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(僕が補充裁判員として関わった)対馬放火殺人事件の無期懲役の判決に不満を持つと考えられる人物からの嫌がらせ行為について、長崎地方裁判所書記官の判断に従って、昨年から継続して、所轄署に相談していることは、前に述べました。 この件について、もう一度、概略をお話しますと、昨年、所轄署の相談係長だったM警部補は、すぐに動いて下さって、1か月も経たないうちに嫌がらせ行為を鎮静化させました。 ところが、その後、M警部補の人事異動後に再発した嫌がらせ行為について、後任の相談係長のS警部補は沈静化させることができず、(できないのではなく、しなかった?)長期間、嫌がらせ行為は続いていました。 今回は、この問題について、進展があったので、お知らせいたします。 実は、嫌がらせ行為が再発して数か月間、僕と、僕の老親は苦しんできましたが、老親が「頭が可笑しくなりそうだ」と訴えるので、僕は、所轄署が何もしないことを、長崎地方裁判所の刑事部に訴えました。 もともとは、長崎地裁刑事部が、裁判員経験者を守るために、この嫌がらせ問題は警察が扱うべき事案であると判断したことを受けて、僕は所轄署の門を叩いたわけでありました。 警察が何もしないから、再度、僕が長崎地裁刑事部と連絡を取ったことについては致し方ない事でありました。 警察が何もしないことを訴えると、長崎地裁刑事部のI書記官と総務課職員のSさんは、「具体的な事案について、その解決のために裁判所が直接、警察に指示を出すことはできないが」と前置きをした上で、「所轄署の相談係長(警部補)が裁判所に電話をかけて訊ねて来るんだったら、一般論として、この種の事案は警察が動くべきことを話します」と言いました。 しかし、このことを所轄署のS相談係長に伝えると、S相談係長は次のように反駁しました。「なんで、おいの裁判所に電話せにゃいかんとね。電話ばかけて来っとなら、裁判所が警察にしてくるべきじゃなかとね」 僕は、この会話をICレコーダーに録取して、このことを再度、長崎地裁刑事部と総務課に伝えました。 その後、裁判所と警察の間で、どのようなやり取りがあったのかは知りません。 すると、最近になって、嫌がらせ行為がピタリと止みました。 このことについて、裁判所も警察も、「自分達は、嫌がらせ行為の沈静化のために、何かをやったわけではない」と口を揃えて言いました。 しかし、僕のカウンセラーは「裁判所は嘘は言っていないだろうが、警察は嘘を付いている」と見ています。 嫌がらせ行為を継続して仕掛けてくる人の心の根っこには、対馬放火殺人事件の判決を死刑にせず、無期懲役にした裁判員経験者に不満があると思われるのです。 僕から、嫌がらせ行為の仕掛け人の詳細を聞いた人達の多くは、「無期懲役の判決に強い不満があるから、あなたに直接間接に、このような諸々の嫌がらせをやったとしか思えない。これは容易には解決しない」と言うのです。 だから、今、嫌がらせ状態が止んでいることが、ずっと続くとは思わない方が良いよ。また、手を変え、品を変え、嫌がらせ行為がぶり返すことに備えておいた方が良いよとアドバイスする人がいるのです。
2020.10.22
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被告人(受刑者)が証拠隠滅後の待ち合わせ場所として使った、と検察が主張した芦浦(よしがうら)バス停の近くには、小学校があるだけではありません。 実は、芦浦(よしがうら)バス停から100メートル程しか離れていない場所には、長崎県警対馬南警察署・芦浦(よしがうら)警察官駐在所があるのです。 この駐在所は芦浦(よしがうら)バス停のある国道382号線から入り込んだ道路沿いにあり、駐在所の正面には、道路を挟んでNTT西日本の小船越電話交換局の建物があります。 この芦浦(よしがうら)警察官駐在所に勤務する警察職員は、職務遂行上、当然、日に数回、白バイないしパトカーで芦浦(よしがうら)バス停前を通るわけです。 そして、警察車両がドライブレコーダーを搭載し映像を記録していることは、一般市民の多くが知っています。 芦浦(よしがうら)バス停の近くに、この駐在所があることは、対馬市在住の人間なら、ほぼ全員が知っていることです。この場所から3キロほど離れた場所に居住していた被告人(受刑者)がこの事を知らなかったとは到底考えられません。 もし、被告人(受刑者)が犯人なら、この芦浦(よしがうら)バス停の近くにFさんの軽トラを捨てるという証拠隠滅作業を終了した直後に、Nとの待ち合わせ場所として、このバス停を選ぶかと言うと、絶対にそんな選択はしないと万人が思うでしょう。 それは、被告人(受刑者)だけではありません。犯人が対馬とゆかりがある者だったら、誰も、こんな場所にあるバス停を待ち合わせ場所になんてしないのです。 検察の話が事実だとすれば、鉄工所の従業員だったNが迎えに来るまで、相当な時間を被告人(受刑者)はこの芦浦(よしがうら)バス停の粗末な簡易建物の中で待っていたことになります。 検察は、やましいことを仕出かした被告人(受刑者)はバス停の中で上下黒尽くめの服装で、顔を見られない様にフードを被っていたと主張しました。 でも、こんな格好をしていると、警察の恰好の職務質問のターゲットとなってしまいます。 前を通る多くの車両の乗員から印象強く記憶されることにもなります。 そして、この待っていた時間、被告人(受刑者)は、警察や一般の車両の乗員から目撃されるかもしれない。ドライブレコーダーに記録されるかもしれないと慄いていたのでしょうか? そんなこと、あるわけはないのです。そんな不安な気持ちになるくらいなら、最初から、こんなバス停を待ち合わせ場所には使いません。 裁判員裁判でO女性検事が主張した前提には、芦浦(よしがうら)バス停のすぐ近くに小学校があることも、駐在所があることも、各種施設があることも、何もありませんでした。 そしてO女性検事は、芦浦(よしがうら)バス停前の道路の交通量も過小評価していました。 こんなことでは、裁判官、裁判員、メディア関係者、傍聴人、識者の全ての心証を検察が操作して、判決の行方と世論を検察が誤導することになってしまいます。 たまたま、犯人が証拠隠滅の目的でFさんの軽トラを捨てた場所の近くに、この簡易建物の芦浦(よしがうら)バス停があった。だから、検察はこのバス停を待ち合わせの舞台に使ったのだと冤罪論者は見立てているのです。 O女性検事が裁判員裁判で事実を正しく表現してくれれば、O女性検事は冤罪論者からダメ出しを受けることはなく、裁判員裁判終了後、僕も疑心暗鬼に苛まれずに済んだのです。 嘘ないし虚偽であるかどうかは、検察官の主観で決まるのではありません。 多くの一般市民に、これは検察官の嘘ないし虚偽だと感じさせたら、それは検察の負けなんですよ。
2020.10.15
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対馬市在住の冤罪論者の指摘によって、またまた、裁判員裁判で検察が主張していた内容に、可笑しな説明があることが判明しました。 それは、被告人(受刑者)が証拠隠滅のためにFさんの軽トラを美津島北部小学校近くに捨てた際、帰りの足に困って、鉄工所の従業員だったNに自動車で迎えに来させた際、待ち合わせ場所にしたと検察が主張した芦浦(よしがうら)バス停についての話です。 この迎えに来させた時間は、平成28年12月7日(水曜日)の午前9時台だと検察は裁判員裁判で主張しました。 その際、東大法学部卒の30代のO女性検事は、この芦浦(よしがうら)バス停は人通りの少ない、滅多に自動車も通らない道路脇にあるから、犯行を終えた被告人(受刑者)が人目を忍んで、迎えのNの自動車を待つには都合が良かったと言いました。 O女性検事は、この「人通りが少なく、滅多に自動車が通らない」というフレーズを公判廷の期間中、再三、強調して、裁判官と裁判員、それに傍聴人に印象付けることに腐心しました。 ところが、対馬市在住の冤罪論者と、それに有罪論者までもから、O女性検事の主張は事実に反するとクレームが殺到しているのです。 実は、この芦浦(よしがうら)バス停は対馬市の主要道路である国道382号線沿いに、しかも、この国道を挟んで対馬市立美津島北部小学校の真向かいにあるのです。 芦浦(よしがうら)バス停から小学校敷地までの距離は、国道382号線を挟んで20数メートル、校舎までの距離も50メートル程しかありません。 この芦浦(よしがうら)バス停前の国道382号線は、朝7時台から8時台のラッシュ時、相当な数の車両が通行し、ラッシュ時を過ぎた9時台でもそこそこの数の車両が往来すると、その対馬市立美津島北部小学校の元職員が証言しているのです。 この対馬市立美津島北部小学校の児童は、近距離の子供は徒歩で、遠距離の子供はスクールバスで通学するそうです。 しかし、このスクールバスは早朝の1便しかないため、それに乗り損ねた子供は、遅れて父兄が車で連れて来るそうです。 また、ラッシュ時を過ぎた9時台以降には、小学校に出入りする各種職業の人達や、ラッシュ時を外した人たちの車が往来するので、元職員は、芦浦(よしがうら)バス停前の国道は、小学校に関係する・しないに関わらず、そこそこの数の車両が通ると言うのです。 この元職員の証言は、裁判員裁判でO女性検事が説明した交通事情を完全に否定するものです。 この点は重要なので繰り返しますが、O女性検事は、芦浦(よしがうら)バス停は人気(ひとけ)がない、滅多に自動車が通らない所にあると言っていました。 ところが、地元の対馬市の住民の感覚は、有罪論者も無罪論者も、人気(ひとけ)があり、よく自動車が通るという認識なのです。 O女性検事は、他の論点で失敗した時もそうだったのですが、こう言えば、ああ言う。ああ言えば、こう言うという風に口達者で屁理屈をこねました。 この論点についても、どうせ、次のように答えて、「私が言ったことは、私の感覚では間違いじゃありません」と逃げることが容易に思い浮かぶのです。(あえて言います)「私は東大卒で、検事になってからも、東京地検、横浜地検など都会の職場が多かったから、私の感覚では、対馬の人達が言う、人気(ひとけ)があり、よく自動車が通る所も、人気(ひとけ)がなくて滅多に自動車が通らない所になっちゃうのよね」 畢竟、検察の言う午前9時台に、証拠隠滅行為を終えた被告人(受刑者)が芦浦(よしがうら)バス停で迎えに来るNを待っていたとすると、大勢の人間に目撃される危険があったので、この検察の話には無理があると多くの地元民が考えています。 読者の皆様方におかれましては、グーグルアースで対馬市立美津島北部小学校を検索して見て下さい。芦浦(よしがうら)バス停は国道を挟んで真ん前にあります。 そして、驚くことには、この芦浦(よしがうら)バス停から100メートル程度しか離れていない、ほんの近くに対馬南警察署・芦浦(よしがうら)警察官駐在所があるのです。 この点については次回、お話いたします。 次回、O女性検事の説明がますます理に適っていないこと。結局、芦浦(よしがうら)バス停は、誰が対馬放火殺人事件の犯人であっても、絶対に、証拠隠滅後の待ち合わせ場所としては使わない(使えない)ことがお分かりになると思います。
2020.10.15
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読者の皆様方、随分とご無沙汰いたしました。 1か月半もブログを更新しない休止期間でした。にもかかわらず、日々結構なアクセス数を賜り続けました。 ありがとうございました。心より深謝いたしております。 それでは、またブログの更新を再開いたします。 宜しくお願い申し上げます。
2020.10.11
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8月14日分のコメント欄にご意見をお寄せいただいた方へ。 申し上げます。 僕が先に答えました事を変更させていただきます。 炎上を恐れずに、少しばかり、質疑応答をやってみましょうか。 どうぞ、何でも、言って来られて下さい。
2020.08.25
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本日は、ブログを閲覧していただいておられる皆様方に、お詫びを申し上げなければなりません。 ここの所、思うようにブログを更新できずにおります。 大変申し訳ございません。 その原因は、僕と家族の病気の治療のためです。 これからは、合間に時間を取って、できるだけ更新しようと思っております。 どうか御容赦下さいませ。 そして、今後も、宜しくお願い申し上げます。
2020.08.25
