。大きくなったら出たいと意欲満々で今日は下見に・・・と笑いながらお母さんがおっしゃっていました。頼もしいことです。
2017.09.16
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毎年、9月9日の重陽の日の神事の後におこなわれる「カァー カァー」と烏相撲(からすずもう)が上賀茂神社で行われました。話しには聞いていましたが見るのは初めてです。賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)通称:上賀茂神社普段は見かけませんが神馬が・・・太鼓の音とともに神官や関係者今日の烏相撲の子どもたちです細いけど相撲がとれるのかな?との声も聞こえましたが・・・土俵の中に大きな丸を二つ描き「8の字」に踏みこの日は真夏が戻ったような日照り子どもたちは暑かろうと思いますが行儀よくされていました手前が白組、向こうが紅組です個々に対戦と3人勝ち抜き戦が行われます。相撲が始まるまでにカラスが・・・。八咫烏(やたがらす)神武天皇が道に迷った際神様が八咫烏になって導いたという故事にならっているそうです。・・・・・・重陽とは5節句に一つ、奇数は縁起が良い数字とされ陽の数字「9」が重なる9月9日は陽が重なるので重陽(ちょうよう)菊が咲く頃でもあり「菊の節句」とも言われています邪気を払い長寿を願って菊の花弁を浮かべてお酒を頂く菊は延寿の力があるといわれてきました菊の露を飲み700年も生きた少年の話は祇園祭の「菊水鉾」の時にも記載したのをご記憶と思います。・・・・・・出かけますので帰宅後に訪問させていただきます。
2017.09.12
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島原の太夫京都の島原は角屋(揚屋)のように遊宴の場と太夫や芸舞妓を置き揚屋へ送る「置屋」に分かれています。「置屋」として営業されて今も残る店は「輪違屋」(わちがいや)です。「置屋」には太夫、芸舞妓がおりお客さんから声がかかれば「揚屋」へ出向く姿が太夫道中太夫とは遊宴のもてなしを公認された女性その中でも最高位の女性です太夫の位は「正五位」十万石の大名に匹敵します。御所で帝との謁見も可能です。 太夫は美しいだけでなく茶・花・詩歌・俳諧・舞踊・文芸などあらゆる教養を身につけていました。歴史上では吉野太夫や八千代太夫などが有名です。花魁も当初は太夫と呼ばれていたが18世紀半ば頃、太夫から花魁に呼び名が変わったようですね。花魁も舞踊、琴、三味線、茶道、華道、和歌なども仕込まれていたようです。太夫と花魁の違いについて少し書くと*帯の結び方太夫は「島原結び」「心」と言う字をかたどっています。花魁の帯の結び方は帯を前に垂らすので「まな板帯」*髪型太夫の髪型はお福舞妓さんの髪型に似ています。一方花魁は横兵庫髷を平たく蝶のように開きます*歩き方文字ではわかりにくいですが太夫は「内八文字」花魁は「外八文字」差し掛け傘で禿(かむろ)や引船など大勢の付き人を連れて内八文字をふみながら歩み太夫が置屋から揚屋へ行く姿が太夫道中です。花魁も遊女の中で最高位の方です。男衆の肩を借り、禿や新造を従えて外八文字で練り歩く姿は置屋の妓桜から揚屋へ行き客とともに妓桜に戻る姿が花魁道中だそうです。(太夫道中とも言われていますが)島原の揚屋で太夫を客さんに紹介する「かしの式」と云うのがおこなわれるそうで遊びといえどもしきたりがあり簡単にお相手は無理なようですね。太夫のことを「こったいさん」と表現していたのを思い出します。意味は公家言葉で『こっち』の意味島原とは公家や大大名の遊ぶところ島原も吉原なども市民には手の届かぬ場所のようですね。現在はお茶屋として営業中で内部の見学はできませんが置屋をされていた「輪違屋」さんです。冬の特別公開は3月15日までです。角屋の二階は7部屋ほどあり各部屋の天井や壁、襖、障子、建具などで部屋の名前がついているようです。この時期は公開されていません。二階の公開は3月15日からです。建物が老巧化しているので二階へ上がる人数を制限されています拝観の方も多いと思いますので当日は無理な場合があります事前に予約がおすすです。問い合わせは角屋もてなしの文化美術館TEL 075-351-0024Fax 057-343-9102
2017.03.10
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しめ縄百貨店のショーウィンドーが一夜にしてクリスマスから迎春に、そんな様子がテレビで流れていました。売り場も一気にお正月ムードです。・子どもの頃、お正月はしめ縄を門口に飾っていました。母は「これは男の仕事」と言って一切手を出しません。29日は「二重苦」で飾り付けはしません。28日までにすれば良いのですが・・・、仕事で帰りが遅い父はぎりぎりの30日か大晦日に母に急きたてられてしめ縄の飾り付けの準備をします。母は「一夜飾り」と嫌って、ご機嫌がわるいです。最近は豪華なしめ縄を売っていますね。しかし、門口に飾られている様子があまり見られません。世の中も変わってきました。
2013.12.28
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京都の西から下関まで続く西国街道昔の風情は少ないと思いますがお雛様が町家で拝見できるのでお天気に誘われて出かけました。向日市のほぼ南の端にある中小路家元庄屋さんですが現在、喫茶や文化教室などを開いて地元とのつながりが深いようです。拝観料(お茶券付き)が必要でした。ひな人形はここのお家の物以外にも他家のお雛様を展示されていました。写真には写っていませんが右側に並んでいた豪華なお雛様江戸時代のお雛様女雛の髪飾りです有職雛江戸時代中後期明治時代後期のお雛様古今雛三人官女三人官女に並んで官女と一緒に犬犬種は「狆(チン)」「チン」と云えばうさぎさんが生まれた時すでに我が家にいた犬も「狆」小型犬ですが名前はなぜか「エル」ままごと遊びの相手でした。懐かしくです。大正時代のお雛様珍しい「源氏枠かざり」です。貝合わせも当時の遊びが偲ばれます。時代でお雛様のお顔も違いますがその時代を代表する美形でしょうね。中小路家は歴史が長いのでお時間が許す方は下記を中小路家について
