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いつもは会社から帰ってきて、食事する前後に日記を書いてしまうのだが、今週もいろんなことがあり過ぎて早々にくたばってしまい、朝、起きてから半分まだ寝ながら書き始めている。(→そこまでがんばってほしいとは誰も言っていない)さて、懸案事項には結論を出さなくてはならぬ。いろいろと話を煮詰めた結果、来週の日曜から4月17日の土曜まで、単身アジアに足を踏み入れることとなった。先日から続いている話なので「アジアのどこ?」と聞いて下さる方もあったのだが、結構ここが大きな鍵になっていて、深く静かに楽天を潜行中のこの身元がバレては元も子もないので、明言は避けたいが、皆様には許してもらいたい。「S」のつく地域であることだけは言っておこう。「S」がつくと言えば、限られてくる。ほら、スマトラとか上海とかソウルとかセブ島とかサムイ島とか、そんな感じだ。時間がないので手配にかかったところ、なぜか往路は飛行機がどこもいっぱいなのだ。その頃はイギリスに祝日はないし、目的地側も祝日などではないので驚いた。手配を頼んだうちの社内のエージェントには「ビジネスまではぜんぜん空席がないんだけど、ファーストも調べる?」と言われたが、そんなものに乗るわけはいきませぬ。それで、ダンナの会社に聞いてみたところ、ダンナが無理やり1席もぎ取ってきてくれた。基本的には社内のエージェントを使えと言われるが、今回は取ったもの勝ちだ。ダンナの会社は日系なのだが、顧客である日系企業の需要が冷え込んだままで、なかなかビジネスクラスの通常料金を払ってくれる企業が少なくなっているため、今回の私のチケットは絶対に自分のところで買ってもらいたいらしい。余談だが、ダンナの会社の上司というのがまたセコいやつなのだ。ビジネスクラスの発券をすると、それをした人にメリットがあることを承知で「オレが発券してやる」と言っているらしいが、ダンナには「『嫁さんはものすごく縁起をかつぐ人間で、全部ボクがやれって命令されているんです。もしも、ボクがやらなかったことがバレると嫁さんに殺されるかもしれないんで、ボクがやります』と言え」と言ってある。ったく、おとといきやがれ、だ。うちの会社は羽振りがいいからなのか、文句封じ込め対策なのか知らないが、片道6時間以上の出張の場合にはヒラのスタッフであってもビジネスクラスを認めてくれる。デイヴはここのところ、ずっと私に気を遣っていることもあるし、自分が行かずに無理やり私を出すことになったからというのもあるだろうが、アジア地区とうちの会社の人事の両方にかけあって、今回の滞在にはホテルではなくてサービスアパートメントを借りるように指示してくれた。私としてはホテルでもまあよかったのだが、ホテル住まいでずーっと外食ということでは味気なさ過ぎるという配慮らしい。そのサービスアパートメントなるものがどういうものかは知らないのだが、プールもついているらしく、普段、運動不足のこちらとしてはそれがいちばんありがたい。きっとウィークデイは会社にべったりだろうから、週末は親の敵のように泳いでやるつもりだ。しかし、それにしても、アジア支部では過去の数年来、ホコリをかぶって化石化している問題が山積みであることはずっと知っていたので、往復の足や現地での滞在先にどんなに配慮してもらおうと、消えない不安のほうが大きいのは何よりも確かだ。できれば、来週は早いうちに自分の最小限の仕事を片付けてしまえるようにエンジンをかけておかなければ。そんなことを考えていたら、思わず大変なことに気がついた。PCを持っていくつもりなのはいいが、あっちでインターネットを使えるように算段しておかなければ日記が書けないじゃないか。10月にADSLに変えたおかげで、あっちに行ってから何をどうアレンジしたらスムーズにインターネットが使えるか、方法を調べておかなければならない。それまでに散髪にも行っておきたいし、枝葉の部分で片付けなければいけないことをあれこれ考えるとやっぱりちょっとしんどいぞ。
2004年03月13日
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オフィシャルに探している欄ではなくて、独り言の延長みたいなものなので、誤解のないようお願いシマス!今日はちょっと真面目な話でいこか、という気分だ。私の仕事は、言わば「お助け屋」だ。日本にあるいくつかの会社がクライアントとなり、その会社のサービスを買っている人たちが海外に来て困った時にHELPを求めて来た時にいろんな手配をしてあげたり、ソリューションを考えたりしてあげる。電話してくるお客たちの中で急いでいない人は誰もない。電話してくる誰もが「自分のことをいちばんにやって~」だ。こりゃまー仕方ないと言えば、仕方ないのだが、因果な商売で、私は社会人になってからこういう業界から縁が切れないし、おそらく体が動かなくなっても口だけでやってるかも知れないと思ってしまう。そういう会社の性質の中で、横並びで同じ仕事をしているアジアの支店の親玉がなかなか決まらないのだ。うちの東京のオフィスでもいろいろと人探しは続けているのだが、本当に見つからなくて苦労しているので、アジアの支店では親玉ナンバー1とナンバー2が不在のまま、普通のスタッフだけが日々格闘している状態がここずっと続いている。私たちはそれぞれの地区のことをしながらも、他の地区の仕事をかぶることもあるので、横同士のつながりもがっちりしていないといけない。うちさえなんとか回っていければいいというわけではないから、余計心配なのだ。方向づけのない状態で、ヘンな客たちにヘンな言いがかりをつけられても右往左往するしかないあちらのスタッフたちのことを考えると、私は本当に小さい胸を痛めてしまう。実は、ダンナのかつての同僚でひそかに狙っている男の子がいて、彼ならまさにピッタリだと勝手に考えているのだが、彼はイギリスが好きでこっちにいるわけで、まさか「アジアに行ってみーひんか?」と言ったところで一笑に付されてしまうに決まっている。後は、私のかつての知り合いで日本にいる何人かの中で、仕事の性質とか決断力なんかを考えると結構向いている人がいるんだけど、残念ながら英語の部分で難しい。どこかに*ねとねとした人間関係を「ここは仕事場や、同好会ちゃうで!」とばっさり切れる人*一発直感プラス理詰めで、直面した問題を打開できる人*少々ドン臭いことを下がやっても「ワシがなんとかしたる」と言って引き受けられる人*で、やっぱり仕事の場面で英語ができる人*やっぱり社会経験も必要なので、30歳以上45歳くらいまでの人いないかなぁ・・・オトコでもオンナでもいいんだけどなぁ・・・
2003年10月17日
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いつもの年なら2月はうちの会社は結構忙しい。バックパッカーたちがぞろぞろやってくる頃で、旅行客に比例して忙しくなる。去年の今頃は、東京オフィス再建のために、同僚のみつこさんとはるさんに順番に数週間ずつ東京に出張してもらったのだが、うちはうちでこの強力2人組がたとえ交代であっても抜けられると非常にイタかったのに涙を呑んで決断した。その頃、やっぱり2月は忙しいという、かねてからのジンクス通りに多忙を極めていたので、気がついたら私はファイルを取りに行ったり、誰かのデスクに行ったりするだけで、突然、頭の中が一瞬ホワイトアウトしてしまうことが何度かあり、医者にも行った。(注.イギリスの医者はいい加減だ。登録していた家庭医(GP)は「一度、心電図を取るように手配しましょう」と言って、その場で手紙をしたためていたのに、その後、手配されたはずの心電図の通知はいまだにこない。そのうちに治ってしまった。)しかし、である。今年はイラクへの自衛隊派遣の結果、日本人もどこかで狙われるかも知れないという危惧がそうさせるのか、はたまた恒常的になってしまった世界各地のテロ頻発か、鳥インフルエンザか、SARSの復活か、日本を席捲する嘔吐下痢症の名残りか…何にしても、今、旅行に行かなくてもいいんじゃないかという風潮からか、この時期の旅行客がめっきり減ってしまったのは事実である。そうなると、スタッフもなんだかちょっとヒマそうになり(まあ、こういう時もないとみんなも体がもたない)定時で帰るし、私も当然ピークの時のようには忙殺されない。