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今日は5年1組でした。・「サムとデイブ、あなをほる」 マック・バーネット/文 ジョン・クラッセン/絵 なかがわちひろ/訳・「やさいのはな なんのはな?」 宮崎祥子/構成・文 網野文絵/写真「サムとデイブ〜」やっぱりちゃんと変わってるのに気づく子ども達。そしてそこにすっごいものがあるのに見事に避けていく面白さ。「やさいのはな〜」もなんのはなか考えて、みんな楽しそうだった。
2025.03.05
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2025/03/01足立区生物園では◯◯のごはんというのがありまして、実際に餌を食べてるところを見ながらスタッフさんが解説してくれる、というものです。今日はごはんタイムを楽しむのをメインで。10:30〜 昆虫のごはんあだちの生きもの観察室でゲンゴロウのごはん。ゲンゴロウは一人でゆっくり。食べるゲンゴロウ動画 YouTubeシマゲンゴロウはわちゃわちゃみんなで。ハイイロゲンゴロウは喧嘩しながら。喧嘩しながら食べるハイイロゲンゴロウ動画 YouTube餌の匂いで集まってくるそうなんだが、人間の手の脂の匂いにも集まってくるらしく、たまに齧られることもあるそう。痛そうだ。でもゲンゴロウの眼はつぶらで可愛い。11:00〜 磯の魚のごはんいつもはおとなしい魚たちが、餌を投入すると大騒ぎ!磯の魚のごはん動画 YouTube餌はオキアミ。この後、マジックハンドを使って小さめのアジをドチザメに。今日のドチザメは食べる気満々だそう。それからクエにも。クエは今日が一ヶ月ぶりの食事だそう。毎回必ず食べるわけではないそうで、目の前に餌を持っていっても食べないことの方が多いらしい。奥の方にいるウツボも口をぱかっと開けているけど食べないことの方が多いんだって。11:20〜 アマゾンの魚のごはん大温室にいるピラルクとジャウーのごはん。スタッフさんの足元でごはんを待つジャウーのお腹。可愛い。ジャウーは37歳だそうで、国内で飼育されてる中では最年長らしい。ピラルクは餌を吸い込むようにして食べるので、水面近くで食べるとものすごい音がする。なかなかの迫力。ピラルクのごはん動画 YouTube12:00〜 リクガメのごはんケヅメリクガメのごはんは野菜たっぷり1.5キロ!生物園にいるリクガメの体重は45キロと60キロだそう。私と同じくらいだな…。口の周りに草がついてて可愛いぞ。12:15〜 人間のごはん土曜は生きものパンの販売があるので、早めに行って購入、買えたよかった。パンとタガメサイダーと新商品のグンディきなこ棒を買って食べました。生きものパンは中にハムが入ってるフクロウです。13:00〜 マングローブの魚のごはんこのごはんタイムは昆サポの後にくるとよく遭遇します。テッポウウオの真似をしてジャンプできるようになったミドリフグがなんとも可愛い。ジャンプするミドリフグ動画 YouTubeテッポウウオが天井に貼り付けた餌を落とすところ、やっと動画に撮れた。テッポウウオが餌を落とすところ動画 YouTube今日の大温室はあっつい!ごはんの合間にちょこちょこと。リュウキュウアサギマダラの幼虫を発見。孵化したばかりのもいた。ヤエヤマトガリナナフシもいるなぁなんて見てたら、大温室にいたスタッフさんと目が合う。フンの中に混じるナナフシの卵を見せてもらった!これはバックヤードで飼育してるヤツのだそう。フンをするようにポロポロと産卵するんだって。庭の池の中にはアズマヒキガエルの卵がたくさん!なんか鳴き声が聞こえると思ったら、ご本人様がいた。モルモットのふれあい、ヤギ・ヒツジの餌やりは土曜ということもあって親子連れで賑わってた。そこに入り込むのはちょっと遠慮しておこう。やるなら平日がいいかな。15:00からの哺乳類・鳥類のごはんは、また別日にすることに。ヘビのごはんは第1・第3日曜。これも見たい。うん、また来よう、そうしよう。
2025.03.03
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今日は2年1組でした。・「サムとデイブ、あなをほる」 マック・バーネット/文 ジョン・クラッセン/絵 なかがわちひろ/訳・「やさいのはな なんのはな?」 宮崎祥子/構成・文 網野文絵/写真私の顔を見て「あ、3回目だ!」と言う子がいて、よく覚えてるなぁと感心してしまいました。そうです、その通り3回目です。「サムとデイブ〜」は最初と最後の違いに気づく子続出。「やさいのはな〜」はみんなめちゃ元気に答えてて楽しそうだったんだけど。あまりに盛り上がりが過ぎたようで、終わった後補助の先生に謝られてしまいました。そしてこのクラスにはやり取りをするようなものじゃなくて、ちょっと怖い絵本とかそういうのが割と静かに聞きますとも。確かに賑やかというか自由な子が多いクラスだなぁとは思ってたんだけど、3回目だし、今日は全然大声レスポンスカモンって感じのチョイスだし、話の筋なんか特にないから、別に私としてはいいんだけどね。でも授業が始まる前だから、あまり興奮させない方がいいのかな。とか思うなど。
2025.02.26
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2025/02/18友の会特典の無料観覧券ラスト1枚は大覚寺を見てきました。大覚寺は、弘法大師空海を宗祖とする真言宗大覚寺派の大本山。平安時代初期、嵯峨天皇は離宮嵯峨院を造営、空海の勧めで五大明王像を安置。その後、貞観18(876)年に皇女正子内親王の願いにより寺に改められた。ー図録より抜粋ということで五大明王像が揃っておりました。迫力。第4章は写真OKになってました。これは御冠の間の再現展示。奥の襖を開けた先が「剣璽の間」で、三種の神器のうちの宝剣と玉璽を保管していた場所だそう。そして第2会場がすごい!いつもは区切ってある空間が区切りなくどーんと広々、襖絵が!真ん中に座るところがあるので、そこに座ってゆっくり見られました。贅沢な空間でした。襖絵で鳥見。ヒヨドリ、コサギ、ツルのヒナ、カイツブリ、キジ?ヤマドリ?、オシドリ。他にも数種の鳥たちがいました。あ、虫はこのチョウくらいかな。モンシロチョウ?鳥の描き方に比べたらちょっと雑な気がするw煌びやかな襖絵、堪能しました。いつものように考古展示室も見て回り、本館18室近代美術のところで私の目にとまったのはこれ。なんだかコミカルな風神雷神。風神雷神 今村紫紅 明治44(1911)年ポストカードあったら欲しい…
2025.02.24
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2025/02/16貝輪作りの後は、特別展「貝と人」を見てきました。実際に自分で作った後に見ると、同じように割れて失敗してるなぁとか、ここまで細くするのは大変だろうなぁとか、これまでと違う見方になるのが面白い。貝の縁から1〜1.5センチくらいからが厚みもあって硬いので難しいと先生が言ってました。そのくせ蝶番のあたりは割れやすい。写真は貝輪作りのムラ、余山貝塚(銚子市)出土のもの。縄文後期~晩期。貝輪の未製品や製作残骸が出土している。加工に使った砥石は硬砂岩の石材で、遺跡からほど近い海岸に多量に打ち上がるそうで、それを使っていたのではないかとのこと。そして古作貝塚出土の貝輪が入っていた縄文土器(複製)!土器の中に貝輪が51点も入っていたそう。種類ごとに分けてあって嬉しい。このベンケイガイの貝輪細い!すごい!見事!これはオオツタノハの貝輪。オオツタノハは波の荒い岩場に生息しているので採るのが難しい入手困難な貝。ゆえに遺跡からは多く出土しない特別な人だけが持つ威信材となっている。入手のしやすさ以外はベンケイガイと同じく大きさ、装着のしやすさ、重さ、丈夫さはバッチリ。忍澤先生が実際にオオツタノハを採っている映像があったのだけど、確かに難しいし命懸け。なぜそこまでしてオオツタノハだったんだろうか。これはツノガイで作ったビーズ!天神台遺跡出土。縄文早期。横から見るとその薄さに驚く。ツノガイは深さ数十mの深海の砂地に生息している貝。生貝・死貝が打ち上がるのもまれらしい。最近の研究で、化石貝を使っていることがわかったそう。にしてもこんなに薄くカットできるのはすごいな。縄文時代の三種の貝器(タカラガイ、イモガイ、ツノガイ)のひとつ、タカラガイ。現代では背面の模様に魅了されコレクションされるのに、縄文時代は殻口部の形態が重要だったらしく、背面を削ったり、殻口部を分割したものを幼児のお墓の副葬品にしていたらしい。そういえばビーズ展で見たものも、背面じゃなくて殻口を見せて布に縫い付けてあるものばかりだったなぁと思い出した。左上:彩色貝製品 右上:アワビ製貝鏃どちらも加曽利貝塚出土。京都大学総合博物館に所蔵されてるものだそうで、今回100年ぶりに里帰りなんだって。アワビのやつは形は鏃だけど、穴が空いてるから紐を通してぶら下げていたのかもね。左下:オオツタノハ製貝輪 余山貝塚出土 出土遺物の貝は貝本来の色や模様が残ってるものが少なくてほぼ白い。でもこれは残ってる。右下:象嵌された耳飾 月ノ木貝塚出土 こんな耳飾初めてみた!上:オオツタノハ、イモガイ模倣土製品。貝が手に入らないから土製品を作ろうという縄文人の熱意を感じる。オオツタノハガイは裏も輝いて綺麗。土製品も磨きをかけて艶を出してる。下:縄文時代のアワビ。大膳野南貝塚の住居跡から出土。縄文後期。アワビは完存例が少ないので、この時代の個体の様子を知る上でも重要なもの。大きくて綺麗だった。忘れちゃいけない、イボキサゴ。これは現代のもの。めっちゃ綺麗。でも貝層で見るのは全部真っ白なんだよね。イボキサゴは戦前まで食べられていたけれど、東京湾の干潟を埋め立てたことによりほぼ絶滅。ところが1995年東京湾で唯一保存されていた播州干潟で生きていた!縄文人が食べていた食を復元して千葉の名物にしようというプロジェクトが↓こちら至高の縄文鍋プロジェクト↓加曽利貝塚の縄文春祭りで縄文うどんを食べたな。縄文春祭り日記その時に買ったツノガイのブレスレットとイボキサゴとツノガイのストラップ。それほど広くない展示室にもかかわらず、解説じっくり読みながら見てたら1時間半経っていた。図録は無料でいただけました。ぬりえは常設の展示コーナーにありました。そして、内野第1遺跡出土の人面付土版、通称しんちゃん土版が常設展示に!内野遺跡出土の土偶たちも一緒に。作業着を着たかそりーぬが!可愛い。お米と比べた注記の文字…小さい。「貝と人」とてもよかった。これから博物館で貝製品の見方が変わる、ような気がする。
2025.02.23
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今日は4年1組でした。・「サムとデイブ、あなをほる」 マック・バーネット/文 ジョン・クラッセン/絵 なかがわちひろ/訳・「やさいのはな なんのはな?」 宮崎祥子/構成・文 網野文絵/写真「サムとデイブ〜」最後のページで子供達から「あ、木の実が違う」って言われて、初めて気づく私。よく見てるなぁ。そして家に帰ってよく見たら、他にも違うところがあって、なるほど、これに気づくか気づかないかで全然違うな、子供すげぇなと思うなどする。「やさいのはな〜」は何の野菜か考えながら(叫びながら)で楽しそうだった。
2025.02.19
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2025/02/16特別展「貝と人」に合わせたワークショップに申し込んで参加しました。初めての貝輪作り。講師は忍澤成視さん。始めに貝輪についてのレクチャー。今回使うのは縄文人も使っていたベンケイガイ。ベンケイガイは大きさ、装着しやすさ、重さ、丈夫さ、入手しやすさ、全てにおいてパーフェクト!誰でも装着できるおしゃれアイテム。ベンケイガイが大量に打ち上がる海岸があって、縄文時代もそういうところへ行って貝を入手していたと思われる。貝を大量に持ち帰るのは結構な重さになるので、海岸でまずはざっくりと穴をあけてから紐を通して持ち帰っていたのではないか、とのこと。ということで、貝輪作りの道具箱の中には砂が入ってます。ベンケイガイ、敲石、鹿角を使います。まず手のひらに貝を乗せて、真ん中より蝶番寄りのところを石で叩きます。しばらく叩くと綺麗に丸く割れます。あとは砂の上に乗せて、表側から少しずつ鹿角で叩いて削っていきます。一心に叩いて1時間ほど、いい感じになってきたぞ〜でももう少しだけ削ろうと叩いたら、割れた…。ショック。蝶番に近い方は割れやすいので気をつけてくださいね〜って言われてたんだけど。ぐぬぬ。気を取り直して新しいのをもらってやるも、また割れる。3個目、わりと早い段階で割れる。時間は刻々と過ぎて行く。4個目、割ってなるものかと慎重になる。時間ももうそんなにないし、もう磨きに入っていいですか?って聞いたところ、先生登場。追加で削っていただく。砂の上じゃなくて、裏に石を当てて表からちょっとずつ叩くやり方。これは上級者向けだそう。とりあえず腕には全然まだ入らないけど、砥石で磨く。先生の腕につけてる貝輪を見せていただいたけど、めちゃ細い。ここまでするには結構磨いたそう。私は腕に嵌められるまでは磨けなかったけど、参加者の中にはちゃんと腕に嵌められる方多数。首から下げるように紐をいただき、追加で磨くようにやすりももらいました。うん、せっかくだから腕に嵌めたい。追加でやすりがけするぞ。10時から12時までの2時間でしたが、あっという間でした。それにしても1個目割れたのはもったいなかった。もう少しって思わずに磨きに入ってればよかった。次作る時は、うまくできる気がする!追記:2025/03/04貝輪腕に入った!完成!
