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2005年09月04日
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カテゴリ: 感じるままに。
 臨床の場で苦しんだ友人が、同じく臨床の場で苦しんでいる私に「あんなに苦しんだのに臨床でがんばってるんだね」とメールをくれた。私は前にも書いた「約束」によって臨床の場に立っている。そこで、人や動物の痛みや苦しみを知り、それらの呪縛から解放する為の術を学び、施しているつもりでいる。
 しかし、臨床の場に立つ資質を持ち合わせていない者が、その場に立とうとすると間違いを犯したり、見落としたりする。その間違いや見落としが、施術者も施術を受ける者をも苦しめることになる。
 臨床の場で感じる私の苦しみは、資質のなさから来るもののように思う。でも、「向いていない」という言葉で片付くほど簡単に割り切れるものではない。それは、小学生のときに飼っていて、私が病気の兆候を見落とした上、死に至らしめた犬の苦しみに比べたら、私の苦しみなど小さなものだ。私は生きているし、犬は死んでしまっている。この差は大きい。わたしは生きて、可能性を残しているが、亡くなったものは可能性が閉ざされるんだ。
 私には臨床に立ち続ける心がまだ備わっていない。技術や知識はもしかしたら、がんばることで補えるかもしれないが、臨床に立ち続ける心は、そうはいかない。
 私は犬の病兆を見逃し、死に至らしめた罰として、臨床に立っているのかもしれないと思う。でも、もっと違う理由で臨床の場に立てたらいいなと思っている。

 私は臨床の場に戻ることで何をしたいのか?
 それを探していきたい。

 人は夢を持ち、希望を抱いて生きている。そんな人の前に、病気というものが立ちふさがり、時には苦痛を与え、時には命まで奪う。それほど強大な力に、知識と技術とこころで対峙していく。それによって、人を苦痛から解放し、死の恐怖からも解放していく助けができればいい。もし、それが無理だとしても、病気というものに対して安らかに受容するために援助していくことができたらいい。それによって、人が笑顔になればそれでいい。
 罰で臨床の場に立つことではなく、笑顔のために立つことができるようになれば、私も苦しみから解放されるような気もしている。





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最終更新日  2005年09月04日 08時27分16秒
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