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静岡では、ミヤシステムセミナーが開催される。お客様からは 『えっ?無料なんですか?』 『何人申し込んでいいですか?』など、建設業の原価管理のニーズは日増しに増えている。いつもセミナーなどでお話するときには、けんちゃんが伝えたかったことを考えながら話す。それが、建設業経営者のもっとも求めるところだと思うから。。あーー去年のいまごろは、けんちゃんは 2度目の抗がん剤治療に専念していた。おととしは、まだぜんぜん元気で東京で展示会に一緒に行った。なにがいいたいのかよくわからなくなってきたけれど最近よく思うのは今出来ることを、全力でやらないといけない!出来るときに、出来ることを!けっして何事もあきらめてはいけない。それはきっとけんちゃんがいつも言って来たことです。自分を信じて一直線に突き進んでいけば道は開けてきます。建設業もきっと明るくなってくるはず。がんばりましょう!
2005.12.07
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今日は沖縄でセミナー。その中でけんちゃんからのメッセージをながした。(2002年、闘病生活前のNHKでの取材) 泣きそうになった。「いまは、すたれていってるかもしれないけど、 この、建設業で工夫してがんばりましょう。。。て僕は言いたい」この言葉何度聞いてもなける。 けんちゃんと逢いたい方はこちらから ⇒ http://www.miyasys.co.jp/m/shacho/mov.htm
2005.11.09
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宮脇健司は 平成17年5月19日 20:32 全力で病気と闘いましたが、思いかなわず 亡くなってしまいました。 生前は多くの方にはげましを頂き、誠にありがとうございました。 亡くなる直前まで、携帯を手に持ち続け、このBLOG へのコメント メールが強く生きる力を与え続けてくれていました。 一人きりの病室でも、このIT技術がもたらした 生きがいにどれだけ救われたか分かりません。 宮脇健司は最後まで自らが愛した建設業界の発展と、 自らが残した理念をより多くのみなさまに伝えることを 望んでいました。 これから、少しずつでも 宮脇健司がのこしたコメント 写真などを公開していきたいと思っています。
2005.09.14
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今日病院に行くと、やっと外れていました。ニトロール(心臓の薬)の点滴。1歩前進です。でも、父は発作を恐れているようでほとんど動きません。それだけ苦しいのだと思いますがあまりにうれしい出来事でしたので応援してくださっている皆様にご報告したいと記入しました。また、明日も少しでも良くなりますように。。。恵理
2005.05.09
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今日の父は少しいつもより調子がよさそうです。お尻の痛み止めも、今日は使ってないのだ!!スゴーイ!今、睡眠薬を飲んで眠ってしまったのですがブログのことをすごく気にしているので今日もまた代筆です (*^^)vこのゴールデンウィークは名古屋からお見舞いにきてくれたTさんご夫婦をはじめぞくぞくとみなさまにおいでいただいてます。父の様子を気にして、何度も何度も病院に来ていただくのは気の毒だと思う反面、みなさまのお気持ちとパワーが父に伝わり、『生きる!』という活力へつながっているのだと心から感謝しています。皆さまの気持ちに応えられるよう、父は今日もがんばっています!父には幸い適合したドナーの方とのコーディネートもすすみ、あとは父の体調しだいというところです。どちらにお住まいの方かなどということも一切分かりませんが、ドナーの登録をしていただき、父のために決意いただいたことにも家族全員 口では表せないほど感謝しています。本当にありがとうございます。1日もはやく、移植に向かって1歩でもちかずく!と今日父も言っていました。これからも、あたたかく見守っていてください。代筆 恵理
2005.05.04