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既述しましたが、現在進行中の「嫌がらせ事件」について、所轄署の新任の相談係長が「裁判所の方からは何も連絡が無いからな」と放言した場面についてです。 その放言を聞いたのは、僕が受けた嫌がらせ行為の日時、方法、態様等を具体的に説明した直後のことでした。 こんな状況で、こんな放言を聞くと、通常の一般人なら、「裁判所が直接、要請しないと、警察は動きませんよ」と言っているように聞こえます。(このことも述べました)また、こう聞こえたことについて、僕に落ち度はないのです。 そもそも、裁判所が直接、警察に裁判員経験者の身の安全を要請するようなシステム自体が、裁判員制度発足の当初から存在しないわけであって、このことは警察職員なら知っていて当然のことでした。 こんな放言をした新任の相談係長が非常識であったことも述べました。 この点について、この放言から暫くたった或る日、「この間の話は、裁判所の直接の要請があれば、警察は一生懸命になるという風に聞こえました」と話したところ、新任の相談係長は切れて怒鳴りました。「こら。嘘は言うな。おいは、そんな話しとらんぞ。証拠はあるとか。音声データが有るんだったら、持ってこんかい。おら」 実は、この点だけではありません。 他の点についても、自分が言ったことを、後になって、「そうは言っていない」と完全否定することが、この新任の相談係長にはよくありました。 本当に、怖くて怖くてならないのです。 冷静さが無いうえ、一貫性がありません。 ご本人は、僕の事案について、今は「前任の相談係長から、引き継ぎを受けた」と言っていますが、最初は「引き継ぎは受けていない」と言っていました。「引き継ぎを受けた」と言う割には、認識不足の点が見受けられるので、前任の相談係長に相談した内容をそのまま伝えると、切れて怒鳴るのです。「そんな話は、前任の相談係長からは引き継いでいないぞ。嘘は言うなよ。おまえの言っていることがホントかどうか、前任の相談係長に確認を取るぞ。それでも、いいんか」 僕は度々、「嘘を言うな!」と罵声を浴びました。 勿論、僕は、嘘は言っていません。 この「嫌がらせ事件」について、僕がある頻度で電話報告することも、最初に決めたことなのに、1か月もたたないうちに忘れて、怒鳴ります。「もう、電話かけてくるなよ。あんたの相談内容は警察署はちゃんと把握しとるとやっけん。あんまり、電話かけてくると公務執行妨害になるばい」 カウンセラーは「自分が嘘付きだから、貴方も嘘をついているように感じているのではないでしょうか」と言っていました。
2020.08.16
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「本ブログのコメント欄にご意見をお寄せいただいた方へ」 僕のこのブログをご覧いただき、本当に有難うございます。 返信的なコメントは可能ですが、(実は僕も、この楽天ブログの仕組みの詳細に精通している訳ではないのですが)本ブログのその機能を使うと、おそらくは、貴方様と僕との質疑応答は大勢の方が閲覧できる状況になると思われます。 実は、貴方様よりも前にも、これまでに一定数の方々が、僕とコンタクトを取ろうとされましたが、この問題のため、本ブログのコメント欄に書き込むことを躊躇されました。 僕が返信的コメントを書くと、また、それに反応して貴方様が書き込まれるという、このようなやり取りを、いろいろな立場の人達に見られることになります。 ご存知の通り、本ブログがテーマとしておりますことは、一般論としては、裁判員制度の是非、冤罪作出を許してしまう司法制度の限界、裁判所・検察・警察の組織的な問題などですが、一定数の方々が冤罪事件であると主張されておられる対馬放火殺人事件という特定の事件での僕の裁判員体験がモチーフとなっていることがセンセーショナルだと見られています。 しかし、その体験がなければ、僕は、こんなブログ、始めなかったのですが。 率直な話、貴方様が、どのような立場でどのような意見を主張されても、必ず、反対する立場の人がおられて、なんとでも理屈をつけて、反駁され攻撃されます。 中には、感情的になって、えげつないことを仰る方もいらっしゃいます。 それで、多くの賢明な方は、このような愚を避けるために、僕とツイッターかメールで意見交換されておられます。 僕を取材したメディア関係者、識者、裁判員制度に関心があられる弁護士の方々などとは、主にメールでやり取りをしています。中には電話をかけてこられる方もいらっしゃいます。 ツイッターにはダイレクト機能があるので、メールでない方は、そちらでの意見交換がメインとなっています。 話したいことを我慢して、衆目を気にして、差しさわりが無いことのみの意見交歓ということであれば、それは不毛なことです。 どうか、御一考下さいませ。
2020.08.16
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この、僕と新任の相談係長の問題について、カウンセリングにお付き合いいただいている方々は、警察は問題解決のために尽力を惜しむべきではないと異口同音に仰っておられます。 全てのカウンセリング関係者が、このままでは、対馬放火殺人事件の評議の秘密が守れなくなると考えておられます。 精神科医の先生は、このまま、嫌がらせ行為が続くことに対して、所轄署が何もしないということであれば、大変なことになるので、新任の相談係長に意見書を書くと仰っておられます。 僕は、もう、本当に、精神的にぎりぎりの所に追い詰められています。 対馬放火殺人事件を冤罪事件だと考える識者や、僕を取材した新聞記者数名からは、「この際、評議の秘密を話して、楽になりませんか」と誘われています。 所轄署の新旧の相談係長にも、このような僕の精神的苦悩を訴えました。 前任の相談係長からは、その点をお汲み取りいただきましたが、新任の相談係長は「そんなことは、おいに関係なかろもん。あんたが、やけを起こして評議の秘密を漏らしても、おいには責任はなかろうが」と言いました。 新任の相談係長は、またもや、的外れな発言をしました。 僕は、現在、やけを起こして、評議の秘密を漏らす寸前の状態にあるのではありません。 僕は、純粋に、この対馬放火殺人事件の裁判員裁判の評議内容をこのまま、永久に秘密にしておいて良いのかどうか、裁判員裁判の判決以後、ずっと懊悩してきたのです。 この懊悩は、その後に起きて、所轄署に相談した「嫌がらせ事件」とは基本的には関係が無いのです。 上記、精神科医の意見書について、新任の相談係長はこう言いました。「そんなの、おいは受け取らんよ。受け取るとしたら署長やっけん、署長宛にしてくれるごと、精神科医に言うてくれんね。おいは関係なかけんね」 このブログの読者の皆さま方も、お感じになりませんか。 凶器の発見や自白等の直接証拠がなくて、有罪無罪の判断が難しい、しかも3か月に渡る長期の裁判員裁判に、半ば強引に従事させられて、任を解かれた後も、精神的に追い詰められたり、判決に不満を持つ輩から個人攻撃を執拗に受けることになる。 そのうえ、裁判所、検察、警察の裁判員経験者に対する支援は、今まで僕が既述して来た通り、寒いほどお粗末なものです。 どの組織も「裁判員経験者の安全」なんて、本当は、ほぼ考えてくれていません。 こんなことで、「評議の秘密を守ってね」なんて言われて、皆さん方が裁判員経験者だったら、どう対処されますか?
2020.08.14
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実は、僕の家は少し前、窃盗の被害に遭って、所轄署と県警本部のお世話になりました。 これは、新旧2人の所轄署相談係長に相談した「(地裁書記官が判断した)裁判員になったことによってトラブルに巻き込まれた」事件とは別件です。 その窃盗事件の際は、指紋、足跡痕を採取するために、所轄署以外からも大勢の鑑識職員が来ました。 所轄署の警官と合わせると10名以上の警察職員が私宅に出入りしました。 盗みに入られたのは、1度や2度でない可能性が高く、家族全員の事情聴取と鑑識作業の終了後、「何か気付くことがあれば、連絡して下さい」と用紙を渡され、警察職員は全員撤収しました。 その用紙には、「連絡先(所轄署の)刑事課 捜査係 内線番号〇○○番」と記載されていました。 ある時、この窃盗事件に関する事で、所轄署に電話して、刑事課の捜査係の担当者と話をしようとしたら、全く関係のない、例の相談係の新任係長が受話器に出たのです。 新任の相談係長は怒鳴って言いました。「何で電話してきたとね。刑事課に何の用ね。何かあったら、自分に話をせんね。あんたの担当は自分やっけんね」 僕は、必要があって、刑事課捜査係に連絡を取ろうとしたのです。その内容については、刑事課捜査係以外の署員に話せるようなものではありません。 何度も言いますが、この窃盗事件は刑事課捜査係が担当であって、相談係は関係がありません。 僕は、窃盗事件の捜査責任者から、内線番号が記された連絡先の用紙を貰い、「何か気付くことがあれば、ここに連絡をして下さい」と言われたのです。 この窃盗事件が起きたのは、前任の相談係長の時代でした。 実は、長崎地裁刑事部から所轄署に相談するように言われて、前任の相談係長に、最初に、「裁判員を務めたことによる嫌がらせ事件」の相談をした際にも、この窃盗事件については触れました。 僕は、「短期間の間に、また、こちらの警察署の署員の方のお世話になるので、申し訳ないのですが・・・」と窃盗事件の概略を説明したのです。 しかし、賢明な前相談係長は、自分の業務とは無関係の別件の事件には首を突っ込もうとはしませんでした。 ところが、新任の相談係長は、敢えて、自分の業務とは無関係の、担当者が別にいる事件に首を突っ込もうとしました。 僕は、「担当が違うので、ちょっと、お話はできませんが・・・」と言ったのですが、「話さんね。自分が聞くから」と新任の相談係長は言いました。 そして、なかなか、刑事課捜査係につないでくれなかったのです。 同じ所轄署で働いている署員という視点からしても、自分が担当する事件を、無関係の課の署員がいじろうとすると、不愉快になるのではないでしょうか。 所轄署は、相談係長が所轄署のすべての事件に首を突っ込むことを認めているのだったら、事件被害者に渡す用紙に「連絡先 刑事課捜査係 または 相談係」とすべきなのでは。 結局、自分の業務とは全く無関係の窃盗事件に首を突っ込もうとした相談係長は、最後、次のように怒鳴りあげたのでした。(刑事課捜査係にはつないでもらえませんでした)「おいは忙しかとよ。あんたの電話の相手を何度もするから、他の仕事ができなくなるだろうが」 ???????????????? 忙しい? 忙しくないから、担当外の無関係の事案に関わる余裕があられたのでは? 他の署員の方の話では、いつも5時30分には退勤されておられるとのことですが。
2020.08.14
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長崎県警察では、毎年、4月から7月にかけて、巡査部長、警部補、警部などの昇任試験が行われます。 対馬放火殺人事件に関わった105人の捜査員の中には、2016年から2017年にかけての年末年始の休日を事件解決のために返上した人も少なくなかったと思われます。 中には、昇任試験の勉強が妨げられて、気が気でなかった捜査員もいたのではないでしょうか。 容疑者(受刑者)が犯人であろうがなかろうが、警察としては12月7日に発生した事件が1月27日になって容疑者逮捕という形でようやく解決したので、捜査員の中には安堵して、気持ちが昇任試験モードに変わり、業務が上の空になった者がいたのではないかと言う人達がいます。 こう言っている人達は、冤罪論者の中にも有罪論者の中にもいます。 ところで、その警察の昇任試験の受験勉強のために警察職員が使用している教材をご存知でしょうか。 UM株式会社が発行している昇任試験の対策問題集「kosuzo(コスゾー)」を使うのが一般的なのだそうです。 昇任試験の大まかな合格率は、巡査部長への試験が10%程度。警部補への試験も10%程度。警部への試験が5%程度だそうです。 学生や無職の若者が大学受験したり、国家資格試験を受験するのと違って、警察官は働きながら昇任試験を受験するので、時間的に余裕がありません。 効率の良い受験勉強をしないと、合格に必要な知識をインプットして、その知識を試験時にアウトプットすることはできません。 そこで、昇任試験を受験する巡査や巡査部長に対して、先に合格を果たした警部等の先輩達が奨めている勉強方法が、UM株式会社が発行している昇任試験の対策問題集「kosuzo(コスゾー)」を使った勉強方法なのだそうです。 とにかく、この問題集に書かれてあることを「覚えろ」ということだそうです。 問題集の記述内容について、「なぜ、そうなるの?」等という、学者的な疑問は要らないから、体育会系精神で内容をそのまま覚えればいいそうです。 問題集はQ&A形式になっており、それを全て暗記すれば、昇任試験では類似問題が出るために、容易に対応できるのだそうです。 警察の昇任試験問題が、この、kosuzo(コスゾー)という問題集の中の問題の類似問題である点について、多くの一般市民は「こすい(ズルい)」と言っています。 しかし、受験する警察官同士は同一の条件で公正に競争しているわけだから、僕には狡いとは思えないのですが。
2020.08.02
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傍聴していれば、知り得ることができた重要な話をします。 それは、冤罪論者が、この対馬放火殺人事件の犯人が受刑者でないことを確信するに至った根拠の一つとされていることです。 実は、受刑者が逮捕される前の日に、前出のK氏が、当時、鉄工所で受刑者の部下であったNに電話をしたそうです。 K氏は、これ以前にも、受刑者やNに、「今回の事件は、お前らは関係ないんだよな」と言っていたことは既述しましたが、K氏としては、世の中には冤罪ということもあるので、警察が犯人は殺されたS子さんの交際関係だとメディアに話していた時点でも、安心できずに、受刑者とNを心配していたのだと、冤罪論者は言っています。 なぜなら、受刑者とNは、事件前の数週間、殺害されたFさんと一緒にFさんの漁船の工事をやっていました。 このことは警察も把握していたので、すぐに受刑者とNにもコンタクトしてきたそうです。ただし、この時点の警察は、容疑者とその部下という視点ではありませんでした。 とにかく、K氏は2人が事件に巻き込まれないように心配していた、と冤罪論者は言うのです。 その受刑者が逮捕された1月27日の前日の1月26日に、K氏はまた心配になってNに電話したそうです。 すると、Nが言うには、「(前回、警察が鉄工所に来た後は)、長いこと、警察は来ていません。今度、警察が来るときは、(社長は逮捕されて)警察に連れて行かれると思います」 このN発言の翌日に、その予告通り、受刑者は逮捕されて警察署に連行されました。 K氏は、この事実を親しい人間に話し、そこから、識者や冤罪論者の耳に達しました。 それは、K氏が裁判員裁判で証言する前の話です。 問題なのは、なぜ、Nは、(今度、警察が来る時に)社長(受刑者)が逮捕されるということを、事前に知っていたのか、ということです。 冤罪論者は、否、冤罪論者だけでなく有罪論者ですら、「あらかじめ、段取りを警察から聞いていたからとしか考えられない」と言うのです。 そして、この段取りを警察が事前に教えているということは、警察のNへの処遇は、「君は逮捕はしないが、社長(受刑者)を落とすために協力してね」ということだったとしか考えられないだろうと言うのです。 既述しましたが、受刑者の鉄工所と自宅がある地点から3キロ離れたYバス停付近へ、受刑者がFさんの軽トラを証拠隠滅のために捨てに行った。その際、受刑者を迎えにYバス停へ行ったと、Nが証言したことも、すべて作出であると冤罪論者は考えています。 この供述についても、冤罪論者が次のように確信していることは既述しました。「Nが警察とすり合わせて、最終決定版が出来るまでは、時系列の説明が滅茶苦茶だった」「K氏の指摘を受けて、時間的整合性に問題がない陳述が出来るようになった」 ちなみに、Nは、「実は社長(受刑者)の逮捕日に、鉄工所に出勤する際、覆面パトカーが自分の車を尾行することに気付いていました」ともK氏に話していたそうです。 尾行の車ではなく、Nが鉄工所に向かうのと同様に、必要があって、鉄工所に向かう車両だった可能性だってあるのに、どうしてNは、それが覆面の警察車両だと特定できたのでしょうか。 警察としても、逮捕日、大勢で踏み込んで令状を執行する前に、Nに尾行を悟られるような愚はやらかさない筈だと、みんな、言います。 Nがスマホで社長(受刑者)に知らせれば、逮捕前に、社長(受刑者)は逃走したかもしれません。 警察とNとの間で、事前に了解事項があったんなら、話は別だと、多くの人間が言っています。 一定数の記者と識者、冤罪論者たちは、このような所にも不信感を覚えているのです。
2020.07.30
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本日は、まず、最初に、断っておきます。 これまで、警察、検察の不完全性ないし不備について、僕が言及してきたのは、警察組織または検察組織に所属する職員が全員、そうだと主張したわけではありません。 多くの警察職員、検察職員は誠実かつ適正に業務を遂行しているのです。 僕が言ったのは、あくまで、一部に逸脱する職員がいるという話です。 この、一部の逸脱者がいなくなれば、警察、検察の不完全性ないし不備の瑕疵は修正されるのです。 対馬放火殺人事件について言うと、捜査に関わった105人の警察官のうち数名は明らかに逸脱していました。法廷で弁護側に指摘されて、検察は反論できませんでした。このことは既述しました。 そして、これもまた既述したことですが、K裁判長は、一般論として事前に、「警察官は体力勝負で頭が悪い。頭が悪い警察官がいなくなると、もっと検察は仕事をやりやすくなる」と言っていました。 つまり、警察のポカは、実際には警察全体のポカでなく、一部の出来が悪い警官のポカであったとしても、検察のポカに繋がるということです。 実は、対馬放火殺人事件の捜査に関わった警官のポカは、法廷で明らかになった部分の他にも、もっとありました。 このことは、現地で警察の捜査に関わった人達や取材した記者達などが把握しているのです。 現地で警察の捜査に関わった人達とは、ずばり、捜査員から事件のことについて質問を受けたり、捜査員が話した内容を聴いた人達です。 その直接、捜査員とコンタクトした人達は、事件解決のため協力はしましたが、決して、無条件に捜査員を協賛したわけではありません。 事情聴取を受けた人達は、捜査員のおかしな部分については、人に話します。 対馬のような狭い田舎では、これが口コミで広がって行くのです。 結局、「人の口には戸が立てられない」ということなのです。 判決が確定して、被告人が受刑者となった今の話ではなく、裁判員裁判の公判が行われていた当時の話ですが、その当時、識者やメディア関係者の中で有罪無罪の意見が拮抗していた背景には、このような事情があったということです。 このことは、その時点では、裁判官にも裁判員にも知らされていませんでした。 僕も、後から聞いて、驚いた次第です。 かつて、読売巨人軍のオーナーであった、故正力松太郎さんは、「巨人軍の選手は野球選手である前に、社会的模範となる紳士でなければならない」と仰いました。 この言葉が、そっくり、そのまま、一部逸脱者の方々に当てはまると思います。
2020.07.29
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この対馬放火殺人事件では、後から後から、どんどんと警察の見解が変わることに、記者たちは慣れていたそうです。 警察が、犯人は殺害されたS子さんの交際関係者でほぼ決定であるかのような話をしたり、ハスラーの給油口が開いていたのは、そこから放火用のガソリンを抜いた可能性があると言ったりしたので、一定割合の記者たちは、結果的に、事実に反する記事を書かされることになってしまいました。 事実に反する記事を書いた記者は、「警察は、・・・だと見て、捜査している」という論調だったので、嘘を書いたわけではないと主張しますが、警察情報に惑わされなかった記者と識者、冤罪論者は、こう斬り捨てるのです。「警察発表や警察のリーク情報を精査することなく、支持的論調で紙面に載せていたら、誤った考えを、読者に刷り込んでしまう。世論を誤導することになるじゃないか」 警察を信用する度合いは、メディア各社、記者個人個人で濃淡があったので、淡いと感じる記者たちは、安易に記事化せず、裏を取るために、受刑者の家族、親戚などを取材しようとしていました。 僕はその記者の1人を知っています。 書類送検後や起訴後の裁判員裁判以前の話として、受刑者が逮捕された時点で、警察情報に惑わされず、可笑しいと思っていた記者が一定数いたということは刮目すべきことであると、識者、冤罪論者達は評価しているのです。 そしてN証人の証言内容が、K証人の証言と食い違ったり、曖昧だったりする点についても、一定数の記者と識者、冤罪論者たちは、作出の可能性が高いと考えているのです。 ところで、N証人は、「放火殺人事件の日にYバス停に迎えに来いと社長(受刑者)から指示され、それを実行したことを、事件から50日間も秘密にしていたことは辛かった」と法廷で証言しました。 そして、50日もの間、ずっと秘密にしていた理由をNは次のように証言しました。「社長(受刑者)は怖い人間だから、Yバス停に迎えに行ったことを警察に話すと、殺されたかも知れません。だから言えませんでした。自分はその時から、社長(受刑者)が犯人だと思っていました」 ??????????? この証言には、冤罪論者だけでなく、有罪論者までも首を傾げたのでした。 社長(受刑者)が犯人であると認識できていながら、50日間も隠していたのなら、N自身が共犯と疑われても仕方がありません。こっちの方が怖いだろう、ということなのです。 それに、「ずっと悩んでいた」と言いながら、この50日間、Nはパチスロ店通いを止めていたわけではありません。 またNは、この50日の間に、社長(受刑者)に隠れて、同業他社である他の鉄工所への移籍を検討していて、実際に、その他の鉄工所の人間と会っていたことが、法廷で明らかになりました。 Nは同業他社に移籍しようとしていた理由を、自分の妻には、「社長(受刑者)から貰う給料は安いから」と説明していましたが、事実は違っていたことも法廷で明らかになりました。 Nは、社長(受刑者)からそこそこの額の給料をもらっていましたが、パチスロで散財するために、消費者金融や知人から、借金を重ねていました。そして、社長(受刑者)からも大金を借りていたので、毎月の給料から返済分を天引きされていたことが法廷で明らかになったのです。 この50日の間、前出のK氏も含め、誰もNが社長(受刑者)を怖がっていたとは感じてはいなかったと識者と冤罪論者達は言います。 そもそもK氏は、放火殺人事件発覚後、社長(受刑者)が逮捕される前の時点で、Nに「この事件とは関係ないんだよな」と訊いていたそうですが、Nは「関係ありません」と答えていたことも法廷で明らかになりました。 傍聴していた記者たちが驚いたことですが、裁判員裁判の50人ほどの証人の中で、ただ一人、答えに困って、1分以上沈黙を続けた証人がいました。 それがN証人でした。 検察は、「(Nは)お世話になった社長(受刑者)の不利になる証言をするから辛いのですよ」と主張しましたが、弁護側の他、一定数の記者と識者、冤罪論者達、それに一定数の一般市民は、そうは見ていないのです。
2020.07.28
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対馬放火殺人事件では、Fさんの軽トラを、受刑者が殺害放火現場から逃走する際に運転した、と検察は主張しました。 そして、受刑者はその軽トラを一旦自宅近くの何処かに隠し、自宅に戻り、後刻、証拠隠滅のために、自宅から3キロ離れたYバス停近くに捨てに行ったと検察は断じました。(この自宅付近の何処かを特定できていないことも、識者と冤罪論者は杜撰だと批判しています) 対馬放火殺人事件が起きた時、受刑者が経営する鉄工所では、殺害されたFさんの漁船の工事以外には仕事がありませんでした。 この事件は、最初のうちは、ただの火災事故でFさんは逃げ遅れて亡くなったのではないかと認識されていました。 それで、鉄工所社長だった受刑者は、Fさんの存否を確認することに躍起となったと弁護側は主張しました。 Fさんがいないと、Fさんの希望を聞けず、Fさんの漁船をどう仕上げればいいのか分からない状態だったそうです。 このような状況下、受刑者は、労務管理上、朝出勤した従業員Nを仕事が無いのにだらだらと拘束するわけに行かなかったので、「帰っていいよ」と帰宅させたそうです。 既述した通り、従業員Nは、仕事している時以外はパチスロ店でギャンブルにハマる男だったので、この日も、いつものように、鉄工所からパチスロ店に直行しました。 この、Nを鉄工所から返した後、受刑者は、自宅近くの何処かに隠していたFさんの軽トラを3キロ離れたYバス停近くへ捨てに行った、と検察は言ったのです。 そして、受刑者は、軽トラを捨てた後、帰りの足に困って、パチスロ店にいたNに電話して、「Yバス停まで迎えに来い。ついでに給料の一部の10万円も払うから」と言ったと検察は主張したのです。
2020.07.26
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裁判員を務めたことによる後遺症のため、精神的に行き詰まり、自殺が脳裏をよぎるようになって、どうしようもなくなって、このブログを開設したのが、今年(令和2年)の3月7日のことでした。 以降、記入率50%をやや超える割合で書き込んできましたが、今月に入って累計のアクセス数が1万を超えました。 これは、ひとえに皆様方のおかげであると感謝申し上げております。 皆様方は、僕の記述内容に興味や関心を持たれて閲覧されておられるのだと思いますが、裁判員後遺症で今なお精神を病んでいる僕にとっては、その皆様方の閲覧という行為が心の支えとなっているのです。 まだまだ、お話することは沢山あります。今後も、どうかよろしくお願い申し上げます。 それでは、1万という累計アクセス数に達したことで、本日は、僕の一方的な情報発信だけでなく、これまでにこのブログをご覧になられた皆様方のご意見、ご感想を紹介させていただくことといたします。 紹介させていただく方には、事前に了解を取らせていただきました。 中には、実名で書いてもらっても構わないと仰る方もいらっしゃいました。 しかし、いろいろと考えた結果、皆様方の氏名年齢職業等は一切、掲載しないことといたしました。 それは、あえて、このブログのコメント欄を利用せず、他の手段で僕にコンタクトを取ってこられる方々が大勢いらっしゃることから、僕がその理由を忖度して、勝手に配慮させていただいたのです。 尚、皆様方のご意見は概略を記させていただきます。 それでは、一番多かった意見から。「そもそも、対馬放火殺人事件のような有罪か無罪かの判断が難しい裁判に、まったくの素人が裁判員として、判断を強いらされるのは理不尽です。こんな難しい裁判は職業裁判官だけでやればいい」「この事件の裁判員の拘束期間が3か月とは長すぎる。自分だったら、理由を付けて、絶対に引き受けない」「K裁判長が、こんな人だとは知らなかった。裁判長のくせに、スロットやネット競馬にふけるのは良くない」「K裁判長は、宿泊費を出すと約束した以上、その通り、やってあげるべき。裁判長は自らの言動によって、裁判員に不安を感じさせたことに謝罪すべき」「裁判官には国家公務員法の適用があると、嘘の説明をしたK裁判長は、全ての裁判員に訂正と謝罪をすべきだった。今からでも、謝罪すべき」「素人の裁判員に罰則付きの守秘義務があるというのに、職業裁判官には、それがないというのは可笑しい」「裁判員になって、これだけの被害を受けたからには、もう、似蛭田さんは守秘義務を全うする必要はありません。記者会見を開いて、裁判員制度と裁判所から受けた苦痛を訴えたうえで、対馬放火殺人事件の評議の一部始終を公表すべきです」
2020.07.23
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僕の場合、裁判員業務が終了して、2年5か月経ちますが、この間、緊急連絡先の担当者は何人も変わっています。 この緊急連絡先の僕の担当者が言うには、例えば、次のような場合、裁判員を務めたことによるトラブルに該当するそうです。 殺人事件の懲役の判決に関わった裁判員経験者に「なぜ死刑にしなかったんだよ」と詰め寄ってなじり、判決は間違っていると批判した。その後、自分は何もしないが、人を使って、裁判員経験者に継続して嫌がらせを仕掛けるような場合。 「納得できる判決ではなかった」と裁判員経験者を批判して、その後、裁判員経験者宅に毎月3回程度ゴミを投げ込むことを半年以上継続するような場合。 僕は、担当した裁判員裁判の終了後、今日までの2年5か月の間に、何度か、裁判員を務めたことによるトラブルであるとしか解することができない執拗な嫌がらせを受けました。 これもまた既述したことですが、全ての人間に裁判員を務めたことを一生涯秘密にする事は不可能です。例えば、裁判員を務める際、仕事を休むために事情を話した関係者などから漏れ出ることを完全に防ぐことは出来ません。 仮に仕事関係者が全員、秘密を守ったとしても、裁判員は、裁判所への出入りを目撃されることもあれば、公判廷ではメディア関係者や一般の傍聴人に素顔を晒しているのです。 厳密に言うと、素顔だけではありません。公判廷が始まる際は、裁判員全員の法廷への入場を、先に法廷に入っていたメディア関係者や一般の傍聴人などは、起立して出迎えます。その際、裁判員一人一人の姿恰好が明瞭に認識されることになるのです。 対馬放火殺人事件は、もともと被害者宅にはなかった金槌またはスパナのような凶器を持ちこんで2人を惨殺し、その上、これもまた、もともと被害者宅にはなかったガソリン携行缶を持ちこんで放火して全焼火災を実現させた事件であったので、有罪なら、余裕で死刑になると識者は全員確信していました。 反面、自白や凶器の発見、目撃者などの直接証拠がない事件であったので、弁護側やそれにくみする人達は、疑わしきは罰せずという刑事裁判の原則通り、無罪が相当であると確信していました。 ところが、裁判員裁判の結果は、判決理由で、「怒気に任せた突発的で無計画な犯行」、「放火行為もそれほど悪質ではない」などと強調されて、無期懲役が相当であると結論付けられました。 そのために、判決後、裁判官と裁判員は全員、有罪論、無罪論、両方の立場の人達から猛烈なバッシングを受けたのでした。 以上のような経緯から、対馬放火殺人事件の裁判員経験者への嫌がらせには、それ相応の対応をしていただきたいと考える次第です。
2020.07.18
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裁判員経験者には一生涯、命の危険を含む、様々な災難に遭うリスクが付きまといます。 それで、裁判員を務めたことによりトラブルに巻き込まれた場合には、裁判所から教えられた緊急連絡先の電話番号を経由して、身の安全が図られるようになっていることは既述しました。 今回はこの点について掘り下げて、お話しようと思います。勿論、評議の秘密とは無関係なことなので、お話しできるのです。 実は、上記、裁判員経験者の身の安全を図る事案は、最終的には、裁判所を経由して、裁判員経験者が居住する地域を管轄する警察署へ行くことになっています。 この緊急連絡先には、裁判員と裁判員経験者が、「裁判員になったことによりトラブルに巻き込まれた」と判断すれば、電話をかけてもよいことになっています。 緊急連絡先に電話をすると、裁判所刑事部の担当者が応対して、トラブルの内容を聴いて、妥当だと判断すれば、「これは裁判所として警察に相談すべき案件だと判断しますので、警察に、この旨を伝えて、相談して下さい」と言うのです。 裁判所を経由すると言っても、裁判所刑事部が警察と繋がっていて、ダイレクトに警察を動かす訳ではないのです。 あくまで、裁判員経験者自身に警察に相談させるわけですが、裁判所刑事部が「裁判員になったことによりトラブルに巻き込まれた」と認めた案件なので、警察からすると、通常の一市民の相談とは峻別される相談であるのです。 裁判員経験者に嫌がらせを仕掛けてくる人達は、全員が、裁判員経験者が関わった裁判に不満を持っています。判決に不満を持つ場合が多いですが、裁判の過程に不満を持つような場合もあります。 このような不満が、その嫌がらせ行為の動機であることは間違いないことなのです。 しかし、嫌がらせを仕掛けてくる人達が、全員、「お前が裁判員として関わった裁判の判決に不満があるから、やってやるんだよ」なんて、心の内を表明するとは限りません。 このことが、問題を解決するための警察活動を困難にしている面があります。 また、警察の動き方に問題があったため、かえって、嫌がらせ行為がエスカレートする場合もあるので、警察には慎重さが要求される面もあるのです。 「裁判員を務めたことによるトラブル」とは、どういうトラブルをさすのか、全国すべての裁判所の担当者に共通した認識がある訳ではありません。 僕は、トラブルは制限列挙出来るものではなく、無限に例示列挙できるものであると聞きました。 これまでに、僕が直接あるいは間接に体験した範囲では、「裁判経験者であることを知った人間またはその関係者から、一般社会で通常、受忍義務とされる程度を超えることを継続して受けた場合は、裁判員を務めたことによるトラブルですね」と解釈する担当者が多かったです。
2020.07.17
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K裁判長が、裁判員選任直後に「これは一般論として、裁判員としてこの評議室に入られた皆さんに、最初に必ずお話することです」と前置きをして語った内容については、守秘義務に反しないことなので、これまでに何度か既述しました。 また、休憩中、評議とは関係のない雑談中に、K裁判長が、「その気になって、腹をくくりさえすれば、有罪だろうが無罪だろうが、どんな判決文だって書くことはできる」と言い切ったことも既述しました。 実は、もう一つ、K裁判長が雑談中に言い切った話に、次のような内容がありました。(K裁判長曰く)「同じ事件でも、それを審理する合議体によって判断が分かれることは裁判所ではよくあることです。懲役7年か懲役5年かとかで判断が分かれるというレベルの差異の話ではありません。ずばり有罪無罪の判断が分かれるということです。それも裁判員裁判と控訴審の判断が分かれるということだけではなく、職業裁判官のみの判断が、地裁、高裁などで180度違ったものになるということです。証拠をどのように評価するのかということも裁判官によって差異があります。全ての裁判官が同じ判断をする訳ではありません」 冤罪論者は、新証拠などが出る訳でもないのに、裁判員裁判や控訴審、あるいは差し戻し審などで、有罪と無罪に180度ぶれるような事件は、冤罪の可能性が高いと言います。 証拠をどう評価するのかが、裁判官によって、差異があるということも、とても怖い話です。 かつて、東京地裁で刑事部総括判事を務められた木谷明さんは、疑わしきは罰せずの刑事裁判の原則を貫かれた裁判官人生だったそうですが、控訴審で逆転有罪とされないように、難癖をつけられないような無罪の判決文を書かれたそうです。 裁判員制度が発足して丸10年を経過しましたが、裁判員制度以前の話として、司法には様々な問題点があると思います。 同じく、東京地裁で民事部総括判事の経験があり、最高裁判所調査官も務められたこともある法学者の瀬木比呂志さんは、このような司法と裁判官の、昔から続く問題点と裁判員制度の悪弊について多くの意見を述べておられます。 著作を数冊読ませていただきましたが、成る程と思うものばかりでした。
2020.07.13
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僕はこう考えるのです。 裁判員を舐めてもらっては困るのです。 裁判員は素人ですが、裁判官と等しい事件の評議者なのです。 ひょっとすると、真摯に事件と取り組む裁判員の方が、事なかれ主義のサラリーマン化した職業裁判官以上に、より本来あるべき裁判官像に近い存在なのかもしれません。裁判員の方が、より刑事裁判の原則に忠実に仕事をするかもしれないのです。 だから、この対馬放火殺人事件のように直接証拠がなく、裁判員に難しい判断を迫ることになることが事前に分かっているのであれば、検察に全ての間接証拠を出してもらいたいのです。 冤罪論者は、被告人(現在は受刑者)を有利にする間接証拠を、検察は隠しているか消去したと言っています。 証拠とは言えないまでも、いくつかの事実について、警察官と検察官が説明した内容と矛盾する話をする、新聞記者、法律家、識者、冤罪論者、対馬市の住人などの存在を僕は確認しています。 対馬放火殺人事件の裁判員裁判の判決から2年と5カ月。 時間が経てば経つほど、法廷では知ることが出来なかった新事実がどんどん判明してきます。 「これは、有罪無罪の判断には関係のない話だから、裁判員(裁判官も?)には伏せておきましょう」 必ず、こんな話があったと思います。 でもねえ、人が2人惨殺されて家屋が放火されて全焼した事件の重大性と直接証拠がなくて有罪無罪の判断させる苦悩度を考えたら、後々裁判員の心の負担を少なくするために、もっと情報を出すべきでしたね。 冤罪論者は、真犯人の追及に世論が動くと困るから警察と検察がいろいろな事実を隠していると言っています。 しかし、有罪論者ですら、仮に良い意味での配慮があったとしても、事実をいくつも隠すということになると、後でそれを知った裁判員(裁判官も?)が、自分達が下した判決に誤りがあったのでないかと苦悩するから、対馬放火殺人事件のような事件の場合、事実は明らかにすべきであると言うのである。 畢竟、その事実を明らかにしたとて、大勢に影響はなく、検察が有罪を確信するのであれば、それを明らかにして、少々、裁判員裁判の公判と審理の期間が伸びた所で裁判員サイドの大勢にもたいして影響はないのである。 僕たちは2年前、1月下旬から3月下旬まで拘束されましたが、あと半月か一か月拘束期間が伸びた所で、投げ出すようなことはやらなかったと思います。 もう一度言いますが、直接証拠がない重大事件で難しい判断を裁判員に迫る以上、時間短縮の配慮は要りません。 その証拠、その事実が、些末なものであるとか、大勢に影響ないということは、警察官や検察官が判断するのではなく、裁判員に判断させてもらいたいと思います。
2020.07.13
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裁判官と裁判員は、担当する事件について、警察や検察と同様の情報を得ている訳ではありません。 このことについて、裁判員に選任された直後、K裁判長から、「これは、今回の事件に限らず、刑事事件の裁判員になった人、全員に必ず最初にお話する一般論です」という前置きがあって、次のような説明があったことは既述しました。「警察と検察は、持っている証拠の全てを出すわけではないと考えて下さい。警察と検察は被告人を有利にする証拠は持っていても法廷には出さないので、この点は覚えておいて下さい」 それは、この対馬放火殺人事件についても同様だなと感じる所が多々ありました。 裁判員裁判の判決後、裁判所が裁判員メンタルヘルス窓口の電話相談を秘密録音した問題や、虚偽の説明をしたK裁判長のことを、守秘義務に反しない範囲で、メディア関係、政党議員関係、法曹関係、学者関係などの方に相談しました。 すると、特にメディア関係、法曹関係の一部の人達から、この事件について、裁判所からも検察からも被告弁護人からも僕が全く聞いていなかった、新事実を知らされることが幾つもありました。 穿った見方をすれば、K裁判長、T右陪席判事、M左陪席判事は知っていた可能性があると思います。 K裁判長からは再三、嘘の説明を受けたので、上記、K裁判長がした一般論の説明もそのまま信用することはできないかもしれないのです。 ただ、僕としては、現実の裁判所と検察庁の関係は、先に紹介したテレビドラマの「99・9刑事専門弁護士」で描かれているような歪んだ関係ではないということに期待したいのです。 仮に裁判官たちが知っていたとしても、有罪無罪の判断の資料としては些末な事で、弁護側も取り上げないようなことだから、裁判員には知らせなかったということは考えられます。 しかし、僕は、このことには、大きな引っ掛かりを覚えずにはいられないのです。 それは、弁護側も完全ではないからです。 この対馬放火殺人事件の裁判員裁判に、警察と検察が、それぞれ県警と地検の総力を挙げて取り組んだことに比べると、被告側の弁護士3人は、全員が国選弁護人という立場で、時間にも人手にも圧倒的ハンデを背負いながらの活動を余儀なくされました。 それで、一定数の新聞記者と冤罪論者は、弁護側が十分に弁護し切れていない部分が随所に散見されたと言っているのです。 事実、法廷で、検察側証人の反対尋問で、弁護人3人が誰も気付かないことに、反対尋問の終了後、裁判員が気付いて質問して、裁判員を擁護する裁判官からも追及されて、検察側の主張が部分的に崩れたというようなことがありました。
2020.07.12