2025.02.18
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2025/02/15「いると信じて探せ!」ってことで擬態している虫を探しに出かけたものの、見つけられず。集中してみてられるのはまぁ30分くらい。虫探しの合間に鳥見。左上:ツグミ スズメ目ツグミ科 アキニレの木にいた右上:カワセミ ブッポウソウ目カワセミ科 いつもの縄張りにいた左下:ジョウビタキ スズメ目ツグミ科 カワセミに追い払われたっぽかった右下:ダイサギ ペリカン目サギ科 このサイズの鳥が木の上にいるとビビる虫探し中、ガサガサ音がしたので見てみると、シロハラがいた。スズメ目ツグミ科。餌を探すシロハラ動画 YouTube目当ての虫は見つけられなかったけど、どこかにいるって思うだけでワクワク楽しい。こうして気軽に鳥が見られるのも、その鳥の餌になる昆虫や植物があるからな訳で。…そんなに虫、嫌わないでほしいわ。
2025.02.15
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2025/02/12山種美術館で埴輪が見られるということで行ってきました。撮影NGの中で唯一OKなのがこの埴輪。猪を抱える猟師。猪を抱えて嬉しそうな表情。というか、ドヤ顔?私の写真ではよくわからないけど、目の周りに赤の彩色が残ってる。そして美豆良じゃないくるくるっとした髪型。後ろには何か欠けた跡がある。猟師だから矢筒を背負っていたのかもしれない。そして、抱えられたイノシシのなんともいえないこの表情。出土地とかは図録にも書いてなかった。個人蔵ということなんだけど、どこから出土したのか気になるところ。「竹(東風)」川合玉堂と「「平安長春図」橋本雅邦、どちらも竹と一緒にジョウビタキが描かれていた。絵に描かれている白鷺は嘴が黒くて足が黄色かったからコサギだった。鶴の絵が多めだったかな。それにしてもネズミは多産多子だから子孫繁栄とか、葡萄もたくさん実をつけるから繁栄や豊穣を表すとか、縁起を担ぐって面白い。本当にHAPPYな絵がいっぱいでした。図録とポストカード、ピンズを購入。メインビジュアルにもなっている川端龍子「百子図」は、戦中上野動物園から象をはじめとした動物がいなくなり、昭和24年、象が見たいという子供たちの願いが叶ってインドから「インディラ」という象が贈られることになり、港から上野動物園まで歩いて象が移動したそうで、そこから着想を得て描かれた絵なんだそう。見てるだけで嬉しい気持ちになる。↓当時の映像「NHKアーカイブス」インディラの骨格標本は国立科学博物館の地球館1階に展示されてるそうだ。今度見てこよう。山種美術館に来たらやっぱり食べたい、展示に合わせたオリジナル和菓子。菱田春草の「白牡丹」をモチーフにした「百花の王」を食べました。柚子あんが美味しかった。
2025.02.15
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2025/02/05千葉県立中央博物館でやるのは2月9日までなので急いで行ってきました。メイン会場に入る前、博物館の入り口すぐにどーんと丸木舟が。千葉県出土の縄文時代の丸木舟は100艘ほどで全国で最も多いそう。右側のは市川市雷下遺跡出土で全国最古級の縄文早期後葉のもの。入口のデザインもいい感じ。旧石器時代の石器がずらり!これだけたくさん並んでるのを見るのは初めてかも。石器に使われた石材とかもっと勉強したいなぁと思う。加曽利Eも好きだけど、関山式土器も好き。関山式は縄文前期の土器だから加曽利よりも古い。縄紐の撚り合わせに工夫を凝らした多種多様な縄文原体が製作され、縄文としての文様の到達点となります!ってなんかすごいな。この関山式土器は駒形遺跡出土。こちらは縄文前期後葉〜末葉の土器。左は浮島式土器。小山台遺跡A区出土。貝殻を使ってつけた波状貝殻文が施されている。右は木島式土器の土器片。石揚遺跡出土。薄いからおせんべい土器って呼ばれてるらしいwコテコテの縄文中期。左上:阿玉台Ib式土器 中山新田I遺跡出土右上:北陸・焼町・勝坂系土器 大松遺跡出土左下:火炎系土器 有吉北貝塚出土右下:中峠6次1住型土器 小山台遺跡B区出土土偶色々。早期の土偶は飛ノ台史跡公園博物館にもあるやつに似てる。早期はこれが主流だったのかな。下の晩期の土偶はおぎゃぁって声が聞こえそう。手にも文様がある。装身の道具。左下、ヒスイ製大珠は小山台遺跡から千葉県内出土例の10%にあたる5点が出土している。ヒスイ製大珠は威信材なので1つの遺跡から大量には出てこない。左は有吉南貝塚354住居跡出土の埋葬人骨が身につけていたもの。尖頭箆状骨製品、イモガイ製環状垂飾。左上は余山貝塚出土の貝輪を作る道具たち。余山貝塚は貝輪製作場だった。今回面白かったのはこれかな。こういうのを面白いと思って拾ってくる人が縄文時代にもいたんだな。入り口にあった丸木舟が出土した雷下遺跡は低湿地帯なので、木製品などの植物質の遺物が分解されずに残っている。ヒョウタンも残ってる。部分しかないけど、どれくらいの大きさの実がなってたんだろうな。こちらも同じく低湿地の遺跡、道免き谷津遺跡。漆塗りの耳飾や櫛が出土。復元品じゃないのにすごいきれいな色。こちらは弥生時代。東日本には銅剣や銅矛などの青銅製の武器型祭器はないらしい。その代わりにそれに似た石器がある。地域差があるのは当然といえば当然なんだよな。左はベンガラが詰まっていた鳥形土製品。鳥は弥生時代の人にとって豊穣をもたらすシンボルだった。関東地方では大型の銅鐸はないそうで、こういった小銅鐸が出ている。市原市〜君津市エリアの7遺跡から9点が出土。なんか博物館で大きいのを見てるから、どこにでもあるのかと思ってたらそうではないのか。ふむふむ。受付で無料の図録をもらったんだけど、図録に加えてクリアファイルまであって、ちょっと太っ腹じゃありませんか。そして、前回来た時にもやった「縄文お宝はっけんツアー」をまたやりまして、フカバッチのオレンジの缶バッジをもらいました。前回はピンクをもらったの。常設展示のタカラガイ、イモガイきれい。こういうの見ると装飾品にしようって思う気持ちがとてもよくわかる。こういう展示もいい。死体を食べる昆虫。隣にはフンを食べるフン虫が展示してあった。幼虫の標本も。そしてフンまで展示してるw小動物展示室に行ってアオダイショウの小さいのを見てたら、ちょうどスタッフの方がいて、アオダイショウのお話を色々聞けた。卵はトリのように硬くはなくて柔らかくて水分を吸って成長に合わせて膨らんでいく。卵から出てくる時は、ヘビの口のところに切り裂く用のウロコがあって、赤ちゃんヘビはそれを使って出てくる。そのウロコはすぐに取れてしまう。なので、孵化後の卵は割れるんじゃなくて切り裂かれた直線が残ってる。孵化直後の写真まで見せてもらいました!ありがとうございます。やっぱり常設展示だけを見に、一度ゆっくりこなくては。つい最近、博物館のある青葉の森公園内に古墳があることを知りまして、寄ってみました。荒久古墳 千葉市指定史跡(昭和36年3月31日指定)木がもこもこに生えてました。高木リストまで貼ってありました。明治24年に発掘調査するも、出土した遺物は散逸。昭和34年に再発掘して、その時に1体分の人骨、琥珀製棗玉3個、鉄製の馬具が出土した。現在は1辺約9mほどしか残ってないが、かつては1辺約20mの方墳であった。荒久古墳 文化財の紹介千葉市こんな風に石室があったのか。地中からのメッセージを感じた1日でした。
2025.02.11
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2025/02/04昆サポ後、特別展「見る見られる」を。左上、一瞬どこにいるかわからなかった。隠れて獲物を待ち伏せる(見る)ベルツノガエル。右上はハナカマキリ。花に擬態して獲物を捕まえる(見られる)手前の草が絡まったところにいるのかと思ったら、ケースの壁にへばりついてた!左下ヘイケボタル幼虫は光で捕食者から逃れる(見られる)右下はアダンソンハエトリ。大きな眼で獲物を見る。この展示ケース畳仕様でなんだか落ち着くwクジャクの羽、普通に見ても綺麗なんだけど、顕微鏡で見られるようになっててすごい綺麗だった。ワークシートは積極的にやるタイプなので、スタッフさんにハンコ押してもらってかけだし調査員証をもらいました。そしてショップではコノハチョウのほぼ実物大アクキーを買いました。こちらは新しく仲間入りしたグンディ。砂漠の妖精と言われているそうなのだが、みんなで集まってぎゅっとしててかわいい。オリジナルグンディグッズ!?缶バッジ買いましたとも。大温室ではルリモンジャノメがいるそうなので探そうとしたら、探すまでもなくあちこちにいた。地味だからわかりにくいかと思って。翅を開くと綺麗な瑠璃色なのだが、とまってる時はなかなか翅は開かない。飛んでると翅の表が見えてきれい。生物園内の庭園に行ったらなんと!ジョウビタキがいた。ここを縄張りにしてるんだろうな。結構近くで見れて嬉しい♪
2025.02.06
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2025/02/01鳥展のあとなのでやっぱり鳥見。左上:ホシハジロ カモ目カモ科 右上:キンクロハジロ カモ目カモ科左下:オオバン ツル目クイナ科 弁足が見える右下:スズメ スズメ目スズメ科 前にスズメはハタオリドリ科って書いたんだけど、どうやらそれは古い分類らしい。私の持ってる『都会の生物』2006年はハタオリドリだったのよね。水元大橋の上に陣取るユリカモメたち。上:ユリカモメ チドリ目カモメ科下:カンムリカイツブリ カイツブリ目カイツブリ科橋の近くにいたからすごくよく見えた!カンムリカイツブリはカイツブリ科の中で最大らしい。潜るカンムリカイツブリ動画 YouTubeアオジは鳴かないと地面と同化しちゃってわからない。左上:アオジ スズメ目ホオジロ科 右上:カルガモ カモ目カモ科下:カイツブリ カイツブリ目カイツブリ科左下のはちょっと遠かった。でもかわせみの里前の池にも3羽いて、ちょっと白っぽいから若鳥かも。ずっと見てたけど潜ることなくぷかぷかしてた。カイツブリは最小のカイツブリらしい。たくさんあったトウネズミモチは鳥に食べられて営業終了。キカラスウリも鳥に食べられてすっからかん。私が見た時はヒヨドリが来てた。花の中心が赤紫色なのがロウバイで、そうじゃないのはソシンロウバイという別種だそう。てことはこれはソシンロウバイ?猫耳さんも探したけれど見つからず、ササに紛れてスイカズラの葉っぱがあったからイチモンジチョウの幼虫なんかいないかなぁとか探したりして。でも見つからず。そういえばヨコヅナサシガメの集団越冬見てないなと思い、樹名板をめくったらいた。上:ヨコヅナサシガメ幼虫 サシガメ科左下:ジョロウグモ卵嚢記念広場からグリーンプラザに抜ける林の中にこんな看板があちこちに。ロープも張られてた。以前はこんな看板やロープなかったんだけど。マナーの悪い人が増えてしまったんだろうか。悲しいな。
2025.02.02
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2025/01/28今回の免許更新は本所警察署でやったので、帰りにすみだ水族館へ寄り道。「すみだあったか水族館」 を開催中。ペンギンカフェでおでんをたのんだら、ぽんずステッカーもらえた。横をぷかぷか泳いでたのはメロングリーン×紫のわっしょい♂新しく仲間入りしたパンダオランダ。白と黒だから、なのかwクラゲラボにいるサカサクラゲ。スタッフさんにサカサクラゲは生まれた時から逆さなのか聞いたら、生まれた時は普通に泳ぐけれどある程度の大きさになったら逆さになるとのこと。サカサクラゲは体内に共生している褐虫藻がいて、それに太陽の光を当てるために逆さになっているんだって。なのでサカサクラゲは水深の浅いところにいるそう。生まれた時から褐虫藻はいるらしいのだけど、自然界にいる方が褐虫藻は多いので、もっと茶色が濃いらしい。色々と教えていただきありがとうございました。↓棒が浮いてるように見えるシロクラゲシロクラゲ動画 YouTube小笠原大水槽を見てたら、ウツボがだんだん横倒しになって熟睡してるみたい。寝るウツボ動画 YouTube寝息が聞こえてきそうだ。
2025.02.02
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2025/01/22鳥展行ってきました!ゲノム解析が解き明かす新しい鳥類の系統、ということで展示も目ごとに分かれていました。ハヤブサがタカ目ハヤブサ科だとされていたのが、インコ類や小鳥類に近いことがわかりタカ目から独立してハヤブサ目がたてられたとか。ゲノム解析ってすごいのね。これは翼の標本。こんな風にもできるんだね。ペンギンの翼は泳ぐ用に短く細くしっかりしている。鳥の骨は飛ぶために軽量化されていて中は中空なんだけど、ペンギンはそうしちゃうと潜水できないので中は詰まってる。なるほど。今回1番驚いたのが、キーウィの卵の大きさ。自分の体重の1/4もあるんだって!デカすぎでしょ。ぬまがさワタリさんの漫画がとても良い。カッコウと托卵される鳥では成鳥の大きさが全然違うから卵の大きさも違うのかと思ったら、同じ大きさで模様までそっくり。なるほど。ツバメは同種間で托卵をするやつがいるらしい。🐧ペンギンコーナー🐧ヒナの剥製もあった。絶滅したオオウミガラスの模型もここに。ペンギンは南極とその周辺で進化し赤道を超えて北極に来ることはなかった。オオウミガラスはペンギンとは別系統だけど、ペンギンと同じように潜水して餌を取る。オオウミガラスはチドリ目ウミスズメ科。ペンギンは個体特有の声で聞き分けるそうなんだけど、まぁ人間もそれぞれ声が違うもんな。キツツキマンションのペットw昆虫標本が出てきた!人家に出れば洋服を食べる害虫だけど、自然の中ではヒナのフケ(羽鞘屑)を食べてる。なんでオオタカのところにエナガ?と思ったら、巣材として鳥の羽を使うので、オオタカに捕食された鳥の羽を使っていると思われる。エナガも都心緑地で繁殖が見られるようになったのはオオタカのせい(おかげ?)なのかもしれない、ということらしい。上野でも見るもんなエナガ。チバエナガも見れました。上にも剥製が飛んでて、迫力。タンチョウのダンスを下から見れるとか、クマタカに襲われるとか。剥製もいろんな作り方のものが置いてあって楽しめました。大好きハシビロさん。そしてヘビクイワシは剥製でも見目麗しい…。ヨタカの正面顔めんこいぞ。気づけば2時間半ほど。普段水元公園で見る鳥も、遠目でしか見れないから剥製だと近くで見れるしなかなか見えない部分も見れました。
2025.01.29
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今日は6年2組でした。・「へびのクリクター」6分くらい トミー・ウンゲラー/作 中野完二/訳・「オオカミと石のスープ」6分くらい アナイス・ヴォージュラード/作・絵 平岡敦/訳みんなよく聞いていましたが、なんと言うかあんまり静かだと困るwそのへんが低学年とは違うところではあるのだけどね。どっちも6分くらいだったので、ちょうどいい時間だったかな。
