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2009.05.11
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カテゴリ: 音楽
久しぶりに公開レッスンを聴講しに行ってきた。
外国の先生の指導を見るということで、
日本の教育との根底的違いをいつも心底感じる。
今回もそんな感想だ。

外国人の先生自身もあまりそれに気がついていらっしゃらない場合もあり、
また、演奏と技術の切っても切れない基礎を今更一から限られた時間で、
作品をレッスンするにははじめから無理と考え、
違う視点から流していかれるのか、、、
定かではないが、
根本的にピアノ教育の違いを感じる。
その土台無しに、いくら難しい曲のあるフレーズの弾き方を指示した所で、
根本的解決にはならないし、
生徒さんは何がどうなのか、あちこち言われることであまりにできないことの多さに迷い、
アドバイスですぐに改変することができず、
また、それを聞いている指導者の側も,根本的に求められているものが何なのか、
体系的には短い時間では把握できない、、
そんな根本的な教育の違い、ピアノを弾くということの違いが決定的に確実にある。
小学生から大学院生までの各々曲の内容やレベルは異なるにしても、
先生の要求されていることの根本は同じだと思った。

演奏される先生の音色はとても柔らかく豊かな音で,
曲の細部をよく理解され、
その音をどうやって紡ぎ出すのかという、
体の使い方が自然でみごとだ。
基礎とはそういうこと。
非常に前腕、上腕、肘や腕、手首、さらに肩の使い方が自然に動き、
よく観察できた。
先生が演奏される時、
聴講者は皆さん楽譜に目を落としているが、
体の状態や奏法をよく観察するべきだなと思う。
実際にこの音をどうやって出すかを目の前で見せてくれているのに、
ほんとうにもったいない。

今回は古典ばかりだったが、古典ってやっぱり怖い。
弾くのも教えるのも。
楽譜を細かく分析しながら、
それぞれのアーティキュレーションを
正確に表現していくことの難しさと、
古典で基礎がまるわかりになってしまうと言われているが、
ほんとだ。

ハイドンのソナタも素晴らしかった。
弾いてみたいと思わせてくれるような演奏だった。
F級の課題曲になっている曲。
生徒さんと一緒に勉強してみたいと思う。






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最終更新日  2009.05.12 11:42:06
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