こうなると、スタッフの間でいろんな「情報交換」が繰り広げられる時間ができてしまうのである。うちは仕事上もインターネットのリサーチの比重がかなり多いため、他の課ではほとんどのインターネットサイトが見られないのに、うちの課だけはワイセツ系やチャット系のサイトを除いては制限がゆるゆるだ。まして、日本語のサイトなんか、URLアドレスをどうして検閲していいか、会社では手がかりが掴めないものも多い。そう。スタッフ間の「情報交換」は「こんなの、見つけちゃいました~」系の類いなのである。私もまだ病み上がりなので(!)その「情報交換」でこれまでに送られてきた話題のサイトをご紹介することで今日はお茶を濁しておきたい。人のナントカで相撲を取るのだ。わはは。1) 珍名のサイト(苗字編)このサイトの右のほうに区分けして、珍しい苗字が出ているのでじっくり見て頂きたい。しかし、実はここに出ていないものでスゴい苗字の知り合いが数人いるので、後日私もここに送ってみたいと思う。2) 珍名のサイト(名前編)しかし、よくまあこんなにとってひっつけたような名前が多いものだ…とはいうものの、どこの親御さんもわが子に幸多かれという気持ちは同じなのだろう。私なら、こんな名前はつけられたくないというものが多いな、うん。3) ある韓国のニュース その1これはれっきとした韓国のマジメな新聞なのだ。日本でこういう報道を見たことはないような気がするが、韓国はこういう問題にそこまで切実に対処しなければならない国なのだろうか、と思わず考えてしまった。4) ある韓国のニュース その2このサイトはもう読んで笑い転げてしまった。これもまともな新聞なのだが、この微妙な報道の詳細さ加減がたまらない。やっぱりこうして見ると、韓国という国はマジメなんだか、ふざけているんだかわからなくなってしまう。5) ご当地の踏み絵いやー、このサイトはおもしろい。私だと、京都だけでなく、大阪や滋賀、奈良を見比べてしまう。どこを見ても「それやそれや~」という悲しきジモティのサガが見える。6) 駄菓子!最後に懐かしいところを一発。思わず、知っている駄菓子を全部舐めるように見てしまった。各サイトをお作りになった皆様、ご苦労様でございました。勝手に引用させて頂きましたが、こういう個人のたいしたことのないページでございます。悪しからず、笑って済ませてやって下さいませ。m(__)m
2004年02月21日
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というのは、私がこの欄に書くための形態の理想。(お、すでに勝手なことを書いているという人の声もあるか?)去年、友達がこの欄で自分のHPを始めたという知らせをくれた。それから何度かおじゃましていたが、つい先日から、自分もやってみっか、という気になった。一応、基本のそれらしき形が出来上がったところで、ハタと思う。「知っている人に『こんなん作ったので遊びにきてね~』って私、言うのん?」どうしようかな、と思った。この楽天広場でもいろんなページがあり、すっごいカウンターになっているページもある。でも、それだからと言って、そういうところへおじゃまさせてもらっても、書かれている内容がイマイチ自分の発想と違うものもあるし、カウンターの数で価値が決まるなら、もうこのへんでしっぽを巻いておいてもいいくらいなものだ。ビジターを増やすなら、やっぱり一連の友達にお知らせすれば、1回か2回、気が向いたらもうちょっと来てくれるだろうけど、お知らせを出すことで、私が書きたいことが書けなくなるなら、それはビジターが少ないより困る!いつになっても、お知らせした人の顔を頭に浮かべ、「あー、アイツのあのことは書いたら怒るやろな。」とか「これはちょっとまずいかな。」とかいう発想が、自分の方向をせばめるようでは意味がない。(で、またそういう時に限って、その相手はページ見てなんかいないんだけどね!)ある時、突然、見てくれた誰かが「あ、これって○○さんの××ちゃんちゃう?」って察してもそれは仕方がない。でも、最初から「見に来てね~」なんて言ってしまったら、その相手についてのイイことはいいけど、デメリットにつながることは書けなくなる。でも、私はそういうものも書きたいんだ!決してゴシップというつもりではない。誰かに起きた事柄や誰かが言った言葉から、私はこう思うとかこうしたいということを書く時に、他人がものさしになるのは困るのだ。だから、このページを始めたことはダンナには言ったが、一度も見せていない。わはははは。
2003年05月10日
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この間、会社の若いスタッフから「ちゃとさんは怒らないんですか?」と意外な質問をされた。え?と思ったのだが、彼女は真剣にきいていたようだ。自分にとってこれほど意外な質問はない。それというのも、私は自分で自分のことを「いつも何かに怒ってる」と思っているからだ。私は彼女に「私、いっつも怒ってるよ~。○○とか、××とか(両方ともクライアント)・・・」と答えたのだが、あまり納得されなかった。そうだ、私はいつも怒っているのだ。うちが○○や××の下請けの仕事をしているのはわかっているが、仕事を出す側である○○や××があまりにもアホな時は、会社の中を「ったく、何考えとんねん?あっほっか~!」と思わず横山やすし状態で関西弁丸出しでぶつぶつ言いながらうろうろしている時がある。しかし、今日は今日でまた別の同僚から「ちゃとさんってあんまりお客さんに怒る感じじゃないよねー」と言われた。不思議だ。会社の中でも、みんな、よくそんなに腹も立てずに黙って仕事していられるな、と言いたくなるくらいにどの人も大人で清濁併せ呑んで仕事をしているのがわかる中で、私一人が毎日何かに怒っている気がするのに、まわりにはそんなふうにはとられていないのがとても不思議だ。確かに、私はスタッフに牙を向くようなことは少ないのかも知れない。スタッフがまずいことをやった場合、気持ちの中では「もうちょっと方法があったんちゃうの?」と少しは思うが、こういうサービス業は、ごく普通のことを相手側が問題に仕立て上げてねじ込んでくることも多い。だから、どちらかというと、どうやってリカバーする方法を考えるか、のほうが大事だ。それに、私にしてみたら、スタッフはこっちが選んで来てもらっている人たちだから、こっちには若干選択の余地があるが、スタッフにとっては上司を選ぶ権利がないのがかわいそうだとも言える。上司であるこっちにしても、使われるスタッフにしても、お互いが相手を自分の持ち駒だと思うしかない。なら、つまらないことで社内でもめる必要はないし、闘うべき相手はもっと別のところにいる。だいたい大雑把な性格なものだから、少しくらい失敗や回り道をスタッフがしたところで、最後に帳尻さえ合わせてくれればいいじゃないかという気になってしまう。もしも、うちのスタッフが私のそういうところを知ってくれているのなら、こんなにありがたいこともないわけだ。そのかわり、誰かの尻拭いでお詫び状をあれこれ考えて遅い時間に書いている途中や、苦し紛れに言い訳を考えたり、もっとも効果のある応対の仕方を考えながら怒っているお客と電話で話したりしていると、私っていったい何をやってるんだろうという気がしないでもない。でも、まあいいわ。私にとっては、スタッフは財産。本当にお互いやお客さんを助けることの意味をよく知ってくれている人ばかりに今とても恵まれている。上の人間の首をすげ替えたって、なんとなく仕事は回っていくだろうし、代わりの人が来ればそのような形になっていくものだけど、今の私のところのメンバーは代わりがきかないと思う。みんなが「もう会社行くのがいやだなぁ」と思わないで来てくれるのがいちばんだ。
2003年06月24日
