・・・そして、今思うこと

・・・そして、今思うこと

会えなかった弟


 父が帰ってくるなり「今からおかーさんの所へ行くから。」と言った。
 私は訳が分からず、車へ乗り込んだ。
 向かった先は近くの産婦人科。
 階段を上り病室へ行くと、ぐったりとしながら寝ている母の姿があった。

 「けやきに話があるの。」
 「あなたにね、弟ができたんだけど、お腹の中でね、交通事故にあっちゃってね。
  おかーさんも産みたかったんだけど、産むとおかーさんの身体が持たないって。
  けやき、おかーさんがいないと困るでしょう?」

 今思えばお腹の中で交通事故っていうのも、おかしな話なんだが。
 母は涙を見せず、冷静に私に分かるように話そうとしてくれた。
 でも、私はとてもきょうだいが欲しかったので、おかーさんよりきょうだいが欲しい!と心の中で思っていた。口には出さなかったが。
 その日は病室に簡易ベッドを置いてもらい、私は病室で母と眠った。

 母はしばらくの入院を余儀なくされ、私は学校が終わると母がいる産婦人科へ向かうようになった。
 「上の部屋に赤ちゃんが寝ているよ。」
 母に言われて私は病室を出て階段を上った。
 病院の最上階には生まれたばかりの赤ちゃんが眠っていた。
 それからというもの、病院へ行くと私はよく赤ちゃんを見に行った。
 やっぱり、赤ちゃんはいつ見てもかわいかった。


 母は会えなかった弟に名前をつけて、安曇野で見つけた土で作った道祖神の置物に、今でも毎日水をお供えしています。
 「○○くんね、今年18歳になったのよ。けやきならどこの大学紹介する?」
 突然、そんな話をされた事がありました。
 まだ結婚していなかった私は、18年も経っているのに弟を思う母の気持ちに驚きました。こんなに忘れられないものなのかと。

 私が流産した後、母に弟のことを詳しく聞きました。
 妊娠3ヶ月頃、「羊水が濁っていてこのまま妊娠を続けても育たない可能性が大きい。運良く育ったとしても、
障害を持って生まれてくる可能性が極めて高い。」と言われ、どうやら流産というよりは、妊娠を止めてしまったようです。
 母が悩んでいた時に父は「今3人で幸せに暮らしているのに、何考えてんだ!!」と怒鳴ったそうです。 
 (↑幸せっておとーさん、その時家は散々なことになっていたよ。。。)

 手術後、医師に「これでよかったんだよ。」と何度も言われたそうですが、自分に宿った生命を終わらせてしまったという、
罪悪感、虚無感は私の想像を遥かに超えたものだったろうと思います。
 母は弟を見せて欲しいと医師に言ったそうですが、
「まだ小さすぎて血液と一緒になってしまっているから。」と見せて貰えなかったそうです。
 この時、ひと目でも母が弟に会っていたら、母の気持ちも少しは安らいだはずなのに。そう思えてなりません。

 母を見ていると、亡くした子供をいとおしく思う気持ちはいつまでも変わらないのだなと感じます。
 もしかしたらその想いは生きている私に向けられている以上のものがあるのかもしれません。
 悲しみが和らぐ時があったとしても、母が弟を宿していたという事実が消えてなくなる事は決してない。
 たとえ他にこの世で出会える子供がいたとしても、この気持ちは変わらない。
 でもそれでいいんだよ。
 母を見ているとそう感じます。


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