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今日から5月。命萠いずる季節。若葉は力強く伸びて新緑(深緑)を形成し生命がそこらじゅう満ちあふれてる。そんな空気を朝から感じた。どうかすると夏の匂いさえ時折、風が運んで来そうなそんな気がした。。。3月は危ないところを優秀な医療スタッフのおかげで一命を取り留め、4月は症状の回復と《生きる》のに必死で携帯でブログを打つ力さえ残ってなかった。今日から5月1日。。。命の息吹をそこらじゅうに感じながら《今日から5月1日俺も今日から頑張ろー。。。》朝から頑張る決心をした。朝のトイレを済ませ、痔の痛み止めを挿入してもらい胃の痛み止めの注射をして痛みの納まるのをじっと待つ。。。 《安静にしてたら、心臓の発作はこなくなったけれど、体力と筋力は落ちる一方、一人で立つのもままならぬ、おまけに胃まで痛くなる。》そうなんです。最近、胃と痔がセットで痛んで、胃痔悪になってるんです。でも今日は座って朝食をとろうと決めたんです。9時過ぎに注射が効いてなんとか座る、座ると痔が痛くて辛いが、食事と歯磨きの済む迄頑張ろう。痔は腹を据えて座ると結構辛抱できた。心臓に負担の掛けない様に食事は1時間掛けて終わると10時過ぎになる。ナースコールで食事量を見てもらい後打ちのインスリンを打つ。次に錠剤が11個粉薬が2包サプリがマキシモルとは別に7錠を飲む。次にする事は口一杯の口内炎がこれ以上悪化しない様に20分掛けて歯磨きと口の中の手入れ。気が付くとすでに時間は11時前、痔は痛むがなんとか頑張ったあとよこになる。《心地よい、達成感を感じながら。。》少し休んでいると重ちゃんが奥さんと見舞いに来てくれた。1時間程いてくれたが、30分は座って話ができた。。。《明日も頑張ろー。。。》 宮脇 健司
2005.05.01
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病気と闘うのが一生懸命でここ10日あまりは余裕がぜんぜんなかった。メールでうちこむブログでさえ、きつくて書けなかった。かといって発作がでているのではなく、ただただ体がきつい。夜は夜で、何時間かおきにお尻がやじやじするので2時間ごとに洗ってもらう。痛みがくるので、座薬を入れてもらう。睡眠不足で、バイオリズムも最低だった。みなさんが心配してくれていると思いながら。。。ブログのことも気になりながらも更新ができなかった。今日は代理になってしまったけど、ここ10日のぼくの状況を見てくれている人に報告したいと思い、更新している。毎日の日課の社員からのワンクリックメールを見るのが精一杯。「ごくろうさん」の一言の返信メールもなかなか書けない。でも、みなさんからの、メール調子がいいときに、ぼつぼつと読んでいます。いつもありがとう。いまの僕は、体重が急激に落ちたことと寝ている時間が長かった事で、筋肉がなくなっているので座ったり、立ったりのリハビリを出来るだけしています。血液のほうは、予定していた移植は伸びてしまったけど病状は安定している。。。移植に向けて今日もがんばります。 代筆 恵理
2005.04.26
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4月8日以来少しづつではあるけど、体調がいいので座る回数を増やし、昨日から歩く努力を始めた。一歩一歩点滴の棒を杖代わりに、よちよとやっと10歩歩いた。 心配してた心臓の発作はこない。後ろに控えてた車椅子に座り気分転換に食堂の陽だまりを楽しんでから、病室へ帰った。 今日は血小板と赤血球の輸血をしてる。輸血が終わって落ち着いたら、今日も頑張ろー! 心臓の発作が来ない様にきをつけて、《頑張るぞー。今日より明日は元気になるぞ。。。。!》
2005.04.14
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今日も昨日より少しいい。今日は連続投与のシグマートが、外れた。 赤血球と血小板の輸血は午前中いっぱいかかった。食事は座って食べた。 心臓の心配をしながらだが二度昨日より余分に座ってみた。 終日発作は来なかった。あとは痔の痛みが楽になればいいなあ。。。 ともかく今日より明日のバイオリズムが上がる様に《頑張るぞ!!》
2005.04.09
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今日はお釈迦様の誕生日だそうだ。ここ数日、ニトロとシグマートを点滴で連続投与に切り替えてから、発作はこない。 移植も体調が良くなるまで延びた。でも、今日はお釈迦様の誕生日、僕を助けて! なんて考えていたら、《朝食は座って食べよう》と突然、頭に閃いた。 朝食が来たので、手伝ってもらって座った。自分で箸を使って、ご飯を自分の口に運ぶ。座った視線で窓を見る。食事の膳を見下ろして食べてる。 心臓発作もなりをひそめている。確かに今日の方が昨日よりは、体調が良い。1時間程できつくなり、再度横になり安静にする。昼食も、夕食も何とか座って食べれた。 排便時の痛みも座薬が変わり、新しくできた痔ろうも家内がこまめに清潔にしてくれる。 痛みの質が少しすっきりしてほんの少しだが軽くなった気がする。 心配してた心臓発作も終日おきなかった。今日は昨日より確かにバイオリズムが少し上がったと確信できた一日であった。《嬉しい!明日も頑張ろー!》
2005.04.08