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そうなのだ。私は自分の上司が大キライである。こういう人は世の中に星の数ほどいるはずだ。しかし、もしも「大キライ上司コンテスト」に応募したら、かなりの確率で私が優勝してしまうのではないかと、ものすごく自信を持っている。私は中間管理職の「竹」であり、彼は中間管理職の「松」だ。彼はイギリス人で、嫁は日本人だ。彼はほとんどがイギリス人だとかフランス人だとかいろんな国籍の人がいるうちの会社で、私がいる日本人のセクションを統括している。統括している、と言えば素晴らしく聞こえるが、同僚で彼に魂を売ったやつは誰もいない。彼は、うちのセクションみたいな、いわゆる「会社の中の日陰の部門」のマネージャーであることをなぜかひどく誇りに思っている。他のメンバーは、別に日陰だからと言って卑下もしていないが、誰も威張っていない。彼だけがアホみたいに威張っている。彼は、自分が上の人たちと会議をしていて休憩時間になると、必ず携帯電話で、それも日本語で私に「どうだ?問題はないか?」ときいてくる。問題があるはずがない。オマエがいないんだからうまく行ってるに決まってるだろーが!である。彼のおそろしい部分はいろいろあるが、自分が日本語が少々話せるからと言って、日本語で美しい文章を書けると信じ切っているところだ。うちの東京のオフィスからメールが来る場合、英語が4割くらいで日本語が6割くらいだ。その6割の日本語のメールをいつも、しこしこインターネットの翻訳サイトにコピペして意味を理解しようとして、わからないと私にきいてくる。ワタシはオマエの秘書ちゃうぞー!まだ自分が何かを読んでいる時はましだ。もっともおそろしいのは、自分がイキって日本語で文章を書こうとしている時だ。もちろん、自分では手書きはおろか、ワープロでも日本語が書けない。唯一できるのは、英語で自分で下書きしたものを翻訳サイトに入力するだけだ。こういうサイトを使ったことがある人にはわかるだろうが、出来上がった日本語はとてつもないヘンなしろもので、まともな日本人が見たらその場でヘタリ込んでしまいそうになる。彼が私に「どこかおかしいところを直せ」と言ってくる。ある程度、覚悟を決めてその文章を見るのだが、しっかり足を地に付けているつもりでも、やっぱり倒れそうになる。「どこかおかしいところを直す」というのは「おかしくないところを残して」という意味か、ときいてやりたくなる。書き直したほうが速い。こういうわけのわからんサイトでできあがった日本語で、エラそーに各地のオフィスに送りつける社内文書やメールは、私はできるだけ手を加えない。ヘンなところはヘンなままで残しておき、各地のオフィスが「なんじゃこりゃ?」と思ってくれるほうがいいからだ。しかし、本当に困るのはクライアント宛の文書だ。同じ調子で翻訳サイトに入れ替えただけの文書を出そうとしているのに気がつくと、品位に関わってくるので本当に辞めて欲しいのだ。冗談ではなく、彼の存在・言動で傷ついたことはこの1年半以上の間、計り知れない。日本語がおかしいくらいで、性格に問題のない人間ならそれもご愛嬌というところだが、彼の場合は違う。人間が腐っているくせにプライドだけが高い。だから、うちのセクションを離れて、本来のイギリス人のセクションに配属されたら相手にされないのは一目瞭然だ。今、唯一の救いは、うちの課のスタッフが全員コイツを嫌いだということだけだ。うちのセクションではパートナー同伴でパーティをすることも多いが、クリスマスパーティとか送別会とか、基本的に全員参加以外のプライベートなパーティに彼や嫁を呼ぶ人間は一人もいない。いつか、何か大恥をかかせてやりたいと虎視眈々と狙っている私に彼は気がついているだろうか。
2003年06月26日
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こういうレッテルを貼られた映画の出演者やスタッフには気の毒だが、確かに世の中にはB級とかC級と言われる映画がある。はっきり言って、こりゃ売れない映画だよなぁというものではあるが、なかなかおもしろくてはまってしまうものもある。私の好きなB級映画で、すぐに思い出せるものが3つある。○ファイブ・ハートビーツSOULやR&Bが好きな私にとってこの映画は、黒人音楽を語るには最高の映画だ。今から10年くらい前、だらだら夜中に起きていた時に関西テレビでやっていた。時代は60年代のNYハーレム。この街の5人の若い黒人がコーラスグループを結成し、スターダムを夢見てことごとくオーディションに出場するが、出演するグループの中では取り巻きもいないし、衣装も買えないし、ぜんぜんぱっとしない。しかし、この5人に何か光るものを感じたマネージャー稼業一筋の男性がこの5人を必死で育てようと決めた。このマネージャーの手腕と愛情で、やがてヒット街道をバク進し始めると、売れ始めたグループ特有の問題がいろいろ起き始める。5人それぞれの問題の火種があちこちで大きくなり、結局グループは空中分解してしまう。そしてその後・・・。この映画で使われている音楽に魅了された私は京都のVirgin Megastoreでこの映画のサントラを探した。まだ、今みたいに当然インターネットもなかったのだが、Virginの人がアメリカから取り寄せてくれると言った。3週間くらいして、無事このサントラが手に入った。映画の中のバージョンのほうが素晴らしい曲もあるが、SOU・R&Bのサントラとしては至上最高のデキだと思う。このサントラのスリップに付記されていた言葉がまたミュージシャン泣かせだった。志と才能がありながら、世に出ることのできなかったすべてのミュージシャンに捧げる
2003年06月27日
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今日はさすがに、家に帰ったら妊娠してるかどうかの検査をしなければならないので気が立ってた。できるだけ片付ける仕事を片付けようと思って、ターボエンジンで今日一日を終えた。ちょうど帰ろうと思って、その後でまだシフトについている子たちに声をかけたら、一人がちょっとあっぷあっぷしてたのでどうしようかと思い・・・ほんとはもうそこまでやる余裕はなかったのに、結構しぶしぶ引き受けてしまった。一日待たせられない仕事だったから。でも、きっと私は背中で「また私が犠牲になった」と言って怒っていたと思う。引き受けた仕事が終わった後も、その一人はもうちょっとで泣きそうな感じでやってたけど、私には私の個人的な悩みもあるんや!という気持ちはあった。家に帰ったら、ダンナが先に妊娠検査のカートリッジを買ってくれていた。私は今までこういうものは話に聞くだけで使おうと思ったことも使ったこともなかった。1本なら7ポンドちょいなのに、2本買えば8ポンドちょっとらしく(なんじゃそりゃ)ダンナは2本買ってきていた。説明書をよく読んでいると、正確さは99%以上になるとのこと。カートリッジの包装紙をはがすと体温計のような形のカートリッジが出てくる。キャップをはずした部分に(キタナい話で恐縮だが)オシッコを5秒間かけるが、それ以上の時間はかけてはいけないらしい。ダンナはトイレまでやってこようとするのでちょっと止めて自分だけでやってみる。判定が出る部分を自分で見えないようにして、5秒間を数える。用足しが終わった後も、ダンナに声をかけ、1分測ってもらう。40年で初めての経験なのでとても緊張する。1分測り終えたダンナがトイレに近づいてくる音がする。カートリッジの妊娠判定のサインが出る部分を自分ひとりで見る勇気がない。ダンナが「どうだった?」と言う。いち・にのさんでカートリッジを反対に向ける。Negative(陰性)だった。ひょっとしたら、この一回だったかも知れない妊娠の機会は形にならずに終わってしまった。結果が判明した後、本当は検査の前よりもどきどきしていた。もしもPositiveだったら、どうしていただろう・・・。できていたら、それはそれでなんとかなったかも知れないし、またなんとか違う人生のつじつま合わせを始める気になったかも知れないが、やっぱり40歳を過ぎてからの初産は精神的にとても厳しいように思う。若過ぎる妊娠も、確かにそれなりの不安定さに悩むだろうけど「なんとかなる」度合いも意味合いも40歳とは違っていたはずだ。ダンナにどう思った、ときいてみる。ちょっと寂しいような感じもする、と言った。そうだね。ちょっと寂しいかもね。でも、二人でもちゃんと仲良くこれからもやって行こうね。そう言った私にダンナはいつもと少しも変わらない笑顔で、そりゃもちろん、と言ってくれた。ありがとう。
2003年07月11日
