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しばらく学校を休んでいたので、7日から登校させた。本当は疲れているようだったけど、2日登校すればまた連休だったので行くように言った。合格発表後寝る前に、ゆずにどちらに進学したいかを聞いてみると、C校の印象もやはり良かったらしくC校E校どちらでもと言っていたが、朝起きてすぐ聞くと「E校」と答えた。ゆずの希望は大学付属校とキレイな校舎だった。E校は大学付属だが校舎は汚い。C校は進学校だが、校舎はきれい。C校は1学年120人と少人数制でほぼこの人数で6年間過ごす。とても面倒見がよいと評判で、このところ進学実績がとても伸びている。あの暖かい雰囲気の中で過ごす6年間はすごく魅力的だが、のんびり屋のゆずには進学校よりも、一定の基準をクリアすれば大学まで上がれるE校にするべきなのではないかと考える。この中学受験での過程でも最後の最後までのんびりしていて、楽な方ばかりへ逃げようとする根性無しでは、C校へ通ってもE校レベルの大学へ進学できる保証はないと思っている。塾の先生も周りの人も、進学はE校だと思っているようだったし、本人もはっきり「E校」と言っていたので、私の気持ちもほぼ固まっていたが、せっかく合格できたC校を手放すのがもったいない。3日前の私たちにしてみたらぜいたくな悩みだと思いながらE校の合格証をもらいに出かけた。E校では「ネット発表は補助的なもので、合否は必ず本校の掲示板で確認すること」と書いてあるので、掲示板を見るまでは心配だった。10時発表のところ10時20分に駅についたので、すでに合格書類を手にして駅に向かう保護者、嬉しそうな親子連れもみえた。みんなにおめでとうと声をかけて喜びを分かち合いたい気分だった。学校に着くと、大きな掲示板に合格者の番号が張り出されていて、まさに合格発表という雰囲気だった。先日のC校は、合格者数が少ないのもあってか、A4ほどの小さな紙に印字されて画用紙に貼ったものだったのでまた違った雰囲気だった。もちろんゆずの番号2466番はあった!一人だったので嬉しさを顔に出さないよう、平然を装い事務室で受験票を渡した。そして手にした合格証は、男子校らしい素気ないものだったがとてもとても重要な書類に間違いなかった。3枚目の合格証♪その場で入学手続きの書類を記入している親子もいた。手続きの期限は翌日16時までだったので、ひとまず家に帰ることにした。実は塾の先生から、B校の繰り上げも十分可能性があると言われ、少しだけ期待していた。なので、E校の手続きは締切直前にと考えていた。結局期待の繰り上げの電話などなく、翌日14時ころ入学金の振り込みを済ませてE校への合格手続きをした。入学許可証をいただき、いよいよE校への入学に向けて、気持ちを切り替えた。帰ってから、C校へ辞退届のFAXを送った。1月30日から短い間にいろいろあって、1~3日は本当に苦しくて、トンネルの先がこんなことになっているとは想像もできなかった。本当に長い長い入試になってしまい、結果進学は第3希望校だったけれど、でもすごくいい経験ができたと思う。ゆずもこの1週間ちょっとで、すごく成長した。1月までは、最後の最後まで成長しない子だなと私も諦めていた部分もあったけど、入試が始まったこの短時間にわが子の意外な一面を見たりして、精神的な成長をそばで見守ることができて、そして私もちょっとだけ成長できたかも。今では、E校で入りたい部活も見つけ、さらには大学の目標の学部も見つけて中学入学を楽しみにしている。もう、親子で一つの目標に一緒にチャレンジすることはないのかもしれない。そう思うと、8日間密に過ごした期間はとても貴重なかけがえのない時間だった。きっと私は毎年この時期に、この8日間のことを思い出すことになると思う。
February 26, 2008
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途中までK君と一緒に帰り、私たちは昨日の受験票を持ってC校に向かう。雪もだいぶ降ってきた。予報も見ていなかったので傘も持ってなかったけど、雪に濡れても全然平気。もう風邪をひいたってかまわない。路線バスに乗り、C校に到着。守衛のおばさんに、合格証はどちらでと聞いたら、ニコニコ笑顔で案内してくれた。事務室に行き、合格掲示板の写真を撮る。とても喜んでいるゆず。やっとつかんだ合格だ。そして事務室で合格証をいただく。事務員の方もとてもあたたかく、おめでとう!がんばってねと言ってくれた。「がんばってね」とはどういう意味に取ればいいのか?ここの学校でがんばってね、なのか、ほかの学校もがんばってね、なのか?私もゆずも同じように感じていた。帰りに守衛さんの前を通ると、また満面の笑みで送ってくれた。やはりここに通うことになるだろう。お世話になります。という気持ちで学校を後にした。最後の自己採点に塾に行かせようかと思っていたのに、E校の問題は回収だった。塾のポイントシールをためてGETした顕微鏡が届いていたので、それをもらってから帰宅。終了祝いに甘いものを食べようとファミレスに寄る。まだ16時だと言うのに、私はビールにした。やっと終わった~。という至福のビールだった。周りが見たら、浮かれた親子だっただろう。ネット発表は22時。C校のホームページを見て校歌を流して、C校に入学することをイメージしながら22時を待った。E校も合格の可能性がないわけではないが、この時点でC校への思い入れがすごく高まっていた。ゆずはしばらく我慢していたプレステをして、受験が終わった喜びを味わっていた。いよいよ22時。発表となり、ゆずの番号を探す。2466番ゆずが「ない」と言ったが私はすぐに見つけた。家族みんなでびっくり。本当にこの番号?あっている?と何度も受験票を確認した。ゆずはすぐ塾に電話をした。2回の合格発表で、ゆずはまず塾のY先生に報告するという行動に出た。やはりY先生を信頼しているんだ、と改めて思った。Y先生は22時も過ぎているというのに授業中だそうで、O先生が出たらしい。ゆずも興奮して鼻息が荒い。こんなゆず、初めて見た(笑)私も電話に出て、O先生と話す。