太っ腹母ちゃんのボコボコ日記

太っ腹母ちゃんのボコボコ日記

gravity 6

魔法をかけて


「じゃあな」
「うん。ありがとう。ごちそう様でした」
 ぺこっと頭を下げると、静は
「ちゃんとお母さんと話しろよ」
と言った。
「うん」
 素直に返事する。こんな気持ちになれたのは静のおかげだ。

 タクシーのドアがバタンと閉まった。
 テールランプを見送りながら、涙が出そうになる。

 ずっと一緒にいられたらいいのに。

 ため息をついて、家に向かった。


 ドアの前で立ち止まる。

 ママ、帰ってるよね。……何て言い訳しよう。

 考えている間に網膜パターンの照合が終了する。
「耀」
 声紋チェック。
 ドアに手を触れる。音もなく開く。
 玄関に一歩踏み入ると照明が点いた。
と、いうことは。まだ帰ってないんだ。

 仕事か、カレシと一緒にいるのか。
 結局あたしの事なんて、さほど気にしてないんだよね。

 居間に入って、テーブルにバッグを置いた。
 ほのかな光が明滅している。……携帯だ。取り出すとメッセージが入っていた。再生する。
「ごめんね、耀。遅くなります。今朝の話は、また改めてしましょう。じゃあ、おやすみ」

 あ、そう。改めて、か。
 今夜は静のおかげで素直に話せそうだったのに。
 淋しいよ、静。

 画面を開いたまま、ぼんやりと携帯をながめていた。

 電話、掛けてみようかな。報告と称して。
 しつこいかな。メールでも済む事だよね……。
 だけど、なかなか来ない返信を待つのって苦しい。
 忙しいんだって、自分に言い聞かせて。
 なるべく落ち着いてそうな時間を選んで送信して。
 それでも来ないメールを待つのって。

 リダイアルキーを押す。静の番号が表示された。
 通話キーを押した。

「どうした? 耀」
 低くて少しくぐもった声。優しい口調に涙がにじんできた。
「うん……。一応、報告」
「うん? 早くないか?」
「ママはまだ帰ってないんだ。今朝の件はまた改めて、だって」
「そうか。残念だったな」
 モヤモヤしていた気持ちがすーっと落ち着いてくる。

 静はいつでもあたしに魔法を掛けてくれる。
 いろんな気持ちが開放される。まるでパンドラの箱を開けたみたいに。だけど、醜悪なものじゃなく、素敵なもの。

 静が好き。

 箱の底にある、いつまでも解けない魔法……。


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