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実は、まだ生理がこなくて、都合3週間ほど遅れていることになる。薬局で買ってきた妊娠検査のスティックが2本あったので、1回目を10日にやってみたところNegative。自分でも(とはいっても経験がないのでわからないんだが)妊娠した気配とか、何か微妙に体調が違うというようなことはまったく感じなかったけど、次の週の17日にも検査してみたら、やっぱりまたNegative。それで、結構のほほんとしていたのに、今に至るまでまだこない。私より5つ6つ年上のMさんだけにこっそりそんな話をしていたら、彼女は真顔で「でも、やっぱりそれでも妊娠してるかもよ。」と言う。「友達のKarenなんか、結婚して15年経ってできちゃったんだからぁ。Karenが友達のMillieに『子供ができたのよ。』って言ったら、MillieはKarenが飼っている犬にまた子供ができたんだと思いこんで『えーっ、またできたの?今度は何匹くらい生まれるかなぁ?一匹もらおうかなぁ。』って言ったら『違う違う、今度はワタシなのよ。』なんてことになったんだからぁ。」というような話があったらしい。Mさん、脅かさないでよーと言って笑っていたが、いくら市販の検査薬が99.9%正確をうたっていても何か自分が失敗していたかも知れないだし、さっき、登録しているGP(主治医)のところに言ってきた。三度目の正直でNegativeだった。「次の予定の日を過ぎてもまだこないようだったら、何か検査をしてみる必要があると思うけど、今のところはいわゆるよくある遅れだと思います。」と、先生は言った。気持ちの中で10%くらいは寂しいような気持ちもしたが、90%くらいはほっとした。でも、昨日の今頃は、今日の検査のことが気になって、確かに気持ちがそっちのほうに言ってしまっていた。出勤前に一人で家にいると、思わず子供の名前を考えたりしていて、それが会社に行くまで続いて困った。いざ名前を考えてみると、勝手に女の子の名前ばっかりが浮かんできて、男の子ができる可能性をまったく予期していないことに気づいて、自分でもちょっと驚いた。子供ができていたら、自分の生き方やものの考え方、生活のし方に夫婦揃って180度の転換を迫られていたんだなと思う。子供を産んで育てるというのは、自分が死ぬまでのサドンデスの勝負ってことだなとつくづく考え込んだが、今となってはちょっと複雑な取り越し苦労に終わってしまった。
2003年07月24日
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朝から、頭を振っても中身がからから音を立てて空回りしてしまうほど忙しい日だった。この間から心配の種だった新人が結局辞めてしまったことから、また人を雇わなくてはいけなくなって先週から何度か繰り返した面接でやっと次の人を決める人選にはいり、なんとかこれをいう人を選ぶことができて、ミーティングルームからデスクに戻った。その途端にスタッフ4人からそれぞれ処理を急ぐ問題を持ちかけられ、一瞬、聖徳太子の苦悩を味わってしまった。しかし、うだうだあーでもないこーでもないと考えるのがキライな私は回らない頭を振り回して1個ずつBest in the worstをひねり出すべく、結論をぱしぱしと振り分けて行った。実は実家の母が4月に手術した後の経過を見に、明後日から一人で日本に帰ることになっているため、自分の仕事も含めて明日までに形のつくところまでやっておかないといけない状況なのだ。一応、自分の時間を作ってやってしまわないといけないことが山ほどあったのに、毎日あれこれ出てくるものだから、なかなか自分の計画していた部分に手がつかない。これほど見事に毎日突然いろいろ出てくると、モグラ叩き状態で、いちばんうるさいものからしぶしぶ片付けることになる。予定していたことはずっと先送りになってしまい、最もひどいものはこれで5ヶ月も手がつかないという結果になっている。明日一日でどこまでできるのか、今のところ自信もないし、会社に出てみた都合でしか決まらないが、仕方ない。日本に帰るのだから荷物もいらないようなものだが、それなりに忘れて帰ってはいけないものもあるが、もう今夜はそれを考えるだけの気力がない。こんなとこでグチっていないで、今夜はもう寝ることにしよう。それでは、皆様ごきげんよう。おやすみなさい。
2003年08月22日
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23日の夜にロンドン・ヒースローを発って、24日の日本時間の15時くらいに成田に着き、国内線で19時半頃、伊丹空港に着いた。最近は、関西空港直行があるJ○Lを使わず、○N○で成田経由で懐かしの伊丹空港に向けて帰るほうが結構好きになってきた。今年になってから、もうこれが3回目の帰国だけど、4月も5月も今回も同じパターンなので慣れてきた。なにせ、関西空港から京都までは遠い。成田に着いた途端、5年ぶりに夏に帰った日本のねっとりした気候にからめとられた。この間までロンドンだって記録的に暑い、なんて報道されていて、確かに暑かったのだが全然違う。ロンドンのはただの「きーん」とか「かーん」とか音のしそうなだけの暑さだった。この日本の、ねじ曲がったような、出口のないような湿った暑さは、不快さと懐しさをないまぜにした気持ちを運んでくる。伊丹空港から乗り合いタクシーで京都に帰る。35年、一度も離れたことのない自分の街なのに、ここ最近帰省するたびに自分の居場所がないような錯覚に陥ることがある。昔からの商店街の規模がだんだん小さくなって行き、賑やかだった北野の天神さんの縁日も昔ほどに色濃いものではなくなっている気がする。廃れるものと入れ替わるように出来ていくのは、コンビニと携帯電話屋。それ、やっぱり文化って言うんかい?タクシーの中から見える、新しいコンビニと携帯電話屋を見ながら「あそこ、前、なんやったっけ?」と必死で思い出そうとするが、なくなったものの印象はすでに薄れてしまっている。この一週間の帰省はどちらかというと楽しくなるものではなく、いろいろと気の重い用事を済ませるための一週間になる。5年ぶりの京都の晩夏を一人で過ごしている。
2003年08月24日
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と、私に落ち度はないのに、謝って済むなら謝ります、というくらいの酷暑だ。日本に帰ると書いただけでお気遣い頂いた皆様方、ありがとうございます。このところのイギリスでの疲れといきなりの暑さで、今の今までほとんど動けず、顔は寝過ぎでむくんでしまい(こんな暑いのによう寝るわ)、短い帰省をまったく無駄に過ごしております。私がイギリスで生活するのが好きなたった一つの理由・・・それはゴキブリを見なくていいことなのですが、こっちで台所に立つといつそれはやってくるかわからず、戦々恐々としております。あ、それから、ゴキブリに隠れて少々マイナーな存在になってしまう夏の負の風物詩の蚊ですが、このほうがむしろ私たちには大変です。そう、長く蚊に刺されることがなくなると、蚊に対する免疫とか抵抗力が減ってしまい、日本で生活していた時にやられる程度以上にひどくなってしまうのです。ああ、あまりの暑さと蚊の攻撃に、このパソコン部屋からの通信を終了致します。優しい言葉をかけて頂いた皆様、どうぞ皆様方もご自愛下さい。
2003年08月26日
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いつもロンドンで日記を書いているので、日付表示がへんなあんばいなのであるが、今、日本の時間(それもまっぴるま)に書くのはもっとへんな気分だ。(ちなみに、ロンドンでは楽天様のメンテナンスが20時からになってしまい、本当はこれくらいの時間がいちばん書きやすい時なのだ)日記の時差だけでなく、今回は折しももともとの疲れもあり、久々の暑さもあり、体調がなかなかもとに戻らない。ま、年齢ということもあるのだろうが、8月のこの時期はいつも忙しく、社会人になってから8月に休みを取ったのは初めてだ。昨夜、そろそろ12時頃に眠くなってきたので、一旦寝る体制にはいったのもつかのま、トイレに行きたくなって起きてしまった。その後、眠れなくなってしまった・・・。しかたなく、暇つぶしにロンドンから持ってきたロバート・ゴダードのミステリーをもう一回読み始めて夜中の3時。そろそろ眼が上下急激に仲良くし始めたので電気を消して寝ようとする。んん、だめだ・・・頭が冴えて眠れない。あんなに眼が眠いのに、あんなに頭が冴え冴えするということは私の日常にはそうはない。いつも横になったら、寝てはいけない時でさえ寝られるというのに。私はしかたなく、頭の中で1から50まで足してみたり、実際にヒツジが何匹・・・と数えたりしてみた。状況が一向に好転しないため、今度は通販の○シールのカタログを引っ張り出してみた。おぉ、最近は○シールも10年ほど前と比べておしゃれになったなぁとか、なかなか日本人の芸の細かい便利ツールを作ってるなぁとか、気がつくとほしい商品のページの隅っこを折ったりし始めた。こうなると仕方なく、日記でも書こうかと思いきや、それこそ楽天様のメンテナンス。いまいち、ミステリーの続きに再没頭できなかったが、ようやく眠くなり始めて5時。起きたのは7時半。世間の日本の人たちはこの暑い中を、いろいろなしがらみに巻かれての出勤、本当に大変だとつくづく思う。でも、6年前は自分もここでそういう生活を送っていたのだなと思うと、今の現実の自分がいろいろ悩む部分と、あのまま京都で生活していたら悩んでいただろう部分とどちらがどうだったのかなとふと考える。
2003年08月27日
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うー、ちょっと自己嫌悪。たった1週間の帰省で、今回は他にお金が要る用もあるし、一人きりなので買い物は控えて控えて・・・と考えていた。だから、今回はコスメも買わず、服も買わず、と固い決心をしていたのに、今日それがどしゃーと崩れてしまった。<今回の戦利品(?!)の数々>*雑誌系・スキンケア・メイクアップ系雑誌2冊・レコードコレクターズ2002年4月のバックナンバー・週刊文春、週刊新潮、週刊女性、女性セブン(後で職場への土産となる。みんな日本の雑誌待ってるんで・・・)・公募ガイド(笑)・JAZZ PIANOのおかず研究本*CD・Tower of Power 「Oakland Zone」「Back to Oakland」・Melodies-The Best of AOR(これは80年代AOL涙モノコンピレーション)・S.O.S. Band 「too」・Heather Headley*化粧品・・・とうとう行っちゃったがな・パルガントンのシアトリカルパウダーの大・毛穴消し・カルディナーレのメイク下地(クリーム系)・メイベリンのアイメイクリムーバー・ウィッチヘイゼルの化粧水*食べ物系・チキンラーメン/明星鉄板やきそば/昔ながらの中華そば 各5パック・ちりめんじゃこ100グラム 2袋・塩わかめ 3袋・お徳用明太子 1パック・にがり入り塩(イギリスの塩はまずいから、おいしい塩がほしかった。)・お茶漬け海苔・ピリ辛高菜 2袋・かつお大根 1本・ひのな 1本・浅漬け 1袋・サラダせんべい 3袋・カレーせんべい 1袋*特筆すべき一品・包丁・・・いいのが一本、前からずっと欲しかった。イギリスやヨーロッパの包丁はあかん!なまくらで野菜も切れん。今回、大枚はたいて9000円だ!・長袖シャツ・・・だんな用。セール価格だったけどそれでも結構高かった!・Tシャツ・・・私用。バラエティショップで480円だった。結局、本屋は今日だけで4軒はしご。本当に読みたいというか、お金払って買って読みたいと思う本は今回は見つからず、雑誌だけ買ったという結果。それ以外に義理のあるコーヒーショップ2軒に顔出ししたり、HMVで思い切り試聴したり、コスメショップで長時間粘ったり、だんなが一緒だとここまで時間は絶対取れない、という勝手気儘な過ごし方をした。明日は自宅に車が迎えに来るのは朝5時40分とのこと。次回のアップデートはロンドンのフラット到着後になることでしょう。来週は実はロンドンでの仕事で大変大きな山場を迎えることになっているので、おそらくほっとしている時間もそうないだろうと思いながら・・・
2003年08月29日
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今回も無事、ロンドンのフラットに帰着しました~。さて、出発直前の成田で私はブチ切れた。伊丹から国内線で成田に着き、搭乗ゲートまでほとんど直行した。そこには制服を着込んだ高校生だかの軍団が多くてイヤな予感。えー、まさかイギリスくんだりに修学旅行かよ?(私はビンボー人だったので、サラリーマンになってからしか海外などには出たことがなかったため、いまだに「おウチに余裕があるお子たち」が渡航するということに先入観を抱いているのだ。)自宅を午前5時半過ぎに出たため、成田に着いたこの時間になってやっとお腹がすいたので、売店で雑誌とファンタを買うついでにラーメンを頼んで食べようとしたが、その売店もコーフン著しい高校生軍団がちょろちょろしている。ぱぱっと食べてしまい、階下の搭乗ゲートに降りると、夥しい数の高校生軍団がどさっと座るやら、荷物を空いた席に置くやらでまったくスペースがない。仕方なく、搭乗口のほとんど真ん前で立ったまま搭乗のアナウンスを待っていた。11時40分出発ということで、11時10分くらいには搭乗できるという予定だったのが「機内にお迎えする準備は整いましたが、まだお座席の準備ができておりませんので、今しばらく搭乗ゲート付近でお待ち下さいませ。」といった、わけのわからないアナウンスが3度もあった。私と同じように、搭乗口前で待っている何人かのガイジン同士が「いったいなんなのこれ、遅いわねぇ」と言った風情で話を始めている。結局、11時40分になってやっと搭乗が開始されようという動きがあるのと同時にまたアナウンス。「本日は○×高校ご一行様が搭乗されますので、まず○×高校の皆様からご案内致します。」ときた!私はいっきにムカー!しかし、まだその時は黙っていたのだが、その後、延々と機内に搭乗し出す高校生たちを見て「?」と思ったのはくだんのガイジンたちだった。ゲート前の職員をつかまえて「まだ待たないといけないの?」と質問が始まった。職員はさもすまなそうな顔で「あと5分くらいはお待ち頂くこととなるんですが」等と英語で答えていたのを見て、とうとう口を出してしまった。「あんたら、ちょっとエエ加減にしてよ。ここらのスペースぜーんぶあの子らが占領して、こっちは待つとこもないし、45分もここでずっと立って待ってるんでしょうが。搭乗が始まったらさっさと乗りたいと思ってみんな待ってるのに『準備ができてない』なんていうアナウンスだけ何回もしただけでここまで待たせて、搭乗が始まった途端『○×高校の団体の方々を先にご案内します』てそんなんおかしいんやないの?団体を先に乗せることが最初から決まってるんやったら、もっと前から言うてんかー。こんだけ遅れた後でさぁ乗るでーていう段になって、今頃何言うてんの?それにそのアナウンスだって日本語で一回やっただけやん。ここらで待ってるガイジンの人たちなんかそんなん絶対わからんやん。きかれたら説明したらええと思ってるの?あっちの団体も客かも知れんけど、こっちだってみんなお金払ってチケット買ってる客やと思わへんの?そんな対応って不親切ちゃうのん?」その職員のねーちゃんは当然謝るしかない。周りにいたガイジン連も私が日本語で突然怒り出したものの、意味は説明しなくてもわかってたと思うけど。別に私は文句を言って自分だけがさっさと乗れればいいとは思っていない。ちゃんと事前に公正にきちっと案内・説明しろと言っているだけだ。それに高校生といったって、ちゃんと先生もついてりゃ添乗員だってついている。そういう中で社会経験させるための旅行なんだったら、飛行機に乗る時には整然と順に乗って行って、乗務員に確認しながら自分の席に着くことなんか特別扱いされなくたってできたって当然だし、それが常識なのだ。やっと乗れることになった機内の席は、非常口前だったので窮屈な思いはしなくて済んだものの、トイレに近いこともあり、いちばん後ろに席が取られている高校生グループがとっかえひっかえちょろちょろやってきてはふざけ合ってるので、何度も足を踏まれたりして結構ムカつく帰路だった。・・・とはいうものの、今回の機内の映画は結構ヒットだった!明日ネタがなければ書いてみよう。
2003年08月31日
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昨日は、なんだかあまりにも疲れていて、ほんっとにどうでもいいめんまの話などを真剣に書いてしまうようなとほほ状態だった。やっと、今日のお昼に私の昇進が決まった。例の2段階上のドイツ人から、結果を知らせるから正午にオフィスに来るように、というメールが来た。私はこれまで本当に、おおげさでなく、身を粉にして働いてきたつもりだったし、考査でもベストを尽くした。この後に及んで「善戦及ばずだったよ。また次のチャンスにがんばってね。」なんて言われたら「がんばってる人にこれ以上がんばれというのは、死ねと言うのと同じです。」なんて言い返してしまうんじゃないかと思ったほどだった。ここでダメだったら、もうゼッタイ不良おばさんになってやるぅ、と思っていた。いや、結果さえ早く知らせてくれていたら、ダメな場合でももっと早くあきらめがついていたはずなのだ。それをムダに宙ぶらりんにさせられれば、人間、誰だって脱力感がいやおうなく増してしまう。「私一人の考査のために、なんで1週間以上もかかんねん。」心はまるでマジック2で足踏みしているタイガースのファンの気分でこの1週間を過ごしてしまった。10時半頃、休暇でポルトガルにいる、直接の上司がわざわざ電話してきた!「どうだ?その後?仕事では困っていないか?(注.コヤツがいなくて困ったことはこれまでもない。)で、どうなった?決まったか?」彼は彼で、自分のいない間に私の昇進は決まるものと確信していたようなのだが、私がその電話で「それがねー、仕事のほうはちゃんと回ってるんだけど、私の件はまだでねー・・・」と状況を説明すると、さすがに言葉に詰まっていたようで、とにかく正午の結果判明の後に携帯に電話しろ、と言っていた。彼にもまた後の段取りがあるので、結果が判らないと彼なりに困るところだったのだ。正午。ドイツ人のおっちゃんとの面会。「Congratulations! がんばってくれ。」と言われ、自席に戻った。ほどなく、彼は会社全体に私の昇進を知らせるメールを流してくれ、課の何人かもそれを見ておめでとうメールをくれた。その中には「ちゃとさん以外にそのポストは誰もいませんよ。」「自分のことのようにうれしいです。」と言った優しい言葉があったり、違う課で顔見知りの人たちもお祝いの言葉をくれたりして、しみじみよかったなと思った。その後、いつものように家にご飯を食べに帰ったのだが、片道5分の道のりで考えたことは、やっぱり結果がとりあえず出てよかった、ということだけで、自分の何かが大きく変わるような意識もなくて、ただホッとしたのがいちばん安心できたことだった。その後、会社に戻って仕事の続きに取っ組み合っていたところ、課内のあっちのほうから声がしたので振り向いた。すると、私がお昼で席をはずしていた間に、うちのチームのみんなが素速いアクションで、明るい赤と黄がいっぱいの大きな花束と、アルコールのないスパークリングドリンクとケーキを用意してくれていた・・・私は、こんなことは予想だにしていなかったので、眼の奥が熱くなってきて、不覚にも涙がこぼれそうになった。チームのみんなが、とんでもない笑顔で喜んでくれた。あまりにも即席で、あまりにも派手なレセプションになってしまい、他の課からもみんな笑顔で立ち上がってこっちを見ているのがとても晴れがましかった。日本語がわからないメンバーもいるので、私はともかく英語でみんなに謝意を述べた。「これから、少し私の仕事の内容とか視点が変わっていくことは仕方がないのだけど、私のチームに対する気持ちや愛着は変わらないからね。私はこのチームと一緒にこれまで仕事をしてこられたことを本当に誇りに思っているし、これからも一緒にやって行きたい。ありがとう。」どんな状況であっても、自分一人が動いているのではない。みんながいてくれての私なんだということを再確認させられた。今日はダンナと二人でどこかに食事にでも行こうかなと思っている。心配して下さった楽天仲間の皆様、本当にどうもありがとうございました。
2003年09月12日
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一応、他人の眼に触れる日記なので、ちょっと丁寧に(どこが、という感じだが)おかーはんと書いたが、私は母のことをおかんと呼んでしまう。おかんは大の映画好き。それも、ラブロマンスなんかはあんまり興味がないらしく、ことごとく一般市民が人質になってパニックになるような映画やカーチェイスや銃の派手な打ち合いがないと納まらないらしい。私が日本に帰るといつも「おもしろい映画あったし、ビデオにとっといたで」と言って何本かを渡してくれるのだが、この整理がまためちゃくちゃ。どこに何を入れていたかわからなくなるらしく、「えーと、あの映画、どのビデオに入れたんかいな・・・あ、そやそや『料理2』のビデオにはいってるわ。」・・・なんでやねん。母にもらうビデオは、普通のテレビから、ばしばし映画を録ってしまったものだ。だから、映画が終わったところから急に火曜サスペンス劇場が途中から始まったりしており、それはそれなりに見続けてしまって興に乗ったところで突然テープが終わる。ひっくり返りそうになる。おかんは、好きな映画は録っておいて50回でも100回でも見る私と正反対で、一回見たら得心が行くらしく、いい映画は絶対残しておく私を理解できない。映画は一回見たらそれでええ、という考え方なのでビデオも上から上から録画しているし、レンタルも同じものを借りたりしない。あまりにもあれこれ見ているので、冒頭から15分くらい見たら「あっ、これ前に見たわ。ひゃー、またおんなじやつ借りてしもたー。」と残念がる。もうすぐテレビの洋画劇場から解説してくれという依頼が来るのではないかと内心どきどきしてしまうほどだ。しかし、そんなおかんは横文字の名前が苦手。クリント・イーストウッドは「クリンストウッド」シルベスター・スタローンは「シルベスタローン」当然、シュワちゃんは「シュワちゃん」まあ、だいたい昔からブロマイドが「プロマイド」、ピンクレディが「ピンクデレー」だったのだから仕方がない。最近はレンタルビデオを借りると、前に一度見たやつだったといっては悔やみ、せっかく借りたのにおもしろくなくて20分でやめたとぶつくさ言っているが、この間、「あの映画よかったわぁ~」と言っていたので「なんやったん?」ときいた。「それがな、エアーなんちゃらて書いてあるし、これはもうてっきり飛行機が空でどないかなると思って借りてきたらなぁ、ぜんぜん飛行機なんか出てきいひんねん。そやけど、飛行機とは関係ないみたいやったけど、わりあい壮大な映画でなぁ、確かあれ、イギリスの映画ちゃうか?」おかんはそう言いながら、自分が見た映画のメモをつけるノートを広げた。「ああ、これやこれ。ジェーン・エアていう題やったわ。」・・・まいりました。
2003年10月16日
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いつも楽しみな日記の一つ、パリ在住のMAOさんちのページをのぞいたら、今日はコーヒーの話に力がはいっていて、ふと思い出した。ここしばらくは全然行けなくなったのだが、ロンドンの中心近辺で働いていた時によく行くカフェがあった。ロンドンに来たことのある人なら、ピカデリーサーカスに大きなTower Recordがあるのを知っている人も多いと思うが、そこからリージェント・ストリート沿いに少し北に上がると、北西角にTalbotというレディスのブティックがある。その角を左に曲がり、20mほど先の北側にそのカフェがある。京都にいた頃、私は仕事が終ると、それが9時になっても10時になっても、四条裏寺の「はなふさ」で必ず一杯コーヒーを飲んでから家に帰るのが日課だった。バーテンダーの人たちは、一見さんたちからするとちょっと無愛想に見えたかも知れないけれども、なぜか最初の頃から私はとても親切にしてもらっていて、一緒に馬鹿話に興じることもあれば、本を読んでいる時は話しかけずにいてくれたり。結局13年くらいは通っていたことになるし、ロンドンに来てからも帰省のたびに顔を出していたが、とうとう一昨年の夏に閉店してしまった。ロンドンに来た当初、私は独身。仕事が済んだ後、そのまままっすぐ帰るのも気が向かず、あちこちぶらぶらしながらおいしいコーヒーが飲めるお店がないか探していた。ロンドンにもカフェや喫茶店ぽいものはあるが、なかなかお店の色合いが感じられるところに会えず「コーヒーは飲めるけど」という中途半端な気持ちになっていた。