2025.01.29
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2025/01/21「縄文ムラの繁栄」に続いて、同じフロアでやってる企画展を。横浜市域は高度経済成長期に急激な開発が始まる。昭和30(1955)年に南堀貝塚の発掘が大勢の市民も参加して行われた。昭和28(1953)年に東京急行電鉄株式会社が城西南地区開発趣意書を発表、鉄道の敷設と地域開発を進めることになる。昭和42(1967)年、朝光寺原遺跡、稲荷前古墳群(いくつかの古墳が保存)などの発掘調査。昭和40(1965)年、横浜市が港北ニュータウン建設を掲げ、1974年造成工事開始。この写真は南堀貝塚の発掘現場の写真。柵もなくてめっちゃオープン。こちらは高山遺跡出土の土器たち。左下のは2022年にここでやってた「美術の眼、考古の眼」でも見たやつ!こちらは大熊仲町遺跡出土の土器たち。加曽利E式!常設展示も見たかったけど時間がなくて見れなかった〜。時間はないけど忘れちゃいけない、博物館の近くにある弥生時代の大塚・歳勝土遺跡公園へ。約2000年前の弥生中期頃の環濠集落と方形周溝墓が完全な形で見つかる。昭和61(1986)年に国指定史跡に。上は常設展示にある遺跡の模型。赤い線のところが道路。こうやってみると、開発でがっつり削ったんだなぁとよくわかる。遺跡公園内にある復元された方形周溝墓。四辺を囲む溝があって、中央には棺が埋められている。左下は棺がこんな風に埋められてるよっていう復元。右下は、溝の部分と棺のところに石を置いて位置を示している。墓地の隣にはムラが。ムラの周囲に環濠を巡らせ、さらに木柵で囲っている。ムラの出入り口には橋がかかっている。説明板によると、竪穴住居の半数近くが火災にあっていて大きな争いがあったことがうかがわれるそう。飛ノ台史跡公園博物館主催の考古学講座で、弥生時代の話を聞いたのだけど、その時に参考資料で紹介されてたこの本、ショップにあったので買いました。そして どぐうちゃんサブレ も。美味しかったよ。図録は無料。そしてWEBアンケートに答えたらポストカードがもらえました!そして欲しかったはらでぐちくんキーホルダー。かわいい♪次回来る時はもう少し余裕を持ってこよう。常設展示をじっくり見たい。
2025.01.25
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2025/01/21会期が26日まで!急いで行ってきました。公式さんによるとこの左右の柱に貼ってあるポスターに違いがあるらしいので、まずは間違い探し。鏃の向きと釣手土器の向きが違うのはわかった!館内に答えがあって、もう一つ、波の高さが違う!それはわからんかった〜。サブタイトルが「かながわ縄文中期の輝き」縄文時代中期は5500〜4500年前の時期。縄文中期の東日本は集落数、住居数ともに最も多い時期。神奈川県内では、中期前葉は五領ケ台式土器、中葉は勝坂式土器、後葉は加曽利E式土器が主流。ということで入ってすぐにもうこれ。左上左<釣手土器>中期後葉 横浜市鶴見区生麦八幡前遺跡 右<釣手土器>中期後葉 横浜市旭区市ノ沢団地遺跡右上<有孔鍔付土器>中期中葉 平塚市上ノ入遺跡左下<水煙文把手付深鉢>中期後葉 海老名市上今泉中原遺跡中下<深鉢>中期後葉 相模原市南区当麻遺跡右下<深鉢>中期後葉 厚木市林南遺跡相模原市南区当麻遺跡出土の土器たち。この奥の大きい土器、手がにょろんと土器を抱えてる。把手の部分の後ろがちゃんと撮れなかった…。今回の展示には土器形式までは書かれていなかったけど、これは加曽利でしょ。やっぱり私は加曽利が好き。あ、でも4枚目は加曽利かどうかは自信ない。左上<深鉢>中期後葉 寒川町岡田遺跡83号住居跡右上<深鉢>中期後葉 横浜市都筑区大熊仲町遺跡44号住居跡左下<深鉢>中期後葉 相模原市上中丸遺跡4号住居跡右下<深鉢>中期後葉 横浜市都筑区大熊仲町遺跡44号住居跡アップで見たいやつ。この貼付け方すごい。アップにした土器の引き。左上<深鉢>中期中葉 相模原市南区勝坂遺跡54次調査6号住居跡右上<深鉢(綾瀬市指定文化財)>中期後葉 綾瀬市道場窪遺跡10号住居跡左下<深鉢>中期中葉 横浜市瀬谷区阿久和宮腰遺跡130号住居跡右下<深鉢>中期中葉 藤沢市湘南藤沢キャンパス内遺跡Ⅱ区4号竪穴住居跡勝坂式土器の標識遺跡が神奈川にあるのか。知らんかった。史跡勝坂遺跡公園 加曽利も好きだけど、小ぶりのぽってりした感じの土器も好き。左上<小型深鉢>中期中葉 相模原市南区当麻遺跡73号住居跡右上<深鉢>中期後葉 秦野市柳川竹ノ上遺跡2区J8住居跡左下<深鉢>中期中葉 海老名市杉久保遺跡41号住居跡右下<台付鉢>中期中葉 海老名市杉久保遺跡5次1号住居跡左<土偶装飾付深鉢>中期中葉 伊勢原市神成松遺跡10区A1号住居跡土器についていた土偶の背中の部分らしい。井戸尻の神像がついた土器みたいな感じだったのかな。右<深鉢>中期中葉 相模原市緑区川尻遺跡J3住居跡これも人っぽいものが土器が抱えてるように見える。上:埋甕〜住居の入口付近に埋められた土器。出産時の胎盤を納めて子の成長を願ったのではないかと考えられてる、らしい。これは深鉢の上に浅鉢が重ねられていた。この間の縄文講座でも埋甕の話が出ていたけど、実際のところなんのためなのかはわかっていない。下:埋設土器〜中期中葉から屋外に単独で埋められた大形の土器が見つかる。土器の口部分を破壊、底を打ち欠く、穴を開けるなどして土器としての機能を失わせてある。再葬墓のための土器棺ではないかと考えられる。縄文時代の交易の証とも言える、黒曜石、ヒスイ、琥珀。そして縄文ブランド(って書いてあった)オオツタノハガイ。左上:土器片錘。それぞれが接合する珍しい例らしい。右上:炭化鱗茎。焦げた鱗茎が土器に付着している。縄文人が百合根などをアク抜きのために煮ているうちに焦がしてしまったのでは!左下:編組製品。カゴとみられる編み物が潰れた状態で出土したそう。わぁ繊維がよくわかる〜すごい。右下:軽石製品。用途は不明。左上<フクロウ形装飾付土器>中期中葉 相模原市緑区大地開戸遺跡フクロウというか、邪悪なドラえもんに見える。左下<浅鉢(厚木市指定文化財)>中期中葉 厚木市恩名沖原遺跡浅鉢の中に魚の模様が。なんかこういうのあるよね。右<人体装飾付深鉢(相模原市指定文化財)>中期中葉 相模原市緑区大日野原遺跡東京埋蔵文化財センターで見たなんでくんのモデルの土器に似てるな。で、これ2018年トーハクの縄文展でも出てたやつだった。図録出して確認した。顔面把手がたくさんある〜!!釣手土器は顔面把手をモデルにして作られたらしいのだが、なぜかその釣手土器にまた顔面がつくということがあったりするらしい。なんかこの辺の変遷を何かで読んだんだけど、探してみよう。そして土偶もいっぱい!!左上の土偶は中に空洞があって、それは芯材を入れて作った跡だそう。行ってよかった。
2025.01.25
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2025/01/14文永の役750年part.1見たので、part.2も見に行ってきました。展示資料は一部を除いて撮影NGです。「蒙古襲来絵詞」は教科書でお馴染みの絵。元寇で戦った竹崎季長が恩賞の沙汰がないので、周りの制止を押し切って!?御恩奉公の安達泰盛へ直談判をしに行ったところ、最初は呆れられたものの論功を認められ地頭職を与えられたそうで、その時の様子を表したのがこの絵詞なんだって。上司に恩賞ないのはおかしいって訴えるの大事だし、恩賞もらったらそのお礼をするのも大事なのだな。模写本もあってそれぞれ違いもあったり。元寇を描いた唯一の絵物語、竹崎季長のおかげですな。お次は1月26日までの「ハニワーその調査と修理」を。過去の修理は少ない破片からいかに旧状を美しく再現するかが課題だった、そうで。<家形埴輪>古墳時代中期5c 奈良県磯城郡三宅町赤丸遺跡出土出土したのは屋根の一部のみ。躯体部分は石膏で作ったものらしい。<蓋形埴輪>古墳時代中期6c 和歌山県橋本市陵山古墳出土昭和27(1952)年出土。こちらは大部分が石膏でできていて、肋木の先端に立飾の破片を接合している。今回の主役!<人物埴輪(武装男子)>古墳時代後期6c 埼玉県熊谷市野原古墳群出土昭和5(1930)年、踊る埴輪と共に出土したそう。今回の修復で、胴部の内面を観察できるように取り外しできるようにしたんだって。なるほど〜。そして、冑の右半分を外して、耳環が見えるように。ふんふん。常設展示にある考古學資料集に埴輪載ってる。昭和8年発行と、昭和36年発行。あ、いつものハニーたちはちょっと端っこにむぎゅっとなってたw常設展示室、マジで落ち着く。ここにも子持勾玉たち。この水玉模様の子持勾玉、トーハクにもあったけど出土地は違う。けど、もしかしたら同じところで作られたのかもね。
2025.01.20
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2025/01/11初めて飛ノ台史跡公園博物館に行ったのは2020年の11月。その時は船橋の縄文時代早期の展示だった。それから毎年前期、中期、後期ときて、今回は晩期から弥生。船橋市内206ヶ所の遺跡のうち、縄文時代の遺跡は114ヶ所、そのうち晩期のものは5ヶ所しかない、とのこと。土器などは見つかるけれど住居の跡は見つかっていないらしい。左上:深鉢形土器 姥山Ⅱ式 縄文晩期 金堀台貝塚2層右上:浅鉢形土器 安行3a〜b式 縄文晩期 下ケ戸貝塚第3次調査 ハートがついてフリルっぽくなっててかわいい。左下:深鉢形土器 安行3a式 縄文晩期 桑納川(かんのうがわ)遺跡群下中:深鉢形土器 姥山Ⅱ式 縄文晩期 下ケ戸貝塚第3次調査右下:角底土器 安行3b式 縄文晩期 下ケ戸貝塚第3次調査関東の弥生土器は縄文が施されてるものが多い、と以前講演会で聞いたのだけれど、うん、しっかり縄文ついてる。東京湾岸系土器と利根川下流〜印旛沼系土器の2つの系統の弥生土器が主流らしい。左上:甕形土器 利根川下流〜印旛沼系土器 弥生後期 西駿河台遺跡右上:甕形土器 池上式 弥生中期 須和田遺跡左下:甕形土器 利根川下流〜印旛沼系土器 弥生後期 夏見台遺跡右下:壺形土器 宮ノ台式 弥生中期 夏見台大塚遺跡方形周溝墓出土この黒いのは何か塗ってるのかな。方形周溝墓は夏見台大塚遺跡で2基見つかっている。土器の底に残るイネ籾の圧痕。レプリカ法すごい。壺形土器 弥生後期 東町付近採集そして展示されてる土器の中も見えたりするんだけど、注記が手書きじゃなくてプリントされてるものが!調べたら 自動注記マシン というのがあるらしい。ほほぉすごいな。続いて常設展示を。ところどころ、可愛らしいものがあるのが飛ノ台の楽しいところ。コウイカとかヒラメとか。このイラストの「しばらくまつ」とかw飛ノ台の貝製品色々。貝輪の入った土器は貸出中。「貝と人」も見に行かなくては。常設展示のお馴染みの遺物たち。そしてお馴染みのクイズラリーにも挑戦。床の地図までじっくり見て、クリア。企画展のメインビジュアル土器のやつをもらいました。でも、とびはく所蔵土器人気投票第3位のやつも欲しかったので、とびはくキャラクターをさがせ!をやってもらいました!午後は海神公民館で考古学講座「下ケ戸貝塚〜我孫子市の縄文時代後晩期」に参加しました。企画展でも下ケ戸貝塚の出土品が展示してありました。このミミズク土偶見たことあるなと思ったら「発掘された日本列島2021」で見てました。写真も撮ってました!土製の耳飾が469点も見つかっていて、それが屋内の壁に沿ってぐるりと捨てられていたそうで。何か儀式的な意味があったのか、興味深いです。そういえば、耳飾ってお揃いで出ることはないと前に聞いたことがあるんだけど、469点もあったら2個1組のお揃いものものあったりしたのかな。気になる。
2025.01.15
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2024/01/08新春特集を見に行ってきました。まさかここで土器に会うとは思ってなかったのでちょっと嬉しい。左・右上:深鉢形土器 縄文中期八王子市楢原町出土 右中:蛇体把手 縄文中期 川崎市向ヶ丘地区出土右下:蛇体把手 縄文中期 八王子市宮下町出土縄文土器にはヘビを思わせるモチーフが付いていたりするからなるほどではある。左の深鉢形土器は後藤守一氏寄贈と書いてある。<wikiより>〜後藤守一(1888-1960)大正から昭和にかけての考古学者。戦争協力者として批判を浴びた。〜そういえば、ハニどぐ展で『埴輪の話』が展示してあったな。そして蛇体把手の方には塩野半十郎氏寄贈と書いてある。<wikiより>〜塩野半十郎(1898-1984)農民考古学者。農業の傍ら多摩丘陵を中心に遺跡発掘に従事。縄文時代研究に大きく貢献した。発掘したものの大半をトーハクに寄贈〜トーハクには塩野コレクションとしてあるらしい。他の展示でもお名前発見した。後藤守一さんの方も。上:色絵虫魚浮彫飾皿 ドイツ19c ベルナール・パリッシー作このお皿、ちょっと欲しい。カタツムリとかカエルとかトカゲとかてんこ盛り!左下:金印 漢委奴国王(模造) 古代中国の印は材質やつまみ(鈕)の形、下げる紐によって所有する人の立場や役割を表す。蛇鈕は南方の異民族の王として認めたことを示すもの、だそう。これもヘビなんだな。右下:自在蛇置物 20c 宗義作 自動で動く複製があって、動く様子が見れたんだけど。こういうのは、自分で手に持って動かしたい!と思う。左上:玄武七宝水滴 中国19c-20c 玄武は亀と蛇の合体なんだけど、これは亀の背中に蛇が乗ってる。亀が器を咥えているのがかわいい。右上:弁財天坐像 鎌倉時代13c 蛇の体に老人の顔をもつ宇賀神(古事記にも登場する食物や福徳の神)を頭に乗せている。左下:胆松に白蛇 渓斎英泉筆 江戸時代19c キラキラした蛇が綺麗。右下:清水寺縁起絵巻 巻下 土佐光信筆 室町時代1517年 僧侶の兼慶が寝ているところを急に大蛇に巻きつかれるらしいw絵面がすごい。大蛇が龍のように描かれることもあるらしい。お次は常設展示。本館1室は展示替があって見たことないものもちらほら。左:ハート形土偶 縄文後期 群馬県東吾妻町郷原出土 いつも考古展示室にいるのに今回はここに!右上:袈裟襷文銅鐸 弥生後期1-3c 三重県伊賀市柏尾湯舟出土 石見型盾形埴輪 古墳時代5-6c 奈良県三宅町石見出土 深鉢形土器 縄文中期 あきる野市菅生字中出土 3点盛り、真ん中の白い埴輪は初めて見るかも。深鉢形土器は塩野コレクションだった。右下:埴輪大刀を佩く男子 古墳時代6c つくば市下横場字塚原出土この埴輪は初めて見るかも。ストライプ模様が見える。邪視文銅鐸 弥生時代中期 伝岡山市北区足守出土病気や災厄を避けるために眼や顔を表現している。小ぶりな銅鐸。考古展示室も忘れずに。今、自分の中では勝手に貝製品ブームなので。左上:14小形貝輪 縄文後期 銚子市余山貝塚出土 15貝輪 縄文後期 銚子市余山貝塚出土右上:貝輪 弥生後期1-3c 神奈川県三浦市毘沙門C洞窟出土 貝輪 弥生中期BC2-BC1c 福岡県朝倉市平塚字栗山出土右中:貝輪 弥生後期1-3c 福井県坂井市観音洞窟出土 貝輪 弥生後期1-3c 福井県坂井市観音洞窟出土右下:貝包丁 弥生後期1-3c 三浦市毘沙門C洞窟出土左下:貝釧 古墳時代4c 静岡県磐田市松林山古墳出土なんと子持勾玉がたくさん!しばらく展示してるようなので、また見にこよう。
