マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2012.07.22
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カテゴリ: 生活雑記
≪ 柴又「帝釈天」への道 ≫

 新幹線の中で合羽を干す。他にそんな人がいるだろうか。朝早い車両には乗客もまばら。それを良いことに、妻は濡れた雨具を干した。朝早い旅の場合、車のない我が家では駅に向かう「足」はいつも自転車。それが折り悪しく雨の場合は、当然濡れることになる。駅に着いた妻の顔もビッシリと雨の痕が残り、私の眼鏡も雨で濡れた。

 暇にまかせて新聞を読む。私は当日のを、妻はまだ読んでいない前日のを。テレビを点けないで読む新聞は、良く頭に入る。ほとんど読み終えて少しまどろむともう宇都宮。車内が混み出したので合羽をリュックに入れ、座席を1つ空けると、たくさんの荷物を持った女性客が横に座った。「鈍行」の東北新幹線でも2時間20分ほどで東京に着くのが有難い。

 改札口に出ても、次男の姿はない。そこで中央口の方まで見に行くが、そこにもいない。どうしたものかと妻を待たせた南口へ戻ると、「上野駅の山手線乗り場で待ってる」とのメールが来たと妻。私が考えていたのとは違ったが、次男も何か考えがあるのだろう。そう思い直して、不要な荷物は地下のコインロッカーに入れた。

 私達がこの日買ったチケットは、「ウイークエンドパスポート」とか言うもの。これは「管内」なら何度でも使える優れ物。その都度切符が必ず戻って来るのが嬉しい。山手線の上野。それらしい若者を見つけたので、その方に歩み寄ると、「お父さん」と妻が後から呼ぶ。次男はカッコ良い若者ではなく、どうやら冴えない服装の男の方だったようだ。

 そう言われて見れば確かにニヤニヤした次男が立っていた。正月以来の再会だが、元気そうで良かった。その間に私が2回の不整脈の手術を受けたことを彼も知っているが、特段「大丈夫?」とかは聞かない。こちらも東京でアルバイト暮らしの彼を心配はしているものの、面と向かって言いはしない。これが父親と息子の関係だろうか。この次男とは、それでも気持ちは通じている。

 「最初は柴又へ行くからね」。次男はそう言う。今日見物したい候補地は前もって幾つか伝えていた。それを彼なりにどう移動したらスムースに行くかを考えてくれていたのだろう。「京成電車」へ向かう。この辺は東京勤務時代の通勤路だったせいで、私も結構土地勘がある。と言っても、もう40年も前の話で、次男はまだ生まれてなかったのだが。

 京成の各駅停車に乗るのは初めて。そのガラガラの車両内で、次男はサンドイッチを食べた。東京の下町は、どこか親しみが持てる。どんよりした曇り空の下に広がる薄汚い家家。そのうち次男が指を差した。その方向に、「東京スカイツリー」が見えた。先頭部分には雲。もう当日券を売り出しているが、こんな曇り空では上空からの景色もあまり良くは見えないだろう。

 柴又で降りると、駅前に「寅さん」の銅像があった。頭には例のカンカン帽子を被り、右手には大きなカバンを下げている。今は亡き渥美清の懐かしい顔が、直ぐそこにあった。横に佇むと大勢のボランティアの1人が近づき、写真を撮ってくれると言う。妻と一緒にカメラに収まる。そこから彼が猛烈にしゃべり出す。それが「ええ~っ、何なのこの人は?」と言うほどの熱心さなのだ。

 「解説してもらえば」。次男が言う。中年の男性は喜び勇んで、手に持った資料を広げた。いやはや詳しいのなんの。両側にずらりと並んだお店の由緒を教えてくれるのは良いのだが、特に寅さんファンで無いものにとっては、話の半分はどうでも良いことなのだ。折角なので名物の草団子も買って食べた。ボランティアの説明はそこから一層詳しくなった。

