マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2012.07.12
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カテゴリ: 芸術論


 「風の又三郎」、「オッペルと象」、「銀河鉄道の夜」、「セロひきゴーシュ」、「よだかの星」、「注文の多い料理店」などが宮沢賢治の童話であることは知っている。だが、実際に本を読んだ記憶はほとんどない。「オッペルと象」を小学校の教科書で読み、「よだかの星」は劇を観たくらいか。「グスコーブドリの伝記」も全く同様で、知ってるのは名前ぐらいなものだ。

 孤高の童話作家にして詩人の宮沢賢治は明治29年(1876年)に岩手県で生まれ、昭和8年(1933年)にわずか37歳で亡くなった。きっと「雨ニモマケズ・・」の詩は、誰でも知ってるはず。生家の暮らしぶりは割と良かったようだが、進学したのは盛岡農学校。現在の岩手大学農学部の前身に当たる。

 さて、映画「グスコーブドリ」の登場人物はネコ。もちろん童話では人間なのだが、ネコの方がこの童話の神髄を良く表現できるとキャラクター原案担当のますむら・ひろしは考えたようだ。彼は「銀河鉄道の夜」を漫画化した人。そして監督、脚本、絵コンテはアニメ「白蛇伝」(昭和33年)を手がけ、テレビの「まんが日本昔ばなし」を作った杉井ギサブロウ。

 不思議な話だった。冷害に苦しむ一家が、次々にいなくなる。雪の中に飛び出す父。そしてそれを追いかける母。残り少なくなった食べ物を、子供達に与えるようにして消え、2度と戻って来ない。妹もいつの間にか家から消え去る。さらに冷え切る気候。そこでグスコーブドリが採った大胆な行動とは・・。

 賢治が生まれた年と死んだ年には、三陸沖地震があったそうだ。もちろん当時は冷害も多く、食えなくなった家では娘を女工や女郎にして凌いだ。少し恵まれた生活をしていた賢治には、そのことが心の負い目になっていたと聞く。最初からドキッとする場面の連続は、暖かくて優しくて楽しい童話とは全く異なる。当時の東北の農村の貧しい暮らしが、童話の根底にあるのだ。グスコーブドリは苦しむ人々を救うために乗り出し、そのまま帰って来ない。

 彼の童話の背景には農学校で学んだ自然科学の知識、熱心な法華信者だった宗教心、そして熱烈な愛郷心がある。映画を観てそのことが良く理解出来た。彼が描く理想郷「イーハトーブ」とは、岩手県のことなのだ。因みに他の作品に出て来る地名「モリオール」は盛岡のことで、「センダード」はお隣の県都仙台のこと。

 賢治の精神がこの作品にも良く表れていた。擬人化されたネコは、やはり賢治ワールドにはピッタリだった。実は上映時間のうち、合計で4分の1か3分の1ほど、私は眠っていたようだ。それでも筋は繋がったし、青年グスコーブドリの崇高な精神は分かった。結局、グスコーブドリは愛の人賢治そのものだと思う。

 エンディングに流れる曲も良かった。あの透明な歌声は誰なのだろう。魂が浄化される歌、魂を揺すぶる歌。人々の幸せを祈って天空に消えたグスコーブドリの心が、そのまま清らかな曲になった感じ。家に帰って調べたら、歌っていたのは小田和正。彼は結構な歳のはずなのに、まだあんな声が出せるのだ。まだあんな魂の歌を歌えるのだ。新たな驚きだった。そして『グスコーブドリ』は童話と言うよりも、素晴らしい文学そのものだった。<第2部へ続く>





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Last updated  2012.07.12 08:21:09
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