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日曜日は疲れてたから、barには行かないつもりやったんやけど、うちの、友達から、さつきに会いたいから来て欲しいって言われて、行った。店に入った途端、酔っ払いのブラジル人が、うちのお尻を触った。めっちゃムカついて、「触るな」って怒ったけど、皆、トランプしたり楽しんでいたから、我慢して、彼氏と友達に、あの酔っ払いに、お尻触られたって言ったら、今度は、どついたら良いって言うから、「今度触ったら、どつくわ」って言った。その酔っ払いは、本間に酒癖が悪くて、お行儀が悪いから、注意されたら、文句言いに行って、喧嘩したいみたいに、邪魔ばっかりするし、早く帰らそうってなって、タクシーを呼んだら、帰らないって言い出すし、本間最悪やった。それからも、うちの事を、ずっと見てて、友達が「あなたの事、ずっとやらしい目で見てる」って言われて、それでも無視してたんやけど、またうちらの所に来て、レオを連れて行ってたんやけど、レオを触りに近づいて来たから、「触るな~」って言ったら、笑ったから、ムカついて、「あんた、さっきお尻触ったやろ~今度触ったら、店から追い出して、しばくからな」って言ったら、ごめん・ごめんって言ったけど、うちは「nao」←英語で言う「no」って言った。もう顔も見たくないし、話しもしたくないから、向こうに行けって言ったけど、聞かないから、彼氏が怒って、そいつの肩を掴んで、店のドアに叩きつけた。それで、店に居た友達達がびっくりして、「どうした・どうした」ってなって、彼氏と、友達が、こいつが、彼女のお尻を触って、ずっとやらしい目で見てるって言うと、皆が怒って、そいつをみんなで追い出した。前の日記で書いた通り、うちの彼氏は、温厚で、めったに怒らない、喧嘩も大嫌いやし、いつもニコニコしているのに、その彼氏が怒ったもんやから、皆、立ち上がって、一緒に追い出してくれた。皆に、ポルトガル語で「帰れ~」って言われてる、後で、まだうちの事ずっと見てたから、日本語で「帰れ~」って大声で叫んだ。それで、一件落着には、なったんやけど、気分が悪いせいで、お酒の量も増え、夜中の12時に家に帰って来た。あの酔っ払いが帰った後は、楽しく飲んだんやけどね。その酔っ払い、昨日だけじゃなくて、土曜日も店に入って、仲の良い友達にハグしてほっぺにキスしたら、ポルトガル語で訳のわからん事を言いながら、両手を広げて、俺にも・・・って感じやったから、「何で、あんたに挨拶せなあかんねん」って、思いっきり睨み付けてやった。そんなんが二日も続いたから、怒りもピークやった。でも彼氏のお許しも頂いたし、今度同じ事があれば、誰が止めても、店から追い出して、どつき回してやる。何か今日の日記は、久しぶりやのに、怒りと、少し恐い日記になりましたが、うちがそんだけ切れたって話なんで、悪しからず~。
2007年12月17日
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友達の結婚式が先月の24日に博多であって、その式に母と招待されたので、折角、九州まで行くんだし、めったに行く事も出来ないので、ばぁちゃんにも会いたいし、じぃちゃんの墓参りも行きたいので、有給を取って、ゆっくり九州旅行する事に決めた。本間は、22日に、昼間で仕事行って、それから大阪に向かって、母を載せて20時のフェリーで向かうつもりやったけど、母が、それやったら、バタバタせなあかんのんちゃうって言うから、22日も休んで大阪に向かった。22日の晩に無事フェリーに乗り、23日の朝8時に、北九州の新門司に着いた。着いてから、下道で関門大橋を渡って、下関の唐戸市場に向かった。その市場では、金・土・日と出店が出てて、前にも一度行った事があるけど、新鮮な海鮮物が食べられるので、そこで朝ごはんを食べようと決めていた。行ったら、色んなお寿司や、海鮮丼が沢山あって、私はウニ丼と、ふくの味噌汁を飲んだ。ウニ丼は1000円でウニも甘かったし、とても美味しかった。ふくの唐揚げも食べた。それから、新門司に帰って、母が、新門司の駅や、色々観光する所があって、行きたいと言うので連れて行き、天文台にも上って、観光を満喫した。その後、またまた下道で博多駅を目指して、向かった。博多について、チェックインまで時間があったから、近くで昼ごはんを食べて、ホテルに向かったら、友達が式の最終の打ち合わせをしてたので、駐車場を案内しに来てくれた。それから車を止めて、チェックインして、100円バスに乗って、キャナルシティーに向かった。博多は、本当に都会で、大阪から離れている私は、びっくりの連続だった。博多美人と言う通り、綺麗で洗練された人が沢山いたよ。