 「帝釈天」へ向かう途中から、八幡神社へ向かう。その道すがら、この周辺の歴史を聞いた。奈良時代の資料によれば、この柴又は「嶋俣」(しままた)と記されていた由。そして正倉院に残された嶋俣の戸籍には「トラ」と「サクラ」と言う人名が残っていたそうだ。もちろん偶然なのだが、彼にとっては「奇跡的な出来ごと」に思えたのだろう。

 付近には一躍歌で有名になった「矢切の渡し」もある。江戸川の向こうは千葉県。かつての下総国府もあった由。そこで思い出したのが平将門。平安中期、彼は下総、上総、常陸、下野、武蔵の国府を次々に破り、「新皇」と名乗って関東を制覇した。結局は親族に討ち取られるのだが、同時期に四国で反乱を起こした藤原純友と並ぶ古代の勇将だ。

 八幡神社の地下には古墳がある由。古墳の上に神社が建てられる例は全国にも良くあること。まだ文字の無い時代、そこに「先祖」が眠っていることを代々口で伝えられたのではないか。そして小さな祠が後世神社に変わったと考えられないだろうか。<続く>





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Last updated  2012.07.22 10:01:48
コメント(7) | コメントを書く
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Re:息子達と歩く東京(1)(07/22)  
scotchケン  さん
そうでしたか、次男さんの案内で葛飾柴又ですか~、懐かしいですね~、寅さんのふるさと! 映画ではお寺の住職にかつての名優笠知衆で寺小僧が佐藤蛾次郎。思い出します。

矢切の渡しも近くなんですね~ (2012.07.22 16:15:59)

Re[1]:息子達と歩く東京(1)(07/22)  
マックス爺  さん
scotchケンさん今日は~!!
ご来訪とコメント、ありがとうございます。
ケンさんとこは、いつも読み逃げでスミマセ~ン!!

>そうでしたか、次男さんの案内で葛飾柴又ですか~、懐かしいですね~、寅さんのふるさと!
☆あのシリーズはあまり観たことがないんですが、
柴又はなかなか風情があって良かったですよ~♪(笑)

>映画ではお寺の住職にかつての名優笠知衆で寺小僧が佐藤蛾次郎。思い出します。
☆ほほう、それはかなり昔のことですねえ。笠知衆も佐藤
蛾次郎も好きな役者でした♪

>矢切の渡しも近くなんですね~
☆そのようですね。帝釈天から矢切の渡し方面へは、
人力車も出ていますよ~♪
(2012.07.22 17:11:44)

Re:息子達と歩く東京(1)(07/22)  
こんにちは~~。
お帰りなさい・・お疲れでは無いでしょうか?・・・

仙台から息子さん達に逢いに出掛けるには、電車で2時間20分ほどですか。

葛飾柴又の案内も、ボランティアを為さって見える方がいるのですね。
息子さん
達兄弟東京暮らし、時々逢えそうな距離ですね。
続き楽しみにしています。
(2012.07.22 17:18:20)

Re[1]:息子達と歩く東京(1)(07/22)  
マックス爺  さん
よっちゃん67さん今晩は~!!
ご来訪とコメント、ありがとうございま~す♪

>こんにちは~~。
>お帰りなさい・・お疲れでは無いでしょうか?・・・
☆ご心配ありがとうございます。結構元気ですよ~!!(笑)

>仙台から息子さん達に逢いに出掛けるには、電車で2時間20分ほどですか。
☆電車に乗ってる時間ですが、もうちょっと速いのもありますよ。

>葛飾柴又の案内も、ボランティアを為さって見える方がいるのですね。
☆あの日は10人ほどいたと思います。凄い人数ですね♪

>息子さん達兄弟東京暮らし、時々逢えそうな距離ですね。
>続き楽しみにしています。
☆ありがとうございます。のんびり続きを書かせていただき
ますので、是非とも最後までお付き合いくださいね~♪
(2012.07.22 19:18:23)

Re:息子達と歩く東京(1)(07/22)  
heren’s  さん
マックス爺さま こんばんは。

東京へ行かれたのですね。日帰りというのがちょっと勿体無いような気もしますけど、愛犬のことや奥様のお仕事のことなどあるのかしらね?
親子関係、気持ちが通じているというのは何よりと思います。今の時代、そういうのもなかなか難しいような気がしますから…。

