2011年06月24日
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 張り線は、ハセガワのエッチングセット「ベーシック」に付属していますが、号数は0.8で、直径は約0.15ミリメートルです。

 見た目にどうも太い感じがします。ちなみに、合成繊維製の黒い糸です。

 今回、私は 参考書(1/700モデルの製作記事) に紹介してあった鮎釣り用の釣糸(金属製)を使うことにしました。

 問題は、どの号数を使うかなのですが、直径が0.8号の約半分になる0.2号を購入しました。



 はたしてこれが1/350モデルの製作のためのより良い選択であったのか難しいところですが、色々な号数を買って試してみる予算的余裕はありません。

 写真は、2本の糸を比較するために、右上の糸にピントを合わせています。



 煙突とボートデッキの間に張り線を張りました。

 この釣糸は金属製で直線性があるので、このような短い張り線の時は簡単に張ることができました。



ボートデッキの上にエッチングパーツで「手すり」を取り付けました。

張り線と手すりを取り付けることで、船体の中央部にスケール感が出てきたような気がします。



前部の上甲板の部品を加えていきます。

錨鎖(ビョウサ)を取り付けると完成です。

前部の上甲板は実にいい感じで仕上げることができました。





水中発射管のエピソード

 このプラモデルを買って、驚いたことが一つあって、それは船体の両舷の喫水線の下に大きな穴が2つずつ開いていたことです。

 これでは、船が沈んでしまうではないかと思って(今日の写真の5枚目に、黒い穴が空いているのが見えます)、調べてみると

 この穴は魚形水雷の水中発射管だったわけで、私は不覚にもこのプラモデルを買うまで、三笠にこんなハイテク装備?が施されているとは知りませんでした。


 日露戦争を戦った6隻の戦艦の中で、最初に竣工したのが戦艦「富士」であり、この時日本の軍艦で初めて「水中発射管」が装備されたそうです。

 竣工した「富士」をイギリスに引き取りにいった海軍士官に坂本少佐(当時)という人がいて、

「富士」も姉妹艦の「八島」も、水中発射管の付近は外板が一枚しかないので、

 『これは弱点だ。ここは艦の弱点だ(山梨勝之進、歴史と名将)』

 といって、相当気にしていたといいます。


 日露戦争では、坂本大佐(当時)は戦艦「八島」の艦長として出征しました。

 そして、1904年(明治37年)5月15日、八島は、ロシアの機械水雷にかかって、水中発射管室が爆発して、ついに転覆沈没してしまったのです。

 皮肉にも艦の弱点を自ら証明してしまった坂本大佐は、その後大連湾防備隊司令官となり、「黄海(コウカイ)海戦」にも「日本海海戦」にも参戦することはできなかったようです。

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最終更新日  2011年06月25日 01時19分43秒
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