マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2011.03.20
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
○3月14日(月)<震災4日目ー2>

 昼食後、自転車で私の兄宅と妻の兄宅を訪ねた。電話が通じないため全く消息が掴めなかったのだ。リュックには貴重な水と乾パン。少しでも役に立てばと言う思いだ。ある曲がり角でビックリ。ビルの1階と3階はあるが、2階部分がペシャンコに潰れている。それが皮肉なことに建設会社なのだから驚く。

 区役所近くのビルには、大きな段差が出来ていた。窓ガラスが壊れたビルや壁面が崩れて入れないアパート。大量の砂が吹き出した道路は、激しい液状化現象の痕跡だ。9km先の兄宅では屋根瓦の一部が崩落し、壁に大きな亀裂が入っていた。縁側に廻るとポーチが折れている。急いで中に入った。

 兄は脳出血の後遺症のため体が不自由で口もきけないのだが、夫婦そろって無事。2人の姪家族も被害はなかったとのこと。この地区では水は出ているが、電気、ガスは駄目。あいにく義姉は外出中で詳しい話は聞けなかったが、見舞い代わりに乾パンを置いて来た。妻の兄宅に向かう途中、街頭で野菜と果物を売ってるのを見つけ、大量に仕入れた。今はとても品薄で貴重なのだ。

 妻の兄宅でも屋根瓦が落ち、ブルーシートが掛けられていた。義姉はいたが義兄は不在。姪の家では被害を受けて避難所暮らしをしてたが、子供達が夜間になると不安で泣き叫ぶため実家に戻った由。姪の夫君は大津波で町が壊滅した南三陸町出身。家族全員と未だに連絡が取れないそうだ。掛ける言葉が見つからず、ただ気を落とさないよう励ますのみ。野菜と果物を置いて帰る。

 再び兄宅に寄り、先ほど買った野菜と果物を届けた。家に戻って仕入れたばかりの野菜を妻に渡すと、ほとんど反応がない。野菜はたくさん冷蔵庫に買い置きしている由。夕食は魚、野菜の煮物とラーメン汁の残り。テレビでは福島原発の被災状況をずっと放送していた。地震と津波で建物が損壊し、放射能汚染の危険性が高まっていた。

 後日知ったのだが、石原都知事が「今回の地震は天罰」みたいな発言をしたらしい。誰に対する天罰なのか。多くの犠牲者や行方不明者が出ているのに「天罰」と言う言葉を口にする神経が全く理解出来ない。被災地を一体何だと思ってるんだ、この大馬鹿者めが。「これまで防災対策をおろそかにしたことへの警鐘だ」とでも言うならともかく。


○3月15日(火)<震災第5日目ー1>

 早朝、庭の「仮設トイレ」で排便。愛犬の餌の残量を考え、この日から若干量を減らし、その分乾パン2枚を与えるようにした。朝食はカツオの刺身を煮たもの、シシャモ、野菜の煮物。

 自転車で通勤途中、道端に緑色の塊りが見えた。一旦通り過ぎたものの気になって戻ると、何と言うことか、それは大量の草餅だった。合計で20個ほど。迷った末に潰れてないもの16個をリュックに入れる。賞味期限は前日で切れているが、食べる分には全然問題なし。だが何故そこに落ちてたのかが不思議。

 数日後に通りかかったら、潰れたものまで跡形も無く消えていた。きっとあれは神様のプレゼントだったのだろう。妻には「某ルートで入手した」と話して、冷凍保存した。未だに生きているところを見ると、毒は入って無かったようだ。でも良い子は決して真似をしないようにね。

 第1現場では大きめのペットボトル3本にお湯を詰めた。これは帰宅後まで暖かく、妻のシャンプー用として使うことが出来た。この現場では前日からインターネットが回復していた。管理会社の方の了解を得て、ようやく自分のブログに無事であることを書き込む。コメント欄の安否を心配する言葉が本当に嬉しかった。皆さんありがとうございます。そして大変ご心配かけました。遅番の同僚は自宅が被害に遭い、避難所暮らしを余儀なくされているようだ。

 第2現場でも5本のペットボトルに水を満たす。8kgのリュックを背負い、雨に濡れながら帰宅すると、自宅の電話とインターネットが回復していた。昼食は焼きそば、せんべい3枚、リンゴ、グレープフルーツ。昼食後、所属走友会と宮城UMCの掲示板に無事であることを書き込む。どうか多くの走友達が無事でありますように。<続く>





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2011.03.20 16:23:12
コメント(4) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR


© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: