2011年12月09日
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カテゴリ: 秋山真之伝記
 明治38年5月27日13時39分、

 連合艦隊は、南西方向にバルチック艦隊を発見しました。


 海面の濛気(モウキ、もうもうと立ちこめる霧やもや)は少し減って、

 15km程度先まで目視で確認できるようになっていました。




 露天艦橋から、最初に敵艦隊を確認したのは、

 最新式の12倍双眼鏡を首に掛けていた東郷平八郎司令長官であったでしょう。


 「ヘンナカタチダネ」

 と、つぶやいたそうです。


 バルチック艦隊は、雑然とした陣形で向ってきていて、

 これから戦闘を開始しようとする艦隊とはとても思えなかったのでしょう。


 しかし、東郷は、

 「ヘンナイチダネ」

 と、つぶやいたのかもしれません。


秋山真之先任参謀の戦策で示された彼我艦隊の位置関係 と実際の位置関係にズレを認めて、

 東郷はそのズレを気にしたのではないでしょうか。


 プロの棋士は、他人の将棋でも、その盤面を一瞬見ただけで、

 数十手先を読むことができるといいます。


 この時の真之も、バルチック艦隊の出現位置を確認した瞬間に、

 戦策とのズレに対する対応策(連合艦隊が進むべき航路)を見出していたのではないかという気がします。


 13時40分、三笠は北西微北に変針しますが、

 ラッパ管に向って「おもかじ」の号令をかけたのは、

 真之であったのではないでしょうか。


 この「三笠」の露天艦橋にあって、

 極度の緊張に震えていたのは砲術長の「安保清種」少佐であったでしょう。


 これまでの砲撃戦は、それぞれの砲の指揮官が、照準を合わせて砲撃していたのですが、

 この戦いでは、砲術長が艦橋から一元的に砲を指揮するという「射撃指揮法」が導入されていたからです。


 三笠がどれほどの功績を挙げることができるのかは、

 安保の射撃指揮に委ねられていたと言えます。


 真之の戦策を知っているのは、東郷と加藤友三郎参謀長だけのはずです。

 安保は、真之の戦策を知らされていないのです。


 この「おもかじ」の意味を必死で探ろうとしても理解できず、

 なにより、ラインの長でも無いスタッフの真之が、

 連合艦隊をコントロールしている事の不思議。


 露天艦橋を見渡すと、

 東郷は、身動きもせず敵艦隊を凝視したままです。


 加藤と伊地知彦次郎艦長は何かしきりに話をしています。

 布目満造航海長は、航海士と共に彼我艦隊の位置を海図に入れるのに熱中しているようです。

 どうやら、真之の「おもかじ」の号令をとがめる者は、誰一人いないのです。


 その時、真之は東郷に近づき、

 『先刻の信号(Z旗のこと)整えり。直ちに掲揚すべきか。』

 と許可を願い、

 東郷は静かにうなずいたのです。


 13時55分、東郷は、隷下の艦隊に次の信号を発令しました。

 『皇国の興廃はこの一戦にあり。

  各員一層奮励努力せよ。』







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最終更新日  2011年12月10日 18時49分15秒
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