マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2012.08.23
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カテゴリ: 園芸・家庭菜園
 連日30度以上の猛暑が続いている仙台。昨年も暑かったが、今年もなかなか負けてはいない。このところ朝夕の2回畑に水を撒いているが、朝に撒いても夕方にはカラカラに乾いてしまう。先日、久しぶりに農作業をした。ナスとピーマンを1つの畝にまとめ、トマトの苗も1つの畝にまとめた。残った苗の実はかなり減り、しかも小さい。

 勿体ない気もするが、キュウリとミニトマトは始末した。残せばもう少し実るのだが、数は少ないはず。それに今は秋冬野菜の準備が必要な時期なのだ。残したトマト、ナス、ピーマンもせいぜい後1週間待つだけ。その後は全部抜いて始末する必要がある。モロッコインゲンの後には、白菜の種を蒔いた。これが一番早く芽が出た。

 ジャガイモの後には春菊の、駄目トマト(これは昨年の種から自然に発芽したもの)とキュウリの後には大根の種を蒔いた。それらも無事発芽している。今月末から来月初めにかけて蒔くのが、チヂミ菜と小カブ。そして10月半ばには玉ネギの苗を植える予定。その頃、ゴーヤは姿を消しているだろう。

 支柱やネットも半分以上が片付いた。今年の夏野菜はおおむね好調だった。完熟で立派なトマトは多分150個以上取れたはず。モロッコインゲンは500本以上取れて、最後の最後は豆ご飯にもなった。ミニトマトも苗は2本だけだが大豊作で、そのうちかなりの数が夏バテ中の愛犬の胃の中に消えた。

 キュウリは虫に食われたのと、ジャガイモに邪魔されて世話が行き届かなかったせいか、収穫は100本以下だったのではないか。それでも大部分は古漬けと冷やし中華の具やサラダになり、食欲増進に寄与してくれた。長ナスはあまり取れなかったが、ベイナスは上手に出来、焼きナスになって食卓に良く登場した。

 シソは3本だけ残して始末。これはまだ葉も立派で役立つし、最後には来年用の種を取る。ミョウガは昨年移植したせいか、収穫は20個ほどだが、まだ取れそう。アシタバもまだ若い枝が出て来ているが、そろそろ花芽が出そうな時期。三つ葉は既に葉が堅くて食べられず、目下種が出来つつある。

 3本植えたゴーヤのうち成功したのは2本。そのうち白ゴーヤは実が少ないから、実質は1本で頑張った計算。こちらは暑さが続き、水と肥料があればまだまだ実りそうだ。苦味の少ない白ゴーヤは、サラダや天ぷらになった。あばしゴーヤは定番のゴーヤチャンプルーとして大活躍中。収穫したうち何本かはご近所に配ったし、3本でちょうど良かったのかも知れない。ともかく頑張ってくれた夏野菜たちには、心から感謝している。

 夏の農作業は汗をかくし、暑くて日に焼けるし、蚊に食われて痒い。寝不足の身での草取り作業などは地獄そのものに感じるほど。それでもやり続けるのは、収穫の喜びがあるからだろう。これはやった人にしか味わえない愉悦なのかも知れない。苦労の後のご褒美と言う訳だ。

 始末された苗の残骸は、裏庭に積まれている。今後、これにトマト14本、ナス6本、ピーマン4本、ゴーヤ3本の残骸が加われば結構高い山になるが、それもやがては腐って土に還り、再び畑や庭の土として使われる。生ごみと愛犬のウンチが原料の「特製堆肥」も同様に、我が家では全てがリサイクルの対象。だから翌年の畑からはカボチャ、トマト、サクランボ、柿など色んな芽が出、これが結構面白いのだ。

 手をかければかけるほど、期待に応えてくれるのが野菜で、彼らは決して期待を裏切らない。もし失敗するとすれば、それは人間の知恵が足らないせいだ。例えば野菜には連作障害が出る。同じ場所で同じ種類の野菜を作り続けると、病気になることがあるのだ。土の中に病気のウイルスが残っているせいだろう。そしてジャガイモは殺菌した種イモじゃないと腐ってしまう。

 これまで私が作った野菜は、多分50種類以上にはなるはず。そして家庭菜園の経験も30年以上。私にとってはランニングに続く長い歴史のある趣味になった。3人の子供にもこれだけの手間をかけていればもっと立派に成長したのかも知れないが、どうやら全てが上手く行くとは限らないようだ。だからこそ人生は面白い。山あり、谷ありの我が人生に悔いはない。





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Last updated  2012.08.23 13:59:24
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Re:夏から秋へ(08/23)  
scotchケン  さん
野菜など農作物作りのまるでプロですね~、私はその分野は何一つわかりませんから珍プンカンプンです。

唯々スーパーのお世話になるだけであります。 その昔、戦後の食糧難の時代に父母は家から10キロもある遠いところに畑を借りてじゃがいも、かぼちゃ、トウモロコシなどを作っていました。親父の仕事が休みの時に荷車引いて小さい私もついてゆきました。そうしてひがな両親の働くのを横目にあっちうろうろこっちへうろうろ足手まといになっていたのを憶えています。つらい食糧難の時代でしたからね~ (2012.08.23 13:44:52)

Re[1]:夏から秋へ(08/23)  
マックス爺  さん
scotchケンさん今日は~!!ご来訪とコメント、ありがとうございます♪

>野菜など農作物作りのまるでプロですね~、私はその分野は何一つわかりませんから珍プンカンプンです。
☆ハハハ。私も最初はそうでしたよ。何も知らない状態で、野菜作りを始めたんです♪それが東京のど真ん中でした。(笑)

>唯々スーパーのお世話になるだけであります。
☆なるほど、なるほど。それでは野菜に関する知識はあまり得られませんものね。(笑)

>その昔、戦後の食糧難の時代に父母は家から10キロもある遠いところに畑を借りてじゃがいも、かぼちゃ、トウモロコシなどを作っていました。
☆北海道でもそんな時代がありましたか。あの頃は食糧難だったし、配給制でしたから、食べたくても食べるものが無かったんですよね。私も荒れ地のカボチャを良く覚えてますよ。

>親父の仕事が休みの時に荷車引いて小さい私もついてゆきました。そうしてひがな両親の働くのを横目にあっちうろうろこっちへうろうろ足手まといになっていたのを憶えています。
☆戦後まもなくの頃の日本の風景ですね。貧しくても平和の良さを噛みしめた時代だったように思います。

>つらい食糧難の時代でしたからね~
☆そんなにまでして子供達を育ててくれた両親に感謝ですね。私もサツマイモの茎まで食べたのを思い出します。
(2012.08.23 14:08:35)

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