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今日も朝から安静にしていた。午後になって、友人が千羽鶴をもってきてくれた。友人のお姉さんが、頭のボール部分を作ってくれて鶴は友人たち夫婦とその家族みんなの気持ちが嬉しくて僕のNK細胞も活発化したような気がする。ありがとう。。。寝ていてもぼくが友人に話すのは、夢のような話ばかり。友人はそれを気持ちよく聞いてくれる。長男が保育園が一緒の縁で、以来ずっと家族同様につきあってきた友人だ。引越しも一緒にした!旅行もあちらこちらと楽しんだ!キャンプにも行った!兄弟同様のつきあいをしている。その友人夫婦が持ってきてくれた千羽鶴が何より嬉しい。元気になる。看護婦さんが、ナイロンで巻いて、部屋の隅にぶらさげられるようにしてくれた。これを見て元気を出そう!さぁ。明日からまた回復に向けてがんばるぞ!(恵理 代筆)
2005.04.03
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心臓が欲しがるニトロとトイレの後の痛み止めが、毎日必要なここ数日です。やむなくねたままで食事はいつものように家内が口まで運んでくれる。ベッドを少し立てて20度位頭を上げる。間もなく胸が苦しくなり、ベッドを戻して酸素を揚げニトロを舌下に含み痛みの納まるのを待つ。動けない、安静第一を再確認するはめになる。そんな日が毎日つづく。困るのは食事は寝ていてもできるが、排泄は肩を借り、やっとの思いで点滴や酸素をひっぱって座る。深呼吸をしながら、心臓にこないように気をつけるけど我慢が出来なくなったら、ニトロを舌下。くるしい。左右に支えがあるけど、前にもいすを置いてもらう。痛みが和らぐのを待つ。ウォッシュレットがあるから助かるが、きれいに洗えているが、家内に温かいタオルでおしりを暖めてもらう。。。消毒をしてもらったあと、看護婦さんに酸素、血圧とひととおり、図ってもらい、痛み止めを入れてもらう。入れるときはギャッと男の悲鳴が出る。痛みがおさまるまで20分。おさまったらやっと2時間ばかり睡眠につける。その間だけが、家内の自由な時間だ。風呂にいく。そして家内が帰ってきたら睡眠薬を飲み眠りにつくが夜中におしっこにおきるのでその度に、家内に介助をしてくれる。そんなことの繰り返しの毎日。でも少しづつ、復調しているとぼくは信じている。ここ数日そんな日々なのでもう少し体調がよくなったら、ブログを更新します。 宮脇健司△4月2日病院に行くと、父が3日がかりで携帯で入力しているけど、もうできない・・・というので、調子を見ながら話す事を入力しました。数日調子の悪い日が続いていますが、起き上がれるようになったら、またブログを更新するとみなさんにお伝えしてください。ということです。 恵理
2005.03.31
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今日は朝から調子は最低。昨日に続き輸血をしながら絶対安静。少し動いただけで心臓がニトロを欲しがる。昼食は体調の合間をぬって家内がゆっくりと、ひとさじ、ひとさじ、ていねいに、ねたままの僕の口まで運んでくれる。 午後3時過ぎ、少しバイオリズムが安定してきた時、娘から携帯で吉報がもたらされた! 『嬉しいお知らせがきた!澤田先生から「工程管理の特許が取得できました。」とたった今連絡が入った。お父さん良かったね。』 僕にはなによりの朗報だ!2000年の9月に特許出願して以来4年と6ヵ月、今回の審査が最後のチャンスかなと思っていただけに喜びもひとしおである。《ヤッター!ウレシー!バンザーイ!ハッハッハッハッ。。。。》とNK細胞が活発化しバイオリズムが急上昇する、僕であった。。。
2005.03.29
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ここ2、3日発作も起きずバイオリズム上昇中。友人の持ってきた、春の香も《竹の子》おいしく頂いた。今日は少し【工程表】についてオーソドックスな捉え方を述べさせてもらう。一般的には予定表とか、スケジュール表とか、あるいはタイムスケジュール、旅行社などは、旅程表あるいは行程表というらしい。子供を大学にやろうと思えば、卒業迄に4年《5年あるいは6年かかる子もいるが》 の予定をたてその予定にそって毎月の仕送り、授業料の計算、教科書代等の積算をして何とかわが子に学問をと、家計のやり繰りをするのである。1年卒業予定が延びるとそのぶん余分な経費もかかるのです。そうです。予定にはお金の計算が付いてくるのです。3泊4日のグァム旅行も、7泊8日のシルクロードの旅も旅程表にしたがって、泊まるホテルのランク、飛行機はファーストクラスか、エコノミーか、食事は一流レストランかフリーなのか、旅行社はお客の予定でお金の積算をするのです。そうです。すべての予定には、《本人が意識するしないにかかわらず》 お金がかかります。工事の作業予定表のことを、ここでは【工程表】といいますが、やはり作業予定も作業段取りをどうするか、バックホーの大きさは?ダンプは何台?作業員は何人?それでその作業は何日かかるのか?など予定をたてていくつかある工程ラインがすべて終わるのは何日かかるのか?などと日数の予定を積算します。と同時に予算の計算もしているのです。