O先生は、すごく喜んでいて「感極まりない」と言ってくださり、ちょっと泣きそうな声だった。O先生は11月~1月まで個別指導で過去問のできなどを見てくれた先生。1~3日を連続で落としたのでとても心配してくれていたようで、とても嬉しそうだった。しばらくしてY先生からも電話が入り、まずゆずと話してから私と変わった。Y先生もとても興奮していて「今年の冬、1番に挙げてもいいくらいの感動をありがとうございます」とのことだった。先生たちにとっても、ゆずのE校合格は予想外だったようだ。私も今回のゆずの合格は、信じられなかった。結果偏差値がまだ出ていないので何とも言えないが、B校もE校もそれほど難易度は変わらないはず。でも過去問をやりこんだB校はダメで、結局算理社の過去問を1回ずつしかやらず、国語も記述が多く合格要素の少なそうなE校に合格。上履きを忘れても、受験料を銀行からと書いてあるのに信用金庫から振り込んでも合格だ。ちなみに私の前に出願していた、振込用紙の控えを貼る場所を間違っていたお父さんのお宅も合格していた(^-^)出願数687名・受験者数525名・合格137名・倍率3.8倍。1~3日に4つ連続×をもらったので、この中に入れたのは奇跡のように思える。逆にこの4つの×があったからこそ、C校とE校の合格のありがたみが増した。感情をうまく表すことが苦手なゆずにも、とても身にしみて嬉しい結果になったんだと思う。 1月30日の骨折の時に感じた運命の糸、実はここに引っ張られていたのか。ここへ連れてきたかったのか。そんなことを考えた。それと同時にかなりの思い入れができてしまったC校にも入学させたい気持ちがあり、今度は少し贅沢な悩みができた。
February 25, 2008
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行ってもいいと思える学校の合格があるとないとでは気持ちが違う、目覚めのいい朝だった。今日ですべておしまい。予防のためのマスクも今日はしなくていい。なんとなく縁起がいいから、今日も通塾バッグではなく昨日のリュックで出陣した。E校は私鉄ではなく、JRを利用しなくてはいけないので、我が家から駅までは15分程度歩かなくてはならない。この日は夫に送ってもらった。駅のホームに1~3日をともに戦ったK君がいて、一緒に行くことになった。5日とは違って、受験生がちらほら見えた。E校の駅に着くと、たくさんの受験生がいた。また1日や2日に戻ったような雰囲気だったが、微妙にみんな疲れていた。駅から学校まで10分。ゆずが出願した2月校の中で、唯一バスを使わなくていい学校である。そして1月を除くと唯一の男子校。ゆずは男子校でも共学でもどちらでもいいらしい。E校に着くと門前激励もまた最盛期のように賑やかだった。ゆずとK君のEバッヂは見えにくかったらしく、2人がそばに寄っても先生の反応はイマイチ。他の塾の先生は、よその塾の生徒にも元気にあいさつしてくれるのに…。ゆずとK君はおにぎりを食べ終え、校舎に入ろうとした。昨日は忘れなかったのに、今日はうわばきを忘れてしまったのでスリッパを借りる羽目になった。そんな子がたくさんいて、急きょ出願を決めた子も多かったのだろうか?うちが出願した4日は500人程度だった出願数も5日の最終では687名になっていた。K君のお母さんも5日に出願したそうだが、やはり大勢いたらしい。K君のお母さんとは1日に一緒に過ごしたきりだ。2.3日も同じA校とB校を受けたがパパが引率だった。4日はS君と一緒のD校を受け、その帰りに突然出願した学校を5日に受け、合格はもらったとのこと。でもそこに進学するつもりはなさそうで、E校がダメだった場合は公立に行く可能性があるとのこと。K君もS君も絶対に付属志望のようだ。S君はB校に進学を決めたが、K君は今日が勝負。ここまでがんばってきたんだから、K君にも合格してほしい。K君のお母さんと一緒にすごした食堂は、とてもボロくて汚い。中学校舎はまだいいが、高校校舎は昭和の役所のように薄暗い。だが学費は高い。そんな話をしながら過ごした。また雪が降ってきた。ここの学校の試験科目の順番は変わっていて、社会・理科・国語・算数の順番。社会・理科・国語と順に問題が張り出されたが、国語は記述が多くゆずには難しそうだ。最後の算数をやり終えて、出てきたゆずの開口一番が「算数2問間違えた。単位を勘違いした」国語も、一番長い記述部分の「100文字以内で~」という部分は空白で出したと言う。がっかりだけど、とにかく終わった。これでもう、薄暗い中でかける必要もない。とにかく終わって良かったと思った。周りにもそんな空気が流れていた。雪がちらちら舞う中駅に向かい、途中4人でラーメンを食べた。すごく寒かったので、とても美味しかった。ここのラーメン屋にまた来ることができるのかな、などと考えた。でも、国語爆弾の分、算数を頑張らなくちゃいけなかったのに、その算数でミスしたのならちょっと難しいだろう。とにかく熱いラーメンがおいしくて、疲れた身体をあたためてくれた。
February 24, 2008
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合格発表は塾で見るつもりだったらしいが、先生に家で見た方がいいと言われたらしく18時ちょっと前に今から帰ると電話が来た。でももう18時になるし、もし合格してもダメでも明日の対策をしてほしかったので、私が車で塾のそばまで行き、車の中で発表を見ることにした。今まで以上に緊張するはずなのに、今までで一番緊張したのは1日のB校の発表の時だった。それにしてもネット発表でよかったとつくづく思う。18時ちょっと前に更新すると、発表になっている。ゆずの番号は814番。714番が見えたと思ったら、次に814番が。「あった~~~~~~」と絶叫。私は倒れこむようにゆずによりかかった。ゆずもものすごく嬉しそう。そしてすぐ先生に電話をしようとしたので、目の前なんだから直接行ってきなと言うと、車から飛び出して行った。あっという間に見えなくなったあの後姿。忘れられないと思う。私も感動と興奮で泣きながら運転して帰った。夫も受験には関与していなかったけど、やっとつかんだ合格にそれはそれは喜んでいた。これで明日のE校にチャレンジして、ようやく我が家の受験も終わる。合格もうれしいが、ようやくトンネルの終わりが見えたのも嬉しかった。C校がダメだったら、明日はE校にするかF校かものすごく悩んだと思う。私の中では、F校で不合格なら絶対に後悔する。でもE校で不合格=全滅でも後悔しないという思いだったけど、ゆずにとってはどうなのかわからないから。だけどもうその心配はなくなり、明日の対策はE校だけでよくなったのだ。実はE校は2回分の過去問をもらっていたが、まだ手をつけていなかった。合格発表前は、まだ1教科しか終わっていなかったらしく、残りを塾でやることにしたが、20時になってしまい、算理社しかできないまま明日があるからと帰された。夕飯も食べずに、20時までがんばったのは合格の威力だろう。普段はちょっとでもお腹がすくとすぐ文句を言うゆずだ。赤ちゃん並に。この集中力が、せめて1月くらいからあれば、などと今さら仕方ないことを思った。この時私は、明日のE校があるにもかかわらず、もうC校に入学するかのように素敵な校長先生や生徒さん達を思い浮かべ、年間行事や制服や学校案内を見たりしながら浮かれていた。ホームページから校歌を流したりして、進学校だけどついていけるのかなぁなどと思いながら。合格者数は34名だった。5倍程度。ホントによくやってくれたと思う。塾の先生からも電話があり、とても喜んでくれた。さぞかし安心してくれたことだろう。
February 23, 2008
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うちは今日が初日だよ。今日からが本番だからねとゆずに言い出発する。もう受験生も少ないだろうと、今までのいかにも受験生という通塾バッグはやめて、リュックにしてみた。3日の雪の影響で、学校のグランドを駐車場にすることができないとのこと、バスが混むと困るので少し早めに出た。電車の中には受験生の姿はなかった。7時10分発のバスにも1組もいなかった。遅れちゃったのかな?と心配するくらいだったが早かったらしい。C校に着いてもEゼミの先生はいなかった。よその塾の先生は元気にあいさつをしてくれた。C校の講堂に入ると温かいお茶やコーヒーが用意されている。コーヒーのお陰なのか、気持ちが暖かくなる。何がと言うわけではないけれど、何もかもが優しい。不思議な雰囲気のある学校。講堂では塾の先生らしい年配の男性が、一人の男の子に最後の手ほどきをしていた。この子も必死なんだなと思った。当日出願が可能の学校で、おばあちゃんと出願にきていた少年。複数回同時出願の場合は、共通の受験票でいいところ、少年は1日または2日に不合格で、その受験票のみを持って出願に来た様子。だけど、再度出願するには、再び願書が必要で写真も必要。通りかかっただけなのでわからないけど、たぶん少年は受験できなかったんじゃないかと思う。おばあちゃんが写真を持ち歩いてるとは思えない。その少年がかわいそうで仕方なかった。みんな後がなくて必死なはずなのに。めずらしくお腹が痛いと言ってトイレに行く。いつも夜便のゆずが、朝いくのは珍しい。運がついたね、と励ます。今日こそ合格がほしい。去年の同じ日の過去問は、合格者最高点よりも上回る点を取っている。前回は2科だったが、今回は4科。きっと大丈夫。試験が始まると、2日と同じように校長の挨拶があった。やはりあたたかい。今日の受験者数は、164名とのこと。合格するのは去年と同じだと24~5人だろうか。さっき大丈夫だと思った気持も、やはり揺らいでしまう。途中で生徒さんが、問題用紙を配ってくれる。今日は一人で暇だったので算数のわかるところと国語をやってみた。この中でまだ通える学校の合格を手にしていないのはうちくらいかなぁなどと思いながらきょろきょろした。試験後、私ができた分の算数の答えを聞いたら私と一致していたので安心した。お昼を食べて、塾へ行き解き直しと6日のE校の過去問を解くことにした。合格発表は18時。
February 22, 2008
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3日間の戦いのせいでとても疲れていたのだろう。ゆずは朝9時まで眠っていた。私は、夜中に何回も目が覚めた。それはB校の結果に納得いかなかったからで、目が覚めるたびに悔しさが込み上げた。朝起きてゆずが「塾は午後から行きたい」と、またのん気なことを言い始め、私はかなり怒った。本当は疲れがたまっているんだろうけど、でもここが正念場。まさかまた塾へお弁当を持たせることになるとは、と思いながら11時前に塾へ送る。私も一緒に顔を出す。先生も、1日も3日もB校の採点を手伝ってくれているだけに、出来はわかっていた。実力は出ているはずなのに、合格が手にできないということを歯がゆく思ってくれている。指のせいにはしたくないけど、こうなるとそれしかないような気がするというニュアンスの話をしてくれた。C校は社会の時事問題も少し出るのでその復習と、後で国語の先生も来るので国語もやらせて、字をチェックしてくれるという。ゆずのことは塾に任せて、私はE校F校の出願に動いた。まずF校。駅からバス15分程度のところだったので、車で行くことにした。願書をいただき、車の中で願書を書く。即席なのにまぁうまくかけた。実は今までも、どの学校の分も下書きなどはしたことがなかった。一発勝負(笑)満足のできばえをよそに、募集要項を見て驚く。複数回受験者は、前回の試験の点数を10%加算となっている。B校のように2科だけではなく、4科受験の人は4科分の加算。ただでなくても高倍率なのに、ここを受ける意味はあるのか?どうせダメならE校を受けて散った方がいい。そんな思いもあったが、ここまで来たので出願だけはすることにした。B校やC校のイメージで、願書と写真さえあれば受験料は現金で出願できると思っていたが、F校は振り込みが必要。しかも郵便局のみ。車で行ってよかった。土地勘がない私は、車であちこちウロウロする。