2025.01.13
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2025/01/12ヤナギの木にはコムラサキ幼虫がいるということで探しに。しかし撃沈…まぁ幼虫としてはわざわざ下の方にまで移動しないだろうし、何より幹の割れ目が多すぎる!成虫は見かけるからいるはずなんだけどねぇ。左:ガマの穂 ガマ科 爆発中でそこらじゅうに綿毛が…右上:チャコウラナメクジ(だよね)コウラナメクジ科 ハンノキの根元をガサガサしてたらいた。右下:ナンテン メギ科 花期5-6月で、やっぱりバードウォッチングw左上:アオジ ホオジロ科 前回は飛び去る姿しか見られなかったけど、今回は枝に止まっていたので撮れた。右上:ユリカモメ カモメ科 餌付けされてるのか近づいても全然逃げない…左下:キンクロハジロ カモ科 寝癖ぴょんがめんこい。右下:ヒドリガモ カモ科左上:タヒバリ セキレイ科 初めて見た!ヒバリと名はついてるけどセキレイの仲間。右上:セグロセキレイ セキレイ科 いやに黒っぽいのがいるなぁと思ったらセグロさんだった。左下:ゴイサギ サギ科 かわせみの里のゴイサギ、橋の方から見たらめちゃ近いw頭の羽がかわいい。右下:メジロ メジロ科 ピラカンサの実を食べに集まってた。ピラカンサを食べるメジロ動画 YouTubeロウバイ ロウバイ科 花期1-2月咲くのはもう少し先かな。まだツボミだった。でも香りはしてた。で、ロウバイの実ってこんななのね。拾ってきてしまったので、埋める。
2025.01.12
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2025/01/07昆サポの後は生物園内をぶらぶら。まだ冬休みとはいえ、平日なので人もまばら。左上:オオサンショウウオ オオサンショウウオ科右上:クロカタゾウムシ ゾウムシ科 交尾中左下:メダマカレハカマキリ カマキリ科右下:リュウキュウミスジ タテハチョウ科 期間限定でチョウの飼育室前で展示中。「きらめくゴキブリ展」は2月2日まで開催中。ゴキマグネットガチャはギガンテウスメンガタゴキブリ。ゴキゴキ総選挙第3位!刺激するとしいたけのような匂いを出すそうなのだが、嗅いでみたい。私が1票を投じたサツマゴキブリは13位、25票…ちょっと悲しい。大温室にカノコガいるの!と探してはみたけれど見つけられず、残念。でもクロコノマチョウは見つけた。そしてリュウキュウムラサキと目が合った。
2025.01.12
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2025/01/05猫耳さんを探しに行ったのだけれど見つけられず。ほぼバードウォッチング。左上<ハゼノキ>ウルシ科 花期:5-6月 右上<コサギ>サギ科左下<ダイサギ>サギ科右下<キカラスウリ>ウリ科 花期:8-9月前回、カラスウリだと思ってたのはキカラスウリだった。左上<メジロ>メジロ科 右上<ムクドリ>ムクドリ科左下<スズメ>ハタオリドリ科 ハタオリドリ科!なんだ。右下<ジョウビタキ♀>ツグミ科ジョビ子かわいい。かわいいから動画も撮った。ジョビ子が何かを啄む動画 YouTube左上<カワセミ>カワセミ科 前回と同じところにいたので、ここら辺はこの子のナワバリなんだと思う。めっちゃ近くの枝に止まってた。右上<バン>クイナ科 オオバンはたくさん見かけるんだけど、バンはあんまり見かけない…けど、いた!左下<オオバン>クイナ科 バンとオオバン並べてみると、オオバンがなんでオオバンっていうのかがよくわかる。バンより大きいからオオバン!右下<ゴイサギ>サギ科 かわせみの里のゴイサギ、この日は羽繕いをしてた。ゴイサギの羽繕い動画 YouTube
2025.01.09
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2024/12/25ヤツデの葉めくりへ。クロスジホソサジヨコバイいました!2匹。初めて見つけた時も嬉しかったけど、いつ見つけても嬉しくなる。左上<ヤツデ>ウコギ科 花期:10-12月右上<クロスジホソサジヨコバイ>ヨコバイ科左下<ルビーロウカイガラムシ>カタカイガラムシ科右下<ワカバグモ?>カニグモ科当然エノキの葉めくりも。割と葉めくりすると、このワカバグモとかクモ類がいるんだけど、幼虫食べられたりしないんだろうかと心配にはなる。そしていました!ゴマちゃん!かわいい♪<ゴマダラチョウ幼虫>タテハチョウ科 幼虫越冬 食草:エノキぐはぁ、かわいい。いつ見ても何度見てもかわいい。エノキの葉めくり始めた頃は、踏んづけたらどうしようとか恐る恐るで全然見つけられなかったんだけど、今は見つけられるようになって私も成長した。めくった葉っぱはちゃんと元に戻すようにしてます。自分が見つけられなかっただけで、もしかしたら葉っぱにくっついてるかもしれないので。あぁかわいい。このかわいいをこれからも見られますように。かわせみの里に寄って、ゴイサギを確認してきました。私の目には3羽いるように見えた。<ゴイサギ>サギ科かわせみの里のガイドウォーク参加したことないんだけど、来年は参加してみようかな。今年は見に行きたい展示とかがたくさんで、なかなか水元公園に虫探しに来れなかったなぁ。まぁ暑いのもあったんだけど。体が足りない…。
2024.12.31
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2024/12/24学校はまだ冬休みではないようなので、混む前に行ってきました貝類展。貝類とはー無脊椎動物の一群である軟体動物の中で炭酸カルシウムの殻をもったものを指すことが一般的ですが、広い意味では貝殻をもたないものも含みます(リーフレットより)貝殻をもたないタコ・イカを含めると最大種となるのがダイオウイカ。ということでどどーんとダイオウイカがお出迎え。正面に見える細長いのは最も長い二枚貝のエントツガイ。長さは1.2m。そして、最小の貝は0.5ミリのミジンワダチガイ。肉眼では何が何やらwダイオウイカ、日本館を掴んでます。とにかく貝がたくさん!これは、遺跡から出てきたりする貝たち。ツノガイは先っちょは塞がってるのかと思ってたんだけど、開いてるらしい!ツノガイは縄文人がビーズに加工してる貝。ツタノハガイ、イボガイは貝輪に。タカラガイは以前ビーズ展で衣服や布製品に縫い付けてるのを見た。軟体動物の腹足綱といえば、カタツムリ。もちろんナメクジもいました。このナミマイマイ模型かと思ったらプラスティネーション標本とな。こんな風に作れるんだ。すごい。そして右利きのヘビ、イワサキセダカヘビ。ニッポニテスの化石を見て、ネジネジぐるぐる不思議な形と思ったけど、今も不思議な形の貝類がいるんだな。ヒラサカダチマイマイは食べられないように殻の入り口が逆になったそうなんだが、これだけで食べにくくなるのか?むしろ食べやすくないか?不思議すぎる…防御の最終形態、トゲトゲにする!マボロシハマグリのトゲトゲ具合がなんかいい。今回の貝類展のサブタイトルが、人はなぜ貝に魅せられるのか、なんだけど、このカラーバリエーションを見たら、そりゃもうたまらんよな、と思う。縄文時代の人たちも貝に魅せられた。貝に2個穴があいていてボタンみたい。そして弥生時代の人たちも。アワビの貝を包丁に加工するってなんとも贅沢。そして綺麗。↑この縄文時代の遺跡から出土したアンモナイト、発掘された日本列島展でもあったけど、それとは違うアンモみたい。穴の大きさがこっちの方が大きい。貝ボタン、実際にこんな風に取ってるのを見るとすごいなって思った。碁石も貝から取ってる。戦時中に配給されたイタヤガイのしゃもじっていうのもすごい。残ってるのがすごい。イギリスの貝類学者ピーター・ダンスが1969年に『Rare Shells』という本の中で当時珍しくかつ人気のあった貝50種を選んで解説。その50種の貝を展示している!寄生虫を運ぶ貝、干潟の減少による貝類の減少など、人と貝の関係が様々な角度から見ることができました。展示のあちこちにあったのが詩や文とのコラボ。左上が手塚治虫の言葉。右上はジャン・コクトーの「私の耳は貝の殻」詩の一文。これ、耳に当ててみたかった。左下はアン・モロー・リンドバーグ『海からの贈り物』とう本の中の一節らしい。読んでみよう。中下は平安時代の歌人、藤原敦忠の歌。右下は中国の仏教書『碧巌録』の中の一節。食べるだけでなく、装飾品、実用品、コレクション、そして詩や文章に、貝と人間の関係は深く長くこれからも続いていく、というか続いていくように環境を守っていかないとならないんだな。昔はたくさんいたんだけどねぇ、がもうこれ以上増えないように。貝類展の後は、地球館2階で小惑星からのサンプルリターンを見て、地下で隕石とアンモナイトの化石を見て、日本館でニッポニテスを見ました。そしてミュージアムショップで本を購入。巻きの数だけ生き方がある。生命の樹の缶バッジは後ろにスタンドもついてるので、立てて飾ることができる。…また本が増えてしまった。けど後悔はしない。というか読め。
2024.12.30
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2024/12/21きっかけは『遺跡発掘師は笑わないーマルロの刀剣』の中に登戸研究所が出てきて、なんだこれはと思ったこと。それから『陸軍登戸研究所と謀略戦 科学者たちの戦争』を読んで資料館があることを知りました。そしたら、フォローしてる明治大学博物館が登戸研究所資料館の見学会のお知らせをリポストしたので、参加してみようと申し込んだのでした。場所は明治大学生田キャンパス内。結構な上り坂でした…次回は地域産学連携研究センターからエレベーターで行こう…。キャンパス内に残る登戸研究所の史跡を巡りました。登戸研究所は正式には第九陸軍技術研究所。しかし研究内容は秘密戦(防諜・諜報・謀略・宣伝)に関することだったので、秘匿名登戸研究所と呼ばれていたそう。これは動物慰霊碑。裏に登戸研究所と書かれている。左;消火栓には陸軍のマークである五芒星がついている。場所は学食の前。右上:現在は生田神社となっているが、登戸研究所が1943年に建立した神社で弥心神社と呼ばれていた。右下:偽札印刷工場の跡地。老朽化のため取り壊された。明治大学は1950年にこの土地を取得したそうなんだけど、1945年8月15日証拠隠滅命令が発せられ研究所に関するものはすべて廃棄されてしまったので、実際に何が行われていたのかはわからないまま建物はそのまま残っていたということなんだろうな。そして使えるものは使うという。動物慰霊碑も、神社も普通に使っていたらしい。実際にそこで働いていた人たちは、自分たちがしていることを口外するなと言われていたため、戦後も自分の家族にさえ話すことはなかった。でも、市民や高校生たちが地道に取り組んでいく中で、徐々に話す人が現れて、書籍にもなっている。そして登戸研究所の建物などの保存・活用を求める動きが活発になり、2010年に第二科の建物を資料館として開館。というわけで次は資料館の中を。現在資料館では企画展「風船爆弾作戦と本土決戦準備ー女の子たちの戦争」を開催中。この写真は常設展示のもの。風船の材料が和紙、そして貼り合わせと和紙強化のためにこんにゃく。これで実際にアメリカまで飛んだんだな…。ここは暗室として使われていた部屋。他の部屋にも当時のままの流し台が残されていました。第二科は暗殺用毒物・生物兵器・特殊インクやカメラなどを開発していたところ。常設展示も解説していただいて、たっぷり2時間半の見学会でした。終了後、展示も見ましたが、何せ文字量が多くて全部は見切れず。後日改めてまた行こうと思います。資料館の隣には倉庫跡がありました。職員の方に声を掛ければ中も見学できるそう。↓こちらは資料館が作成した動画明治大学平和教育登戸研究所資料館 「80年前、ここは秘密の研究所」誰にも話さない、話せないっていうのは辛いことだなと思う。今も世界のあちこちで戦争はおこっていて、こういうことは行われているんだろうけど…だろうけど。どうしたら平和な世の中になるんだろうな。図書館で関連書籍を借りてきたので読むぞう。
2024.12.28
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今日は2年1組でした。・「100まんびきのねこ」 ワンダ・ガアグ/ぶん・え・「エンソくんきしゃにのる」 スズキコージ/さく今日も元気いっぱいな子どもたち。「その本もってる〜!」「わたしも〜」「うちにもある〜!」ってほんとかよ!とツッコミ入れたくなりますw「100まんびきのねこ」が割と長め(子どもたちと対話しながらだとやっぱり長くなる)ので、2冊目は短いのを(持ってってよかった)スズキコージの絵は「なんか怖い」と言う子もいたけど(うんそれはなんとなくわかる)楽しく聞いてました。
2024.12.18
