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2/19!とうとうこの日がやって北でヤンス!そう2年11ヶ月ぶりに旦那様と一緒に暮らせる日がやってきた!!!と思うと流石に朝も早く目が覚め、居ても立ってもいられない!!そわそわしながら、仏様用のお茶とお水を用意していると・・・トゥルルルルルルルルルルルル!おおう!電話じゃ!!時計を見ると7:15。7:45のフライトで福岡に向かうはずだから・・・間違いない!旦那様だ!!!!「もしもし?Y子?」「うん、これから搭乗でしょう?」「うん、それで・・・今更なんだけど」「はい!?」「送ってもらった予約の書類に予約番号と受け付け番号って書いてあるけど・・・受付番号はかいてあるけど」「・・・・・!?」「予約番号は書いてないんだ・・・Y子分る?」「・・・・・・・・分んない」ぎょ!ギョエ~~~~~~~~!?ま、まさか!飛行機に乗れないんじゃ~~~~~~~!?うそ~~~~~~ん。という訳で旦那様との電話を切り即行でANAのHPを開き問い合わせ電話番号を調べる!?だわっわわわわwwっわ~~~~~~~~!こんなとこまで来て家に帰って来れなかったらどうしよう!?うっきょ~~~~~~~~~!などと頭の中ではパニック状態になりながらも冷静に「すみませんかくかくしかじかなんですが・・・?」と問い合わせ。すると「ご予約されたお客様のお名前から予約番号は検索できます。」との答えが・・・・。ふうううううううううううううううううううう~~~~~。旦那様も予約明細用紙に書いてあるところへ問い合わせしているはずだから搭乗手続きは済んでいるな。ッたく!帰ってくる日まで心配をかけるとわ~~~~~~~~ !つ・・・・疲れる。そしてPM1:00遅くなったけれどと無事M光寺に着いたという連絡が。夕刻になると羽田空港、本厚木駅と着いたポイントで連絡が。そして午後7時頃、もんが~は旦那様を迎えにS沢駅に。漸く再会を果たしたのでした。家に帰ったときの子どもたちのはしゃぎようといったらゆうまでも無く、夜中になっても眠ろうとしませんでした。 ★チャンチャン★
2004年02月19日
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今思い起こすとあまりにも間抜けなことが年末にありました。昨年末は癌で亡くなった叔母の為にお父たまとお母たまが病院にお見舞い通いをしていたこともあって、留守番と大掃除に追われていたもんが~はてんやわんや。忘れもしない12/28にそれは起こりました。おせち料理の材料を買いにCOOPに買出しに行った帰り・・・。既に日はどっぷり暮れ、真っ暗。もんが~は車の運転をしながらガムをかんでおりました。というのも、実はかなり前から虫歯が痛むにもかかわらず・・、歯医者さんに行く暇が無かったためせめてキシリトールのガムをかんで虫歯予防をしておこうと安易な考えでいたのでアリンす。しかし、それが地獄の幕開けともツユ知らず・・・・(@0@)帰り道も佳境、後1分で家という所に来たその瞬間!!!ガリッ!!!!!!!!!!!!!!!・・・・・・・・え!?何今の!?・・・ガリって。ま、まさか・・・・・・!!そうそのまさか!もんが~はガムをかんでいた歯をぶっ壊してしまったのです。(汗)もともと虫歯がかなり進行していた歯にガムの負荷が追い討ちをかけものの見事に1本の歯の半分が砕け散ったのでした。流石に慌てたもんが~、家に帰る前に車を止め口の中からガムをとりだしました。すると!その破片はガムに付着しておりました・・・。むむううううう・・・・・・・。こっここまで歯にガタが来ていたとは・・・。恐るべし!そんなわけで早速、その次の日は医者に行くことに。しかし、29日からは何と何処の歯医者も休み!!!NONOOO!万事休すか!?しかし、休日診療所を探し出し、直行!なんとか応急処置をしたのでした。「年が明けたら掛かりつけの歯医者さんに通ってくださいね♪」という先生からのお言葉を有り難くチョウダイし、年始に早速予約を取ってI歯科へ。この歯医者さんに通うのも実に5年ぶりなのでレントゲンを採ることに。そしてそこには驚愕の事実が隠されていた!!!! つづく(>0<)