そんな時にたまたまはいったのが、さっき書いたカフェだった。お店をはいると、右側においしそうなケーキがあれこれ並んでいる。ロンドンに多い「大きければいいでしょ?」的なケーキとは何か違っていて、作っている人の繊細さが感じられるようなケーキだったことにとても眼をひかれたのを覚えている。「はなふさ」のようなカウンター式ではもちろんなく、テーブルが15くらい並んでいたかと思うが、夕方の仕事帰りの時間に満席であることは一度もなかった。そこで飲んだ濃いめのコーヒーがおいしいのと、案外居心地がいいのとで、そのうち毎日通うようになった。毎日通っているうちに、そこのオーナーらしき優しいおじさんがいつもどこかから帰ってくることがわかる。そのおじさんは、毎日そこにいる私にとても丁寧に挨拶をしてくれるようになった。会社の同僚以外には知っている人もいない頃、このおじさんの顔を見るといつもほっとしてコーヒーを楽しんだ後、バスに乗って、当時間借りしていた家の自室に帰った。ある日、そのカフェでいつものようにコーヒーを飲みながら本を読んでいると、隣りのテーブルに一人の日本人のご婦人が座り、夕食というには少し早い時間にサラダと飲み物を注文した。そのご婦人はやがて、ぽつぽつ私に「こちらにお住まいなんですか?」といったような他愛のない質問を始めた。彼女は一人旅のようで「ミュージカルをいろいろ楽しみに来ていて、だからちょっと早いけどお腹に何か入れようと思ったの。」ということだった。どんな話題ということもなく、会話が30分くらい続いたが、50歳を超えたかという年齢の中に非常にすがすがしいものを感じる人で、会ったばかりなのに私は猜疑心も気負いもなく、隣同士のまま会話のキャッチボールを続けていた。そろそろ帰る時間になった私は「じゃあこれで失礼します。どうぞ、お気をつけてご旅行をなさって下さいね。」と言うと「あなたもどうぞお元気で。」と彼女。二人とも相手の名前も住所もきかないまま、もう会うこともないだろうとどちらもが静かに思いながら別れた。その後、簡単に言えば電撃的に結婚してしまい、職場が中心から東のほうに移転した後、ダンナと二人でそのカフェを訪れた。久しぶりに会ったオーナーのおじさんに「私、この人と結婚したんです。」と言った。おじさんはいつもの優しさの中に、さらに破顔一笑で「それはよかったね。」と心から喜んでくれたようだった。日本に帰省した時はちょっとした日本のお土産をおじさんに持って行ったりして、もう少しおじさんと話すようになっておじさんがフランス人ではなく、スペイン人だと聞いて二人とも驚いたものだ。お店を出る時に、そこのケーキやタルトをいくつか買って帰って、フラットで食べると見た目を裏切らないどころか「これはかなりのヒットやね」と二人がお互い眼を見張る味でうれしくなった。それから私たちは仕事の関係もあって、南のほうに引っ越してきた。会社と家との往復で一日が終わってしまう私がおじさんのカフェに行くことは久しく途絶えてしまった。自分一人だけの郷愁と言ってしまえばそれで終わりだし、おじさんも別に私たちくらいが来なくてもなんでもないかも知れないけれども、だんだん冷え込んでくるこの時期に久しぶりにおじさんのカフェに無性に行ってみたくなった。別に子供ができましたよ、というようなお知らせもできないけれども「おじさんの顔が見たくなって」とだけ言えばいい。ちょっと暖かい気持ちになってみたいロンドンの初冬の夕暮れである。
2003年10月23日
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この日記がupされる頃には、私はもう出発していると思います。(upだけをダンナに頼むつもりで書いていますが、別にそこまでせんでもええやんと自分で思っています。はい。反省)接続環境が自宅と違うため、自分の日記はちゃんと書けるかも知れませんし、自分のところでのご返事は必ずします。でも、皆さんのところにお邪魔したり、書き込んだりできる頻度がもしも少なくなったらごめんなさい。あらかじめお詫びしておきます。で、もしも3日以上更新できてなさそうなら「あんな重いPC持って行って、ちゃとは失敗したんかいな~」と笑ってやって下さいませ。それでは皆様、ごきげんよう!***時差のため、ここから先は到着後、でございます。***はい、皆さん。ご無沙汰…してませんね。いきなり日記書いてるって、どんだけヒマやねんと思われそうですが、無事に到着致しました。ダイヤルアップ接続ができることだけ確認していて、せめてISDNくらいやったらうれしいのにと思っていて、いつものプロバイダーにRoamingの契約もしたっていうのに、なんとここはADSL環境で、さくさく進んでおります。***<出発まで>自宅を早めに出て、空港に到着したのはほぼ出発の3時間前。出かける前に食事はして出てきたが、それから私もしばらく食事が出ないのと、ダンナも2時間半くらいかけて帰らなければならないので、またバーガーキングで腹ごしらえ。時間があるのでだらだらしながら話していたけれども、ビジネスクラスだとラウンジが使えるし(こんな僥倖は久しぶりなので忘れていた!)、あまりダンナも長くいると空港の駐車場料金が高いし、月曜はまた出勤なのだからということで、ちょっと早い目に席を立つ。バーキンから出たところで「ちゃとさん!」と呼び止められる。声の主は私の正面にいたのだが、一瞬誰かわからないほど面やつれして見えたのは、かつての部下だったあきこさんだ。「わ、久しぶり~」と言おうとしたら、あきこさんは駆け寄ってきて「これから、日本に帰るの…姉が亡くなったの…」と言った。目や顔が赤いあきこさんにその時初めて気づき、同時に、私もダンナもたまに遊びに行ってよく知っていたご主人のジミーもいたが、しばらく会わなかった間にジミーはものすごく白髪が増えている。しばらくぶりの再会なのに、そんなことになっているとは想像もしなかった私は詳しいことをとてもあきこさんに聞ける状態ではない。あきこさん自身が私より1つか2つ下だったはずだから、お姉さんと言っても当然亡くなるような年齢でいらしたはずはない。自分の出発前の動揺に加えての衝撃で、私は黙って右手であきこさんの左手を握り「気をつけて行って来てね」と言うのがせいいっぱいだった。そこから自分の出国ゲートまではすぐだが、とうとう本当に行かなくはいけなくなったという気持ちに加えて、久しぶりに会ったあきこさんの言葉で何かがわんわん耳元にこだまするような感じがして、出国ゲートのところで思わずダンナの両肩に腕を回した。(注.日本でとか、日本人が多いところでは絶対しませんよ)ダンナの左肩に自分のあごを乗せて1~2秒の僅かな間、ダンナの体にくっついている自分の体が小さく震えているのが自分でわかると、私は初めて今回、本当に行きたくないと思って涙をこぼしてしまった。ダンナが「ボクもなんとか安いチケットを探してみるから」と言って私をなだめようとした途端、頭の中でちゃと家のレジがチーンと鳴って開いて、ポンドのマークの札がひらひら飛び出し始めてわれにかえった私は「あ、ほな言ってくるね」と、瞬間に涙も乾いてゲートをはいっていった。特に買い物もないが、機内で飲もうと飲み物を2本買ってラウンジに進む。私はマフィンを1個とって、ダブルエスプレッソを飲んだだけだったが、そのあたりを見渡しているとカップヌードルを食べているアジア顔の若者もいて、アジアの航空会社はラウンジでカップヌードルを出すのかと思ってちょっと感じ入ってしまった。搭乗ゲート付近は超満員で、それも子供連れがやたら多い。ダンナが2階席の窓際をとっておいてくれたので、喧騒とは無縁で助かった。通路側はなんとなく「ホンマは会社でえらいんちゃうか」というような、ビジネスに乗り慣れた感じのするおばちゃんがラフな格好で乗っていた。感じの悪い人では全然なく、かといって私はあまり機内で人とは話したくないほうなので、特に会話もなく時間が進んで行くが、出発時間は夕方の6時半過ぎ。何度もこれくらいの時間に飛行機には乗っていたのだが、ヒースローって、ロンドンってこんなにきれいだったのかと思うくらいの夜景に、さっきのあきこさんの言葉と、これからの自分の1ヶ月が重なり、余計に感傷的になった部分もあるかも知れないが、一面の鉄紺色のビロードに砂金を琥珀を撒き散らしたような下界はだんだん遠くなって行った。さて、ワタクシの苦手な映画の時間。見たのは「フレンズ」2本と「ラスト・サムライ」。