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2024/12/14午前中は企画展示の解説を聞き、午後は研究員講演会「アジアの中の弥生集落」に参加してきました。入り口で多摩のヴィーナスと再会。丘人は愛知県豊田市博物館へ出張中だった。今回の企画展は、普段の展示では調査でわかったことを紹介しているけれど、わからないことも多く残されているのが考古学、ということで、まだ答えの出ていない「なんで!?」に焦点を当てた展示になっているそう。1.こんなに大きさが違うのはなんで!?左上は磨製石斧、右は石匙、左下は石鏃と打製石斧。どれも大きいものと小さいものがあってその差が結構大きい。研ぎ直して使う、用途が違うというのもあるけれど、石匙はこんなに小さいものをどうやって何に使ったのか?謎。小さいくせにちゃんと持ち手部分もあるし。2.土器の大小はなんで!?大きいサイズの土器にもある形と、小さい土器に特有の形があるらしい。爪先サイズの土器なんか、なんなのこれ?って感じ。よく言われるのは祭祀に使われたのではないか、ということなんだけれど、それもよくわかっていない。私としては、おままごと用とか、子供の練習用とかだったりするのかなぁと。でも爪先サイズは謎だ!それともどれだけ小さく作れるか選手権があったのか。そしてこちらは特大の土器!多摩ニュータウン遺跡の中で最大クラス、高さ64センチ。でかい。あ、でも飛ノ台史跡公園博物館には船橋最大の高さ71センチの土器がある。3.自力で立たないのはなんで!?4.なんでか、似てるけど土器の底が尖っているのは、炉に差し込んで使うから。丸底は古墳時代の土器だけどこれまた謎。ではあるのだけれど、海外で丸底の土器を使っている民族がいて、地面が凸凹だから丸底の方が安定するらしい。なるほど。でも土器を作ることを考えたら平底の方が作りやすいような気がするけどどうなんだろうか。5.この「あな」なんで!?有孔鍔付土器には太鼓だったのではとか色々な説があるけれど、確実にこれと言える証拠がないらしい。「カエル副葬供献説」というのがあって、土器の中に水を入れてオタマジャクシをカエルになるまで育てるんだって!初めて聞いたけど、これも確たる証拠はない。でもなんか楽しいかも。6.いきものを表現するのはなんで!?イノシシ、ヘビ、カエルなどと見られる装飾が施されたりするんだけれど、実際にそれがヘビなのかカエルなのかはわからない。この辺がもどかしさでもあり、楽しさでもあるんだろうな。そして今回の展示であちこちにいたナンデくんのモデルの土器がこれ。ナンデくん、お前は一体何者なのかw続いては常設展示「丘陵人の宝もの」を。多摩ニュータウン地域で人々が暮らし始めたのは約32000年前。気候は現在の北海道に近かったらしい。これは縄文時代のおとし穴。八王子市寺沢地区の遺跡からは600基以上のおとし穴が見つかっているそう。1月にはこのおとし穴の講演会があるらしいんだけど、残念ながら予定があって聞きに行けない…。気になった土器各種。左上:深鉢 縄文早期 鵜ケ島台式 No.72遺跡(八王子市堀之内)左下左:深鉢 縄文前期 十三菩提式 No.482遺跡(稲城市若葉台)左下右:深鉢 縄文中期 勝坂式 No.471遺跡(稲城市若葉台)右:深鉢 縄文前期 諸磯式 No.205遺跡(八王子市南大沢)こちらは縄文時代中期後半の土器。この中では加曽利E式が大半を占めている。さすが、加曽利E式。ここは展示してある土器に触ることができる。以前、加曽利貝塚の土器作り講座で中を貝を使って磨いて、結構いい感じにツルツルにしたけど水漏れしちゃって。実際に触れるのはほんと嬉しい。多摩の土偶は中期後半のものが多く出土しているそう。右端の丸っこいのは、中に鳴子が入っていて、振ると鈴のように音がなるんだって。こちらは特別収蔵庫!土器がずらずらずら〜り!手前に展示してあるのは「縄文2021」で見たやつだ!そして午後は講演会。弥生時代といえば集落に環濠を巡らせて防御している、争いが始まったというイメージなのだけど、排水の目的で掘られていたり、貝や骨が捨てられていたり、なんなら環濠がない集落もあるんだそう。今回は研究員さんが発掘調査している北区の十条台遺跡群南橋遺跡を中心にお話されました。ちなみに南橋遺跡には環濠はないとのこと。研究員さんは学生時代は西アジア地域の考古学を学んでいたそうで、弥生時代の頃の西アジア地域の様相など話されました。昔、世界史で聞いたことあるような言葉が出てきて、もう一回世界史も学び直そうかなと思いました。最後に来場者アンケートを受付に持っていって、ナンデくんクリスマスVer.クリアファイルもらいました。今度は遺跡庭園の方にも行ってみたい。
2024.12.17
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2024/12/1014日までだ!と急いで行ってきました。思った以上に埴輪多めでした。上は昨年度購入した女子埴輪頭部(伝茨城県石岡市周辺)。三昧塚古墳(5c末)出土の女子埴輪と特徴が類似しているそう。確かに似てるかも。それに関連した茨城県を中心とした埴輪の資料が展示されてました。茨城では武人埴輪をより大型に作るために、上半身と下半身を分けて作り合体させていた、というのがよくわかる埴輪。差し込み式になってる。これらは玉里舟塚古墳(6c)の埴輪なんだけど、この古墳の人物埴輪には、足にくるぶしが表現されてるものが多いそう。確かにくるぶしある。関東地方では5c後半〜6cに埴輪の需要が高まって、各地に埴輪窯ができる。1960年代から明治大学が発掘調査をしてきたのが茨城県馬渡埴輪製作遺跡(国史跡)。ここからは、粘土採掘穴、製作工房、窯、失敗作を捨てた廃棄エリアがセットで見つかった関東初の遺跡なんだそう。馬渡遺跡から出土した埴輪と、そこから5キロほど離れた市内の古墳から出土した埴輪についていた指紋が、同一人物と分かったんだって!なんかすごいな。ていうかやっぱり指紋ついてるんだな。続いて常設展示室の「明大コレクション59 さまざまな人物埴輪」左は縞模様が描かれた足。紺色の縞模様が見える。右上は顔に鼻から耳にかけて赤色が、そして服には水玉が描かれている。右下は目の周りと顎を赤、目尻と口周りを灰色で彩色している。これらは玉里舟塚古墳出土。この古墳から出土する埴輪には、紺色の彩色が施されているものが多いそう。常設展示の玉里舟塚古墳出土の埴輪ステージ!人物埴輪のくるぶし確認したら、ちゃんとありました。武人埴輪に狙われてる目線で撮ってみた。ミュージアムショップで土偶ヘアゴム購入。短髪だから髪の毛にはつけないけど、手首につけてやる!そして三昧塚古墳メモパッド。以前、三昧塚古墳出土の金銅馬形飾付透彫冠の馬が可愛いので、グッズにならないかなと思っていたら、メモパッドに馬がいた!↓復元したやつ(2022年撮影)鹿っぽいのや猪っぽいのもいる。煌びやかだけど、可愛いのでした。
2024.12.15
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2024/12/07コミミズクの幼虫探しをメインに出かけました。これは、2022年初めて見つけたコミミズク幼虫の画像。この時はかわせみの里周辺のクヌギで見つけたんだけど、その後、手の届く範囲の枝が軒並み切られてしまい、探すことができなくなったのでした。仕方ない。今回は水辺のさとのクヌギを探したけれど、いるのに見つけられないのか、本当にいないのかはわからないけど、見つけられませんでした。残念。左上<エノキ>ニレ科 花期4月 右上<アシ>イネ科 花期8-10月左下<トウネズミモチ>モクセイ科 花期6月 右下<クサカゲロウの仲間>左上<タマバチの虫こぶ>めちゃいっぱいw 右上<ナナホシテントウ>テントウムシ科左下<コセンダングサ>キク科 花期9-11月 右下<マルカメムシ>カメムシ科<水辺の生きもの館>ニホンウナギがいた!でかい〜。卵から孵化したスッポンの赤ちゃんも。トンボクイズなんてのがあって、結構難しかった…クツワムシの卵もいっぱい。最近ススキと思っているのは同じイネ科のオギ、というのを見かけて、見分けてみようと試みた。タネから長いノギが出てるのがススキ。ノギがなくて全体的にふわふわしてるのがオギ。桜堤に生えてるのはどうやらほぼオギらしかった。そしてナナフシモドキの卵が展示してあったんだけど、よく見ると動いてるものが…孵化してる!しかも卵がくっついてるから、もしかして孵化したばっかりかも。孵化したばかり?ナナフシモドキ 動画 YouTubeメタセコイアを観察してみようなんてパネルもあって、ラクウショウとの見分け方とかなるほどと思ったり。水辺の生きもの館、なかなか楽しい。水鳥もたくさん集まり始めてて、カンムリカイツブリもきてた。
2024.12.12
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2024/12/04東京大学総合研究博物館に続いて、文京区教育センターへ。ここでも東京大学のコレクションが展示されてます。今回は隕石。地球に落ちてくる隕石は、火星と木星の間にある小惑星帯から落ちてくるものが多いそう。その小惑星にも種類があり、惑星が生まれた時の最初の状態をとどめている(チリが集まっただけで成長していない)赤ちゃん惑星。ここからやってくる隕石は、コンドルールという丸い粒状のものがある。コンドルールがあるのが特徴なので、コンドライト隕石と呼ばれている。その他に、不定形のチリの塊があってCAIというのだけど、これが太陽系で1番古い物質(45.67億年前)なんだって。この隕石からは、太陽系の最初期の出来事を推測することができる。赤ちゃん惑星が成長して、惑星内部が重いものと軽いものに分かれている天体は分化天体(原始惑星)と呼ばれる。中心には重いものが集まってコアになり、軽いものはマントルや地殻となる。この分化天体が破壊されて破片が落ちてきて隕石になる。コアの部分は鉄隕石、地殻やマントルの部分は石質隕石、コアとマントルの境界の部分は石鉄隕石となる。ウィッドマンシュテッテン組織!綺麗。↓4月に歴博で隕鉄(鉄隕石かな?)で作った刀があった。「歴博色尽くし』日記鉄隕石はコアの部分だから、なかなか落ちてこないってことなのかな。「砂漠で隕石を探す」現在落ちてきた隕石じゃなくて、過去に落ちてきた隕石を探すのがデフォなのか。まぁ考えてみればそうだよな。砂漠で探す…大変そう。金属鉄は錆びちゃうので、真空デシケーターに入っている。錆びることを「宇宙と地球の融合」って言ってるのがすごい。「南極で隕石を探す」砂漠でも多く見つかるのだけど、世界で1番多く見つかるのが南極。氷河の上に落ちた隕石が長い年月をかけて山脈に堰き止められた部分に集まってくるそう。南極で探すのも大変だ…小惑星帯からの隕石以外にも、月や火星からの隕石もある。隕石、すごいな。展示の最後に、どれが隕石でしょうクイズがあった。この中の5個が隕石。私が当たったのは1個だけ。コンクリートの塊とか、百均で売ってた光る石なんかも混じってるのだけど、難しい!これを砂漠の中から探すとかほんとすごい。3月31日までやってます。
2024.12.12
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2024/12/04菱川法之博士、究極のチョウ&アンモナイトコレクションってなんかすごそうなので行ってきました。菱川博士は日本蝶類学会の会長だそうで、医学博士でもあり現在札幌でお医者さんをやってるそう。というわけで、まずはアンモナイトがずら〜り!「究極の異常巻アンモナイトコレクション」北海道の白亜紀の地層である蝦夷層群は世界有数の異常巻アンモナイトの産地なんだそうで、ここにあるのは全部道産!芦別とか夕張とか鵡川とか知ってる名前が!と勝手に親しみを覚える。上段左から <ニッポニテス ミラビリス(驚異)芦別市><ニッポニテス オキシデンタリス(単純)小平町><スカラリテス スカラリス(階段や梯子)小平町><ノストセラス ヘトナイエンゼ 鵡川町>下段左から<ムラモトセラス エゾエンゼ 夕張市><アイノセラス パウシコスタータム(肋が少ない)平取町><リュウエラ リュウ 小平町><ユーボス トリコセラス ジャポニカム 穂別町>ぐるぐるぐるぐる…これ、中身はどうなってたんだろうな、気になる。お次はチョウの標本がずら〜り!「究極の異常型チョウコレクション」左下上段<テンザンウスバシロチョウ5枚翅型><ダビドフウスバシロチョウ貴重なパラタイプ標本> 下段<ウスバキチョウ北朝鮮亜種>右下<キアゲハ翅脈消失型>上段左<テングアゲハ暗化型・オウゴンテングアゲハ>右<コウトウカラスアゲハ完全雌雄型>中段左<ツマベニチョウ白化型>右<上 ホソオチョウ雌雄モザイク型・メスグロヒョウモン完全雌雄型 下 オオムラサキ雌雄モザイク型・ウスコモンマダラ完全雌雄型>下段左<オオイチモンジ完全雌雄型・オオイチモンジ黒化型>右<ニューギニアトガリヤママユ完全雌雄型・ヒメクジャクヤママユ完全雌雄型>昆虫maniacにも雌雄モザイクの標本があったけど、ここにあるのはそんなのばっかり!特別展示のあとは常設展示を見たのだけれど、考古学コレクションのところで特別併設展示「人類先史、曙」と題した展示がありました。E.S.モースの人類先史コレクション、これは大森貝塚から出土した土器など。モースは1877年に来日、東大の初代動物学教授を2年務める。貝塚研究にも精通し、大森貝塚をはじめ、小石川植物園貝塚、西ヶ原貝塚など全国を発掘調査した。小石川植物園にも貝塚があるのか、知らんかった。いや知らんことばっかりなんだけど。品川歴史館にも行かないとな。そんでもって坪井正五郎。1886年に理学部生物学科を卒業、大学院で人類学を専攻。1884年に人類学会を設立…って学生で学会を作ったのか。1905年に『人類学写真集 日本石器時代土偶ノ部』を出版。掲載された全36点の土偶のうち31点が現存。うち14点が展示されている。こちらは常設展示。左上:筒形土器 野沢式 栃木県野沢遺跡 弥生時代中期左下:顔壺 野沢式 栃木県野沢遺跡 弥生時代中期西日本の弥生土器は縄文を持たないものが普通、しかし関東は縄文を持つものが目立つそう。そうなのか、今度出土地も見てみよう。右側は縄文土器の基本編年を組み立てた山内清男が研究に使った土器だそう。右上:深鉢 堀之内2式 千葉県堀之内貝塚 縄文時代後期右中:双口土器 加曽利B1式 茨城県陸平貝塚 縄文時代後期右下:台付異形土器 安行2式 埼玉県真福寺貝塚 縄文時代後期昆虫標本も色々。これは東京で絶滅したチョウ。そして北上する昆虫。これはエドクロツヤチビカスミカメのタイプ標本。2013年に東大駒場キャンパス内で発見された新種!正面入口のコレクションボックス。上:貝輪入り蓋付土器 千葉県古作貝塚 縄文時代後期左下:埴輪坩をささげる女子 茨城県青柳 古墳時代左中:大耳の埴輪まなじりを下げて笑う男子 茨城県高萩向原 古墳時代右下:家形埴輪 茨城県高萩向原 古墳時代貝輪入り土器は飛ノ台史跡公園博物館にレプリカがあるんだよね。本物見れて嬉しい。
2024.12.11
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2024/12/03ミミズク土偶大集合!なんて見てしまったら行くしかないでしょ、岩槻なら行ける!ってんで行ってきました。岩槻郷土資料館は、昭和5年(1930年)に岩槻警察署として建設された建物。昭和56年に改修、資料館として保存活用されている。平成28年に国の有形文化財に登録された。2階の企画展の部屋の上には訓示室の文字がありました(写真には写ってない)小さい部屋ながら、あっちもこっちもミミズクだらけ!やばすぎです。そんな中から気になったものを。これは手のひらサイズの小さいミミズク。16.小深作遺跡(さいたま市) 20.東北原遺跡(さいたま市)52.雅楽谷遺跡(蓮田市) 57.久台遺跡(蓮田市)98.小林八束遺跡(久喜市)小さくて簡略化されてるものもあれば、小さいのにちゃんと作り込んでるのもあって面白い。2.レプリカ 後谷遺跡(桶川市)耳に木の棒が刺してある32.猿貝貝塚(川口市)耳に穴が空いてるのはこれだけだった。28.石神貝塚(川口市)鼻筋が通っててかっこいい感じ。59.久台遺跡(蓮田市)28よりも鼻の位置が上にいってる。ミミズク土偶の形の変遷、みたいなのを確か読んだ気がするんだけど、どの本だったか、探してみよう。67.清左衛門遺跡(白岡市)他の土偶と比べたらその大きさがよくわかる!幼児の頭ほどの大きさ!中空土偶なので、中は空洞。そしてこっちは中空土偶コーナー。101〜106.小林八束遺跡(久喜市) 107.長竹遺跡(加須市)埼玉考古50選でも見たやつが!ていうかなんかぬいぐるみ感がありすぎて可愛い。今回の展示のすごいところは、後ろ姿が写真で見れるようになってるところ。後ろ姿がいいと思ったミミズクたち。6.黒谷田端前遺跡(さいたま市) 9.裏慈恩寺遺跡(さいたま市)10.裏慈恩寺遺跡(さいたま市) 14.小深作遺跡(さいたま市)21.東北原遺跡(さいたま市) 23.馬場小室山遺跡(さいたま市)25.馬場小室山遺跡(さいたま市) 86.三ノ耕地遺跡(吉見町)144.奈良瀬戸遺跡(さいたま市)129.注口土器 長竹遺跡(加須市)両面に顔がついている。132.人面付土器 諏訪木遺跡(熊谷市)134.顔面付土器 本上遺跡(伊那町)129は考古50選、縄文コードをひもとくでも見たお馴染みのやつ!右下は、ミミズク土偶の前頭部に見られる横長の突起が、こういった土製品を装飾品として装着したものではないかと考えられている、とのこと。ミミズク三昧だった〜。で、どのミミズクがお気に入り?というアンケートに答えてアンケート用紙を受付に持って行くとなんかもらえるそうで。持って行ったら、丸いのと四角いマグネットがあって、それぞれにまた種類があって。何が入ってるかはお楽しみで。私は丸いやつ(5種類あるらしい)を選びました。入ってたのは、144番のミミズク!そして常設展示もちょっと見てきました。今回この土偶のレプリカが置いてあったけれど、実物はトーハクでよく会う土偶。埼玉が出身なんだね。実物がトーハクで見れるのは嬉しいけど、出身地に実物を置くことはできないんだろうかと思ったりもする。青森の遮光器土偶とかも。左:深鉢 掛貝塚出土 縄文前期 諸磯式右上:深鉢 上野遺跡出土 加曽利E式右下:注口土器 真福寺貝塚出土 縄文晩期おぉ、ここにも加曽利E式が!そして、ミミズクっぽいものがついてるような気がする注口土器もあった。ミミズク大集合は1月26日まで。
