2011年07月15日
XML
カテゴリ: 秋山真之伝記
 上京して2年後(1885年、明治18年)、

 秋山真之(18歳)は東京大学予備門の入学試験に合格し、晴れて大学予備門の学生になりました。


 同郷の正岡子規(19歳)は、その前年に大学予備門に入学していたのですが、

 見事落第してしまったので、真之と同級生になったのです。


 翌年(1886年)真之は、大学予備門を退学して、剣を吊る(軍人になる)ことになりますので、たった1年足らずの学生生活であったようです。

 当時の真之の様子は、

 子規の「筆まかせ」という随筆や、子規の俳句仲間である柳原極堂の「友人子規」などで知ることができます。


 学生時代の真之は、子規と同宿していたこともあったのですが、

 「菊池謙二郎」(水戸藩出身、帝国大学を卒業後、学校の校長を歴任、衆議院議員)という人と同宿していた期間が最も長かったようです。


 菊池は後年(1932年)、学生時代の真之を次のように回想しています。

 『才気もあったが、いわゆる軽薄才子とは全然おもむきを異にし、率直で、無遠慮で、よく人を罵倒した』

 罵倒とは、「激しい言葉でののしること」ですから、このあたりが真之の短所であったのでしょう。


 菊池も気が引けたのか、

 『しかし、毒気も嫌味も無いので、罵倒された方でも、あまり感情を害するようなことはなかった』

 とフォローしています。


 ただ、真之に罵倒された全ての人が、真之に毒気も嫌味も無いと理解できたわけではないでしょうから、腹を立てた人も少なからずいたことでしょう。

 真之は、先輩にも、同輩にも、後輩にも、かなりの敵を持っていたのは、まあ有名な話であって、

 このような性格が、かなりの敵を持つ一つの原因であったのかもしれません。

にほんブログ村 歴史ブログ 近代 明治・大正・戦前へ
にほんブログ村





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2011年07月16日 01時48分19秒
コメント(0) | コメントを書く
[秋山真之伝記] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: