日本/フィリピン・国際結婚のブログ

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2006.08.12
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さて、昨日バータさんへのわたしのレスで 「いわゆるA級戦犯合祀のときに国内的にそういう雰囲気が出来ていた」 と書きました。

実際には、国会でいわゆる戦犯の方々の遺族への年金支給をこのままでは出来ないので、戦犯の遺族の中には非常に経済的に困窮しておられた方もおり、そういった弱者救済の観点も含めて特に熱心だったのが当時社会党の堤ツルヨ衆議院議員でした。

堤代議士は『戦犯の遺族は国家の補償も受けられないでいる。しかも、その英霊は靖國神社の中にさえも入れてもらえない!』と熱弁をふるいました。こうして昭和28年8月、遺族援護法が改正され、旧敵国の軍事裁判で有罪とされた人は、日本の国内法では罪人と見なさない。という判断基準が明確に示されました。そして遺族に対し年金と弔慰金が支給される事となりました。自由党・改進党・右派、左派社会党。与野党を挙げた全会一致の可決でした。当然ながらそこにはABC級だといった区別などありませんでした。

そして、サンフランシスコ条約第11条により、当時国内外にまだ1860名の戦犯が服役していましたが、彼らを早く釈放することの署名運動では4000万人にも及ぶ数の署名が集まりました。

こういった流れの中で関係11ヶ国の同意を得て、A級戦犯は昭和31年にBC級戦犯は昭和33年までに赦免し釈放しました。こうして「戦犯」の人達は国内外から免責され、結果として靖国神社に合祀される対象となったのです。

某サイトに面白い写真がありましたのでお借りして紹介します・・・

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見出し部分に 「これでA級戦犯全員が刑期を満了した事になったわけである」 と書かれています。

ちなみに「赦免」とは 『罪や過失を許すこと』 という意味です。

今現在、朝日新聞の考えとは非常に大きな乖離が見られますね・・・これは何故なのか・・・答えは簡単です・・・それは、その当時には国民の間にそういった雰囲気があったので、それに反する事を書くと販売部数が減る事が予想されたからです。

朝日新聞も、このときに「これはとても認められるものではない」ぐらいのことを書いておけば、今言っている事も多少の信憑性があるのでしょうが・・・


ということで、世の中の雰囲気というものはとても怖いと言う事を実感しながら、今日も1日よろしくお願いしますm(__)m





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最終更新日  2006.08.12 05:14:45


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