2005.03.24
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神のくれたご褒美! 30余年間求め続けて得た果実。フロック等では決してない。実践土木のキャリアに立脚した理論とシステムの構築、建設社員の9年間に及ぶ実際現場での理論と実施工での実証実験の繰り返し。。。 2000年には全国を視野にプロジェクトチームを結成。。。 2002年にはシステム部門を分社、株式会社として独立。。。以後システム社員と建設社員共に建設業の経営改善の一端を担うべく日夜邁進している。。。そんなベースがあったから、神様が手の平に納まるご褒美をくれたんだと、自分で納得。手の平の幸せを求める人達に方法を伝授しよう!
2005.03.21
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気が付くと、30余年間求め続けた数字が僕の手の平にすっぽりと納まっている。求めに応じて情報が換わる。。。! すばらしい!建設の本日の番割り、1日終わると本日全稼働現場の工事報告書、しかも当日損益アンド累計付き。。。君たちはなんてすばらしい仲間なんだろう。。。! 寝たままの僕の手の平に魔法を掛けたね。。。!そして、寝たままでも世界で一番幸せな経営者にしてくれた。。。ありがとう。すばらしい仲間達。。。心から感謝します。もう一度ありがとう。。。! そ・し・て、おやすみなさい。 PS もう携帯は離せない。
2005.03.20
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ライフワークの仕上げの時期に寝たきりで、食事はベッドを45度にして頂く、小用は寝返りをして、しびんを使用。。。ベッド上で寝たまま、自分で出来る事以外は家内とナースにお任せ。マイコンピュータも寝たきりでは立ち上げは無理。究極の情報手段は、2月に覚えた携帯のメール 。上を向いて寝たたまま片手で出来る。気が付くとこのメールにすべてが入ってた。システムの動き、お客さまとの打ち合せ、変化のあるたびリアルタイムで届く情報。システム社員の今日1日と明日の予定の入った日報。。。極め付けは建設社員のその日の工事報告書
2005.03.19
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毎日微妙なバランスを保ちながらがんばっている。バランスが少し振れるだけで胸に締め付け感がくる!でも3月1日以来、家内がいつでも傍にいる。酸素、ニトロ、ナースコール、かいがいしく世話をやく。《3月1日には二度と戻りたくない。》しばらくすると落ち着きを取り戻す。『恵子、ありがとう』 《感謝。。。!退院したらペースを落とし ゆっくりとした人生を送ろう》恵子を支え、家を守ってくれてる家族に感謝!会社を守ってくれてる、友ちゃん、右ちゃん、社員のみなさん ありがとう。《心から感謝します。誓 復活!》
2005.03.19
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深夜から今朝まで痔の痛みと息ぐるしさで寝れなかっだ。少しだけ今日は落ち着いてきた。。。
2005.03.16
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今日の昼食です。全がゆ、ブロッコリ、野菜の小鉢、白身魚1切れ、アスパラガス小2本、食べれて幸せ。。。ではいただきます。
2005.03.10
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今朝はベッドに座り窓からの日差しが楽しめました。 昼から5分が湯です。命を実感。。。
2005.03.07
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あれから一週間、水のみ摂取量は一日600CCまでOK、喉の乾きはウガイで対処。。。《薬時に3回で300CCは使ってしまう。》 心臓の水引きは利尿剤で強制排出。。。!ぼちぼち食い物を体が欲しがるかな?ハッハッハッハッ。。。! 順調回復目指して頑張るぞ〓〓〓〓〓〓。
2005.03.06
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やっと、助かった。〓〓〓〓〓。。。!《再び息が戻ってウレシー。みんなのパワー送ってお願いします!》
2005.03.03