2004年02月16日
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こんちゃ!久々の日記更新でおじゃりますぅ~~~~~~~~~!!9~10日にかけて浜松に行ってまいりました!勿論お土産のパンを持って♪只今、おばあたまが入院中のため、一人暮らしのお爺たまは最近、自分で夕食を準備するらしくパンやお雑炊を食べているそうです。本来ならお爺たまたちがいる「ゆうゆうの里」というケアセンターは3食栄養師さんが考えたご飯を出してくれるのですが、お爺たまは「毎食あんなにたくさん食べてたら体に悪い!!」と言い出しました(^^;)然しながら、パンなんて物は1個ずつ買っていたら結構高いので、それならもんが~が作っちゃおう!ということになったのです。夕食には最近お雑炊も食べだしたと聞いていたので前回は30個ぐらい持っていったから今回は10個ぐらいでいいかなといました。・・・・・・・・・・甘かった。お爺たまは92歳とは思えぬ食欲でパンを完食しており冷凍庫に保存しておいたストックは陰も形もありませんでした。ぐほ!こんなことなら40個ぐらい作ってくれば良かった~~~~~~~~~~!と後悔した第一日目。お爺たまとの再会の後はおばあたまのところへ。おばあたまのいるお隣の聖隷M方原病院へとチッチとナナを連れてお母たまと歩いてい来ました。うう・・・。風が冷たい。そしてなにより花粉が辛い・・・。そんなこんなで病室まで行くとそこには以前より頬のこけたおばあた間の姿が・・・。術後のせいか、なんだかだるそう。それにまだ点滴をしております。ご飯がまだ食べられないのかなぁ。と思い看護婦さんにお話を伺ったところ、少しは食べられるようだけれど下痢が始まってしまい様子を見ているということでした。一日中、病室にいるのも可哀想なのでエレベーターの前にあるベンチのところまでおばあた間を連れ出しました。そこなら、大きな窓があり外の様子を見ることが出来るからです。もっとも、直ぐに寝てしまうので解らないかもしれませんが・・。おばあたまは車椅子から落ちないように括り付けられており、一緒にいる間「腰が痛い」と繰り返していました。その様子が辛そうなので一生懸命腰をさすってあげたのですがなにぶん、車椅子に布の用具で括り付けられているため、隙間から手を入れてもなかなか届かないんでアリンス。むむ~~~~~~~!丁度、痛そうという部位に後一息のところで手が届かない~~~~!おのれい、車椅子ぅううううううう!などと額に汗をかきながら苦闘していましたが・・・。よくよく考えてみると傍から見てこの光景ってどんなもんだろう??おばあさんの乗った車椅子の前にしゃがみこんで手を突っ込んでいるって・・・・・・うむ。やっぱ怪しさ爆発!今になってみるともうちょっと場所をわきまえればよかったかも・・・。 第一日目・了
2004年02月12日
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昨年の終わり叔母が癌でなくなった。その後はショックから立ち直ってパン作りに精を出したり、自分の目標を叶えるべく頑張っていましたが・・・。今年の初め、最愛のおばあたまが癌になってしまいました。最初は腸閉塞と聞いていたのですが、検査の結果大腸ガンになっていたことが判明。かなり気が動転しました。もんが~はかなりのおばあたま好き!兎に角一緒にいるだけであんなに大好きだ~~~~~~~~~~!と感じる人も珍しいぐらいの大切な人です。92歳のおばあたまは最近、食欲が無かったらしいのですが・・・・実は癌になってしまったためでした。