2017.03.14
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祭神が戦国時代に武将織田信長公!と聞けば興味があるでしょうね。標高112mの船岡山に社がある「建勲神社」ご祭神は織田信長公です。正式には(たけいさおじんじや)ですが一般的には「けんくんじんじゃ」で親しまれています。大徳寺の南西方向になります。天下を統一した信長公の立派な功績を称え、明治2年に明治天皇が創建神号「建勲」は明治天皇が下賜(かし)された10月19日船岡大祭が行われました。この日に祭事おこなわれる訳は信長公が戦国の世を終わらせるために初めて入洛した日を祈念して祭典が行われているそうです。本殿まで石段が続きます。ご一緒に・・・。立派な狛犬です。この辺りで100段を越えています。拝殿、その奥に本殿残りの石段を上がれば137段≪数え間違いがなければ…≫(^▽^)最後頑張りましょう!御朱印を貰う方の長蛇の列拝殿の前は大勢の方です。拝殿で仕舞「敦盛」「小鍛冶」や舞楽「胡飲酒」(こんじゅ)が奉納されました。織田信長公の末裔の方も参列されおり玉ぐしを奉納されました。他府県の建勲神社の方々も出席されていました。祭事は滞りなく終わりました。信長公愛用の短刀「薬研藤四郎」が刀匠藤安将平氏により再現され展示されました。隣で熱心に祭事を見ていた外国の方が「後 何?」と聞かれて日本が少しわかるとのことで「今日はこれで終わりです」と伝えたらガックリされました。昨年行われた火縄銃演武をスマホで見ておられたので今日も見られるだろうと期待されてビデオの準備をして待っておられたようです。祭事と合わせておこなわれる行事は毎年かわるようです。今回は信長公の宝刀を展示を展示し他の行事はないことを伝えました。後ろにおられた男性も「今回はないのですか?」とガックリ大文字山が正面に見えます。斜めですが妙法の「妙」も見えていました。帰りは別の石段から・・・・・宝刀は実物ではなく資料から再現されたものです。建勲神社で展示された後は京都国立博物館で展示され、現在は広島県福山市ふくやま美術館で展示中のようです。11月11日~12月9日まで。来年、佐野美術館(静岡県三島市)で2019年2月1日~24日まで展示されるようです。
2018.11.18
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菊酒上賀茂神社でおこなわれた「重陽の節句」中国で”九”という奇数は縁起が良い数字とされています。9月9日も”九”が重なるので「重陽」といわれ宮中などで菊酒を飲み菊の花についた露で肌を祓い災厄を祓った日とされています。神前に菊の花を供え延命長寿・災厄除けを祈願し、神事がおこなわれたあと烏鳴きや所作があり子どもたちの奉納相撲がおこなわれます。葵祭の斎王代も列席されます神事が終わって斎王代が細殿へ斎王代が見守る中神官がお二人で交合に土俵上で「8」の字に歩かれます意味をさつめいされたと思いますが記憶に残っていません。(;;)いよいよ烏(カラス)の登場です両サイドから飛んできます両サイドから飛んできます横に飛びながら弓矢などを運んできます「カーカーカー」 「コーコーコー」烏の鳴き声で互いに呼応します何を話したのでしょうねぇ。終わったら横跳びで天幕へ帰って行かれます。子どもたちが立砂の周りを三周後ろに赤い布をつけているのが「紅組」白い布は「白組」奉納相撲が始まりました子どもたちの力のこもった対戦風景はお顔を出せませんので「ぼかす」します神事・祭事が終わって素焼きの杯に黄色の菊の花びらが浮かんだ菊酒をいただきました。子ども相撲で元気をいただきました。・・・・・烏(カラス)は桓武天皇の東征の際、上賀茂神社のご祭神:賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が八咫烏(やたがらす)に姿を変え先導した故事にちなむそうです。
2019.09.30
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京都府井手町の玉川の両堤の約1キロに植えられた桜並木期間中さくらまつりを開催されていましたJR奈良線・玉水で下車土手に向かって徒歩白い桜に交じって淡いピンクの花を咲かせていました桜の思いのまま(咲き分け)はまだ珍しいようです。駅近くにはお休み処が設けられています。納得のお花見でした。
2025.04.24
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石楠花(シャクナゲ)今日は手話サークルへ楽しくお出かけです ルンルン新たに話し合われたのは3分間スピーチの取り組み3分以内でもかまわないとのことです。特に将来、手話通訳士を目指していなくても人前に立って手話で話をすることはよい勉強になりますので大切なことです。が、しかし・・・相手に分かりやすく話すことは非常に難しいと、常日頃思っています 特に手話では・・・私は人前で自分の考えていることを話すのが苦手です意見など言うのも好きではありません話そうと思うと低血圧ですが 血圧が上がりそうです順番が回ってくるのは先のことですが・・・考えると 今からドキドキどうすりゃ良いの!
2013.05.08
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