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きつい日が続く。もう少し回復するまでブログも書けない。。。《病気と戦うのがせいいっぱい。。。苦しい!たすけて!》
2005.02.27
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朝から、いまいちって感じ。。。体が睡眠を求めてる。だるくで、すぐ眠くなる。1時間程度で目が覚める。。。30分とたたない内に、また、眠くなる。 1日こんな状態でバイオリズムは下降気味!?昼には血小板を輸血した。。。。 夕方にはエリがミヨチャンを連れてきた。 ミヨチャンは我が家の長老でケイコと犬のハッピーと猫のチーとで留守を守る。 ドーベルマンのハッピーは番犬の役目をりっぱに努めているらしい。帰りぎわにミヨチャンが、『頑張るんよ!』と涙を流しながら励ましてくれた。ケイコがいつも時間に帰って
2005.02.14
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今日は久しぶりのゆったりとした日曜日を過ごした。 痛み止めの使用も、1日2回で済んだ。。。 昼前になると、いつもの通りにケイコが愛妻弁当を携えてやってきた。彼女は僕の為にこの半年、昼前にやって来て、夜8時ごろ帰っていく毎日だ。毎日熱が出ていた頃は、10時、11時までいてくれた。我が女房ながらほんとうに良くしてくれる。社会復帰できたら、今度は僕が彼女に尽くそう。《はっはっは!》今日は食堂で一緒に昼食をした。夕方は子供たちと孫がやって来て楽しい時を過ごした。いい1日だった。(みんなに感謝!。。。)
2005.02.13
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ついにあがったぁー!しかも倍以上の1730まであがった。 『自力であがるのがいいんだが、今回は注射であげた。4月初旬で移植できる様に計画しています。』と言ってO先生は赤血球の輸血をセットしてくれた。痛みはずいぶんと楽になったが、赤血球が減ると、少し動いただけで、苦しくなるので、輸血が終わっても安静に過ごした。移植に向けて、ガンバロー!
2005.02.12
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昨日より白血球が増える注射を再開した。 《明日は、あがる!?》 と信じて今日を過ごした。
2005.02.11
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白血球があがらない!《ショックだ!》 今日の採血検査は白血球が前回と同じ700だった。《上がってほしかったのに!気分は最悪!》 家内と娘に『落ちてなくて、良かったじゃない!』となぐさめられた。 今日は安静にして、1日中寝て過ごした。。。。
2005.02.10
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2005.02.09
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朝から痛みはずいぶん減ったのだが、息上がりがするので今日の輸血がすむまで、安静にしていた。朝、用足しの為少しだけ動いた。息上がりがして胸が苦しくなりベットに横たわって酸素を補給しながらニトロを使用して、やっと発作はおさまった。今日も輸血がきまっていたので、輸血が終わるまでじっとしていた。輸血が済んで、ずいぶん楽になったが、やはり大事をとって今日一日は終日安静にしていた。これが今日の何の変哲も無いぼくの一日となった。少し落ち着いたら、IT講座を少しづつ充実していきたい。気持ちと体はなかなか一緒にならないが、ぼくの持論の展開をひとりでも多くの人にみていただけば、ありがたいと思う。もっとも、今の調子ならいつになるか分からないが。。。
2005.02.08
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朝6時に採血をした。痛みは先日来確実に減ってきている。だが、昨日からいき上がりがして動けない。安静に寝ている以外ない。9時半頃お待ちかねの検査結果が届いた。《白血球が、700に減ってる! 残念!》ヘモグロビンも6900に減ってる。すぐに赤血球の輸血が始まった。明日もう1本の輸血が決まった。輸血が終わる頃は少し元気を取り戻す。遅めの昼食をいただき、しばらくすると、たいちゃんがやって来た。福井に帰る電車のぎりぎりまでいてくれた。僕は寝たままだったが。たいちゃんとキヨくんと娘のeriと枕元で夢を語った。楽しいひとときを過ごしかえり際たいちゃんが手を差し出した。『がんばって!またくるよ!』といい握手に力が入った。おもわず涙が少しこみ上げてきた。たいちゃんは帰っていった。楽しい時間の余韻に浸ってまた安静に過ごした。体はきついけど、充実したいい1日だった。さあて、あしたもガンバロー!