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これまでに何度も既述してきましたが、裁判員経験者には、担当した事件の評議の内容について、一生涯、守秘義務が課されています。この守秘義務に違反すると、6月以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられます。 そして、その評議については何も話すことができないことが、精神的苦痛を増幅していることも、何度も既述しました。 全ては、法曹関係者や識者が「死刑か無罪かの二者択一しかあり得ない」と評していた裁判員裁判の判決が無期懲役刑だったことに起因しています。 裁判官と裁判員は、有罪論者、無罪論者の全員から、物凄いバッシングを受けました。 家族や親しい友人からも大いに抗議をされました。「おかしいじゃないか」と。 被害者2人とは全く接点のない人、しかも、無罪論者の一部からですらも、次のように言われて、責められました。 「有罪にするのなら、死刑にしてやらないと、被害者遺族の心は救済されないじゃないか」 また、こんな事を言う人もいました。「凶器とガソリン携行缶を準備して、2人の惨殺と全焼火災を実現させて、やっていないとシラを切って反省しない犯罪者が無期懲役刑で済むのなら、今後、同様の犯罪の発生に歯止めがかからないぞ」 そして、「ある人」からはこう言われました。「被害者遺族は本当のことを知りたがっています。評議室にいて、全てを知る貴方が、ご遺族の心を救ってやって下さい。判決文には書かれていない真実があるはずです。それを被害者遺族に教えてやって下さい」 僕は、その時、胸を締め付けられました。 とても苦しくて辛くて、涙が出ました。 法曹関係者と識者、新聞記者などのほぼ全員が、裁判員裁判の判決前に措定していた「死刑か無罪かの二者択一」であるべきだったことが、妥当だったかどうかは、僕は口外する立場にありません。 ただ、被害者のご遺族が、この判決に不満を持たれて、そのお気持ちを裁判員裁判の判決から2年以上もずっと引きずられて今日に至っておられることは、痛いほどよく理解できるのです。 いっそのこと、被害者のご遺族に、僕が知っていることを全て、お話しすれば、「ある人」の言う通り、被害者のご遺族の心が救われるだろうなと考えたことは、この2年5か月の間で何百回もあります。 評議の内容を話して、救われるのは、被害者のご遺族だけではありません。 もし、そうする事が出来るのなら、一番救われるのは、僕の心なのです。
2020.07.06
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対馬放火殺人事件の被告人(現在は受刑者)の無期懲役刑が最高裁判所で確定したのは、昨年12月のことです。 これで、刑事裁判としては一応の決着がついて、被告人(現在は受刑者)は刑務所に収監され、無期懲役囚という境遇に置かれることになりました。 ところで、FさんとS子さんの遺族は、刑事裁判の判決確定から半年後の先月、長崎地方裁判所に民事の損害賠償請求を起こしました。 受刑者に、突如として家族を失ったことについて「多大なる精神的な苦痛を被っている」として、あわせて1億3千万円の損害賠償請求権の一部、1千万円を請求したのです。 被害者遺族はメディアの取材に対して、「自分の犯した罪と向き合い、しっかりとした償いをしてもらいたい」とコメントしました。 しかし、この訴えに対しても、受刑者は、逮捕以来、一貫して主張している通りのことを繰り返したそうです。 つまり、受刑者は、「自分は犯人ではありません」という内容を書いて、裁判所に送付したそうです。 先月30日の第1回口頭弁論は、被告が刑務所にいて出廷出来ないという理由で開かれませんでした。 識者は、「受刑者は、まさか、民事で訴えられるとは思っておらず、突然のことで、弁護士に依頼する時間が無かったのではないか」と言っています。
2020.07.06
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30年以上前の旧司法試験の合格者数は、概ね500人を切る程度に抑えられていました。 旧司法試験制度のまま、合格者数を700名程度まで増やしたり、1000人程度まで増やしたりしましたが、硬直化した試験制度の悪弊に解決の目途が立たなかったから、法科大学院創設による新司法試験制度への移行がなされました。 率直な話、予備試験ルートも含めて、現行の司法試験は、昔の旧司法試験に比べると、試験問題は簡単だし、合格者数が昔の3倍以上であるから、今の試験は、昔の法曹志願者からすると、かなりちょろい試験であるように感じられています。 それに、昔だったら、東大文Ⅰに行くような優秀な人材が、今では、はなっから官僚や法曹の道を選ばず、医学部に行く傾向に、この20年ほどで拍車がかかっているので、東大卒の司法試験合格者と言えども、昔の合格者より質が落ちていると言う人もいるのです。 東大医学部を卒業して医師にならずに、国家公務員I種試験に首席で合格して財務省に入省した吉本曉子さんのようなケースもあります。昔だったら、考えられないことです。昔は、上位一桁は優に東大法学部が独占していました。 ところで、昔の旧司法試験合格が難しかった話は、K裁判長もしていました。 K裁判長が合格した年度は合格者数が700名程度だったそうですが、これは、現行の制度の合格者数の半分程度です。 このことはK裁判長の誇りです。 ただし、K裁判長は一発合格者ではありません。かと言って、だらだらと5回以上受験したわけでもありません。だらだらと受験していると、合格時の年齢が高くなって、任官できなくなります。 K裁判長は、「旧司法試験には実力で合格したのではない。運が良かったから、合格できた」と言っていました。 実は、K裁判長は次のような本音をこぼしました。「二次試験の論述式のある科目で、たまたま直前に目を通していた論点を問う問題が出題されて、ラッキーにも、その科目で満足できる答案を書けたことが、合格の主要な原因です。あれで気を良くして流れが良くなった。あれがなければ、たぶん試験は落ちていたと思います。そして、その後、何回受験しても合格したという自信はありません」 僕は、これまで、東大法学部を卒業してでさえ、不合格を繰り返し、旧司法試験についに合格できなかった複数の人達と出会ってきました。 その人たちの中には、K裁判長の言うように、旧司法試験のギャンブル性を指摘して、「運」を口にする人もいました。 でも、どんなに難しい試験でも、一発合格する人や、二回目で合格する人がいることも事実なのです。 東大法学部のトップの人達は、かつて、上級職国家公務員試験と旧司法試験と旧外交官試験のうち、2つくらいを掛け持ちで勉強して、2つとも在学中合格を果たすという光景がよくあることでした。 合格者が500名未満だった頃ですら、当時の法曹は今以上に重宝されていたのに、司法試験合格を蹴って、大蔵省(現財務省)や通産省(現経済産業省)に入省する人が結構いました。 それに旧司法試験合格と上級職国家公務員試験合格の両方を蹴って、学者の道を選ぶ人などもいました。 東京のそこそこの家庭で生まれ育った人達は、一般大衆が評価するほど、裁判官や検察官が群を抜いて高い存在だとは認めていないのです。 東大法学部で良い成績を修めながら、故鳩山邦夫さんのように政治家になるために、はなっから、官僚も裁判官も検察官も眼中にない、と言う人もいます。 企業経営者の息子で東大法学部に行く人達も、跡を継ぐために、はなっから、これらの試験は受けません。 K裁判長は、三重県の出身で東大卒ではなかったので、このような事情をよく知りませんでした。 K裁判長は、任官以来、今日に至るまで、裁判官という職業を絶対的で最高位の存在だと思い込んできたようでした。 ご自身が「運よく旧司法試験に合格して、運よく裁判官になれた」と思っているのなら、一緒に仕事をする裁判員にも「この裁判長と出会えて、私は運が良かったわ」と思わせるような裁判官であって下さいよ。K裁判長どの。
2020.07.01
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T右陪席判事は、女性なので、感性が僕たちとは違っていたのかも知れませんが、気配と足音で、近づいて来る人物が分かると言っていました。 ある時、評議室で談笑していると、T右陪席判事が言いました。 「今、廊下をK裁判長が歩いて、こちらへ向かっています。この足音はK裁判長のものです。間違いありません」 すると、確かに、T右陪席判事の言う通り、大きな重量感のある足音がドアの外に響いたかと思うと、ドアが開いて、K裁判長が入ってきました。 T右陪席判事は、僕たちが気付くより早い段階で、K裁判長が近づいて来ることを敏感に察知しました。 ある時は、健康のためのヘルシーな食事の話をしていた所、突然、T右陪席判事の笑顔が消えて、「裁判長が来ますから」と言いました。 またある時、評議室のマガジンラックにある雑誌に漫画本が混じっていたので、その事が裁判員の間で話題となって、T右陪席判事が次のように説明したことがありました。 「これらの本は元々はK裁判長の私物です。K裁判長が読み終わった本を評議室に持ってくるのです」と。 すると、この説明の直後、また、K裁判長の足跡に気付いたT右陪席判事の顔から和やかさが消えて、「裁判長が来ます」と言いました。 T右陪席判事は間違ったことは言っていませんが、その発言内容をK裁判長に知られるとまずいと思っていたようです。 T右陪席判事もM左陪席判事も、K裁判長の直属の部下で、K裁判長から定期的に勤務評定をされて、その結果を高等裁判所に報告されます。 だから、2人とも、絶対にK裁判長に逆らえないのです。 逆らえないと言うのは、業務上の事だけではありません。個人的な価値観や志向ですら、K裁判長との違いを出来るだけ、K裁判長本人には知られたくないというスタンスだったように見受けられました。 M左陪席判事は、裁判官になって初めて赴任した所が長崎地裁で着任後2年間、刑事部で働いてきたから、そろそろ民事裁判も体験したいと言っていました。 僕には、「K裁判長の元を離れたい」と言っているように聞こえました。 長崎地裁刑事部の大法廷と評議室に通じる廊下 T右陪席判事は、左の評議室の中にいて、談笑中であっても、足音でK裁判長の接近を察知した。 評議室のマガジンラック T右陪席判事は、この雑誌は全てK裁判長の私物で、K裁判長が読み終わった分を持って来て差し込むと言いました。
2020.06.30
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裁判員選任手続きが終わり、評議室で3人の職業裁判官と6人の正裁判員、6人の補充裁判員が初めて一堂に会した際の出来事は、3月13日の分に記述いたしました。次のものが、そうでした。 左右陪席判事と裁判員に個人情報を語らせるも、自分の話はしないK裁判長。 しかし、厳密には、別の機会に、K裁判長は次のように言って、自分がネットで愛称を込められて綽名されていることについては紹介しました。 「裁判員の皆さんは、私がネットなどで、どのような綽名で呼ばれているか、ご存知ですか。どうせ知らないでしょうから、教えてあげます。私は大仏裁判官と言われているんですよ。たぶん、私の体型から来ているのだと思いますが」 確かに、そう言われてみると、K裁判長の姿恰好は大仏と似ていました。 K裁判長は身長はおそらく160センチ台ですが、体重は優に100キロを超えているだろうと、裁判所刑事部の人達が言っていました。「裁判所勤務になって、これまでに、いろいろな裁判官と出会ってきたが、K裁判長のような、まさに大仏のような体型の裁判官は初めて見た」と言う職員もいました。 K裁判長は、「私はこのような体型ですが、特に健康に問題はありません。血圧は低いですから」と言っていました。 また、K裁判長はこうも言っていました。「恰好を気にして、食べる量を抑えるなんてことはしたくありません。美味しいものを満腹になるまで食べます。酒も腹いっぱい飲みます。別腹ですから」 裁判員の中には、一部、K裁判長の考えに同調した人達もいましたが、圧倒的多数の裁判員と左右陪席判事は考え方が違っていたようです。 T右陪席判事は、健康に留意した食生活をしなければならないと言っていました。 M左陪席判事は、20代独身の一人暮らしでしたが、実家の両親から、食事のバランスに注意するように言われていると言っていました。 M左陪席判事は、聞く耳があって、探究心が旺盛でした。 昼食時や休憩時、僕が持参した減塩のインスタント味噌汁や健康青汁の小袋を開けて湯を入れようとすると、近くに来て、それらの商品について興味津々に僕に訊ねました。 評議室の電気ポット 僕は、毎日、昼食時は減塩のインスタント味噌汁を、休憩時は健康青汁を、お湯を注いで飲んでいました。ご覧の通り、使い捨てカップもあります。備え付けのインスタントコーヒーやお茶、紅茶は、僕はほとんど飲みませんでした。 補充裁判員の席にあるマイボトル 僕の水分補給のほとんどはマイボトルのお湯でした。裁判所のお湯の安全性を疑ったためではありません。原則、マイボトルのお湯を飲むことが習慣になっているためです。マイボトルを持参していたのは僕だけでした。
2020.06.30
