かりん御殿

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February 14, 2004
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テーマ: コトバの話(9)
【コミュニケーションの為の第二言語習得方法提案(5)】
ここで、日本での「外国語育児の始め方」に関する提案から
海外で日本語話者の親が子供に日本語を教える場合への提案と
個人的体験の紹介に移るが、実は、これは海外在住家庭だけでなく
日本で「英語(外国語)育児」をしている家庭にも参考になると思う。
(と、言うと、何となく偉そうだが...^^;)
日本語と英語(外国語)を入れ替えてみると
海外での日本語育児と日本での外国語育児の共通点に驚き、
お互いに親近感も湧くのではないだろうか。
両者は、実は、とてもよく似ているのだ。
お互いの体験談や成果を交換しあって参考にできたら素晴らしい。

さて、「海外での日本語育児」は、両親とも日本語話者か
或いは片親だけが日本語話者か、また、その場合、
非日本語話者は単言語話者(モノリンガル)か
多言語話者かで、かなり違って来る。

家庭での日本語教育が、最も困難になるのは
おそらく、片親が殆ど日本語を話せない場合だろう。
特に片親が日本語に全く興味が無い場合や
「外国語や多言語教育」に対して警戒心の強い場合は非常に難しくなる。
日本語をあきらめる親も出てくるのではないだろうか?

本人の意志・選択によって
子供と母国語ではない外国語で話すのではなく
他人の意志・願望・強制によって
子供と母国語で話す事を「禁じられる」のは明らかな人権の侵害だ。
実際には、ここまで強硬な態度を取る配偶者は少数だろうが、
ここまで頑なではない親・義理家族を不安にさせ、
不満を生み出す、多言語育児方法がある。

それは、徹底的な「一親一言語主義」だ。
例えば、日本語話者である親は子供に対して
日本語以外は一切使わない、という方法だ。

これは、多言語育児方法の中で
最も効果的だと一般的に言われており、
実際に、非常に効果の高い方法だと思うが
日本語のわからない配偶者や親戚にとっては
ストレスの元となる場合もある。

本人達が、多言語話者の場合は、この傾向は
ぐっと弱まるのではないかと思うが
一つの言語しか話せず、しかも、外国語に対して
苦手意識や警戒心があると、このストレス値は高くなりがちだ。
ストレスまでいかなくとも疎外感を味わう事もあるだろう。
それが、結果的に不安や不満につながる。
こういった場合、どうしたら良いのか?

よく聞く対策は、子供には日本語で通し、
それを逐一、周囲が理解る言葉に訳す方法だ。
ちょっと面倒くさそうに聞こえるが
実行している人の話では、慣れるものらしい。

だが、この方法で、全て、円満解決となるわけではない。
なぜなら、実際には、外国語に警戒心のある人は
「一体、親子がどんな内容の話をしているか」に興味があるのではなく
自分の目の前で自分の理解らない言葉が話されている事自体が
既に我慢できないからだ。

私の印象では、英語しか話せない保守的な英語話者に
この「外国語警戒心」が強い様だ。
私は現在「中流・保守的・白人」英国人が大部分の地域に
住んでいるのだが、ロンドン等の
外国人や移民の方が多いんじゃないかと思える様な
国際的な都市と比べて、外国人・外国語への警戒心は高い。

ロンドンで日本語や中国語を話していても誰も見向きもしないが
この近所で、英語以外の言語を話していると
大人も子供も敏感に反応する。
私達家族の場合は、既に、完璧に「外人」外見なので
それほど驚かれる事は無いが
大陸ヨーロッパ人である親が母国語で子供に話し掛けたりすると
端から見ていてもおかしいくらい、周囲が反応している。

同じ村に住むスペイン人の友人によると、彼女の家の近所の人や
学校の保護者の中にも、友人が子供達とスペイン語で話す事に
反感を持つ人が非常に多いらしい。
何度も皮肉を言われたり「何で英語で話さないのか?」と
聞かれたり批判されたりしたそうだ。
また、友人の子供が通う公立の小学校に
スペイン人の子供が入学した時、友人は、先生から
「家でも英語で話す様に親に伝えてくれないか?」と頼まれたらしい。

この話が出た時は、思わず
「それを直接伝えられないほど親は英語が話せないのに
どうやって英語で子供と会話するんだっ????」と笑ったが
友人は、笑いながらも、かなり真剣に怒り呆れていた。
その学校は、カトリック系で、欧州から駐在している家庭が
少なくないのに、それでも、この程度の認識なのだ。

私も、長男や次男が公立小学校付属Nursery(幼稚園)に入った時
同様の事を経験している。
長男の場合は、英語も、何とか話せたし理解できたのだが
クラスメート(長男以外は全員英語しか話さない英国人)よりも
英語力がかなり劣った為、心配され
「家でも英語を話してくださいね~」と担任からアドバイスされた。

次男の時は、この小学校にも、バイリンガル児童が増えており
最初は何も言われなかったのだが、幼稚園から
小学校へ上がる時期(誕生月によって9月と1月に分かれる)を
決定する際「長男と次男が英語で話すように仕向けるべきだ」と、
校長先生に笑顔で力説された。

今は、逆に「英語力が飛躍的に伸びているので問題無い」と、
こちらから学校に依頼している「英語補助教育」を
次男は受けさせてもらえていない。
単に英語で会話ができる力と、学習の基礎となる英語力は
全く別物なので、一週間に一度でも
この英語補助の時間があるのと無いのとでは大違いなのだが
どうも多言語児童体験(^^;)が少ない学校は
この違いを軽視している様だ。