2005.02.07
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今日は痛みは一段と軽くなったが、少し動くと、息上がりがして心臓が酸素をほしがる。無理して動けばニトロと酸素を口と鼻に必要とした。結局、今日は終日安静にして寝て過ごした。体がヘモグロビンを要求して輸血の催促をしている様に思えた。
2005.02.06
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昨日につづき、今日もすこぶる調子がいい。朝からトイレ時のも、座薬を挿入しても、痛みが軽く、準備したニトロも未使用のまま、朝の地獄タイムは過ぎた。。。 《ヤッター!今日も僕の白血球は、増えてる!?》 そんな感覚を感じながら、友達を待つ。 《そうです!今日の午後、福井からタイチャンがやって来るんです。》 タイチャンは昨年の8月から今日で3回僕に会いに来てくれました。 彼は僕の夢の一番の理解者ですが、僕の入院を契期に『一緒に夢を実現しょう!』と言っ
2005.02.05
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オッハー! ご機嫌いかが? 僕は上向き。 上昇気流に乗れたみたい。朝6時に、採血がありました。結果が、楽しみ。10時頃 嬉しいお知らせが届いた! 《ワーイ。ヤッタヤッタ! 上がった。白血球が 今日は830になってる。 ハッハッハッ。。。 》月曜の採血検査は、きっと1000を超えてる。 弁当をもってきた家内とそういいながら、今日の気分は終日上向きでした。 では、バイバイ!
2005.02.04
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今日は朝から気分は上向き。。。 朝AM.6時。ユッコサンに、痛み止めの座薬を入れてもらった時、 《あれ?いつもの激痛が半分になってる。》《しあわせ気分》 AM8時30 食後のトイレへ。 《あれ?やっぱりいつもの激痛が半分になってる。》《ヤッター 。ウレシー ヤッホー》ひき続き軟膏とボラザGを挿入。《やっぱり痛みは半分になってる。白血球が今日は確実に上 向きなのを感じる。》 AM.10時 主治医のO先生が血小板の輸血にいらした時、《今日は体調が上向きで非常に気分が良い。》と告げると 午後は無菌室からマスクをしてなら出ても良いと主治医の 許可がでました。 ただし少しの時間だけ------。 でも1月4日にこの部屋にで3回目の抗癌治療の開始以来だか らとても嬉しい。 血小板の輸血がおわると、すぐに妻が病院に来た。 節分だからという事で太巻を作って持ってきた。 食事は生禁なので芯に入れてる野菜は、ゆでたほうれん草 でした。 人の多い食事の時間帯が過ぎてから無菌室から出て食堂へ 行き、太巻きを南西を向いて食べました。 久しぶりにふたりで食事をおいしくいただきました。 無菌室から出たのは、1時間30分程度だったけど、気分は 終日上向きでした。 妻はいつもどうりにPM8時頃「明日も昼までには来るね!」 といって帰路に着きました。《感謝。感謝。感謝。》 あすはきっと白血球は増えている!!!!! と確信して眠りに就きます。
2005.02.03
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今日は採血日です。朝6時に、看護婦のユッコさん(今日の深夜担当)が無菌室の僕の病室にやってきました。そうなんです。。。《今日の採血の分析結果が今の僕には最重要なのです!》血液分析の白血球が増えてて欲しいのです。>>>できれば1000になってて欲しい。神様お願い!<<<+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++でないと痛み止めの座薬(今はやむなく8時間おき==それ以上あけると痔の痛みに耐えられない。)を入れるたびにつるような痛みに悩まされ、ウンチの度に痔の激痛で血圧がハネ上がり、フーセン治療済みの心臓が酸素不足で悲鳴を上げてバクバクとしニトロペンを要求する。