なんか突然とんでもない話ですみません。
歴史の話なのです。
平清盛の妻の時子(二位の尼)のことなんです。
私は昔「平家物語」を読み、TVドラマなんか
でも何度か壇ノ浦の戦いを見ました。
安徳天皇を抱いて海に沈んだ時子を
悲しく、又或る意味立派に思っていましたが、
今になって考えると
彼女のしたことは正しかっただろうか
いや、間違いだったのではないかと
思うんです。
何より天智・天武の頃のように天皇が自ら
戦の先頭に立った頃ならまだしも、平安も
終わり頃と言えば、戦をするのは武士であり、
天皇が入水にしろ、とにかく自ら命を絶つ
なんて考えられないこと。
ましてや安徳天皇は幼帝だから時子に無理心中を
させられたわけですよね。
これが男性だったら、安徳天皇だけは宮中に
返したのかなと、ふと考えます。
時子にとっては安徳天皇も天皇というより、
自分の可愛い孫と いう気持の方が強かった
のかと。
確かに安徳天皇が(建礼門院と共に)宮中に
戻ったとしても、後ろ盾がいなければ後の人生は
寂しいものだったでしょう。
更に最も不届き(?)と思えるのが、神剣と勾玉の箱を
持って 海に沈んでしまったこと。
勾玉の箱は源氏に依って回収されたそうですが、
神剣は見つからず、後鳥羽天皇は剣の無いまま
即位されました 。
草薙の剣自体は熱田神宮に、 八たの鏡は
伊勢神宮にあるとされていますが、
それでも代々宮中に置かれていた三種の神器
の形代のひとつである剣を自分の判断で平家の
滅亡と共に道連れにしてしまうのは如何なもの
でしょう
結構な大罪人と言っても良いのではないでしょうか。
先程、男だったら神剣は返したのではないかと
書きましたが、実際時子の弟の時忠は、神鏡を
守ったということで、命を助けられていますよね。
尤も彼は武官ではないので、もとより死罪に
なることはなかったようですが・・・。
なんか急に最近そんなこと考えました。
でも、本物の「草薙の剣」は熱田神宮にあると
言いますから、時子が沈めてしまったのは
代々伝わる価値ある物とはいえ、三種の神器
そのものでなくて良かったです。
歴史の判断は難しいですね。
PR
カレンダー
コメント新着
キーワードサーチ
サイド自由欄