マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2014.09.11
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カテゴリ: 健康
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 9月10日(水)11時50分。K病院で入院手続きを済ませ、5Fの循環器内科入院棟へ向かう。担当看護師のO山さんから今日の日程について説明。案内された515号室は個室だが、病院の都合のため差額は不要とのこと。入院着に着替えて採血。一連の準備をしながら彼女と話をする。看護科のある県南の女子高卒で、そこから看護学部のある県内の大学に進学した由。まだ20代半ばの新人で、彼女もランナーであることが分かった。


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 1Fに移動して胸部レントゲン写真撮影、次いで2Fで通常の心電図撮影。これらは前日も同じことを行ったばかり。これからの検査と処置に備えて昼食を摂っていないため、空腹感に耐えながらの行動。腕に輸液用の管を付けながら、16時ちょうど検査室で経食道心エコー検査を行う。担当は循環器内科の若い医師。これは心臓への電気ショックの前に、心室内の血栓の有無を調べるためのもの。電気ショックと同時に血栓が脳に達して脳血栓になるのを阻止するのだ。

 先ず口に麻酔液を含み、喉の奥を麻痺させる。これは喉を保護し、内視鏡の操作性を高めるための措置。胃カメラと同じ要領だが、あまり気持ち良いものではない。検査は無事終了。血栓もなかったようで一安心。病室に戻って、血圧測定。上は150以上で下が110以上。脈拍数も110台。「緊張してる?」とO山さん。「それはそうだよ」と私。鼻には酸素マスク、そして胸にはモニター用の心電図を装着。これはナースステーションでの監視用。


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 さらに電気ショックを和らげるためのガーゼを胸に装着。これはAEDの時の位置とまるきり一緒のようだ。17時前、担当のS医師が到着し輸液に睡眠剤のラボナールを混入。話しかけるのに答えているうち、突然意識がなくなった。電気ショックに要する一連の措置は、わずか5分間だったそうだ。衝撃を避けるため、腕時計と指輪は外していた。ショックで心臓は一旦停止するそうだ。

 目が覚めた時、既にドクターの姿はなかった。そしてあの禍々しい胸のざわめきも、同時に消えていた。血圧も脈拍も正常。「顔色が良くなったね」とO山さん。彼女はそれを見届けると、残念そうに準夜の看護師と交代して帰って行った。本当はもっとマラソンの話をしたかったようだが。長い間私を苦しめていた心臓の不愉快さは消え、鼓動は静かにしかも正確に刻んでいた。



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 18時待望の夕食。ご飯、タマネギとキャベツの味噌汁、インゲンとニンジンの煮物。野菜サラダ、鶏肉と野菜のあんかけ。19時過ぎ、巡回に来たS医師にお礼を言う。今後の治療方針などについて、ドクターから説明。それによれば私の不整脈はこれからも起こり得るが、特に酷い症状の時以外は運動を制限する必要はなく、現在通院している病院の薬を頓服的に服用すれば良いとのこと。これで少し視界が広がったような気がする。


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 安心して本を読んだ。持ち込んだ本は吉村昭著「プリズンの満月」。第二次世界大戦のA~C級戦犯を収容する「巣鴨プリズン」に勤務する1人の刑務職員の目を通じて描かれた東京裁判の話だ。戦勝国が敗戦国を裁くことの不合理性を、著者は周到に準備した資料を基に淡々と訴える。さほど深刻に考えていなかったこの事実を、つい最近の「従軍慰安婦問題」に関連して、改めて深く考えさせられた。良識ある人は、もう何年も前にことの本質を見抜いていたのだ。


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 廊下を隔てた向かいの病室から泣き声が聞こえる。女性の声だ。看護師さんが「明日は退院だからね」と宥めている。翌朝聞いた話だと彼女は救急車でここへ運ばれ、荷物も持たずに入院したようだ。大きな病院では、きっと入院患者の1人ずつにドラマがあるのだと思う。20時過ぎ、排尿後就寝。22時12分と未明2時10分過ぎに排尿。その都度心電図のコードが外れ、飛んで来た看護師に直してもらう。そちこちの病室からいびきの音。<続く>





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Last updated  2014.09.11 17:25:11
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