+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++採血が済んだら毎日の予定通りに朝6時の痛み止めの座薬をいれてもらい予定通りの激痛に男の悲鳴を一瞬あげた。痛み止めが効いてくるまでじっと待つ。>>15分もすると、痛みは消えて心の平静を取り戻す。<<AM・8時30分 朝食が済んで、収納式の便座を引き出し、ナースコールのコードと、酸素吸入ホースを精いっぱい引き伸ばし、ニトロペンの用意をして、覚悟を決めて便座にすわる。すぐに、さほど力まなくても目的は達成できた。 《ただし、便座にすわったまま、排泄時の痛みに、用意したナースコールをならし、酸素を懸命に吸い込みながら、いっきに上がる激痛と血圧で、ニトロペンを舌下に含んで、救いの神を待つ。》すぐに看護婦のユッコさんが来てくれて、後処理と、ベッドに横たわる手助けをしてくれた。ニトロペンが血管を拡張し、酸素が僕の心臓にいきわたるのを感じる。 同時にいったん上がった血圧と激痛が、うそのようにひいていく。そして、今日のしまいの仕事に深夜担当の看護婦さんは、朝の痔の座薬と軟膏を入れてくれて、昼の担当に引き継ぐ。《ほどなく、痛みも消え、血圧と心の平静を取り戻した。》AM・9時40分頃今日の採血結果のお知らせを、日勤担当のGサン(マリア様)が、持ってきた。>>白血球の値は610だった。前回の1月31日より+60UP。 ヘモグロビン量は7,5 少し気持ちが、ブルーになった。<<しばらくすると、O先生が看護婦のK.Eさんと赤血球の輸血をしにみえた。そのとき、今日の検査結果の説明をして輸血が終わったらマルクをして、骨髄を調べると告げられた。>>輸血をしながら、僕の気持ちは、まだブルー。。。 << AM・11時20分頃O先生がマルクに来た。覚悟して天井を向いて待った。胸の骨髄採取部分が消毒され、その部分に穴のあけてある滅菌布が顔まで一緒にかけられた。相当の覚悟はしていたのに、今回のマルクはすぐにスムースに済んだ(3分から5分)。>>今日のO先生はマルクの天才でよかった。ハッピー! <<昼前に家内が愛妻おかずとともにやって来た。白血球が60しか上がってない旨告げると、「60でも確実に上がったんだから、今から上がるよ」と励まされた。《そうだ。今から上がるのか!と納得して、 ハッピーになる。 》PM・1時20分頃少し遅めの昼食をたべる。**家内特製旨い手羽先付き**PM・2時過ぎ痛み止めの座薬を入れる。やはり痛い。収まるまで、じっと待つ。いつの間にかねむっていた。4時ごろ目が覚めて、家内から体を、拭いてもらう。5時からのTVで”庶務2”を見ながら、けっこう笑う。6時の夕食たいむ。インシュリンを注射してから食事。 **家内特製のカレーを病院の飯にかけて食べる。これが又 旨い!! ******食後の薬(心臓・血液内科・外科)を服用の後、歯磨き。粘膜障害の防止のため丁寧に歯磨きをする。それがおわると恐怖のトイレタイムだ。いつも通り痛いが、家内の介護があるので気持ちは和らぐ。痛みがおさまり、TVをみながら時間がすぎた。8時になり家内は「また、明日来るね!」といって家路についた。PM・10時の《痛い》痛み止めタイムが過ぎて、今日の長い1日は終わった。
2005.02.02
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かなりの建設関連の技術者がインターネットで、【簡単に工程表が作れるソフト】を捜して求めている。彼らは、どこまで自動でできるソフトのことを【簡単に工程表が作れるソフト】と考えているのかな?そして、実際のところ、どこまで自動化は可能だろう?これを読んでるあなたはどう考えますか。。。?あなたの意見を聞かせて下さい。。。。
2005.02.01
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昨日はブログの立ち上げで 張り切りすぎて日付が変わってしまった。タイトルの締括りとして、好きな時に、無理をせず、気楽に、書き込みしていきます。