「ラスト・サムライ」は全体的な印象として、ケビン・コスナーの「ダンス・ウィズ・ウルブス」とメル・ギブソンの「ブレイブ・ハート」を3:1で混ぜたような感じがしたが、やっぱり最後はボロ泣き。大仕掛けな部分でひいてしまう人もあるかも知れないが、私はやっぱりああいうものに単純に泣けてしまう。食事は驚くほど豪華、というわけではなかったが、やはりアジアの航空会社は乗務員の笑顔や気配りも素敵だし、結構よく寝られたし、オーディオも普通の飛行機の中のチョイス意外に、CDまるごと聞けるシステムもあったので、去年の4月に日本に出張した際のA●Aのビジネスクラスよりはよかったな。<到着後>ここは2回目だが、わかりやすい空港だし、イミグレーションも結構効率的だ。イミグレを出るとすぐに荷物のターンテーブルが見えるのだが、荷物もすぐに出てきたし、ちょうど時間的にダンナが起きている「はず」の時間なので、家に電話してみる。ダンナに手短に到着報告し、はよ会社行く用意せなあかんよ、と言っておく。ロビーを出ると、すぐに名前の書かれたボードを持った運転手さんが見つかり、空港の外へ。この運転手さんと車の中で、この国の政治の話とか、習慣とか、結婚事情なんかの話で盛り上がり、15分くらいで会社が用意したサービスアパートメントに到着。ひえーっ!ここにはなんでもあるぞ。案内された部屋のはいったところにはキッチン。食器・レンジ・冷蔵庫・ガス台(これはロンドンのフラットとまったくおんなじだ)応接間にはテレビとCD。ここは電話は市内通話は無料なのだそうだ。そして、問題のネット環境。失礼イタシマシタ。このアパートメントの経営グループが持っているらしきプロバイダーがあり、ADSLで接続できるようになっている。アホみたいに、事前にロンドンのプロバイダーとダイヤルアップのローミングの契約をし、電話回線用のケーブルなども持参してきた私はやられた~と思った。ということで、こちらの会社への連絡も終わり、今夜は早速マリーと夕食。こんなに一生懸命に日記書いてどうする?と思うが、一応これがクセになってしまったのでしょうがない。こうして、いつも時差ぼけとはまったく縁のない私の到着第一日目が始まったのであった。
2004年03月22日
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出だしがあまりよくない午後となってしまった土曜日だった。1月に京都の行きつけの美容院でカットしたのが、このところ前髪なんかがうっとうしくなってきて、そろそろ切りに行くかと思っていたら出張になったので、今週の火曜に慌てて今日の4時に予約を入れておいた。以前、アジア支部にいたみかちゃんは「ちゃとさん、あっちで行ったら?」と言ってくれていたのだが、こういうところは保守的になってしまい「やっぱり、いつものとこに行っとくわ」と笑いながら答えた。本当は11時頃が取れたらなーと思っていたら、電話に出た子が「空いてるのは4時か4時半か、その後は6時になりますけど」と言うので、仕方なく4時にしたのだった。その子は「えーと、はい。ちゃと様ですね、では土曜の4時半に」と言ったので「いや、4時が空いてるんですよね、4時にしてほしいんです」と訂正すると「あ、すみません。じゃ、4時ですね」と言った。ちょっと気になったので(いつもは聞かないが)「おたく、どちら様ですか?」というと、名前をたずねられたのがちょっと意外という雰囲気が一瞬伝わったが「りえです」と答が返ってきたのが火曜のことだった。1時半頃に家を出て、美容院近くに着いたのは3時頃だったが、実はその先にある日系の本屋で(高いけど)日本語のガイドブックを探そうと思って先にそっちに着いた。その本屋には初めて行ったのだが、その地域のメインの大通りに面している。ロンドンも路上駐車がかなり取り締まられていて、本当はその通りには車を止められない時間帯ではあったのだが、ずらっとレーンに車が止まっているので、本屋の前の通りの向かい側にダンナが車を止め、私だけが先に本屋にはいった。…本はない。この間、ロンドンの中心のある三越の地下の本屋で「地球の歩き方」は買ったのだが、生来ガイドブック・フェチの私は「個人旅行」も買いたかったが、三越にもジャパン・センターにもなかったから、今日、髪を切りに行くついでに寄ってみようと思っていたのだ。この本屋は日系ながら、仕事の中心が日本人学校への教科書の卸しなので、店頭は結構すかすかで、日本語のガイドブックもヨーロッパ内のものがぱらぱらあるだけだ。遅れて店にはいってきたダンナに、小声で「ないわ」と言いながら、まだ書架を見て回っていたら、ダンナに「なんだかお店も空いてるし、手ぶらで出にくい気分なんだろう」と図星をさされてしまった。すると、かなり昔になぜかハマって読んでいた津村節子の小説があり、あまりにも懐かしかったので、実家にも置いてあるし、内容は今からすると完全に時代遅れになったものなのに、それを読みたくなって買ってしまった。その間…10分か15分だ。決して誇張ではない。ダンナは私がお店に先にはいっていた間に通りの向かい側からこちら側に車を止め替えていた。お店を出て、助手席のドアを開けて乗ろうとしたら、前方の窓の左端に何かがくっついている。「これ、なに?」やられた…駐禁や… (-_-;)恐る恐る金額を見ると80ポンドだ。(約16000円)(ToT)/~~~「なんで車、動かしたんやなー?あっちやったら取られへんかったかもしれんやんかー。そりゃまあ、あっちやったかて取られたかもしれんけど。」私、激怒。ダンナ、呆然。そこから美容院に移動するまでの10分くらい、しばらくはショックで無言だ。。美容院近くで車を止めたが、予約までにあと25分くらいあり、天気も悪くて外を出歩く気になれず、さっき買った本を車の中で読み出した。そのうち、4時5分前になったので私だけ車から降りて、美容院に行く。「あのー、4時に予約していたちゃとですけど」と言うと、受付に座ってた男性が台帳を見るが「ないな」というような空気が漂う。その男性が「あ、ちゃと様、4時半ですね」とほっとしたように顔を上げた。「いえ、確かに4時でお願いしましたけど」と言うと「すみませんが、4時半にはいってるんですよ…ちょっとそれまでお待ち頂けませんかね?」との返答。普段だったら4時が4時半になっても待つところだが、だいたい今日は最初からできるだけ早くに予約を入れようとしていたのだ。「絶対4時はダメですか?」と言ったが「はい、やっぱりお待ち頂かないと…受けたものは女性でしたか?」と言われたので答えた。「りえさんってお名前でしたけど。火曜に電話した時に4時か4時半っておっしゃったので『4時で』って言ったんです。そしたら『4時半ですね』って復唱されたんで『4時半じゃなくて4時ですよ』って念を押したんですから、私のほうには間違いはないですけど…」その男性は「あー、その子はニューフェイスでして…申し訳ありません」と言ったが、ニューフェイスだかどうかはこっちには関係ない。だいいち、カットの腕のことを言っているのではなく、時間の予約が普通に日本語でできないなんていうことに非常に腹が立った。後にまだ買い物の予定もあったし、30分でも時間が惜しかった私は、別に相手が困るわけでもないとはわかっていたが「もう結構です」と言ってお店を出て車に戻った。驚いているダンナに「もうええわ。買い物に行こ。こんなとこまで無駄足させて悪かったけど」と言い、その後は少しだけアジア支部のみんなに渡すお土産を買いに行った。は?わたくしの準備ですか?これから、これから。いやー、夜は長いぞ。それでは、この次の日記は「できるだけ早く」あっちから書いてみたいと思います。皆様も引き続きよい週末をお過ごし下さいませ。***追記***はい、信じられないくらい遅い荷造りスタートと、信じられないくらいのスピードの荷造りが完了し、家の中はぐちゃぐちゃです。(言わんでもええのに)すると忙しい最中に電話が。昨日の美容室から、お詫びの電話がありました。マネージャーと、予約を取った人が交互に謝ってくれました。自分の都合もあってどうしても遅くするわけにいかなかったこと、そして私もまたお世話になりたいところだし、と言い、わざわざの電話にお礼を言って切りました。では、行ってきまーす!
2004年03月21日
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