早く誰かに聞けばよかったのに、どんどん学校から遠ざかる。ようやく人に聞き、郵便局を見つけ入金。戻る途中、さらに印鑑が必要なことに気づく。今までの願書で印鑑が必要だったところはなかったような…。盲点だった。でも当たり前といえば当たり前。とにかく、願書を取り寄せていなかったのがそもそもの間違いだった。何も食べていなかったので、コンビニに寄ったついでに印鑑が売っているようなところはないかを聞いたけどないと言われる。また逆方向に戻って、ドラッグストアに入り聞いてみてもないと言われる。さらに別の場所で聞くと、ダイソーならあるというので車を走らせる。ダイソーで印鑑を買い押印したが、印がきれいに押せなかった。元のコンビニに戻ると、そこから100メートル先に写真屋45があり「ハンコ」とのぼりが出ていた。何もかもうまくいかない…。電車と違って車なので、私の感情もうまくコントロールできずに、常に涙がこぼれてくる。どうせ対向車の人もこっちなんか見ていないと、思いっきり泣いたりもした。泣きながらも、どこか楽しんでいる自分がいた。自分で自分が不思議なくらい、辛いけど冷静だった。ようやく願書を提出して、地元に戻る。E校は明日でもいいかと思ったけど、ギリギリ15時に振込をしてあわてて電車に飛び乗り、締切の16時になんとか間に合った。あわてすぎて、銀行振り込みのところ信用金庫で振り込んでしまったが、E校の事務の人には大丈夫と言われて一安心。私の前に出願していたお父さんも、振込用紙の控えを貼る場所を間違って貼り直してありとても汚い願書になっていた。最寄駅からE校に向かう途中、ちょうど下校の学生たちに会った。ここの学校は中学生は1学年200人程度だが、高校生は600人になる。高校生は人数も多く中には派手な子もいるが、中学生はとても地味。実はゆずは5年の時に文化祭に来たのみ、私は6年の文化祭時に過去問と願書をもらいに来ただけで説明会も参加していなかった。E校も興味がなかったわけではないが、仕事をしながら学校を回るのは、立地から言ってA校B校C校が中心で、模試には4日D校・5日G校・6日E校と志望校として必ず記入して願書も用意してあったが、なかなかイベントに参加することはできないで入試を迎えてしまった。でもここの中学生の下校姿を見たら、なぜかゆずがここの制服を着ている姿が浮かんだ。E校は国算100点理社75点の配点で合計350点。チャレンジ校Aと同じ配点。B校のように2科から7割取るわけではないので、国語が苦手なゆずにも少しチャンスがあるように思えた。
February 21, 2008
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4日はS君が出願したD校以外に行かせてもいいと思う学校がなかった。D校は対策もしていないし、4日ということもあって難易度がB校よりも上がっているので、受けないことにした。5日はC校のリベンジなので、塾でその対策をしてもらうことにした。偏差値こそ高くないが、前年の倍率は男子で7.4倍ととても高かったので油断できない。そして5日のC校がダメなら、公立の可能性が高くなる。7日にもC校の入試があるが、特別入試で特待生選考も兼ねていて、そして問題も記述が多い。とても難しくなる。塾の先生と6日について相談した。C校が合格したら、以前から計画に入れていたE校を受けさせたい。本人も望んでいる付属校。難易度はB校と同等。最後のチャレンジだ。E校は6日にして2回目の入試で、募集人数も80人。去年はこの日に633人が受験して、132人の合格を出している。4.8倍になる。しかしC校が不合格だった場合はとても悩むところだ。1つだけ、私も気になっていて先生も「ゆず君が満足できそうな学校はE校以外ならここしかないと思う」と言う学校があった。F校である。F校は4年の時に文化祭で行ったきりだった。12月くらいに、願書を取り寄せておいた方がいいかな?と思いながらも、結局入手しないままだった。ここの難易度は、5日のC校と同じレベル。E校とF校の難易度の差は、偏差値にして5ポイント。だけどF校は去年は4科男子50人中5人しか合格していなかった。倍率だけで見ると、F校は怖い。先生はF校を受ける子は、みんなゆずよりも学力が低い子なので、可能性はある。そして、それよりも難易度の低い学校でゆずに行かせてもいいようなところはないと言っていた。それには私も同じ意見だった。何が何だかわからなくなってきたけど、塾の先生は5日のC校がダメなら、少しでも望みがあるF校を受けてほしそうだった。とりあえずどちらも5日までに願書を出す必要があったので、明日ゆずが塾で特訓している間に両校の願書を出すことにした。3日B校、S君は合格。4科男子279人中33人の合格。すごい激戦を勝ち取った。私も素直にすごいと思った。B校は2科で7割を取る。2科が強いS君はさすがだ。そして、やはり受験は国算がものをいうのかと思った。しかしゆずの国語爆弾は今何をしようとも手遅れだった。
February 20, 2008
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18時。ものすごい緊張の中合格発表を見る。2日で3回のネット発表を経験して、いずれもゆずの番号はなかった。緊張と同時に番号がないことにもなんだか慣れてきているという、なんだか変な気分の中発表を見る。今回もゆずの番号はなかった。これで6日まで、長ければ7日まで受験期間が延びた。ゆずに、がんばったんだから仕方ないよとメールを入れた。歩きでよければ迎えに行こうか?とも伝えた。でも迎えはいいとの返事。この雪の降る夜道を、ゆずはどんな気持ちで歩いているのだろう。そう考えると居ても立ってもいられなかった。少しくらいの試練は、ゆずにとってもいい勉強だが、ここまでの試練は望んでいないよ神様!!骨折までしてこれじゃ、いくらなんでもかわいそうすぎるじゃないか。帰ってきたゆずの自己採点(もちろん先生監修)は、算数77点・理科44点・社会40点。ここで8割取れている。ゆずも合格のつもりで塾で発表を見ることにしたのだろうか。それを考えると、帰りの雪道は相当辛かったんじゃないか。きっと今回も合格最低点が高かったのだろう…。21時過ぎに、四谷サイトで合格最低点が発表になっていて、愕然とする。思ったよりもずっと合格最低点が低い。2科150/200点 4科215/300点(去年2科164点 4科220点)2科10%加算がある2回目の方が、1回目(155/200点 4科219/300点)より低いのだ。あわてて電卓を持ち計算すると、215点から理社の44点・40点を引くと131点2科で131点取れていればいいわけだ。しかも10%加算分を考えると、国語で43点ほど取れていれば最低点に達するはず。過去問でも43点以下になることはなかったのに、どうなっているんだろう。3科の自己採点が甘かったとしても国語で50点取れていれば合格できるはず。すかさずゆずに、国語で43点以上取れていれば合格するはずなのに…。と伝えたらさすがに「国語のせいなのか~」と悔しがりうなだれ、少し涙が見えた。冷静さを失った私、本当に10%加算してくれているのか?字がよほどひどかったのか?名前をきちんと書いたか?などなどゆずに問いかけたが、休憩中に隣のクラスに行ったことが原因か、試験中に肩こりをほぐすためのしぐさをしたせいか、それしか思い当たらないという。とにかくこの不合格を信じたくなかった。何かの間違いじゃないかと思った。何度も合格発表を見直した。だけど間違いではなかった。本当に骨折のせいにしたくなってきた。
February 19, 2008
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3日目。朝起きて受験票を確認したら、やはりまだ第一志望A校に未練があるようだったが、本当に後がないからともう一度説得。誠心誠意きれいな字で書くこととつまらない計算ミスは絶対しないことを確認して送り出した。S君のお母さんとは今日も一緒だった。S君は2科が得意なので昨日の午後のC校は○だったようだ。チャレンジのA校はやはり×。S君親子は、朝まで今日の3日校をA校B校どちらで受けるか悩んだらしい。S君たちは、2日午後のC校の合格は持っているが、どうしてもこの大学の付属(A校・B校とも同じ大学の付属になる)に入りたいという気持ちが強く、やはり少しでも希望のある第二志望B校に賭けるということに決まったらしい。うちとは違ってC校への進学では納得がいかないS君も、後がないという気持ちには変わりない。4日のさらに同じ系列の付属校D校もご主人が出願する手はずになっているという。我が家は、今日が○ならここで終わりだが、もし×なら4日のD校は対策もしておらず偏差値的にもY57ときつかったので、どこも受けずに5日にある2日午後で×だったC校のリベンジ予定。D校はB校と同じ姉妹校の男子校で、もちろんD校も魅力的なのだが、小柄のゆずが通うには長い時間満員電車と格闘しなくてはならなかったので、私としてはあまり気合いが入っておらず、願書だけは取り寄せてあったという具合だ。子どもたちが教室に入っていき、講堂で待っていると、9時過ぎから校長のあいさつがある。不思議と、この学校の説明会等で先生にいい印象を持ったことがなかった。もちろん悪い印象もなかったが。10分程度で先生方の挨拶も終わり、講堂から食堂に移る。1日と同じように無料の自動販売機には行列ができている。山奥の学校でなので、ほとんどの保護者が学校で待機をする。時間が余っているのだ。しかも今日はあいにくの雪。天気の他にも1日と違ったのが、保護者の雰囲気。1日は食堂では飲み物を飲む人しか見当たらなかったが、3日は食堂のチキンやポテトを食べる人。寒さのせいか麺類をすする人。スナック菓子を持参している人。などなど、皆さんそれぞれに場慣れしているのが少しおかしかった。Sさんもパンをかじり、私もうどんやラーメンを食べたかったが、まだ準備ができていないため、あまりおいしいとは言えないチキンをかじった。K君もA校B校ともに×だったので、今日はB校に来ていたようだが、お父さんが連れてきてくれたらしくお母さんには会えなかった。試験を終えて出てきたゆずは、算数はできたと言っている。夏の合宿で顔見知りになったEゼミの子たちもいたらしく、その子たちも同じく1日B校・2日A校が×で今日ここに来ているという。きっと同じような学力の子の戦いなのだろう。スクールバスに乗り込みK君のお父さんも交えもんじゃ焼を食べ、塾に戻って自己採点をすることになった。みんなでもんじゃを食べていると、なんだか3つも×だったことを忘れてしまいそう。受験真っ最中ということも、忘れそう。みんな無邪気な11歳12歳だ。今回のネット発表は18時。S君は塾で発表を見ていくと言うが、お母さんが止めていた。3人合格したり、3人不合格ならいいけどね。その日は家に車がなかったので、迎えに行けないからとゆずにも発表までには帰ってくるように伝えた。塾から家は徒歩15分だが、あいにくの雪。K君やS君は車で迎えの約束のようだったけど、ゆずには歩いて帰ってきてもらうしかなかった。発表30分前に帰るとメールが来たのに、そのあと「やっぱり塾で見ていく」と。もしダメだったら、雪の中一人で帰すのは心配だったから帰ってきたらと言ったが、やはり見ていくとのこと。ゆずも私も今回は大丈夫だろうという自信も多少あった。これで決まれば、受験生活も今日でおしまい。
February 18, 2008
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2年以上目標にしていた第一志望A校チャレンジの入試。1日よりも少し早い電車に乗る。今日の午後C校の受験が決まり、5年生の妹を丸一日留守番させなくてはならず、翌日もさらに留守番させることを考え(夫は土日休みではない)午前中は自宅に戻った。掃除や追加の洗濯をして妹の昼食準備もしてからまた試験会場に戻った。昨日のS君と一緒に、午後受験C校に向かう。A校は770人程度の受験者数だが、午後受験がある子は先に帰してくれたようで、すんなり駅に向かうことができた。コンビニでおにぎりを買い。午後校へ。C校は大学付属中だが、ここは最近ものすごい人気上昇の進学校。2日午後はYT48 首都圏54となっている。少しでも学力のある子がほしいので、2日の午後受験でたくさんの合格を出す。説明会でも、どうぞ抑えに受けに来てくださいと言っていた。付属の大学に進む率は低く、国立や難関大を目指すためのカリキュラム。なので、ゆずの意向とは違っていたが、家から比較的近いことと、説明会に行くたびに校長先生や各先生方の温かさに惚れ、1学年120人、1年生は30人4クラスという少人数とキレイな校舎にも惹かれ。入試当日も生徒さんが暖かく案内してくれて、先生の育て方がそのまま生徒さんに表れているのを実感。校長先生の挨拶も、挨拶が終わった後にくすくすと笑いがおこるような、そんな魅力的な校長先生。行くたびに大好きになる。しかし今日は2科受験。国語爆弾をかかえているゆずは、算数で80点ほど取らなくては安全とは言えない。午前中、憧れの第一志望にチャレンジした疲れた頭で、算数の実力はどこまで出せるかが心配だった。去年のC校は2日午後に合格を出しすぎたのか、予想以上に入学者が多く、定員より1クラス増えてしまったため、今年は合格者数を絞ってきそうな気がしていた。帰ってきて、C校の算数を軽く自己採点。最初の計算問題3題のうち2題間違っている。他にも簡単なミスが。これはダメだ、と母はあきらめた。2校ともに、22時のネット発表がある。22時までに就寝準備をして、発表を待つ。いよいよ22時。C校はなかなか開かなかったので、まずA校から。…結果×。後ろの後ろにいたという、同じ学校の子の番号はあったらしい。後からその子の進学先はW実業と聞き、納得。同じ塾のW実業志望の子もやはり合格。A校はW実業やW中の抑え校なのである。そしてC校。やはり×。ゆずは特に泣いたりしなかったが、本当は辛かったんだと思う。目がほんの少し赤かった。後日分かったが、C校の最低点は106/200点。5割ちょっと。それにもかからなかったとは・・・。C校が受かっていたら、3日は第一志望のA校の2回目を受けに行ってもいいと思っていた。しかし、ここがダメだったからには、3日はB校の2回目を受けるつもりでいた。B校の2回目は2科の10%を加算してくれるし、少しでも安全な方にすすめないと。ゆずはA校をチャレンジしたかったようだが、説得して第二志望のB校の再チャレンジをすることにした。明日、明日が勝負だ。雪、降らないといいな。興奮して眠れずに、2時近くに外を覗くと既に雪が積もっていた。
February 17, 2008
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いよいよ1日。ここで○をもらえれば、2.3日は憧れのA校にチャレンジして、3日で受験生活ともお別れとなる。でもここを逃すと、おそらく長い入試になるだろう。塾の先生からも、言われていたことだ。過去問の出来はとてもいい。ここまできたら模試の結果もYTではなくアタックテストのいい方、合格可能性80%を信じてがんばるのみ。ここの学校は、と言うかゆずの志望する一連の受験校は、このあたりの地域の大学付属校志望の子みんなが考えている流れと同じだった。なので同じ塾でもうちを入れて3組の親子がまったく同じパターンを組んでいるようだった。いわばライバルなのだが、そこはEゼミ。親も子もガツガツしていないのがいい意味でも悪い意味でも特徴と言える。無料の自販機に並び、ドリンクをいただいたところで、塾で顔見知りのS君のお母さんに会ったので、声をかけてみた。その戦友とは以降3日間一緒に過ごすことになる。もう一人の塾友K君のお母さんとも合流し試験終了まで過ごして、子供たち(共学校だがみんな男子)と合流してお昼を食べた。その後塾に行き、子供たちは自己採点をしてきた。ゆずの感触はなかなかよさそうだ。算数もかなり取れている。理社も悪くないようだ。ただし爆弾・国語は自己採点もできず、油断できない。20時の発表はネットと駅前の会場での発表になる。ゆずは20時までに就寝準備をしておく。本人にとっては今日は余裕の出来、明日がずっと目標にしてきた本命なのだから。もし合格なら、その場で書類をいただく。不合格なら3日の2回目の出願をする。私はどこで発表を見るか迷っていた。家でネットで発表を見てから現地に行っても手続き締切の21時までには十分間に合う。ただ、その日は家に私とゆずしかいなかったので、不合格だった場合、不合格を言い残して手続きに行くのは心配。なのでゆずには現地で見ることにして、こっそり家で見てから出かけることにした。20時ちょっと前にHPに掲載された。ものすごい心臓がバクバクし、血圧が上がった。残念ながらゆずの番号はなかった。これはきついスタートになったなと、寒い中出願にでかけた。身も心も凍りそうとはこの事かなどと思いながら。どうやら同じ塾の他の2人もダメだった様子。帰ってゆずに知らせると、多少ガッカリした様子だったが、すぐに寝てしまった。あとから聞いたことだけど、K君はかなり落ち込んで泣いたらしい。四谷の入試速報では、合格最低点2科155/200点 4科219/300点と出ていて、4科男子の倍率は4.1倍となっていた。B校は1日は元々2科受験。2006年より2.4科選択となった。今年は圧倒的に4科受験が多かった。選考は、まず全体で2科の成績で7割の合格を取り、残り3割をこぼれた4科生の中から抽出していく方式。どちらかというと、2科に有利な学校で、合不合も2科判定校だ。しかしこの最低点155点とは!8割近いことになるので、受験生のレベルが高いんだということを実感した。算数80点理社40点ずつ取れていても、国語で60点取れていなければ合格できない。ゆずには国語60点は難しいのかもしれないとがっかりしたが、この不合格は、ゆずにとって必ずいい経験になるはず、と私も気持ちを強く持ち明日の午後校の出願準備をした。
February 16, 2008