2024.12.08
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2024/11/30加曽利貝塚発掘調査説明会へ行ってきました。↓昨年の様子はこちら加曽利貝塚令和5年度発掘調査現地説明会昨年度発掘したところの北側の長辺をさらに深く掘って、後期の柱穴があったところよりも下に中期のものがあるかどうかなど確認したそう。竪穴住居跡や、小竪穴などが確認されて、遺物集中地点からは土器片などが出てきた。黒色土、暗褐色土、黄褐色土、写真ではわからないけど、実際に見ると色が違う。昨年は入れなかった住穴跡の上を歩いて説明を聞いたのだけど、縄文時代の地面に立ってるのか、と思ってしまった。でも、地表からたった30センチ下なんだよね。縄文は割と近い。↓加曽利貝塚博物館のHPより令和6年度加曽利貝塚発掘調査日誌説明会の後は博物館で「あれもEこれもE」を!今回は総括編。001 中峠6次1住型 中峠遺跡(松戸市)005 中峠0地点型 長塚遺跡(千葉市)006 加曽利EⅠ式 荒屋敷貝塚(千葉市)007 加曽利EⅠ式 大松遺跡(柏市)えっと、書いててよくわかんないですw説明のまま書いてます。左下:加曽利EⅠ式 高根木戸遺跡(船橋市)右下:加曽利EⅡ式 芋ノ谷東遺跡(千葉市)左下:加曽利EⅡ式 加曽利貝塚(千葉市)右下:加曽利EⅡ式 加曽利貝塚(千葉市)この二つは加曽利貝塚出土のもの。加曽利of加曽利!左下:加曽利EⅠ式(大木8a式) 養安寺遺跡(東金市・大網白里市)中下:加曽利EⅠ式(大木8a式) 養安寺遺跡(東金市・大網白里市)右下:加曽利EⅡ式(意匠充填) 川焼台遺跡(市原市)相変わらず土器がいっぱい!そして毎回、なんかわかった気になるけど、わからないw典型的な加曽利E式ならわかるようになった…気はする。けどⅢとかⅣとか意匠充填とか言われちゃうともう何が何やら。そして常設展示。改めて、加曽利貝塚を知る。<北貝塚>縄文時代中期〜中期後半から貝層が形成され、後期前半以降に環状になった。直径は約140m、貝層幅は約25m、高さ2m。北貝塚から出土した遺物たち。<南貝塚>縄文時代後期〜後期前半から貝層が形成され、後期後半頃に最も盛んに貝層が形成される。長径約190mの馬蹄形で、中心部は窪地になっている。貝層の最高点との高低差は約3m。南貝塚から出土した遺物たち。やっぱり実際にここで出土したものが見れるのってすごいなぁと思う。そして、中期のハマグリは小さいけど、後期のハマグリは大きい。これは採れるだけ採っていたら数が減り、これじゃやばいと思った縄文人がある程度の大きさに育った貝だけ採るようにした結果、らしい。かそりえでは今回の発掘調査で出土した遺物が展示されていた。ここでスタッフの方とお話もできました。中期の住穴と後期の柱穴では大きさが違うのはなぜなのか?とか。博物館内のパネルで、加曽利E・Bが発掘された地点のことが解説されていて、今後そこを最調査する予定なんてあるんですか?なんて軽い気持ちで聞いたのだけど、なかなか難しいようです。なにせ100年前なので、今のようにきっちり区切って掘ってるわけではないし、あとは優先度。加曽利貝塚は広いですからね。最後に、南貝塚の窪地の真ん中に立って、ぐるっと見回してきました。加曽利貝塚 南貝塚 YouTube説明会で、発掘は遺跡を破壊する行為でもあると言っていました。むやみやたらに掘るのではなくて、必要最小限に留めることも大事なんだろうな。
2024.12.07
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2024/11/26本館特別1室・2室でやってる特集を見てきました。昭和8年創業の呉服の名門、大彦。初代大彦が収集した江戸時代の着物や更紗裂、2代目が手がけた着物が展示されています。左上:単衣クリーム色絽地パンジー模様 大正時代右上:着物染分縮緬地更紗切継模様 昭和30年代左下:帷子白紅染分麻地秋草源氏香蝶模様 江戸時代19c右下:干支飾布 昭和30〜40年代 パンジーは幕末に西欧から入ってきた花。そういう花を着物にあしらうのが大正時代の流行だったそう。そして更紗裂の柄をパッチワーク風の模様にした着物もすごい!源氏香の図?↓調べるとお香を聞き分ける時に表す図らしい。源氏香とお香の歴史こういうのも図柄として使われるってことはこの図を見てあれねってわかる人がたくさんいたってことなんだろうな。右下の飾布は、新年のお祝いに配布されたものだそう。いいなこれ。著作権とか色々あるんだろうけど、グッズ化されたら絶対買う。引き続き本館2階へ。左上:片口付深鉢形土器 重要文化財 埼玉県ふじみ野市上福岡貝塚出土 縄文前期右上:馬形埴輪 群馬県大泉町出土 古墳時代6c左下:袈裟襷文銅鐸 和歌山県日高町荊木字向山出土 弥生時代後期中:土偶 山梨県笛吹市御坂町上黒駒出土 縄文中期右下:香炉形土器 長野県茅野市北山糸萱出土 縄文中期深鉢形土器は山内清男氏の遺愛の土器、らしい。山内清男は土器の編年を作った人。そしてこっちにも馬形埴輪がいた!本館の方で見るのは私は初めてかも。左上:四種盤(ししゅばん) 江戸時代19c左下:鶉香炉 津村亀女作 江戸時代18〜19c右:虎嘯生風図 円山応挙 江戸時代(1786年)四種盤は香を聞き当てた数によって、動かしたり取り合ったりする江戸時代に流行ったゲームだそう。面白いな。蝶写生帖(写生帖甲帖)円山応挙 江戸時代18c時代は違えど、同じものを同じように見てたんだなぁと当たり前なんだけどちょっと不思議な気分。でも今よりももっと身近にいたんだろうな。お次は考古展示室へ。左上:鐸形土製品 縄文後期右上:貝輪 弥生中〜後期左下:埴輪振分け髪の男子 埼玉県桶川市川田谷出土 古墳時代6c右下:鞆形埴輪 群馬県伊勢崎市恵下古墳 古墳時代6c鐸形土製品て初めて見たな。弥生時代の貝利用を発見。振分け髪の男子は、手ぬぐい乗せた入浴中の男子にしか見えない。鞆形埴輪は挂甲の武人埴輪も手に装備してた。左上:衝角付冑形埴輪 宮崎県西都市西都原169号墳出土 古墳時代5c右上:衝角付冑 徳島市八万町恵解山2号墳出土 古墳時代5c左下:眉庇付冑形埴輪 宮崎県西都市西都原169号墳出土 古墳時代5c右下:金銅製眉庇付冑 千葉県木更津市祇園大塚山古墳出土 古墳時代5c挂甲の武人埴輪がかぶってたのは衝角付冑。埴輪と実際に埋葬されてた実物を比べられる。午後ははにわ展をおかわりしてきたんだけど、1回目行った時よりも混んでる!まぁ会期も後半だし、テレビでもやったからねぇ。図録によると、シアトル帰りの武人埴輪と歴博の武人埴輪は、1体分の破片から2体分作った疑惑があるそうで。じっくり見てきたんだけど、まぁ私にわかるはずもないwピンズガチャをやって、魚形埴輪がでた。ちっちゃくて可愛い。
2024.11.29
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今日は2年1組でした。・「おきにいり」 田中清代/作・絵・「さかなくん」 しおたにまみこ/作・絵2年1組は今年度初めて。元気。やっぱり子供たちの反応に対応できるのは絵本だなぁ。こうだよ、ああだよ、って言われて、それに応えて、また読めるから。素話だとそうはいかないからなぁ。最近、素話をやるのは私のエゴではないのかと思うこともあり。無理してやらなくてもよくない?って。無理は禁物。自分も楽しくないし、子供たちも楽しくない。で、正直、自分自身そんなに絵本をがっつり読んできた経験がないので、もっといろんな絵本を読もう。そこからだ。
2024.11.27
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2024/11/19Xでフォロワーさんが呟いてて、なんか面白そうと思ったので見てきました。「ロボットドリームズ」友達のいないドッグがたまたまテレビCMを見て、通販で友達ロボを購入。まさかの組み立て式!組み立てられるドッグすごい。ロボ、ご飯も食べられるんで、思わずおいおいって思ったけど、あ、これはドラえもんだ、と思ったら、あとはすんなり見れました。ドッグが主人公と思って最初は見てたけど、途中からこれはロボが主人公だなと。思った以上にロボの夢シーンが多くて、これも夢か!これも夢なのか!ってもう切なくなりました。ぶっ壊れたロボを作り替えてくれたのが、アライグマで名前がラスカルwぶっ壊れても、記憶はちゃんと残ってるのがまたなんとも切ない。切ないけど、それほど悲しくはないのはお互い新しい友達がいるからなのだろうなと思ったり。あ、でもドッグは助けてやれなかったって気持ちが残っちゃうのかな…アースウィンド&ファイヤーの「セプテンバー」もよかった。聞くたびに思い出しそう。
2024.11.20
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今日は6年2組でした。・「だってだってのおばあさん」 さのようこ/作・絵・「おばあさんとブタ」 〜おはなしのろうそく7〜より記録を見返したら、6年2組は今年度初めてだった。おばあさんシリーズは概ね好評。よかった。
2024.11.20
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2024/11/134月に梶よう子さんの小説『広重ぶるう』を読みまして、同名の展示があるということで行ってきました。この日は11時からスライドトークがあるので、人が多い!私も2回目のスライドトークに参加しました。スライドトークがなければ平日はそんなに混むことはないんですけど、せっかくだから話は聞きたい。当時、同年代の歌川国芳は武者絵で人気があったが、広重の描く武者絵は国芳に比べると迫力に欠ける、美人画も描いてはいたけど可もなく不可もなく学芸員さん曰く「手堅く」描かれている、らしい。ベロ藍は最初は高価だったが、中国で大量生産されるようになると、浮世絵でも使えるように安価になった。展示ではベロ藍が普及する前の浮世絵も展示されていたけれど、青色が褪色してしまったり、濃淡を出すことはできなかった。しかし、ベロ藍は褪色しない、なんといっても綺麗なグラデーションの刷りができる。浮世絵で最初にベロ藍を使ったのは渓斎英泉。それから葛飾北斎。小説の中で売れない浮世絵師、広重は、この青を使って江戸の風景を描きたい!と版元さんに掛け合うも、売れない絵師のいう事なんて全然聞いてもらえない。浮世絵といえば武者絵、役者絵、美人画だから風景画なんてというのもあった。でもその中で保永堂が出しましょうとなってヒットするんだけど。確かにこの色を見たら描きたくてたまらなくなるのはわかる気がする。ベロ藍万歳。展示作品の中に、広重が数え10の時に描いたと伝わる絵があって、やっぱりこういう人は小さい時から絵が上手いんだなと改めて思った。それと茶屋で働く女性を描いた絵があって、絵草紙を読みながら下駄をぶらぶらさせてるのが、今も同じことするよなと微笑ましく思った。来年の大河は浮世絵の版元の話らしいし、トーハクでもそれがらみの特別展をやるらしいのでとても楽しみ。
2024.11.16
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2024/11/122階むしむしコーナーで始まりました、ゴキブリ展!見ていく人たちが「うわぁ」とか「キモっ」とか言ってる中、じっくり見てきました。実際、家の中に入ってくるゴキブリは少数でほとんどは自然の中で暮らしているし、なんなら呼び寄せてるのは人間なのでね…。そしてゴキにとっては人間は天敵だったりするわけで。左上:グリーンバナナゴキブリ。意外と小さい、けど透け感があって綺麗。左下:ギガンテウスメンガタゴキブリ。こちらもシースルーwメカっぽい。右上:ハテナゴキブリ。模様がハテナ?に見える…ような気がするw右中:ドミノゴキブリ。ドミノ倒しに使うあれに似てる??右下:ルリゴキブリ。日本固有種。この写真では瑠璃色の煌めきが伝わらない…ガラス越しにケース、そして割と隠れてたりするので写真を撮るのは難しい。オオシロアリが展示されていたのだけれど、シロアリはゴキブリから進化した昆虫で、ゴキブリ目に分類されてるそうだ!そしてオオシロアリは日本最大級のシロアリだけど、建築物は加害しないタイプなんだそう。害虫とは呼ばせない!今回のゴキブリ展に合わせて、ゴキブリマグネットガチャがあったのでやりました。出てきたのはヒメマルゴキブリ。ダンゴムシのように丸まります。ゴキゴキ総選挙もやってたので、私はサツマゴキブリに1票を投じてきました。サツマゴキブリは、私のゴキのイメージを変えたゴキブリ。午後1時から、テッポウウオのご飯タイムがあって、テッポウウオが水を飛ばして餌を落とすのを解説を聞きながら鑑賞。低い位置の餌はジャンプして食べるそうなのだが、一緒に入ってるフグが真似をしてジャンプするようになったそうで、その姿が可愛かった。左上:オオグソクムシの目力!左下:長いニセクロナマコ。右上:ウミキノコ類。マジでキノコw右下:ミナミトビハゼ。目が上についてるので、飼育員さんが餌を上から出してくるとすぐに寄ってくるそう。上:今日はよく見えるところにいたジャウー左下:ピラニアの幼魚。色が鮮やか。右下:光の加減か、ピラルクの鱗の赤がとても鮮やかだった。↓動画の方がわかりやすいかな。ピラルク動画 YouTube足立区生物園、よいところです。
2024.11.15