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裁判所には、休日や夜間の令状当番というものがあって、1年365日24時間、いつ、いかなるときも、捜査機関の要請に応じて、逮捕令状、捜索差し押さえ令状等を発行できる体制が整っています。 当番裁判官へは、裁判所内にいても、官舎にいても、書記官が取り次ぐことに変わりはないのですが、官舎にいた場合、令状当番手当の支給がないそうです。 だから、K裁判長は、「令状当番の時は、手当をもらうために、必ず、裁判所に詰めるんですよ」と言っていました。 部総括判事(裁判長)になると、もはや地裁の幹部なのだから、令状当番は免除されると僕は思っていましたが、K裁判長が嘘をついていない限り、長崎地裁では刑事部総括判事にも令状当番をやらせている、ということになります。 長崎地裁の刑事部には、裁判官が(裁判長を含めて)3人しかいないので、K裁判長の話が事実であるとすれば、そのような事情に理解はできるのです。 T右陪席判事も、「刑事部だけでは手が足りないので、民事部の判事にも令状当番に加わってもらっている」と言っていました。 しかし、K裁判長が言っていることが事実であったとしても、地裁の部総括判事に昇格して年収が2000万円程度あるのに、裁判員に向かって、「令状当番手当を貰うために官舎ではなく裁判所に詰める」と口外する必要はないと思いました。 裁判員には、職業裁判官の手当の支給基準なんて、どうでもいいことなのです。 K裁判長は、ネット競馬で通算300万円以上の黒字を出したとも言っていました。 またK裁判長は、パチスロが趣味で、1日で10万円以上儲かったことが何度もあるとも言っていました。 裁判官としての収入以外にも副収入を得ているわけです。 K裁判長の一番の趣味は高級食材を扱う名店巡りですが、中でも、本マグロの大トロとA5等級の松坂牛と分厚いフィレステーキを食べることが大好きだと言っていました。 自動車については、最高級グレードのレクサスの購入を検討していると言っていました。 ぜいたくな暮らしをするために、金銭に執着するのも分かりますが、対馬放火殺人事件という長期審理の裁判員を引き受けたために、裁判員手当では埋めることが出来ない経済的損失を被った裁判員もいるのです。 また、これまでに何度も既述してきましたが、「宿泊費騒動」もあった訳ですからねえ。 お金や贅沢の話は、「宿泊費騒動」で冷や汗をかかされた裁判員には歓迎されなかったと思うのですがねえ。 裁判長が、裁判員に、友達感覚で、本音でくだけて接することが悪いことだとは言いませんが、時々は、品格があって、心の琴線に触れるような話をして欲しかったですねえ。金銭ではなくてねえ。
2020.06.29
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裁判員業務は土日祝日はお休みです。 それで、裁判員は金曜日の業務が終わると、月曜の朝まではゆっくりと自宅で過ごすことが出来ます。 ただし、既述した通り、僕の実家は、長崎地裁から、徒歩と電車で2時間半かかる場所にありました。 それで僕は、長崎市内のホテルに宿泊していたので、金曜日の業務終了後、自宅に帰ると、翌日の土曜日1日だけはゆっくりと過ごすことが出来ますが、日曜日になると、また昼から長崎市内のホテルへ戻るという生活を繰り返していました。 そして、これは、裁判所から、選任直後に注意事項として言われたことですが、裁判員の誰か1人でも遅刻すると、10時の開廷時間を遅らさなければならなくなるし、開廷中、居眠りをすると、裁判員業務に支障をきたすから、体調管理には万全を期すようにとのことでした。 裁判員は、開廷中、全ての証人の一挙手一投足を見て、メモを取りながら考えなければなりません。 そのため、僕は、裁判員任務の期間中は、土日祝日であっても、病気にならないように神経を使っていました。 今、たまたま、世間ではコロナ禍のために、様々な対策が取られていますが、コロナ禍の前でも、裁判員は感染症をうつされないように万全の防備をする必要がありました。 対馬放火殺人事件は50人を超える証人が出廷して、全ての証人に対して、主尋問反対尋問と裁判所からの質問が繰り返されました。 しかし、もし、裁判員数名がインフルエンザにでも感染して正裁判員に欠員が出たら、それまでの公判廷での尋問と質問はすべて無かったことになり、もう一度、裁判員を選んで、公判廷をやり直さなければならなかったのです。 僕は、裁判員であった期間は、常時マスクをしていました。そして、裁判所以外では、できるだけ1人でいるように努めていました。 実家から長崎市内のホテルへ行くときも余裕を持って、移動していました。 ただでさえ、有罪無罪の判断が難しいとメディアが報じていた長期審理の事件を担当するのに、怪我防止や感染症対策で1人でいることは難儀なことでした。 勿論、裁判員であるということは、定宿だったホテルの受付嬢にも悟られてはなりません。 親切に対応してくれる受付嬢やホテルのスタッフに身分を隠すことは辛く感じることもありました。 裁判員の任務期間中、楽しみと言ったら、電話とメールでの友人知人とのやり取りかテレビ視聴くらいしかありませんでした。 裁判員任務期間中は、土曜日から日曜日の午前中にかけて、実家で家事を済ませて、日曜日の午後からは、また長崎市内のホテルに戻っていました。 余裕を持ってチェックインして、夕食と軽めの運動と風呂を済ませて、夜9時なったら、ベッドに横たわって、あるテレビドラマを見てから、就寝していました。 そのドラマとは、2018年1月14日から3月18日までTBS系列で放送されていたドラマ『99.9 -刑事専門弁護士-seasonⅡ』だったのです。
2020.06.28
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通常、判決文の朗読は、判決の主文、判決理由という順でなされることが原則ですが、死刑判決の場合は判決理由から読み上げられることが一般的です。 だから、重大事件の判決で裁判長が開口一番「主文は後回しにして、判決理由から・・」と説明すると、その瞬間、傍聴席の放送局の記者たちは立ち上がります。 そして、大急ぎで法廷を出て、裁判所正面玄関前に待たせているテレビカメラに向かって、次のように叫ぶことが、おなじみの光景なのです。 「有罪判決です。有罪判決が出ました。まだ主文は読み上げられていませんが、極刑です。極刑が言い渡される模様です。厳しい判決が出ることが確実です」 しかし、主文を後回しにするからと言って、必ずしも死刑判決が出る訳ではありません。現に対馬放火殺人事件がそうでした。 無期懲役の判決の場合だって、主文を後回しにすることがあるのです。 対馬放火殺人事件の裁判員裁判の場合、何度も既述してきましたが、専門家、識者などの前評判は、有罪になるか無罪になるかは、真っ二つに意見が割れて拮抗していました。 そして、これもまた何度も既述してきたことですが、有罪だったら、死刑しかあり得ないと事前に専門家と識者の全員が断じていました。 それは、この事件では、無期懲役に向かう要素が皆無であると彼ら全員が確信していたからです。 K裁判長が、「主文は後回しに」と言った瞬間、記者席は騒めき、小声で「こりゃ死刑だな」と漏らす記者の驚いた表情が記者席近くにいた僕には良く見えていました。 記者席にいた記者の半分以上が、その瞬間、物凄いスピードで法廷から飛び出て行きました。出て行ったのは男性記者が多かったです。 僕が座っていた補充裁判員用の傍聴席の隣には、通路を隔てて、地元テレビ局の女性記者が座っていました。 その女性記者は、開廷して、起立着席後、K裁判長が口を開くまでは、膝の上に取材用の大型の手帳を載せていましたが、K裁判長の「主文は後回しに」という文言を聴いた瞬間、驚いて、その手帳を滑らせて床に落としそうになりました。 その手帳には、僕にもはっきりと読める文字が書かれていました。 たまたま、女性記者が見ていた頁の内容を、僕は把握することになりました。 今ここで、その内容に詳細に触れることはいたしませんが、この事件について、メディアがどのように考えていたのかを垣間見るような内容だったことだけは、漠然と言っておきます。 ところで、メディア関係者が驚いたのは、最初の「主文は後回しに・・・」という場面だけではありません。 判決理由の朗読の中で、検察の言い分を大筋で認め、被告人(受刑者)を非難する文言がエスカレートして行ったにも拘らず、判決理由の最後にさしかかると、「突発的な犯行」だとか「計画性がない犯行」だとか「それほど悪質ではない」などと言うK裁判長の言葉が、記者たちの驚嘆の表情を誘いました。これは、まだ、「無期懲役」という文言が出る前の場面です。 そして、「死刑を選択せざるを得ない程のものではない」とK裁判長が言った瞬間、また大きな騒めきが起きたのです。
2020.06.25
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判決の日、その当日になって、H書記官から、次の事務連絡を受けました。「裁判長の判決文の朗読は、正裁判員の方々はいつもの裁判員席で聴いていただきますが、補充裁判員の方々はいつもの裁判員席ではなく、傍聴席で聴いていただく慣わしになっています」「それで本日はその分、一般の傍聴人を減らして、特別に補充裁判員の皆さんの席を準備しました」 不謹慎な話ですが、僕は、これは願ってもない、僕にとっては悪くない処遇だと思いました。 なぜなら、補充裁判員の席は、正裁判員の席の後ろにあるとは言え、検察官、弁護人、傍聴人のほぼ全員から見える位置にあり、長い公判廷の間、僕は窮屈な思いをしてきました。それに辟易していたのです。 そして、僕は補充裁判員であるとは言え、メモで核心をつく質問をして、東大法学部卒のO女性検事から、何度も視線を向けられました。哀願めいた視線であることもあれば、お気に召さない視線であることもありました。概して、後者の視線であることが多かったのです。 検察側の鑑定証人の法医学教授I先生の主尋問と反対尋問が終わり、裁判官の質問も終わり、K裁判長が「裁判員の皆さんは質問はありませんか」と振ってきたので、僕がメモで質問(M左陪席判事が代読)すると、I先生の主張が崩れ、僕の質問に続いた裁判官たちによってI教授が論破されたことは既述しました。 結局、このことで、FさんとS子さんが暴行された時間帯にそれぞれ5時間以上の誤差があることが分かり、検察主張の肝心な部分が崩れることになったと新聞記者と識者は言うのです。 全ての裁判員は、当然、判決の主文も判決理由も予め知っていたから、O検事が無期懲役を相当とするという判決にどのようなリアクションをするかについて、僕には痛いほどよく見当がついていました。 おそらく、僕は、O検事から凄い形相で睨みつけられるだろうなと不安に思っていたのです。 ところが、裁判員席に座らなくてもいいとH書記官から聴いたので、まず最初はそのことだけで不安が解消されて、悪くはないなと思ったのです。 そして、悪くない事は、もう一つありました。 実は、その補充裁判員用の僕の傍聴席は、記者席のすぐ近くにあったので、通路を挟んで、女性記者の表情、息遣い、手帳に走らせる文字まで、良く見えていたのです。 しかも、その女性記者は、地元テレビ局の記者で、僕がよく視聴していた番組の記者でした。 そして、いよいよ、長時間にわたる、K裁判長の判決文の朗読が始まりました。 これも、裁判所の慣わしなのですが(しかも、裁判員制度が開始されるより、はるか昔からのものですが)、判決文の朗読は裁判長が1人で最初から最後まで担当することになっています。 右陪席判事も左陪席判事も、勿論、裁判員も、一切手助けはしません。 判決文を聴く方も大変ですが、朗読する方はその何倍も大変なのです。 僕は、K裁判長とは、個人的にいろいろな因縁がありましたが、この最後の大仕事には敬意を払いました。 対馬放火殺人事件の長い判決文を聞きとりやすい声で噛まずに読み上げることは大変な仕事です。 しかし、K裁判長は、一番大事な主文の無期懲役という所で噛んでしまいました。 それで言い直したのです。 この裁判は、最初、K裁判長が「主文は後回しにして、最初に判決理由から述べます」と言った朗読の順序だったので、K裁判長が噛んだ場面は、ほんとうに最後の部分だった訳です。
2020.06.23
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Fさんは、受刑者が経営する鉄工所に、漁船のエンジン換装とそれに付帯する工事全般を手伝うために、頻繁にやって来ていました。 検察は、受刑者とFさんとの間で、新品のエンジンを取り付ける契約がなされていたにも拘らず、受刑者はFさんを騙して、壊れた中古のエンジンを取り付けたことでトラブルに発展して、事件が起きたと言っています。 受刑者はFさんから工事代金として前金を100万円貰っており、その返却を迫ったFさんと揉めて、受刑者はFさんを殺害するに至ったと検察は考えました。 ところが、弁護側は、そのような事実はないと徹底的に否定しました。 そして、受刑者とFさんが揉めたことを客観的に証明するものは何もないと弁護側は主張しました。この点は検察側も否定できませんでした。 既述した通り、Fさんは手伝いに来る度に、必ず、受刑者と従業員Nのおやつとして、菓子パンや飲料を購入して持って来ていました。不和があれば、こんな事をするはずはないと多くの人が思うはずです。 実は、事件のあった日に、Fさんの奥さんの携帯には、Fさんからのメールが入っており、画面には、「試運転終わったよ」とありました。 この「試運転」とは、漁船のエンジン換装工事が終わって、実際に海で船を動かしたということです。 一審の裁判員裁判では、検察は、「このメールは受刑者がFさんになりすまして、Fさんの奥さんに送付したものだ。なぜなら、壊れた中古エンジンを乗せ換えたので、試運転なんて出来るわけがない」と言いました。 勿論、弁護側はメールはFさん本人が送ったものだと反論しました。 結局、長崎地裁と福岡高裁はそのメールは、弁護側が言う通り、Fさん本人が送ったものだと認定しました。 しかし、裁判所では可笑しな理屈付けが行われたと識者と冤罪論者は言うのです。 福岡高裁は、「『試運転終わったよ』というメールはFさん本人が送ったものだが、その試運転とは、試運転そのものではなくて、試運転のための準備作業のことだった。試運転のための準備作業をFさんが省略して試運転と表現したのだ。壊れた中古エンジンで試運転ができるはずがない」と言い切ったのです。 ????????????????????? 識者と冤罪論者だけでなく、普通の一般市民も驚嘆します。 受刑者は死刑にすべきだと強く訴えていた人ですら、この福岡高裁の理屈付けは不自然であると言うのです。 普通、「試運転終わったよ」と言えば、実際にエンジンを作動させて、僅かな距離でもいいから海上で船を動かしたことを言うのだと、有罪論無罪論に関係なく、漁師関係者、船舶工事関係者は、異口同音に驚くのです。 何度も既述してきましたが、この対馬放火殺人事件は分からないことが沢山あり、それ故に、推測と想像を、あまつさえ創造や作出、思い込みまで呼び込んでしまう危険があると、冤罪論者は勿論のこと、有罪論者まで言っているのです。 大まかに、受刑者を無期懲役とすることを、長崎地裁、福岡高裁、それに福岡高検は了承しましたが、それぞれの立場の認識には食い違いがある部分も多いのです。 事件前にFさんは、奥さんに「エンジン換装工事の進捗状況が遅い」と不満を漏らしていました。トラブルと言うほどのものではありませんが、Fさんは奥さんには、いろいろと本当の話をしていたと考えられます。 その奥さんは、病気の治療のために、事件前、対馬から福岡の病院へ行きました。 病気の奥さんに心配をかけまいとして、Fさんが「試運転終わったよ」と嘘を言って安心させたということも考えられないわけではありませんが、奥さんは長期間入院している訳ではなく、すぐ帰ってくるので、嘘がばれると、喧嘩の原因になります。 なによりも、検察は、Fさんが奥さんに嘘を言うような人ではないとの確信を持ったから、このメールは受刑者がFさんになりすまして奥さんに送ったものだと主張したのだと冤罪論者は言います。