癌の細胞が腸をふさぎ、食物を通らせないようにしていたそうです。そのため、20~21日にお見舞いに行ってきました。その時、病室には「絶飲食中」という文字が・・・。かなり衝撃的でした。血管が細いため、腕ではなく頚動脈のあたりから点滴で栄養を取っているという話は聞いていましたが、「絶飲食中」ということばに私は一瞬凍りつきました。おばあたまの体重は35キロ。腕も脚もとてもほそく折れてしまうのではないかと心配になるくらいだったからです。そのおばあたまがこの1ヶ月は何も口にすることが出来なかったのが本当にショックでした。ただ、おばあたまはその年齢の割には体力があり、手術を受けるだけの体力は十分ということだったので不幸中の幸いというかんじでした。それでもやはり心配なのですが・・・。おばあたまの様子はほわ~んとして何時もと変わらず、もんが~の愛娘チッチとナナを見てとても和んでいらっしゃいました。その後、26日に最終的な検査結果と手術日が決まりました。28日の朝9:00に手術が始まることになり、もんが~のお父たまとお母たまは27日の午後から浜松へと向かいました。本当はもんが~もとんで行きたかったけれど、お寺の留守を守らなくてはならなかったので行けませんでした。28日は子どもたちを保育園に送ると定例どおり掃除や洗濯を済ませ、本堂をの掃除や家計簿をつけようとしましたが、気が落ち着かず・・・・。時計の針ばかりを気にしていました。手術は何の問題もなく進めば4時間で終わると聞いていたからです。つまり午後1時には終わるということでした。しかし、お父たまからもお母たまからも連絡はなく(多分病院にいるから)時間は午後3時。矢も立てもたまらず、ふたりの携帯電話に連絡しましたが一向に繋がりませんでした。そんな中永平寺の旦那様から電話が掛かってきました。緊張の糸は切れ、話しているうちにもんが~は泣き出してしまいました。それから子一時間たった頃、漸くお父たまの携帯電話に連絡が通じ、手術は無事成功!!!!!!!という返事が。おばあたまも本当に元気な様子で握っていた手を強い力で握り返してきたということでした。手術は実際には午前9:30に行われ、午後1:30似終わる予定だったそうです。しかし、1:30になっても手術室のドアは開かず待合室で待っていた叔父夫婦とお父たま達は固唾を飲んだそうです。そして時計の針が40分を過ぎた頃、手術室のドアが開いたのでした。実際のがん細胞の大きさはニワトリの卵1個分と大きく、それにおまけがついていました。なんと梅干の種24個!!がん細胞が食物を通せんぼしていたと話しましたが、おばあたまは24個の梅干を丸呑みしていたので種が消化されずそのまま原形をとどめ残っていたというのです。これにはかなり驚きました。92歳のおばあたまは無意識のうちに朝食に毎食出される梅干を飲み込んでいたようなのです。しかし、絶飲食が始まったのが1ヶ月前なのでこの梅干の種はそれ以前のものということになります。梅干の種は真っ黒に色が変わっていたものの大きさもそのままだったと言う話です。ヒエ~~~~~~~~~~~(*0*)そして29日の朝、今度はお葬儀が入りました。お母たま達は名残も惜しむ暇も無く浜松からとんぼ返り。なんとも慌しい日が続きました。こうして1月はあっという間に過ぎました。でも、おばあたまが元気になってくれて本当に感謝です。嬉しくていまでも泣いてしまいます。神様、仏様、皆様本当に有難う御座いました!!そんなわけで少しでも嬉しいことがあると毎日合掌している今日この頃です。長くなりましたが日記を読んでくださった方方有難う御座いました。また、メッセージを下さっているたくさんの方々、お返事が遅くなってしまいましてごめんなさい。これからゆっくりHPの訪問をさせていただこうと思っています。それでは・・・
2004年02月02日
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