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2024/11/05混雑予想カレンダーによると5日はゆっくり見られるよってことだったので、久しぶりに行ってきました、葛西臨海水族園!前回行ったのは去年の9月だった。遠足で来てる子どもたちがいたけれど、本当にゆっくり見れました。左上:オレンジシーペン。羽ペンっぽい?ってこと?右上:バローウィングアネモネ。なんかかっこいい名前。下:フジツボの仲間のピコロコ。蔓脚がピロピロしてて面白くて好き。見えているのに見つからない…左下:オニダルマオコゼ。正直、魚には見えない。でも、これがここにいる。右下:プレイス(カレイの仲間)目だけがかろうじて見えるwマグロ水槽。椅子に座ってゆっくり眺める。マグロ水槽動画 YouTube横の水槽をシノノメサカタザメがの〜んと横切る。迫るシノノメサカタザメ動画 YouTube北極・南極の海コーナーにいた、パルボルラシアコッルガトゥス、舌噛みそう。左下:シモフリシマハゼと目があった。右下:チゴガニがちまちまと餌を食べてる様子は見てて飽きない。で、ワレカラが見たかったんだけど、残念なことにワレカラの展示は終わってしまったようでいなかった…がっかり。悲しいので、去年のワレカラ動画を…泳ぐワレカラ動画 YouTube動くワレカラ動画 YouTubeさまざまな顔をもつ東京の海、こうやって見ると東京の海、広いなぁ。左下:ねじねじの不思議なものがいたのだけど、名前がまさにネジレカラマツ。中下・左下:どっちがどっちかちょっとわからないけどヒガサウミシダ、シモフリウミシダ。泳いでるところが見たかったけど、今日はじっとしてた。海鳥の生態、ウミガラスとエトピリカのところに「ここにいるよ」ってお知らせがあったので探してみたら、1匹発見。クロソイ。10匹いるらしいけど、他は見当たらず。ペンギンの展示場は現在補修工事中。他の水族館へ移動してるペンギンもいるそう。で、現在レストラン前の仮設展示場ではオウサマペンギンが見れる。ワレカラ見れなかったけど、オウサマペンギンの鳴き声聞けたから良しとしよう。オウサマペンギン鳴く動画 YouTube海中のゴミも一緒に展示してる水槽があって、環境のことも考えさせられる。そしてショップで、海洋ゴミから作ったキーホルダーを買った。種類がいろいろあって、それぞれにゴミの採取地が書いてある。私のは保戸島。虫探しついでにゴミ拾いしてるけど、もうちょっと虫探し回数を増やそうかな。
2024.11.11
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2024/11/06今、NHKの大河で「光る君へ」やってますが、この展示も平安時代がテーマになってるので、行ってきましたよ。「江戸時代には、奈良時代や平安時代の文学や言語、制度を研究し、日本文化の原型を探る国学が興り、さらに出版文化の隆盛により古典文学が一般の人々にまで普及したことを背景に、平安時代の様相や文学作品の絵画化が盛んになりました。」〜リーフレットより〜なるほどなぁ。出版文化もそうだけれど、文字を読むことができる人たちが多くなってきたというのもあるのだろうな。「源氏物語」「枕草子」「伊勢物語」が一般教養として皆が知ってて当然になって、それにまつわる浮世絵も売れる。面白かったのは、紫式部が石山寺で源氏物語を書いたというのを、平安時代の装束ではなく江戸時代の髪型着物の紫式部で描いている絵。原作を元に想像を膨らませるのはいつの時代も同じなのね。私には一般教養が欠けているので、絵を見たり説明を読んでもピンとこないのが悲しいところなのですが、ピンとくるようになったらまた別の楽しさがあるんだろうな。大河もXで詳しい方の解説を読んでそうかなるほどと思っては忘れ…思っては忘れ。ちゃんと覚えていられる人が羨ましい今日この頃です。こちらは展示室入り口前にあった「十二ヶ月花鳥図」の高精細複製画。これは撮影可。その中で見つけたコウモリ。ころんとしててかわいい。私が見に行った時は、小学生の団体がいて、小学生のうちからこんなところに来れるなんていいなぁと羨ましく思いました。まぁ今こうして興味を持ってるからそう思うんでしょうけどねw
2024.11.10
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2024/11/0610/25〜11/18まで、「大チンアナゴ祭」やってるので、行ってきました。チンアナゴやぐらがドーンと置いてありました。後ろにはチンアナゴ幟が!5階のアクアアカデミーで、マイチンアナゴを作って、やぐらに立ててきました。健康第一って願い事書いてどうすんだ。チンアナゴ神輿もありました。これは9日、10日に水族館内で担がれます。クイズラリー「謎解き!チンアナゴ地蔵参り」で、館内にある3つのチンアナゴ地蔵を回って、そこに書いてあるクイズの答えをインフォメーションカウンターのスタッフさんに元気な声で答えたら、ステッカーもらいました。カフェのチンアナゴチュロスと一緒に撮ってみた。にょろっと伸びてるニシキアナゴ。そして目と口だけ出してたマガキガイ。喧嘩腰のチンアナゴ動画 YouTube上:以前見た時と同じところにいた、ポテチ♂(赤・紫)とリンゴ♀(赤・茶)の夫婦。左下:こまり♂(緑・白・メロングリーン)右下:右はなび♂(メロングリーン・白)。はなびはいちご♀(青・ピンク・黄)と夫婦らしい。でも左にいるのは、バンドの色が青なのはわかるんだけど青一色の子はいないみたい。バンド3本ではないっぽいので、ココア♀(青・紫)か、モナカ♀(青・茶)かなぁ。テーブルでコーヒー飲みながらまったりしてたら、ごはんタイムで魚をもらった1羽が泳いできて、魚を咥えたり離したり遊び始めた。ペンギン餌で遊ぶ動画 YouTubeバンドの色は多分メロングリーン・メロングリーンなので、あんこ♀だと思う。ぺんたごんによると「1000年に1羽の美少女」らしいw大チンアナゴ祭、楽しんできました。
2024.11.09
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2024/10/30はにわ展の後見てもよかったんだけど、やっぱりゆっくりみたいので、翌日改めて行ってきました、東洋館。地下でパジャマの語源を発見。左<パージャーマー(ズボン)>インド・ジャイプール 19cゆったりした腰回りに細身の裾が特徴らしいのだが、腰回りゆったりすぎんかこれ。それとも細身が過ぎるのか、どっちだ。右<コート>インド・ジャイプール 19-20cマハラジャ、マードー・シーン2世が実際に着用していたコート。金糸錦糸の刺繍に、真珠、ルビー、エメラルドなどなど宝石が縫い止められてる!めちゃ豪華。さすがマハラジャ。上<水甕用頭台>インド・グジャラード・カッチ 20c半ば下<水甕用頭台>インド 20c半ば水汲みに行く時に丸い部分を頭に乗せてクッションにしているそう。直接頭に乗せてはいないのか、そしておしゃれだ。<舎利容器>中国・伝スバシ 6-7c丸太をろくろで成形して、外側に麻布を貼り彩色。クチャ人の仮面舞踊や楽団などが描かれ、当時のファッションがわかる。ミュージアムショップで、これのクッションがあって。危うく買いそうになったw上・左下<坎肩(カンジェン)>中国 清時代19cいわゆるベスト。長寿を意味する吉祥文、チョウが描かれている。貴族の女性の日常着。ミュージアムショップでこの模様のピアスとかハンカチとかあった。右下<纒足用靴>中国 清時代19cこれはアジアのおしゃれタグなしのやつなんだけど、纒足用の靴は初めて見たなぁと思って。踵の幅がたぶん3センチほどでつま先に向かって細く尖ってて。こんなんじゃ歩けなくない?って思った。纒足という風習があるのは知っていたけど、当時の美しさの基準とはいえ、ここまで小さくしなくてはいけなかったのか、大変だなぁと思った。<如意形時計>中国 清時代18-19c本来の如意は背中を掻くための道具。如意というのは、手の届かない場所に手が届くので「意の如し(思いのまま)」という名称になったそう。そしてなぜかそこから鑑賞品へと変貌する面白さ。ミュージアムショップではこれのブローチが売ってた!で、なんか書跡はよくわからなくてなかなか足が向かなかったのだけど。<楷書七言聯>李文田(りぶんでん)筆 中国清時代(1895年)雲間を飛ぶ龍と鳳、蝙蝠が銀泥で料紙に描かれている。<行書七言聯>曾国藩(そうこくはん)筆 中国清時代19c雲気の中で獅子が鞠と戯れる様子が描かれている。かわいい。書の良さはよくわからないけど、料紙がおしゃれ。これからは足を運んで見てみようと思った。<行書祝寿詩軸>劉墉(りゅうよう)筆 中国清時代(1796年)これはアジアのおしゃれタグではないのだけど、このニョロニョロっとしたのが面白い。八種の吉祥文が描かれてる、らしい。<金製耳飾各種>朝鮮 三国時代(伽耶・百済・新羅)5-6cはにわ展でフェリシモが金製耳飾のアクセサリー出してたけど、トーハクのミュージアムショップで、ぜひこちらを商品化して欲しい。毎年アジアの旅やってるけど、今回はオリジナルグッズがたくさんでちょっとびっくりした。いつもこんなグッズ作ってなかったような…いや、私が気づいてなかっただけなのかもしれないけど。アジアのおしゃれは10日まで。
2024.11.04
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2024/10/29予告が出てからずっと楽しみにしていたはにわ展!挂甲の武人が国宝に指定されてから今年で50年。その節目の記念すべき特別展。昨年はトーハク創立150年記念特集で「はにわ展から50年」という企画展示もあったりして、埴輪熱高まってます。第一展示室〜プロローグ 埴輪の世界〜埴輪踊る人々が2022年1月から解体修理に入り、2024年3月末に修理完了。今回のはにわ展が修理後の初お披露目!なんだけど、写真は撮るのを忘れてしまった。まぁ今後常設展示で見る機会もあるだろうから。「踊る埴輪」解体修理動画 東京国立博物館↑これ見ると彩色の時に、全く同じ色に塗るのではなく、どこが復元されたところかわかるように塗っている。とても細かい作業。すごい。〜第1章 王の登場〜古墳時代前期(3〜4C)の王は司祭者的な役割で、宝器を持つ。古墳時代中期(5C)の王は武人的な役割で、武器や武具を持つ。古墳時代後期(6C)の王は官僚的な役割で、金の馬具や装飾付大刀を大王から配布される。ここに展示されているのは国宝のみ。トーハクの考古展示室には江田船山古墳出土の国宝がしれっと常設展示されているので、トーハク以外のものを。上<金銅製鈴付大帯>高崎市綿貫観音山古墳出土 古墳時代6C下<金銀装頭椎大刀>高崎市綿貫観音山古墳出土 古墳時代6C上の帯は鈴付なのはこれ1点のみだそう。〜第2章 大王の埴輪〜ここはヤマト王権を統治していた大王の墓、天皇の系譜に連なる大王の古墳ゾーン。宮内庁が管理しているものは写真はNG。今回の展示で一番だったのはこれ!<円筒埴輪>重要文化財 奈良県桜井市メスリ山古墳出土 古墳時代4C日本最大の埴輪!高さ242センチ!口縁部の径が150センチ!でかい、大きい、すごい!こんな大きい埴輪をどうやって成形してどうやって焼いたのか、すごい気になる。〜第3章 埴輪の造形〜初期の埴輪は円筒埴輪が主。古墳の周囲をぐるっと囲むように円筒埴輪を立て並べていた。神戸市の五色塚古墳は2200本もの円筒埴輪が並んでいたそう。ということで円筒埴輪色々。左上<鰭付円筒埴輪>神戸市五色塚古墳出土 古墳時代4C中上<円筒埴輪>国宝 天理市東大寺山古墳出土 古墳時代4C ベンガラで赤く塗られている右上<円筒埴輪>奈良県三宅町石見出土 古墳時代5〜6C この印は窯印ではないかとのこと左下<円筒埴輪>愛知県春日井市味美二子山古墳出土 古墳時代6C 須恵器の工人が関与したのではないかとのこと中下<顔付円筒埴輪>前橋市中二子古墳出土 古墳時代6C 上から2段目までしか残っていない、目もほとんどが復元なんだそう。右下<鰭付楕円筒埴輪>奈良県天理市東殿塚古墳出土 古墳時代3〜4C 船の絵が線刻で描かれている。<船形埴輪レプリカ>国宝 松阪市宝塚1号墳出土 古墳時代5Cこれ、4月に新指定国宝で見たやつ!細部まで細かく作られてて、すごい。<馬形埴輪>鈴鹿市石薬師東古墳群63号墳出土 古墳時代5C首の左右に振り下ろされたタテガミもしくはふさ飾りがかっこいい。<旗を立てた馬形埴輪>埼玉県行田市酒巻14号墳出土 古墳時代6Cこれ「埼玉考古50選」で見たやつ!鞍から筒のようなものが伸びていて、そこに旗が付いている。で、この筒の部分は蛇行状鉄器といって最初はなんなのかわからなかったのだけど、この埴輪が出土したことで使用用途がわかったそう。蛇行状鉄器は考古展示室にあるやつ。将軍山古墳出土。とここまでで1時間くらい。続いて第二展示室へ〜第4章 国宝挂甲の武人とその仲間〜国宝挂甲の武人には同じ工房で作られた可能性が高いよく似た埴輪が4体あって、今回はそれが勢揃い!広い空間に5体の埴輪が並んでる贅沢な空間。みなさん写真を撮ろうとしてるので(もちろん私も撮りましたが)180度見られるのだけど、裏から見るのがちょっと気が引けたけど、お互い様ですよね!って感じで見てきました。それぞれの埴輪の後ろに顔のアップがうっすらとあってかっこいい。今回の展示でそれぞれに異名というか呼び名がついてるのでそれを紹介。55「サムライのルーツ」国宝 群馬県太田市飯塚町出土 古墳時代6C56「地元・群馬はオレが守る!」太田市成塚町出土 古墳時代6C57「最後に誕生した!?末っ子」重要文化財 太田市世良田町出土 古墳時代6C58「庇が深い恥ずかしがりや?」伊勢崎市安堀町出土 古墳時代6C59「アメリカから里帰り」太田市出土 古墳時代6C図録によると、58と59は1体分の破片から2体を復元したのではないかという疑惑が持たれている、らしい。国宝挂甲の武人を解体修理した時に、詳細な分析が行われて、実際には白、赤、灰の3色が全体に塗り分けられていたということがわかったそうで、これはその彩色復元。他の埴輪にも赤い色が残ってるのとかあるし、作られた当時は色鮮やかだったんだろうな。〜第5章 物語をつたえる埴輪〜円筒埴輪に加えて、動物埴輪や家形埴輪、古墳時代後半になると人形埴輪が登場。祭祀の様子や狩猟の様子などが埴輪や配置などで伝えられるようになる。左<盾持人>鳥取県米子市井出挟3号墳出土 古墳時代5C 古墳を守る役割右<力士>厚木市登山1号墳出土 古墳時代6C 力士は四股を踏んで地を沈める役割。トゲ付沓がすごい。<二人童女>栃木県足利市熊野古墳出土 古墳時代6Cこれは左がトーハク所蔵、右が足利市ふるさと学習・資料館所蔵。別々に所蔵されていた二人が今回久しぶりに一緒に展示。左<あぐらの男子>高崎市綿貫観音山古墳出土 古墳時代6c 鈴付の大帯をつけているので大王ではないか。右上<ひざまずく男子>茨城県桜川市青木出土 古墳時代6c 鹿耳のついた冠をかぶっている。しかのこ?右下<ひざまずく男子>太田市塚廻り4号墳出土 古墳時代6c <家形埴輪>大阪府八尾市美園古墳出土 古墳時代4c壁には線刻で盾が描かれ、中にはベッド状の段が見える。儀礼の場を表しているのではないか。動物大行進!って感じの空間。右上<鹿形埴輪>伊勢崎市剛志(上志士)天神山古墳出土 古墳時代6cこれ、ハニどぐ展で担がれてたやつに似てるんだけど、でもハニどぐ図録見ると彫刻の説明には動物埴輪としか書いてないし、参考にした雑誌には犬形埴輪って書いてあるから、あれは犬なんだろうな。いやでも似てる。↓この記事によると鹿だった!「ハニワに首ったけ みうらじゅんと見て歩く『ハニワと土偶の近代展』」右下<鶏形埴輪>栃木県真岡市鶏塚古墳出土 古墳時代6c すっごいリアルな鶏!正直こんなにリアルに作れるのにあえて簡略化した形で作るのは量産しないといけないからだったりするのかな。〜エピローグ 日本人と埴輪の再会〜飛鳥時代に古墳は作られなくなり、それに伴って埴輪も消えてしまう。しかし江戸時代に考古遺物への関心が高まる。ここから先のことが、東京国立近代美術館でやってるハニどぐ展なんだな。上左<首飾をする女子>右<頭巾をかぶる男子>港区芝丸山第8号墳出土 古墳時代6c東京の芝公園内にある古墳から出土した埴輪。古墳、見に行こう。左下<両手を挙げる女子>水戸市愛宕町出土 古墳時代6c 画家斉藤清がモデルにした埴輪右下<帽子をかぶる男子>葛飾区柴又八幡神社古墳出土 古墳時代6cおぉ!寅さん埴輪トーハクデビュー!<武人埴輪 模型>吉田白嶺/作 大正元年(1912)明治天皇が眠る伏見桃山陵に「御陵鎮護の神将」として奉献されたものと同じ型で作られたものだそう。これはハニどぐ展では写真と絵葉書が展示されていた。これかぁって感じ。飛鳥時代以来久しぶりに古墳作るとなって、どんな埴輪を作ったらいいのか考えた結果がこれだったのだろうな。ということでたっぷり2時間近くかかってみました。実際の古墳の写真がドーンと壁に展示してあったり、装飾もとても良かったです。戦隊ヒーローっぽい挂甲の武人とか。そしてグッズ売り場でもぐるぐる何度も回って買ったのがこちら。図録とクリアファイル、飴入り缶2種、アクキー、フェリシモの国宝金製耳飾風イヤリング。そして本館のショップで本を2冊。で、なんかこっちも新商品が色々あって。アクキーとかぬいぐるみとか、なにそれちょっと待ってよって感じで。で、踊る埴輪、馬形埴輪、銅鐸、遮光器土偶のデザインがそれぞれイヤリング、ピアス、ネックレス、リングとありまして。しかもお手頃価格。踊る埴輪のイヤリングを買ってしまいました。特別観覧券まだあるんだけど、もう1回行こうかな、どうしようかな。