2020.06.21
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識者が言うには、対馬放火殺人事件のように、「(弁護側が言う)胡散臭く改ざんされた疑いのあるような確度の低い間接証拠の寄せ集め」のみで、有罪無罪の判断をするケースでは、如何様にもストーリーを作って、有罪にでも無罪にでも判決文を作ることができるのだそうです。 しかも、有罪にするのなら、死刑にでも無期懲役にでも有期の懲役にでも、どういう量刑だろうが、やってのけられるそうです。 なぜなら、自白や目撃者や凶器の発見などの直接証拠が全く無いから、犯行の動機や手段、方法などが全く不明であり、事件の全容は雲をつかむようなものであり、思った通りの判決文を書くために、どうにでも理由付け、理屈付けをすることが出来るからだそうです。 事実、対馬放火殺人事件では、同じ無期懲役を相当とする判断を長崎地裁と福岡高裁という2つの裁判所がしているのですが、その理由付け、理屈付けは、両者で食い違う部分があるのだと言います。 長崎地裁の裁判員裁判では3人の職業裁判官と6人の正裁判員、4人の補充裁判員が相当長い時間をかけて知恵を絞って議論したはずだと多くの人は考えているのですが、それでも、判決理由では、事件について踏み込んで言及していない部分が沢山ありました。 はっきり分からない事が多かったから、迂闊に触れることを避けたのだと識者は言っています。 ところが、福岡高裁の控訴審の判決文では、3人の職業裁判官だけの議論で、原判決が言及しないことにまで、踏みこんだ判断をしていると識者は指摘しています。 それだけではありません。原判決の認定を間違いだと言い切っている部分もあるそうです。 つまりは、同じ無期懲役の判断でも、どのようにでも、理由付け、理屈付けが出来る。それなら、有期の懲役にするためにだって、無罪にするにためだって、どのようにでも、理由付け、理屈付けができるではないかと、識者は言っているのです。 ところで、評議室で雑談中、K裁判長が、他の裁判所勤務時代に、無罪判決を出したことがあると語り、「腹をくくって、その気になれば、有罪だろうが、無罪だろうが、どんな判決文だって書ける。自分は警察も検察も怖くない」と放言したことは既述しました。
2020.06.19
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ここで表記する識者とは、司法担当の経験から裁判所の事情に明るいメディア関係者や現職の弁護士、元裁判官、元検察官、法学者などの人達の他、衆院参院の現職議員やその秘書、中高一貫の有名進学校から東大法学部へ行き、卒業後も各分野の同窓生と交流があって霞が関や最高裁などの事情に明るい人達のことです。 その識者が異口同音に、「現段階では対馬放火殺人事件の再審請求は難しい」と言うのです。 なぜなら、今年4月の人事異動で、福岡高裁第3刑事部のS左陪席判事が、長崎地裁刑事部の総括判事(裁判長)になったからです。 対馬放火殺人事件は、一審の長崎地裁の裁判員裁判で無期懲役の判決が下り、検察側弁護側双方が不満を言って控訴。二審の福岡高裁でも無期懲役が相当とされ、その後、最高裁でこの無期懲役刑は確定しました。 福岡高検がそれまでの検察の死刑の方針を転換して、無期懲役刑を受け入れて上告しなかったことは何度も既述しました。 受刑者が再審請求しようとすると、最初に無期懲役の判決を下した長崎地裁に対してしなければなりません。 ところが、上記の通り、この長崎地裁の刑事部の総括判事(裁判長)は、福岡高裁(控訴審)で長崎地裁の無期懲役の判断は正しかったと判示した裁判官なのです。 受刑者が再審請求した所で、絶対にその請求を認めるはずがないと、識者は言います。 それを認めることは、裁判官自らが「自分の判断が間違っていました」と公言することとイコールですから。 もっとも、この事件の再審請求が難しいのは現段階のみだそうです。 3年後にはS裁判長は異動で長崎地裁からいなくなると識者は言っています。
2020.06.19
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対馬放火殺人事件では、法廷で暴露される以前の早い段階で、警察の捜査活動に不適切な部分があることが、一部メディア関係者の間では噂されていたそうです。 その不適切な部分の幾つかは、裁判員裁判の法廷で暴露されて、裁判長の判決理由の朗読でも、その一部が取り上げられてダメ出しを受けました。 傍聴人には、まるで、「こんな捜査活動で入手した証拠は本来なら採用されなくても仕方がないんだぞ」と裁判長が言っていたように聞こえたと言います。 識者は、この部分を捉えて、死刑判決が出なかったのは、裁判官と裁判員が証拠のねつ造を疑い、冤罪の可能性に悩んだからではないか、と言っています。 また、被害者遺族は、「この警察の失態のおかげで死刑判決が出なかった」と思ったかもしれないと、冤罪論者だけでなく、有罪論者までもが批判的に言っていることは既述しました。 新聞記者と冤罪論者は、弁護側が指摘した警察の不手際について、検察官が法廷で否定しなかった(できなかった)部分は、すべて、事実であると考えてよい、と言っています。 その警察の不手際とは、再逮捕を2度も繰り返しながら、受刑者を自白させることができずに、凶器などの直接証拠を発見できなかったこと。人権を無視して短期間で体重が10キロ以上も減るような過酷な取り調べをしたこと。受刑者の母と姉を警察署に呼んで聴取した内容の一部を後で改竄したこと。鑑識作業に失敗してガソリン携行缶の取っ手部分を試料としてダメにしてしまったこと。捜索差し押さえ時、重要な証拠物である黒サンダルに素手で触れたことなど、たくさんあるのです。 これらの警察の失態には、弁護側だけでなく、傍聴していたメディア関係者と一般市民、法廷外で中立的立場で傍観していた元裁判官、元検察官などの識者が一人の例外もなく驚き呆れました。 裁判員裁判の法廷では、弁護側の3人の弁護士によって、警察の不手際や不適切な部分が指摘されるたびに、東大法学部卒のO女性検事の表情が曇りました。 東大法学部卒のO女性検事は、これら警察の失敗のほとんどを反論することができませんでした。 O女性検事は一部については反論しましたが、「うっかり失敗したんですよね。悪意はありませんでしたよね」などとフォローすることしかできませんでした。 弁護側や新聞記者、冤罪論者などは、警察が作成した報告書や聴取の記録は、後々、裁判員裁判、控訴審、上告審、再審請求、再審などのすべての場面で、一応は正しい公式記録であるとされるので、一部を改竄することですら、絶対に許されないと憤慨するのです。 実は、本事件の重要な証拠物とされたヤマト製黒サンダルLLを、捜査員が、受刑者の母や姉に確認する際にも、不適切なことが行われました。 捜査員が黒サンダルを受刑者の母と姉に見せて、「これは息子さん(弟さん)のサンダルに間違いありませんね」と言って、確認を取ったわけですが、その際、その捜査員は、褐色のビニール袋に入れて、受刑者の母と姉に見せたのです。 これでは、サンダルの色がさっぱり分かりません。形状もよく分かりません。 普通は透明なビニールに入れるのに、誤導させるために、捜査員は、わざと色付きのビニールに黒サンダルを入れたと弁護側は言っていたのです。 結局、実際に、その誤導が起きて、受刑者の母と姉は、誤った証言をすることになったのです。 他にも、このような誤導を招くような聴取方法はたくさんあったはずだと一定数のメディア関係者と冤罪論者は言っています。 だから、警察段階での聴取の記録の信頼度は大きく落ちると、弁護側と一定数のメディア関係者、冤罪論者は断言するのです。 検察段階の記録にしても、録音録画の制度に至る歴史からも明らかなように、完全には信頼できないと、弁護側、一定数のメディア関係者、冤罪論者は言っているのです。 中でも特筆すべきことは、この対馬放火殺人事件については、東大法学部卒の法曹関係者や元裁判官、元検察官などの人達の中に、冤罪を疑っている人や、警察、検察の不適切な部分を指摘する人達が、結構な割合いらっしゃるところなのです。 そのような人達が、裁判員裁判や控訴審などで、裁判官や裁判員は、警察や検察の不適切な聴取記録に騙されて、振り回されていると言っているのです。 今後、受刑者が再審請求するかどうかは分かりませんが、再審請求するにしても、捜査段階から起訴段階までの警察、検察の不適切な仕事の痕跡が、再審請求を阻むことになるのではないかと、識者や冤罪論者達は心配しています。
2020.06.18
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対馬放火殺人事件では、受刑者と全く接点のないS子さん(Fさんの娘さん)殺害の動機が疑問視されました。 弁護側が疑問視しただけではありません。新聞記者も冤罪論者も一般市民も、ほぼ全員が「なぜだろう?」と首を傾げたのです。 なぜなら、会ったことがない人物に怨恨や殺意なんて抱きようがないのです。 受刑者は、(Fさんとは漁船の整備修理をする業者として顔見知りでしたが)、Fさんの家族とは、すなわち、Fさんの奥さん、息子さん、3人の娘さん達とは、全く面識がありませんでした。 受刑者が家族のことを具体的に知ったのは、FさんとS子さんの葬儀に出席した時だったであろうと冤罪論者は言っています。 ところが、検察は、S子さん殺害の動機は、受刑者が経営する鉄工所でFさんを意識不明の半殺しにしたため、そのうち、帰宅しないことを家族が不審に思って警察に届け出るから、そうさせないためだったと説明しました。 そして、検察は、鉄工所でFさんを半殺しにした後、受刑者がFさんの携帯を取り上げて、Fさんになりすまして、福岡の病院に入院中だった奥さんに偽のメールを送信したとも説明しました。 これらの説明は非常に可笑しいものであると、弁護側と一定数の新聞記者と冤罪論者は言うのです。 もし、受刑者がFさんの奥さんに偽のメールを送って、Fさんが健康に生きているように思わせたとする検察所論が事実であれば、娘のS子さんにも同じく、偽のメールを送って工作すれば殺害に及ばずとも済んだからです。「鉄工所を出たが、人と会って来るから、帰りが遅くなる」とか「酔っ払ったから泊まってくる」など、何とでも嘘をでっち上げて、偽のメールを作って送ることが出来ました。 そうすれば、S子さんが警察に届けることを阻止できたはずなのです。 数時間、時間稼ぎが出来れば、検察の言う通り、受刑者が犯人であるのであれば、半殺しにしたFさんとFさんが乗って来た軽トラの始末は、受刑者1人だけで簡単に出来た、と冤罪論者たちは言っているのです。 それに、受刑者が犯人であろうがなかろうが、犯人であったとして、どのような工作をしようが、いずれにしても、受刑者は、Fさんが犯罪に巻き込まれれば、疑われる立場にあったのです。 Fさんは、報道ステーション(テレビ朝日)の原油高騰の特集に出演するような地元の有名人でした。狭い田舎では顔を知られています。 Fさんが漁を休んで、漁船のエンジン換装とそれに付帯する工事のため、受刑者が経営する鉄工所に通って、一緒に作業を手伝っていることは漁師仲間や知人などに広く知られていました。 多大なリスクはあっても、S子さんを殺害するメリットなんて、受刑者には全く無かったと冤罪論者達は言っているのです。
2020.06.17