それから、博多駅の地下に行って、色んなお店が沢山あるんやけど、そこで靴を買ったり、色々な物を沢山買い物して、晩ご飯を食べて、ホテルに帰った。朝一番の式だったから、朝早くから準備して、結婚式に向かった。そしたら、すごい結婚式で、招待客が78人も居た。うちと母は、親族席に座らされ、それでなくても緊張してるのに、隣に座った、お上品なおばさんは、友達のお母さんの姉で、大学教授の奥さんだった。そして、うちは、カラオケを歌う約束をしてたので、緊張しながら、待ってたら、お色直しで戻って来た後、直ぐに、係りの人に、呼びに来られて、緊張しながら、そんな沢山の人の前で歌う事になった。歌った歌は、友達のリクエストで「AI の STORY」を歌った。緊張しすぎて、ドキドキしながら歌ったけど、大広間で音響もすごく良かったので、気持ち良く歌えた。終わった時には、すっごい拍手で、感動したと、色々な人に褒められて、隣のおばさんには、歌のご職業の方かと思いました。すごく良かったですって言って貰えて、何とか、大役を務めほっとして、次は誰かと思ったら、新婦の手紙でクライマックスになった。結局余興をしたのは、旦那さんの、祖母の詩吟と私のカラオケだけだった。そんな数少ない役を私が歌っても良かったのか…。でも、皆感動したと言ってくれたし、旦那さんは、私の歌を聞いて、うん・うん頷いて泣いて聞いてくれてたし、良かったのかな?その後、母を次のホテルに連れて行き、私は2次会へ向かった。友達のお父さんと、お兄さんも来たので、ホテルから、友達と5人で2次会の会場へ向かった。せっかく行ったんやけど、頭が痛くて、1敵も呑めなかったけど、色々話せて、楽しかった。最後ら辺は、頭が痛くて、寝てたけど…。それから、ホテルに向かったら、母は、温泉に行って居なかったから、先に寝た。朝起きて、母に温泉に行っといでといわれたので、朝から、温泉に行って肌ツルツルになってホテルに戻って、チェックアウトして、ガストで昼ごはんを食べて宮崎に向かった。宮崎に着いたのは6時過ぎで、ばぁちゃんの家の前のスーパーから電話して、ばぁちゃんが出て、今前のスーパーに居るから、今から行っても良い?って言うと、すっごくびっくりしてて、鍵開けとくからって言ってたんやけど、行くと、玄関まで開けててくれた。その日は、美味しい地鶏の炭焼きとスーパーで買った物で晩ご飯を済ませ、早々に寝た。次の日は、ばぁちゃんと、母と3人で、墓参りに行ったけど、ばぁちゃんは、だいぶ体が弱ってて、歩くのも大変そうで、車から下りなかった。その後、宮崎に行くと、いつも行く、美味しいうどん屋に行くと、ばぁちゃんは、何年ぶりやろ~美味しい・美味しいって食べてくれました。それから、ばぁちゃんの薬を忘れたので、家に送ろうかと思ったけど、もう少しドライブしたそうだったから、薬を取りに帰って、飲ませて、日南の方にドライブに行った。ばぁちゃんは、じぃちゃんと、昔結婚したての時に一緒に住んで居たらしく、日南に連れて行くと喜ぶのを知ってたから、連れて行った。そしたら、昔のサボテン公園が、道の駅になってたので、そこで野菜を買ったり、みかんも安くで売ってたから買って、マンゴーソフトクリームを買って、ばぁちゃんに渡したら全部食べてしまった。その日の夜は、ハンバーグと、その他、もろもろ作ったけど、おじさんが、家庭料理に飢えてるのか、胃が半分しかないのに、おかわりして2個も食べたのには、みんなびっくりした。次の日は、ばぁちゃんがディサービスに行ったので、私と母は、家の掃除や洗濯を済ませ、空港に、お土産を買いに行った。でっばぁちゃんが帰って来たのは良いけど、熱があったから、お風呂は入れてないってヘルパーの方に言われて、心配してたら、案の定、うちらが寝る前に、胸が痛いと、ばぁちゃんが言いだして、直ぐに救急車を呼んで緊急入院になった。おじさんは仕事があるから、家に送って、必要な物を取って、知らない道を真夜中に走って、迷いながら、病院にもどった。次の日は、夕方から、残りのお土産を買って、家に早々に戻り、全然寝てなかったから、皆で爆睡して、次の日、朝、ばぁちゃんに、帰りに挨拶に寄ってから、母が呼子に行きたいって言うから行ったんやけど、すごく遠くて滞在時間30分で、お土産だけ買って、新門司港に向かってフェリーに乗って大阪に帰って来た。最後ら辺は、ばぁちゃんの入院とバタバタ色々な事があって、疲れたし大変やったけど、ばぁちゃんが、めっちゃ喜んでくれた事で、休んででも行った甲斐があったと思いました。チョット、今回の日記は長くなってしまったね。本当はもっと詳しく書くつもりだったけど、長くなりすぎるので、最後は簡単になってしまいました。
2007年12月05日
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