マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2008.01.24
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<再び空港にて>

 タクシーに乗って宮古空港へ行こうとしたところでY川さんに会った。何と彼も同じホテルに泊まっていたのだ。そのまま2人でタクシーに乗り込み、話をする。「宮古島遠足」は制限時間が16時間と長かったためついのんびりし、東平安名岬の灯台で暫く眠っていたと彼。そして「ワードー」と違って、歩道を走らなければいけないなど、制約がきつかったそうだ。きっと海宝さんに対する地元警察の「締め付け」だったのだろう。

 その海宝さんが主催するウルトラレースを徐々に縮小する方向らしい。何でもレースを行う毎に「持ち出し」が増え、奥様に叱られているようだ。そのためか今夏は「栗山」を開催しないのだとか。これは困ったことになった。年老いてさらにスピードが落ちて来たら、制限時間の長い海宝さん主催のウルトラをゆっくり走ろうと考えていたのだが、さて、これからどうなるのだろう。

 宮古空港へ行くと走友会の仲間がいた。「Aさん、宮古はやはり暑い時に走らなくちゃダメだよ」とニコニコ顔のKさん。彼女が4人の中では最初にゴールしたと聞いたが、やはり元気そのものだ。Y川さんからもらった割引券で、宮古ソバ、かまぼこ、ピーナツ味噌などのお土産を買う。

 待合室で待っていた時に、偶然高松のTANさんと遭遇。彼は昨日レンタカーで観光しながら、ずっと私を捜してくれていたそうだ。仲間にも私のゼッケンを教えて、捜してもらっていた由。私が「自己ベストが出たかも」と話すと、とても喜んでくれた。猛暑の「遠足」を走った彼は、体調を崩し15時間台でのゴールだったとか。

 そこへUMMLの主催者であるS石氏が来られて握手。TANさん達と「宮古100の会」を結成して毎年宮古島を走っているとか。私が大阪から山形へ転勤する時にわざわざ高松から駆けつけ、送別会を開いてくれたのはもう10年前のことだ。風雨は強かったが、那覇空港への便は定時に宮古空港を飛び立った。厚い雨雲の中から一瞬だけ伊良部島が見えた。かつての走友S田さんが生まれた島だ。

 那覇空港で仙台行きの便を待つ間、Eちゃんから初ウルトラの感想を聞いた。仲間からは「暑いので絶対に無理しないように」と散々言い聞かされたこと。仲間へは「遠慮しないで自分のペースで走って」とお願いしたけど、10km付近までS氏が伴走してくれたこと。東平安名岬の70km地点まで走り、残り30kmは鹿児島のランナーと一緒に歩いたこと。それでも何とかゴールしようと考え、時計を見ながら時々走ったようだ。

 私はかつて彼女に「フルマラソンを楽しく走れたら100kmも走れる」と話したことがあるが、彼女によれば「ウルトラは最後まで食べられなくちゃいけない」とも話していたようだ。初ウルトラを古傷のくるぶしを痛めながら耐え抜いた彼女。「色んな失敗を重ねてウルトラのレースを覚えて行くんだよ」と言うと、ゴールまで付き合ってくれた鹿児島のランナーにも全く同じことを言われたらしい。Eちゃん完走おめでとう。本当に良かったね。

 最後にEちゃんの予算を聞いて驚いた。私が12月のNAHAマラソンと今回かかった経費を足したよりまだ多いではないか。そう言えばY川さんからEちゃん達が泊まったリゾートホテルの写真をデジカメで見せてもらったが、そこにはまるで絵葉書のような風景が写っていた。

 さて、私はここ当分経済的に困窮する日が続くだろう。そして、あのアダンの実が実る島を再び訪れる日が来るかどうかは分からない。でもたった2泊3日の貧しい旅ではあったが、「ぱいぬすま・みゃーく」を走ると言う長年の夢を果たすことが出来たことに、心から満足している私だった。<完>





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Last updated  2008.01.24 19:21:51
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