2005.01.31
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2003年3月20日に突然の腰痛で救急車で病院へ。(52歳と2ヶ月余り)---やむなく、4月初旬の北海道への納品旅行は断念し、治療に専念する。おかげで20日程度で退院する。3ヵ月後、2003年7月中旬、脳梗塞で入院する。翌日の友人の長男の結婚式はやむなく欠席。(ゴメンナサイ)。8月には退院できた。年が明けて、2004年3月26日(53歳と2ヶ月余り)--- 。早朝から息苦しいので新川のTクリニックの駐車場になんとかたどり着く。時を移さずT院長の指示で救急車にて医師会立アルメイダ病院へ----。アルメイダ病院のY部長他2名の先生方とスタッフの用意万端且つ迅速な施術(カテーテル及びフーセン治療)のおかげで一命を取り止めた。(アルメイダの先生方ありがとう。感謝。)T院長の適切な判断と処置のおかげで今回も危機一髪で命拾いをする。(先生ありがとう。感謝してます。)迅速且つ適切な治療は、後遺症もなく翌4月17日には退院できた。腰痛に始まり、脳梗塞、心筋梗塞とこれといった後遺症も無く退院ができ3ヶ月が経過した。7月15日に県が尽力して、大分ー上海便の再開となったので大分県ベンチャー協議会の一員としてビジネス目的で中国に行く予定であった。当日を目前にして、貧血気味で体調が優れず、中国行きは他の者と交代した。(本当の闘病生活が8月から始まる事は知る由も無い。)中国でビジネスチャンスとなるかも---。会社のメンバー3名(息子のK、M土木部長及び通訳のOさん)が中華科技大及びMKソフトと商談を進める話を持ち帰った。8月7日に2回目の中国行きが先方と決まり2泊3日の予定で僕も同行するつもりで航空券の手配も終えていた。渡航前の体調がいまいちだったので、8月5日の10時頃かかりつけのT院長の診察室にいた。そこでT院長から中国行きは今の健康状態では命にかかわるから止める様にと、いわれアルメイダで3度目のカテーテルを受ける手配をしていただいた。その日の夕方は、アルメイダ病院で、10月に予定していた、3度目のカテーテルを受け、3回目のフーセン治療で、3個目のステントを施術していた。今回の施術が終わりY部長から施術の成功を告げられこれで心臓は大きなところは大丈夫といわれ一安心。うまくいけば7日の中国行きは可能かも。。。(などと考えながら、妻がDrに手術のお礼を言うのと貧血気味だから調べてくださいとお願いしているのを聞きながら眠ったきがする。)7日になると担当医が血液内科のG先生(感じの良いきれいなDr)に変わっていた。その時点で妻は骨髄異形性症候群であろう旨を告げられ10日迄の4日間ひとりでどれだけ悩み、苦しんだであろうと思うと、今でもせつない。。。。。8月10日に娘と息子と妻と僕の4人に骨髄異形性症候群であろうと病名が告知され、疑問点に答えて戴き、本格的な闘病生活が始まるであろう事を、覚悟した。G先生には自分の見解に信念を持って告知とアドバイスをしていただき感謝している。おかげで、入院迄の最短日数(20日)でなすべき事ができ否応無く入院準備が整った気がする。G先生に移植設備の完備した県病のO先生に紹介していただいた。以来、迷う事無く骨髄移植に向けて、まっしぐらに治療に専念している。後日知った事だが、僕の主治医となったO先生は骨髄移植に関して有名なDrで、娘の高校時代の友人もO先生に骨髄移植をしていただいて今では社会復帰している。2005年の1月6日で54歳の誕生日を病院の無菌室で迎えた。3回目の抗癌治療を終え白血球が250から次第に立ち上がり1月28日には630に増えていた。明日は1000に増えていればいいなあ!少しづつ治療にもなれて、有難い事にドナーの見通しも明るい。(感謝。感謝。感謝。感謝。感謝。。。。。)
2005.01.30
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