だっこちてチュッ
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★あれから1年以上が過ぎ、思い返すと・・(夕方に公園で足長の不思議な家族写真が・・・)久しぶりのブログ更新となります。息子も前回のブログでは10歳になりと書いていますがそこからすでに1年以上がたち、今は11歳中学受験を目指す最終学年(6年生)にこの春なります。 大きな変化はまずは塾を変えたこと。以前の塾は進学実績はとてもいいのですが、とにかく家庭学習が基本。そして宿題量も半端じゃない!うちの子は最初こそ頑張っていたものの、そのうちだんだん家でやらなくなり、そのことについて家庭でもめる毎日。週末になると遊びにいきたいがために午前中になんとか終わらせようとするのですが、結局ダラダラ取り組むために終わらず。そしてこちらもそのダラダラした態度に嫌気をさしグチグチと文句となる毎日。 4年生から入ったのですが(それまでは通信教育をしていました)それは辛い辛い1年間でした。塾をやめるやめないでもめにもめて親も子もほとほと疲れ果てました。課題をこなしもしないのに、それでも塾はやめたくないの一点張りで、友達も一緒に通っている子が数人いるためにやめたくもなかったのでしょう。それで、どうしたもんだかと思ってる矢先、もしかしたら塾を変えてみたらどうだろう?という気持ちがふつふつとわき、私があれこれ探している矢先とんでもない出来事が・・・ 5年の春にパパの単身赴任が決まったのです。(まさに前回のブログを書いた後ぐらいに我が家におそった特大ハプニングでした)パパがもともと家族の中に占める割合が少ないというか、影の薄いパパなら私もそんな動揺もしないでしょうが、パパ主導できたような中学受験。 それに今はまさに転塾しようかどうかと心が揺れまくっているところに、パパがいなくなる。もうダブルパーンチ!という感じでそのことをパパから聞いた時は目の前真っ白になりました。 それでも、塾を変えるという話は続行し、新たなところでのチャレンジをさせました。パパと別れるのは本当に辛く別れるといっても、移動距離はさほど離れたものではなかったのですが(新幹線で5~6時間ぐらい)それでも慣れるまでは涙涙の生活でした。 月に一度は戻ってきてくれるし、毎日昼休みには電話をくれて毎日の子供の様子なども伝えていて一人で子育てしているという負担は全く感じはしなかったのですが。。。 でも、今思えば、この父が不在という状況がかえって子供の心を強くしたのかもしれません。意外や意外と5年にもなると昔ビービー泣いていたあの泣き虫君時代とは違って、私の家事を手伝おうとしてくれたり、何より私がパパが帰るときにおいおい泣いていると「ママ!大丈夫だよ。また来月帰ってくる!」と励ましてくれました。どっちが親なんだか・・・って感じで本当に助けられました。 ただ、やっぱりパパがいないとなると何かって時にすごく不安な時がありました。今となれば過ぎたことですが、夜になってここが痛いと胸をしきりに撫でるときには何かの病気では?と思って一人ネット検索しているとだんだん怖くなってきて一人で抱えきれない不安を持ったり。(もちろんパパにも逐一話をしているのですが)これも大学病院までいって調べてもらうという大がかりなことがあったけれど異常なしで終わりました。 また、鎌倉での出来事。子供と二人で出かけるのも久しぶりやねと言いながら・・ふとしたことで言い合いになり、またいつものようにふっと姿を消してしまったのです。あのごった返す観光地で子供を見失った時の不安といったら!携帯はお互いもっているのですが、こちらから電話をかけても通じなくて~ お寺の管理人の方に訴えると、着ていた服や特徴を聞かれ、そんなことになっている自分の状況が未だ信じられず。もう足がガクガク。誰かに誘拐でもされたら!!もうパニックです。 結局これも子供はひたすら帰る道を一人で歩いていってたようで出会えた時には胸をなでおろしました。これもパパがそばにいたらこれほどまでにパニックにはならなかったもと思います。まさに寿命が何年か縮んだ事件でした。 パパと子供は一緒に住んでいた時はそりがあわないというか、顔をあわせばケンカのようになっていたのに、こうやって離れて暮らすといい感じになって、それはかえってよかったのかなと思ったこともあります。この頃はゲーム機のDSも結局ルールを守れず禁止となっていたので、将棋にはまりパパとネットで将棋対決をしていました。 それで思い出しましたが、スカイプのおかげで毎日顔を見て話すことも出来たことも離れている悲しさを感じない秘訣でした。 悲しいこともあれば嬉しいこともあります。この単身赴任生活いつまで続くか当初はわからなかったのですが、なんとなんと半年で解消されました。まさにおたけびをあげるほどの嬉しさでした。もちろん子供も。 ということで、やっと家族3人が同じ屋根の下で暮らすようになったのは去年の10月から。離れてみて初めてお互いの存在の有り難さを再確認できた貴重な経験でした。子育てしているうちはできれば二人で協力してやりたいものです。そうはいっても出来ない家族、または死別したり、色々な事情で一緒にいれないなど色々な家族がいるのだと思います。そういうことがわかって、今家族にできること。それは子供が中学受験に向けて頑張ろうとしている今ただただ応援するしかないということ。 長くなりました。また気ままに更新したいと思います。
March 21, 2014
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