私は去年2月と8月に東京へ行き連泊したのですが、観光できないままでしたので、是非次の機会には東京散歩を楽しみたいです。
ボランティア案内の方、観光地はどこでも多くいらっしゃいますね。深い知識と熱心さとにいつも驚かされ、心ばかりの謝礼をお渡しする時、申し訳ない気持ちになります。

八幡と名の付く神社も全国に本当に多くありますね。少し北に行った近所にも第46代孝謙天皇の勅願所として創立された神社があります。厄除けの神様です。
奈良時代、道鏡を重用した女帝 称徳天皇が道鏡の皇位継承に関するお告げの神託を確認するために、九州の宇佐八幡宮へ和気清麻呂を勅使として向かわせますが、「矢切の渡し」ならぬ「野村の渡し」で道鏡の手先が和気清麻呂の前に立ちはだかった時、猪が現れて手先を蹴散らしたとの言い伝えがあります。猪がその後も和気清麻呂を護衛したのだとか(笑)。明治に発行されたお金(拾円札)には和気清麻呂と猪が描かれています。

(2012.07.22 21:03:25)

Re[1]:息子達と歩く東京(1)(07/22)  
マックス爺  さん
heren’sさん今日は~!!
コメントありがとうございます♪

>マックス爺さま こんばんは。
>東京へ行かれたのですね。日帰りというのがちょっと勿体無いような気もしますけど、愛犬のことや奥様のお仕事のことなどあるのかしらね?
☆その通りです。愛犬のことが一番かな?

>親子関係、気持ちが通じているというのは何よりと思います。今の時代、そういうのもなかなか難しいような気がしますから…。
☆四国に住む長女は何の心配もないのですが、東京の二人の
息子が心配なんですよ。

>私は去年2月と8月に東京へ行き連泊したのですが、観光できないままでしたので、是非次の機会には東京散歩を楽しみたいです。
☆今回は結構楽しめる場所を案内してもらいました。調べて
行くと、東京にも歴史を感じられる所がありましたよ。(笑)

>ボランティア案内の方、観光地はどこでも多くいらっしゃいますね。深い知識と熱心さとにいつも驚かされ、心ばかりの謝礼をお渡しする時、申し訳ない気持ちになります。
☆あらら、お礼もされるんですか。私は団子1本でしたが。(笑)<続く>
(2012.07.23 04:49:24)

Re[1]:息子達と歩く東京(1)(07/22)  
マックス爺  さん
heren’sさん>続きです。

>八幡と名の付く神社も全国に本当に多くありますね。少し北に行った近所にも第46代孝謙天皇の勅願所として創立された神社があります。厄除けの神様です。
☆孝謙天皇と称徳天皇は確か同一人物の女帝でしたね。
そして八幡神は本地垂迹思想の始まりだったと。

>奈良時代、道鏡を重用した女帝 称徳天皇が道鏡の皇位継承に関するお告げの神託を確認するために、九州の宇佐八幡宮へ和気清麻呂を勅使として向かわせますが、「矢切の渡し」ならぬ「野村の渡し」で道鏡の手先が和気清麻呂の前に立ちはだかった時、猪が現れて手先を蹴散らしたとの言い伝えがあります。
☆道鏡は女帝の愛人で、政治的な野望を持って宇佐神宮の
神意を変えようと待ち構えていたんですね。

>猪がその後も和気清麻呂を護衛したのだとか(笑)。明治に発行されたお金(拾円札)には和気清麻呂と猪が描かれています。
☆清麻呂は道鏡のせいで、「きたな麻呂」、姉の鈴虫は「くそ虫」と名前を変えられ迫害された時代もありましたが、
めでたく宇佐神宮の神意を都に持ち帰り、ついに道鏡は
下野国に追放されたと記憶しています。イノシシのことは
知りませんでした。大分県の宇佐神宮にも行ったことが
あるんですよ。(笑)
(2012.07.23 05:08:04)

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