我が家の様な夫婦とも非英語話者家庭の場合だけでなく
片親、特に母親が非英語話者の場合にも、
子供の「表面的ではない深層の英語力」は、
両親が英語話者の場合に比べて劣る可能性が高い。
これは、英語の「底力」の様なもので、
綴り方や機械的な文法が中心の学校の英語のテストでは
見えないし、学校は、学校で
テストの成績さえ良ければ後は構わない(構いたくない)のだ。

ちょっと話がそれたが、以上の様に学校で文句を言われるだけではない。
会話の輪の中に入っている人の前で
その人のわからない言語で話すのは非常識・無作法だ、
という意識は、どの国でも大体あると思うのだが
英国の場合は、これが非常に強い様で、
例えば、ショッピングの際、店員の前で
ウザヲと私が中国語で会話すると
「今、何とおっしゃったんですか?」と
店員から聞き返されるという経験を何回かしている。

状況的に、それがウザヲと私の「私語」であるのが明白なのに、
わざわざ、明らかに英語ではない会話の内容を聞こうとするのは
自分には理解らない言語で話されるのが
不愉快だからではないかと思う。
ウザヲが中国語で私に質問し、私が即、店員に聞く場合は
「きっと通訳しているんだな」と納得する様で
不満顔をされる事は無い。

英語話者の前で子供達に日本語で何か言うと
英語話者から「大丈夫ですか?」と聞かれる事も多い。
これは、ただ単純に心配している場合もあるのだが、
実は「今、何て言ってたんですか?」と
無礼にならないように、やんわりと聞き返しているのでもある。


以上の様な体験は
日本で「英語(外国語)育児」をしている人にも
あるのではないだろうか?
日本も、外国語に警戒心を持つ単言語話者が多い国だ。


では、運悪く(^^;)、「単言語話者」環境で
多言語育児をする場合、どうしたら良いのだろうか?

考えられる対策は以下の二つ。

1.徹底的な一親一言語主義を突き通す。
(どんな状況でも、子供とは日本語しか話さない。)
(↑日本語で話した後に訳す等のフォローも含む。)

2.日本語がわからない人がいる時は日本語を使わない。

私が採ったのは2の方法だ。
家の外でも日本語は話しているのだが
実際の会話の輪の中に日本語がわからない人が入ったら
日本語は極力使わない。

どちらの方法を選ぶかは、家庭の言語状況の影響も受けるかもしれない。

我が家では、そもそも、ウザヲは、全く一親一言語ではなかった。
彼は、教養のある中国人(^^;)なのだが、
標準語(中国語で「普通話」と呼ばれる)は
かなり訛っているし、よく発音を間違える。
標準語・日本語・英語と、流暢と言えば流暢とも言えるのだが
完璧に話せるのは「上海語」だけだ。
ちなみに、中国での方言と標準語は外国語並みに違い、
お互い通じないのが普通だ。日本の方言と標準語の関係とは全く異なる。

だから、私は、ウザヲには、なるべく上海語を使う様に促していた。
(そのココロは「子供に、間違い、教えないでくれ~」...)
だが、ウザヲは「だって上海語、通じないんだも~ん」と
子供達が一番反応する日本語を多用していた。
上海語を使う様になったのは、私が、子供達に
上海語を少し教えて使わせる様にしてからだ。
その後、今では、上海語・中国標準語・英語・日本語と
全く無意識に気分に合わせて選んでいる。

ウザヲと私の会話は「中国(標準)語」だが
長男は父には英語か日本語で話し掛け
次男は父には日本語で話し掛ける。
二人とも、中国語を使うのは挨拶と父に何か頼む時だけだ。
中国語は、アクセサリーの様な存在だ。

そんな訳で、我が家の場合、家では、日本語が多用されているので
家の外で殆ど日本語を話さなくても
家の中での埋め合わせが容易にできた。

私は、家で日本語話者の親が子と過ごす時間がたくさんある家庭では
外で日本語以外を使っても、
あまり大きな影響は無いのではないかと思う。

第一言語が確立されていない乳幼児に対して使う言語が
統一されていないと混乱を与えるという意見もあるが
私は、日本語の理解らない人がいる時だけは日本語を使わない
という条件を明確にしておけば混乱は防げると思っている。
乳児でさえ、言葉が使われる状況の違いを感じ取っているものなのだ。

「一親一言語主義」を徹底している人は
臨機応変な多言語育児に懐疑心や警戒心や
時には敵対心さえ抱く事もある様で
「絶対、徹底させなきゃダメ」
「ちょっとでも混ぜたら最後」等と
脅かす人もいない訳ではない(^^;)。

だが、一親一言語を、ちょっとでも緩めてしまったら
全てが壊滅する、という事は無い。
むしろ、少し緩める事で長続きする場合もある。

日本語が続けられなくなるのは
臨機応変な多言語育児方法が原因なのでは無く
子供が日本語以外で話し掛けて来た時の対応が
子供の性格に合っていなかったり
(日本語以外はダメと拒否される事が逆効果になる子供もいる)
子供に日本語を続けさせる事の意義を納得させられなかったり
子供の動機付けの失敗等が原因となる事が多いのだ。

多言語環境は家庭によって千差万別であり
さらに、多言語育児は、同じ家庭内でも
子供の年齢と発達に則して頻繁な軌道修正が必要だ。
最終的には、子供と子供の置かれた言語環境を
じっくり冷静に観察して試行錯誤するしか方法は無いのではないだろうか。
例えば、同じ薬が、違う人に同じ様に効くとは限らず
個人個人に合わせた処方が必要な様に
多言語育児は家庭ごとに最適な方法が異なる。

同時に、子供の言葉は、
子供が置かれている言語環境を反映したものに過ぎないという事を
親は忘れてはならないと思う。
片親が努力したからできた、努力しなかったからできない、
という様な単純なものではない。
子供の言葉は、親の成績表ではないのだ。

(続き)





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Last updated  August 16, 2004 06:32:40 PM
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