2011年06月18日
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 軍艦色(灰色)を吹き付けます。

 GSIクレオスというメーカーは、旧海軍の呉と横須賀と佐世保の工廠(コウショウ、工場)毎に軍艦色を販売しています。

 これは、軍艦が国産になってからのことでしょうから、「三笠」がどの工廠の軍艦色に近いのかはよくわかりません。

 どの色を選んでもそれほどの違いはないでしょうから、呉海軍工廠標準色を購入しました。




 軍艦色を吹き付け、乾燥した後、マスキングテープを剥がし、甲板には 木甲板シール を張り付けました。



 これだけで、かなり艦船らしくなってきました。

 ちなみに、写真の赤い歯ブラシのようなものは、電動紙ヤスリです。

 相当なスグレモノですが、私のように取りあえず作ればいいぐらいのモデラーは、金属ヤスリだけで十分という気もします。




 エッチングパーツの錨鎖導板を接着した部分は、こんな感じでうまく収まってくれました。



 艦首を撮影して見ました。なかなかの迫力です。




 旧日本海軍軍艦色のエピソード

 日露戦争の開始が1904年2月ですから、その5ヶ月前、4隻の新造軍艦が売りに出されているという情報が日本に入ってきました。

 チリとアルゼンチンは国境問題で仲が悪く、チリはイギリスに、アルゼンチンはイタリアに装甲巡洋艦を2隻ずつ発注していたのですが、イギリスの仲介で仲直りして、この新造艦をお互い手放すことになったのです。

 日本海軍の艦艇はほとんどイギリス製ですから、海軍としてはチリの発注艦が欲しかったのでしょうが、この2艦はイギリス海軍が買い上げてしまいました。

 まあ、ロシア帝国に買い上げられるよりはマシですから、山本海軍大臣はホッとしたことでしょう。

 その後、アルゼンチン発注艦は日本とロシアの取り合いになったようですが、無事日本が買い取ることができました。

 契約の締結は、12月30日のことです。

 さて、これからが大変です。日露戦争は40日後に迫っていたからです。

 一刻も早くこの2艦を日本に回航しなければなりません。

 ロシアの艦隊が何時でも攻撃できるよう地中海に待機しているし、そう言えば艦名も決まっていません。

 現地に派遣された海軍士官は、さすがに艦名に付いては海軍省にお伺いを立てましたが、何でもかんでもお伺いを立てていては物事を進めることはできません(ちなみに艦名は「春日」と「日進」に決まりました)。


 年も開けて1月5日、海軍省に次のような報告が現地から届きました。

 「両艦の外舷を地中海のイギリス軍艦の色と同じネズミ色に塗った(マヌエル・ドメックガルシア著、津島勝二訳、アルゼンチン海軍観戦武官の証言)」


 これに、ならったのかどうかは判りませんが、東郷平八郎連合艦隊司令長官は、1月10日に次のような訓令を全艦に発令したのです。

 「全艦艇は、できるだけ速やかに、黒1、白3の割合で濃鼠(コネズミ)色に塗り替えるべし」

 これまで日本海軍の艦艇色は、白、黒、鼠色が混在していたのですが、これ以後、海軍が消滅するまで鼠色で統一されたようです。

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最終更新日  2011年06月19日 00時03分23秒
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