2024.11.03
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今日は5年1組でした。・「カボチャありがとう」 木葉井悦子/作・絵・「三枚のお札」 〜おはなしのろうそく5〜より明日はなんの日?ハロウィーンってことで、カボチャ。いや、後からこじつけですが。
2024.10.30
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2024/10/26しばらくぶりの虫探し。左上<オオバン>クイナ科右上<ダイサギ>サギ科左下<コサギ>サギ科右下<ヨモギハムシ>ハムシ科ダイサギとコサギは大きさがかなり違うから、これはダイサギでいいはず。チュウサギは夏に渡ってくる夏鳥らしい。で、ダイサギも冬には南へ渡るらしい。でもコサギは年中みられる留鳥らしい。上<ハバチの幼虫>左下<ノイバラの実>バラ科 花期5-6月右下<ハマベアワフキ>アワフキムシ科ノイバラの小さい木が丸裸になってて、2種類のハバチの幼虫がいたけど、何ハバチかがわからず。チュウレンジかなぁ。左<コセンダングサ>キク科 花期9-11月右上<コセンダングサの実>右下<アメリカセンダングサの実>キク科違い、去年も覚えたはずがやっぱり思い出せず。コセンダンの実は細長い、アメリカは短い!に加えて、アメリカは茎が赤っぽい!これ、確実かも。左上<ホソヒメヒラタアブ?>ハナアブ科右上<ヤブマメのサヤ>マメ科 花期9-10月左下<クズノチビタマムシ>タマムシ科右下<ホソヘリカメムシ>ホソヘリカメムシ科クズノチビタマムシ小さすぎて、私のカメラではこれが限界…こんなちっちゃいけど、タマムシ!左上<ツマクロキンバエ>クロバエ科右上<マルカメムシ>マルカメムシ科左下<ツユクサの実>ツユクサ科 花期6-9月右下<ナガコガネグモ>コガネグモ科ツユクサの実、初めて見たかも。ふと見ると足元にナガコガネグモの網が張ってあって、危うく壊すところだった。バッタがかかってて、食事中。左上<アブラムシに集まるアリ>右上<ウシハコベ>ナデシコ科 花期1-12月左下<ハンノキハバチ幼虫>ハバチ科右下<キイロテントウ>テントウムシ科虫探し中、ドボンって音がして、カメが飛び込んだ音かと思ったらカワセミが碧い煌めきを残して飛び去っていくのが見えました。しかも2羽。虫を探しながら、池をぐるっと回って飛び去った方へ行くと、またドボンという音が。なんとカワセミが水に飛び込んだ音でした!<カワセミ>カワセミ科 メスは下の嘴が赤い。ってことはこれはオス魚を咥えて、ビッタンビッタンと魚を枝に打ち付けてました。カワセミ動画 YouTube食べた後、枝の上でまったりしていたので、私もゆっくりじっくり見ることができました。私以外誰もいなかったので独り占め。左上<チュウゴクアミガサハゴロモ>ハゴロモ科 右上<チャバネアオカメムシ幼虫>カメムシ科左下<カタバミにいた幼虫>右下<アオサギ>サギ科最近増えてきてる外来種、チュウゴクアミガサハゴロモ。この間見たやつもこれだったかもしれないな。カタバミにいるのはヤマトシジミの幼虫なんだけど、なんかちょっと形が違うような…左上<カラスウリの実>ウリ科 花期8-10月右上<おでん>左下<チカラシバ>イネ科 花期8-11月右下<クズクビホソハムシ>ハムシ科カラスウリの実でかい!うちのベランダのは雄株だから実はならないんだよな。タネを取って新たに蒔こうかな。この時点でもう昼を過ぎていたので、水元公園の売店でおでんを買って、チカラシバを眺めながら食べました。美味しかった。クズクビホソハムシも最近増えてきている外来種らしい。葉っぱがボロボロになってた。この日はカワセミが見れたからそれだけで最高♪
2024.10.28
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2024/10/22ぷらっとすみ水行ってきた。ビッグシャーレのミズクラゲを横から。ミズクラゲ動画 YouTube掃除用のケーブルを咥えて引っ張ってるペンギンがいた。バンドの色は紫だったので、これはフジ(たぶん)ケーブル引っ張るペンギン動画 YouTubeお昼食べながら、ペンギン水槽を眺めていたんだけど、どうやら13:30から餌の時間らしく、ペンギンたちはそっちの方に集まってる様子。なのでスタッフさんが出入りするあたりへ移動。そしたら大きな袋が水槽にちょうど搬入されていて、餌かと思ったら塩!飼育員さんが、掃除などで塩分濃度が低くなるので、追加するための塩なんですと教えてくれた。特別な塩なんですか?と聞いたら、普通に食べられる塩ですとのこと。で、その場で袋を開けてドドドドっと入れててちょっとびっくりしたwその後、ペンギンのゴハンタイム開始。飼育員さんたちが一羽一羽何匹食べたか確認しながらのゴハンタイム。丁寧だなぁ。エクレアナマコいた!美味しそうな名前w食事中のクロナマコ動画 YouTubeクロナマコの口元のモジョモジョが好き。さて10月25日から、「大チンアナゴ祭」すみだ水族館が始まるそうで。あら、期間中にまた行かないと。険悪なムードのチンアナゴ動画 YouTubeぷらっと行って2時間くらいでした。
2024.10.26
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2024/10/15今年は文永の役からちょうど750年の節目だそう。『遺跡発掘師は笑わない』でも取り上げられていた元寇の船、水中考古学!ということで見に行きました。第二次世界大戦末期、フランス海軍がアクアラング式潜水装置を開発、戦後様々な水中作業に用いられるようになり、水中に眠る遺物の発掘にも使われるようになった。水中遺跡とは、常時又は満水時に水中にある遺跡のこと。水中作業時の道具などが展示してありました。水中で書ける紙とか、筆記用具は浮かんでしまうから紐で縛るとか消しゴムは沈むから手袋の中に入れておくとか、ていうか水中で実測図描いちゃうんだ〜すげぇなぁとか。そして使ってる手袋が三本の指先がないやつで、私が倉庫作業で使ってるやつだ!とちょっと親近感を覚えたのでした。長崎と佐賀県境に位置する伊万里湾は天候が悪化した際の船の避難場所になっているところだそう。湾内では魚網に中国陶磁器が入ることがあったり、鷹島にはモンゴル襲来の言い伝えが残されていることから、元寇船が沈んでいるのではないかと1980年代以降本格調査が始まる。<管軍総把印>1974年地元の方が海岸で貝掘り中に発見。調査したところ印面はモンゴルのパスパ文字で「管軍総把印」と書いてある。裏面には年号も記されていて、元軍部隊の役職を示す公印、弘安の役の時に水中に没したと考えられる。<てつはう>『蒙古襲来絵詞』に描かれた「てつはう」がこれ!教科書で見たやつだ!球状の土製品?鉄じゃなくて焼物だったとは。CT画像で、中には鉄片、陶器片、木片などが詰まっていて、火薬で爆発させるとそれらが飛び散るようになってたらしい。上<陶器壺・白磁碗・天目碗>南宋は喫茶の文化があったので、船内でお茶を飲んでいたかもしれない左下<青玉製雌雄鹿像(冠帽飾)>モンゴル族の有力者は冠帽に玉製品の飾りをつける風習があった右下<青銅製匙>匙を使って食事をするのは高麗の人々の習慣。高麗からの東路軍軍船の存在の可能性がある<元軍船(復元模型1/10)>床面に木製いかりの原寸復元平面図が!長さおよそ8m!実際に残っていた部分は先の方3mほど。2013年に確認され、2022年に海から引き上げ、トレハロースで保存処理をしている。トレハロースって保存処理にも使えるのか!なんかすごい。鷹島1号・2号沈没船は施設や費用の問題から引き上げは難しく、現地で埋め戻し保存されている。図録と本も購入。『遺跡発掘師は笑わない』も読み返そう。ってもういつ読むんだよ。そして常設展示へ。特集展示で青銅器の最新研究なんてのがあった。弥生時代に作られた青銅器の原料は成分分析の結果、中国や韓半島から輸入されていたそう。なかなか見られない銅鐸の中。縄文原体標本の引き出しを開けてたら、これちょっとすごい文様になってるんだけど、同じように糸を撚れって言われたら私には無理w縄文人、楽しそうだな。この間、かはくのディスカバリートークで話していたオオツタノハ貝の貝輪製作遺跡、ココマ遺跡だ。そうかここにあったのか。私の大好きな縄文土器、相変わらずいい形と文様。惚れ惚れする。埴輪の皆さんと陶棺も。という感じで滞在時間、2時間ほどでした。國學院大學博物館 ミュージアムトーク
2024.10.18
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2024/10/09行ってきました、ハニどぐ展!これは展示室出口で待っているはに丸とひんべえ。<序章ー好古と考古ー愛好か、学問か?>1980年5月、東京国立近代美術館の地下収蔵庫新設に伴う発掘調査で、縄文〜近世の遺物が多数出土。出土品は現在国立歴史民俗博物館に収蔵されているそう。これは台付甕。弥生時代のもの。左上:佐藤蔀『考古図譜』より 大ノ人形ノ図正面 1887年頃 佐藤蔀は青森県考古学の先駆者右上:五姓田義松 埴輪スケッチ『丹青雑集』より 鉛筆水彩素描 1878年 五姓田義松は明治の油画家の先駆け。 埼玉の古物蒐集家根岸武香の家で描いたものだそう。 また出てきた、根岸武香!下:松浦武四郎『撥雲余興』 1882年 松浦武四郎は探検家で考古家。河鍋暁斎らに模写を依頼したもの<1章「日本」を掘りおこすー神話と戦争と>ここは国威発揚、戦意高揚のために埴輪が使われたことがよくわかる。左上:『日英博覧會紀念出版代表的日本』第2巻第11号グラヒック特別増刊1910年 日英博覧會のグラフ誌に国家代表としてハニワが描かれている。 2570は皇紀(神武天皇の即位年紀) 日本が長い歴史と文化をもつ国家であることを視覚的に示している右上:菊池寛、野田九浦画『小學生全集第6巻』日本建国童話集 1927年左下:「萬葉百首繪歌留多」主婦之友社 1927年 防人の歌にハニワの絵がついている。大正末期〜昭和初期、百貨店や婦人雑誌が 仕掛けた万葉ブームは「古代」「純朴」「原始」で形容される。 万葉ブーム、いつの時代もこういったことを仕掛ける人がいるんですね。右下:付録「紀元二千六百年たのしく勉強いたしませう」大阪朝日新聞社1940年 1940年は神武天皇即位2600年記念の特別グッズが多数発行された。 建国神話が浸透していった年でもあった埴輪特別展覧會絵葉書 乙 1930年帝室博物館で開催された展覧会の絵葉書。当時の修復の様子がわかる資料。踊る埴輪とか、犬形埴輪とか、今も博物館で見れるやつ!上:「日本美の源泉」『婦人公論』第27巻第7号 1942年 高村光太郎は戦争賛美詩を手がけていた。ハニワについて語る時にもそうした傾向 が現れている、らしい。下:後藤守一『少國民選書 埴輪の話』1944年 戦時教養書。「子が死しても涙をこぼさない」ハニワの顔は「日本人の理想」… とか何いってんだかよくわからんのだけど、この時代にはいかに自分たち日本人が 素晴らしいか、敵国の人たちが劣っているのか、そういったことを教え込まなくて はいけなかったんだろうな。<2章「伝統」を掘りおこすー「縄文」か「弥生」か>1950年代、戦後の復興で「土」が掘りおこされた時代。考古学が実証的かつ科学的学問として脚光を浴びるようになる時代。左:国立博物館ニュース第1号1947年右:国立博物館ニュース第53号1951年 岡本太郎が縄文を発見した「日本古代文化展」が開かれた。左:松原正業『創元選書271埴輪』1958年 4月にトーハクの講演会で聞いた挂甲武人を修理した人だ!右上:『うえの』第31号 やなせたかしインタビュー 1961年右下:茨木のり子『ラジオドラマ埴輪』1958年 どんなドラマなのかめっちゃ気になる。探してみよう。今回、一番インパクト大だったのがこれ!森山朝光「陽に浴びて」1958年動物埴輪を担いだ古代人の姿だそう。ちなみにこれは鹿形埴輪。そしてハニどぐ展の中で、本物の埴輪はこちらの2人のみ。左:帽子をかぶった男右:盾持男子像 どちらも京都国立博物館蔵左のはイサム・ノグチが作品を作る時にモデルにした埴輪かも?ってことでした。絵画や彫刻などが多数ありましたが、土偶は少なめでした。土偶劣勢wその中でもいいなぁと思ったのがこちら。左上:斎藤清「土偶」1959年 斎藤清はトーハクの博物館ニュースの題字のデザインを手がけた方。 この屏風いい、欲しい。左下:長谷川三郎「無題ー石器時代土偶による」1948年右:長谷川三郎 上下とも「土偶」1948年頃芥川紗織 古事記より 1957年長さおよそ13.5mのロウケツ染めの作品。手前が剣を掲げて涙を流すイザナギ。新たに生み出された変わり果てた姿のイザナミなどが描かれている。とにかく迫力。一番大きい作品。文字資料もたくさんで、気になったものを読んだりしてたらあっという間に2時間半経ってました。縄文時代をSDGsと絡めて理想郷っぽく喧伝していたのを思い出したりして、戦争とはまた違うけれど、都合のいいように使われてしまうというのは危険だよなぁと思いました。図録かわいいのに読み応えたっぷり。トーハクのはにわ展もあるので、グッズ買うのは控えめに。12月22日までやってます。
2024.10.14
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