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31日午前中、友達がいいと言っていた町の整形外科に行ってみる。レントゲンを撮るが、異常ない様子。担任の先生も一安心。4駅ほど先にあるので、車で10分少々。ちょっと遠いけど今後もその病院で診てもらうことにしました。結局最後の2日に追い込みと思っていた社会の暗記や漢字ももちろんできず。この日はどれくらい字を書けるかと、書いても手が疲れるだろうからほどほどにしてテキストを眺めるくらいでした。Bや2Bの鉛筆の方が書きやすいかと思って持たせてみましたが、鉛筆は細いので太めのシャーペンが書きやすいとのこと。Bのシャー芯を買ってきました。本人は緊張感まったくなし。自主的に勉強する気もなし。5時からEゼミの壮行会だったので、参加。これで塾の送迎も最後になるのか~。1月から朝型にしようと何度も言ってきたけど、最後の最後まで朝型にはならないまま。この日は22時前には寝ました。緊張感がないのはいいやら悪いやら。。ここまでの願書代金1月校 15000円1日校(B校) 25000円 (1日発表当日20時。×の時は1日21時までに3日の出願可能)2.3日校(A校) 25000円×2 (こちらは郵送のみ)合計 90000円1日の結果次第では2日の午後(C校)と3日(B校の2回目)の出願を考えています。事前に可能性のある学校をみんな出願してしまうご家庭もあるようですが、我が家はケチに当日出願にしてみました。同じ塾の同じ志望のお宅もぎりぎり出願派のようでした。さて、いよいよ明日から。自分がどんな気持ちだったか、なぜか何も思い出せない。
February 15, 2008
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ゆず本人は、事の重大性にはあまり気づいていないようでした。それは幼い性格の為、先の見通しをあまり立てられるタイプではないからでしょうか?それに楽観的な部分がかなりある子です。もっと慎重派なら、今までだってきちんと計画を立て勉強を進めてきたことでしょう。さて、12時半頃ついた●●病院ですが、先生たちがお昼の食事をしているとのことで、少し待たされました。今日手術して、あさっては入試会場に行けるのか?そんな心配でいっぱいな私。ゆずは、そういう心配というよりも、痛みに耐えた疲れ等でぐったりしてました。13時前に院長に呼ばれ、、、ちょっと我慢して~と言われ、なんと!人差し指を、脱臼を治すようにして「ぐいぐいっ」と押している。痛そう。次にははみ出してしまった爪の根本を、ピンセットのようなものでまたぐいぐい押しこんだ。本当に痛そう。。。これは縫った方が早いねと看護婦とうなずいて、私たちに説明を始めた。○○会では手術と言っていたかもしれないけど、これで大丈夫。手術となると何日か入院しなくちゃだから、この方がいいでしょう、と。私と保健の先生は、待合室に戻され、ゆずは麻酔&縫合をしてレントゲンを撮りました。しばらくして呼ばれると、先ほどの診察室は整形外科の医長とかいうおじいさんにかわっていて「はい、大丈夫!1日の午前中に来て~」とあっさり言われた。保健の先生が、1日は午後しか来れないんですがと言ってくれたけれど「じゃ、来れるときにきて。午後は待ってもいいなら来な。」という感じ。さらには待合室で、年配の看護婦に「先生(医師)の前でそんなこと言うんじゃありません」と説教され。噂どおりに嫌な病院でした。しかし、これで手術しなくていいなら、●●院長様様なわけですが…。人差し指を固定され、学校に戻って保健室で給食を食べるゆず。校長・副校長がやってきて、こんな時期に申し訳ありませんと謝ってくれました。でも、それは先生のせいでもないし・・・。気にしないでくださいと言うしかない。踏んでしまった子供と、その担任の先生も顔を出してくれた。その5年生はおそらくサッカー少年で、「骨折させてしまって申し訳ありませんでした」と神妙な顔で謝ってくれました。私は、「わざとじゃないんだから、気にしないで」と言いました。それ以外、何も言葉が浮かばない。ゆずもうなずいていました。後から誰かのお母さんに聞いた話だとその少年は階段をジャンプして降りてきたとのこと。少年の先生も、階段や廊下はもっと静かに歩くようによく注意しますと言っていた。その日私は何度「気にしないでください」と言ったことか。でも本当に誰のせいでもないから、しかたないこと…としか言えないものね。担任の先生は、特に気にしてくれて、受験のこともゆずの指のことも本当に親身になって考えてくれた。夜にも電話をしてくれて、やはり町医者にでもいいから別のところでも診察してみませんかと勧められる。なので翌日別の病院に行ってみることにしました。さらにジャンプ少年のお父さんからも謝罪の連絡が入り、明日直接謝りに行きたいと言われたけど、うちの息子が逆の立場だったかもしれません、気にしないでくださいと断りました。本当のところは、入試前日に愛想笑いして大丈夫ですから気にしないでください、というのがしんどかったというのが半分です。私は、大げさかもしれないけど何か運命の糸にでも引っ張られているような気持ちになっていた。さらに、これで受験がダメだったら骨折のせいだったと言い訳ができたか。など、ろくでもないことばかり考えた。
February 14, 2008
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学校は1月に入ると休ませる方針のご家庭(塾)もあるようですが、周りではそういう風潮はなく、Eゼミの先生も普段通りに生活していないと絶対に合格しないと言っていたし、もちろん我が家も休ませない方針でした。ただ、31日はお休みする子が多かったようで、うちも休むつもりにしていました。28.29日あたりは、鼻水も出てきていたので、30日から休ませようか?と思っていたところ30日は集会委員会の仕事があるからと登校していきました。しかし、この日は休ませればよかった、と母はかなり後悔することに…。10時半頃、職場に6年生の担任の先生から電話があったと伝えられ、急きょ学校に電話をする。担任の先生が出て「ゆず君が図工の移動の時に、階段で落とした輪ゴムを拾おうとして、そこに通りかかった5年生に右手の人差し指を強く踏まれ、骨折していると思います。こんな時期に申し訳ありません」と言っている。電話は保健の先生に変わり、どこの病院に連れて行けばいいかとのことだったので、4年の1学期と6年の11月に体育のドッヂボールやバスケで他の指の骨折をした時に通院した病院を指定した。私も仕事どころではなくなり、急きょ病院に向かうことになった。電車の中で、なんでこんな時にこんなことに??と涙が出そうだった。学校休ませていれば、こんなことにならなかったのに、と。その病院はただの町医者的な整形外科だったので、保健の先生が連絡を入れても、すぐに○○会病院に紹介することになると言われたらしく、先生とゆずは○○会病院に行くことになり私も家に寄り保険証を持って病院へ向かった。私が病院に着いたときには、診察は終わっていて、保健の先生が話してくれたのは爪の根元が飛び出ていて、手術が必要。ただ、この病院のオペ室は空いていないので他を紹介してくれるとのこと。しばらくして、担当医から呼ばれレントゲンを見せてもらったが、第一関節のあたりがみごとに折れ左に反れている。それだけでも重症ということがわかった。●●病院という、交通事故などでよく運ばれるとする病院を紹介された。要するにいかなる時も受け入れてくれる、金儲け主義の病院だ。←母の偏見大いにあり○○会もいい噂は聞かないが、●●はさらに悪い噂しか聞かない。しかし、手術するならとにかく早くしてもらわなくては困る。もし入試が終わってからの手術では早くても5日後。入試が延びに延びたら10日くらい経ってからになってしまう。数年前にベランダから落ちた猫(当時1歳未満)の骨折で経験したが、若い動物(ゆずは人間だが)の治癒力はすごい。その猫も、他の犬だか猫の急な手術が入ったりで、手術延期になり骨折後1週間程度経ってしまって手術をうけたら新しい骨ができていて、結局ボルトをはめずにギブスだけで治した。今でも多少びっこをひいている。それは動物だから良かったこととしても、人間である、しかもこれから何十年もの人生があるゆずには受験よりも利き手の人差し指の機能の方が重要に思えた。それでも2年半、あさってからの試験のためにがんばってきた受験勉強だ。すがる思いで●●病院へ向かった。
February 13, 2008
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ゆずは埼玉・千葉の学校に通うつもりはなかったので、1月校は特に調べもしていません。1回くらいは受けておいたほうがいいということで、地方の全寮制の学校の東京会場で初入試、まさしくお試し受験をしました。模試結果も合格可能性80%親としては、子供の初めての受験。子供もいつもの模試よりは、気合いが入っていました。結果は4日後、郵送で発表です。すべてが終わった今思えば、全然必要がなかったけど、わざわざ仕事をお昼に早退して郵便受けの中身を確認しました。予想外にEXPACKで、マンションの宅配ボックスに入っていました。厚みがあったので、合格か?と急ぎエレベーターに乗り、家に入って開けようとするとこんな時に限ってハサミがない。カッターで開けることにしました。結果やはり合格。行かないとわかっている学校でも、合格は嬉しいものです。数時間後に帰ってきたゆずにも報告。やはり喜んでいました。塾の友達も、学校の受験組も1月は埼玉をどんどん受けているので、ゆずももっと受けたいという気持ちになったようです。ここが万が一ダメだった場合の学校の願書は用意してありました。でもここが受かってさらに上の学校を受験するには、その学校の対策も必要になってくると思い、今この時期に行くかわからない埼玉の学校の対策をしている暇はなかったので、説得して諦めました。何はともあれ、合格してよかった。あと2週間、2月に向けてがんばろう。しかし、この時点でも最後の気合は入らないまま・・・。
February 12, 2008
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6年生の1年間は長いような、短いような。でも終わってみて、受験させてよかったなというのが一番の感想です。うちのゆずクンは、最後の最後まで目の色が変わらなかったクチでして、最後の最後はどうなるか、と言った具合でしたが無事に進学先が決まりました。1/30(←ここがポイント)から波乱万丈の入試記、順にUPしていく予定です。まず、1学期・夏休みですが、相変わらず家での勉強はなし。宿題は自習室で済ませていましたね。ゲームもテレビも以前よりは減ったものの、受験生としての自覚はないようでいつ目の色は変わるのか?と母は気が気じゃありません。当然模試の結果も良くありません。合不合も予備、そして秋以降、常に40台。Eゼミのアタックテストもなかなか60を超えることはなくなった。とにかく国語がひどい。11月の合不合で39を出しちゃいまして併せて社会も公民分野が特にひどく、歴史も読解的な問題は全然取れません。志望校はYで60・首都圏で65ほどのもはや超チャレンジ校となってしまい、でも目標は高く持ったほうがいいということで最後まで変えることはしませんでした。冬休み、塾での勉強時間は増えましたが、やはり家で勉強することはなく、30.31日元旦はほぼ勉強せず…。こんなんで、第一志望はまずムリだろうなとこの頃から母は覚悟を決め始める。第一志望は2日と3日の試験日で 過去問は5年分計10回を終え、最低点に行く年が3割程度といったところ。第二志望は1日と3日の試験日でY偏差値53~54 首都圏で56~58過去問は赤本には1回分の5年分しかなく、合格最低点はかなり超えていて、理社はほぼ9割。中には満点を取れる回もあったので、母としてはここを実質の第一志望として考えていた。Y模試では第二志望もかなりのチャレンジ。抑え校すらチャレンジ。しかし、アタックテストはYよりも10ポイント高い偏差値が出ていて、第二志望の合格パーセンテージもほどほどによく出ていて、過去問のできもいい。強気で行くことにする。しかしこれが後で大変なことに・・・。
February 11, 2008
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