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対馬放火殺人事件では、2人が殺害され、家屋が放火されて全焼したのです。 我が国における刑事裁判の量刑には幅があります。2人殺害プラス放火の場合であっても、必ずしも死刑判決が出るわけではありません。 過去の裁判例では、2人殺害プラス放火の場合、無期懲役になる場合も結構あるのです。勿論、死刑になるケースだってありますが、その判断の分かれ目として、裁判の判決理由や法律家の解説で次のようなことが言われてきました。 (1)2人の殺害が怒気に任せた突発的なもので、計画性がなければ、無期懲役が 相当 (2)殺害の方法ないし手段が残虐なものでなければ、無期懲役が相当 (3)放火行為も悪質でなく計画的でない突発的なものであれば、無期懲役が相当 (4)被告人に改悛の情があり、被害者遺族に償う意思があれば、無期懲役が相当 (5)被害者遺族に峻烈な処罰感情がなければ、無期懲役が相当 対馬放火殺人事件の裁判員裁判が始まる前、識者の間では、自白や凶器の発見などの直接証拠がない事件であったので、無罪説を唱える人達が、有罪説を唱える人達と拮抗していました。 しかし、無罪説の人達ですら、もし、有罪となると、判決は死刑しかないという認識は、有罪説の人達と一致していました。 それは、上記(1)~(5)のような無期懲役に向かうような要因が、この事件には全く無かったからです。 犯人は、凶器とガソリン携行缶を準備して、被害者宅に押し入っています。そして金槌またはスパナ状のもので、2人をそれぞれ数十回渾身の力で殴打しています。2人の頭蓋骨はそれぞれ複数個所が陥没し、上半身の骨も何か所も砕けていました。 2人とも最初の数発で意識を失い、大量出血しているので、そのまま放置しても数時間の命しかありませんでした。なのに犯人は、意識を失った後も、執拗に殴打行為を繰り返しました。 そして犯人は、持参したガソリン携行缶を住居内に持ち込み、全焼火災を確実に実現させるために、1階部分の全ての部屋の畳を剥して、風通しを良くしたうえで、ガソリンを家のあらゆる箇所に撒いて、火を付けました。 厳密に言うと、放っておいても助からなかった2人でしたが、放火の際はまだ息をしていました。犯人はその2人の体にもガソリンをかけ火を付けました。 また被害者宅はぽつんと一軒家であったわけでなく、近くには近所の人達の家屋もあったため、犯人の放火行為は、一歩誤ると、近所を巻き込む大規模火災に発展する危険もあったのです。 そのうえ、受刑者は逮捕以来、一貫して無罪を主張しています。 それで、上記の諸点に加え、もし受刑者が犯人であるとすると、逮捕以来、一貫して無罪であることと真犯人がいることを主張し続けていることから、その刑罰は死刑しかあり得なかったというのが、有罪論者、無罪論者の別のない、共通した認識であったのです。 長崎地裁の裁判員裁判では、判決理由で、「2人の殺害は、計画的ではなく、それぞれ怒気に任せて突発的に行われた可能性があるし、放火行為もそれほど悪質であるとは言えないから、死刑を回避して無期懲役刑を相当とします」と結論付けました。 これには、有罪論、無罪論、全ての人達が文句を言いました。 直接証拠が皆無の事件で、弁護側が胡散臭くて改ざんされた疑いがあると主張した間接証拠の寄せ集めだけで判断をしなけらばならなかったとは言え、無罪にしないのであれば、死刑にするしかないと多くの人達が言っているのです。 多くの識者が次のように言っています。識者だけではありません。普通の巷の市民の圧倒的多数の人達が言っているのです。「評議室で死刑と無罪に割れたから、中間の無期懲役にしたのではないか」「裁判官も裁判員も、内心では無罪と思っているから、死刑に出来なかったのではないか」「無期懲役に持って行くために、残虐な計画的犯罪を突発的な犯罪に作り変えた。裁判官と裁判員が死刑判決を出したくないから、無期懲役にするための屁理屈を作り出した」 新聞記者は、裁判官が無罪を主張する裁判員を誘導して説得して、有罪に向かわせたと考えています。この事は何度も既述しました。
2020.06.17
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裁判員は、正裁判員と補充裁判員に関わらず、全ての者が、裁判官と同一の資料の配布を裁判所から受けます。 その資料とは、地方裁判所の書記官が作成した、公判と評議の日程表や検察官の起訴状の写しなどが綴じられたバインダーと、公判が開かれる際、適宜、事前に検察側、弁護側が裁判所に提出するものです。 対馬放火殺人事件では、長崎地裁始まって以来最長の審理期間の裁判員裁判だったため、その資料は膨大なものでした。 また、地裁の書記官は上記バインダーの他に、公判の都度、裁判官と裁判員の席に証人尋問用メモを置きます。下がそのバインダー内の日程表の一部と証人尋問用メモの一部です。守秘義務があるので、証人尋問用メモの文字は消してあります。 実は、裁判員は、守秘義務があるので、1日の裁判員業務がしても、裁判に関係する書類を評議室から持ち出すことは出来ません。 対馬放火殺人事件は、自白や凶器などの直接証拠がなく、有罪無罪の判断が難しい裁判であるとの前評判の裁判だったから、裁判所の外に資料を持ちだして、深夜まで検討していたのだろうと思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、そんなことは出来ませんでした。 資料を持ち出すことができないから、深く検討したい人は早朝に出勤するか、昼休みを短縮して、資料とにらめっこするしかありませんでした。 ところで、僕は、上記の配布を受けた資料の用紙の余白や証人尋問用メモだけでは、とても足らなかったので、これらとは別に、裁判所から厚目のレポート用紙を2冊貰い、2冊目の半分くらいまで、みっちり、必要なことを書き込んでいました。 結局、これらの資料、メモの類は全てを、最終日に裁判所から没収されました。 冤罪を撲滅しようとしている人達、それに裁判員制度をより良いものにしようと考えている人達は、冤罪防止や後々の検証のために、このような資料は大事に保管しておくべきだと言っています。
2020.06.15
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これも事件の評議とは無関係な一般論として、評議室内でK裁判長が話した、K裁判長自身の刑事裁判に関する見解なので、ここで紹介しようと思います。 何度も既述してきたことですが、「個別具体的事件の評議とは関係のない一般論や、評議室内の裁判官の会話、雑談などは、どんどん、話してもらった方が良い。それが、裁判員制度や裁判所、裁判官というものを市民の皆さんに理解してもらうことになりますから」と言ったのはK裁判長自身なのです。 それで、僕は、その通りにしているのです。 畢竟、K裁判長は、刑事裁判の存在意義について、評議室内で次のように力説しました。「裁判官になってずっと貫いてきた、これは自分の刑事裁判に関する一般論ですが、自分は、刑事裁判は、被害者や被害者遺族のためにあるのではないと思います。だから、被害者や被害者遺族の感情に必ずしもとらわれる必要はないと自分は言い続けてきました」 僕は、このK裁判長の刑事裁判の存在意義に関する見解には、完全には承服することは出来ません。 なぜなら、そもそも、刑事法の淵源たる、ハンムラビ法典の「目には目を、歯には歯を」などのタリオ(同害報復)の概念は、その後、世界的に、自然に広く受け入れられてきたわけであるから、被害者ないし被害者遺族の感情は無視することが出来ないと考えるからです。 近世の敵討ちの制度も、自然に受け入れられていました。 ちなみに、刑事訴訟法第1条には、「この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現することを目的とする。」とあります。 この規定によると、一見、一般予防と特別予防に主眼が置かれているように思えますが、被害者や被害者遺族の感情を考慮しなくてよいと定めているわけではありません。 そして、これもまた既述したことですが、対馬放火殺人事件を担当した検事の一人である、東大法学部卒のO女性検事もまた被害者や被害者遺族に対しては冷淡でした。 O検事は、子供向けメディアの取材で、検事という仕事のやりがいについて次の2点であると答えています。(毎日小学生新聞2016年1月26日)やりがい・犯罪(はんざい)を犯(おか)した人(ひと)が会(あ)いに来(き)てくれて、更生(こうせい)したのを見(み)られるとき・犯罪(はんざい)を立証(りっしょう)できたときに得(え)られる、問題(もんだい)を解決(かいけつ)できたという安堵感(あんどかん) 子供相手にコメントしたので、つい本音が出たのだろうと思います。被害者や被害者遺族のことは二の次のようです。 すべての裁判官、検察官が、K裁判長やO女性検事と同じ考え方をしているとは思いませんが、もし、僕が、被害者や被害者遺族という立場で、納得できない判決や論告求刑を聞かせられたら、もはや、司法なんて当てにしません。
2020.06.13
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K裁判長は、一般論として、多くの裁判官が量刑の判断に当たり、検察官の求刑する所から、割り引いている理由を次のように言いました。「多くの刑事裁判では、検察官が求刑する所から、裁判官の判断で割引が行われています。例えば、検察官が懲役10年を求刑しても、判決では懲役7年とか8年などになるケースが圧倒的に多いのです。検察官の求刑通りの判決にならない場合が多いのです。これは、裁判員の皆さんは、どうしてだと思われますか」「検察が提出した証拠から裁判官が有罪を確信したとしても、量刑となると、また別の事を考慮しなければならなくなります。それは、被告人の反省の弁や弁護人の熱意にほだされて情状酌量をやってあげるということ以外の事情です」「実は、裁判所は,司法機関として国家権力の暴走を監視し,人権を最大限尊重するという使命をもっているのです。だから、裁判官は、不適切な警察権力の行使に追従するわけには行かないのです」「警察が完全なことをやってくれれば、もっと検察官の主張は通るようになります」「頭が悪くて横着で威張る警察官がいなくなれば、警察のミスは減って、検察官は仕事をしやすくなります」「前途有望な警察官が退職する場合があるらしい。順調に仕事をこなして、昇進試験を難なくクリアしても、パワハラやいじめがあって退職するらしい。ここでも頭が悪くて横着で威張る警察官が元凶となっている」「裁判官や検察官の職場でも、内部ではある程度の軋轢はあるが、警察のパワハラやいじめほど、ひどい事は起こらない。これは知的レベルの差だ」
2020.06.09
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対馬放火殺人事件の裁判員業務は延3か月に渡る長期業務であったため、評議室では、裁判官、とりわけ裁判長から、一般論として、警察、検察の良くない部分を聴かされる機会が何度もありました。 K裁判長が「裁判員制度や裁判所、あるいは裁判官に親しみを持ってもらうために、評議の秘密以外のことは、むしろ、どんどんと話してもらった方がいい」と言っていたことは何度も既述しました。 それで、今回、また、ここで、K裁判長の言う通りに、お話するのです。 勿論、以降の内容は僕の個人的見解ではありません。だから誤解のないようにしていただきたいと思うのです。 「裁判員に選任されて、初めて評議室に入った人全員に必ず言う、これは事件の評議とは関係のない一般論です」と前置きしたうえで、K裁判長が次のように語ったことも既述しました。 (K裁判長曰く)「法廷で嘘を言う可能性があるのは被告人サイドだけではありません。検察、警察もよく嘘を言うから注意して下さい。我々、裁判官には常識ですが、裁判員の皆さんには無知な人が多いので、お話しするのです。検察は事件をオーバーに話すので注意して下さい。そして警察は時々、証拠を捏造しますから、その点も注意して下さい」 そのK裁判長は、警察組織で働く、主に現場系の警察官のことを折に触れて揶揄しました。 (K裁判長曰く)「現場の警察職員は体力はあっても知力はない。本来、頭が悪いことは恥ずかしいことなのに、なぜか、現場の警察職員は、頭は悪い癖に横着で威張っている奴が多い。本人たちは市民を守る正義の味方だと思い込んでいる」「一歩誤ると、犯罪者になりかねない警察官がいっぱいいる。これは裁判官の世界では常識です」「国税局や公安調査庁などの役人は、そんな荒っぽい馬鹿な警察官を信用していないから、一緒に仕事をやりたがらない。情報を共有すると、荒っぽい馬鹿な警察官が情報を漏らすと思っている。実際、暴力団に情報を流す警察職員はよくいます」「少し前までは、警察組織には税金の横領問題があった。捜査のために必要と称して、捜査で使ったことにして、実際には、警察官の個人的な飲食のために使われていた。彼らに高尚な趣味なんてない。捜査している時以外は飲み食いをしている」「警察の免職の基準は厳しい。基準を厳しくしている理由は、やくざと変わらない性分の警察官がいるから、早めに切り捨てるためだ」「もともと警察官には知性がない者が多いから、犯罪者相手の仕事をしているうちに自身も犯罪者的性質を帯びるようになってくる。我々、裁判官は警察官とは頭の出来が違いますから、犯罪者を相手にしても、崩れることはありません」「頭が悪くて横着で威張る警察官。そんな警察官は社会的弱者には辛く当たり、社会的強者にはおべっかを使います」「検察官は、確実に公判が維持できると判断できない事件はそもそも起訴しません。だから、その判断の過程で警察の良くない部分を見て知っています。検察官というフィルターがなくなれば、頭が悪くて横着で威張る警察官がやりたい放題、司法を混乱させます」「私は過去に、警察がでっち上げた事件に無罪判決を出したことがあります。腹をくくれば、どんな判決だって出せる。私は警察も検察も怖くはありません」 ちなみに、この、K裁判長が無罪判決を出した事件というのは、ホステスの女性が金銭を横領したと疑われて、逮捕、送検、起訴された事件であると、知り合いから聞きました。 ところで、僕は、必ずしも、K裁判長の話はすべてが正しいとは思いません。 子供の頃に見た刑事ドラマでは、自分の命を犠牲にして、人のために尽くした警察官に感動を覚えました。 一部には悪徳警察官がいるにせよ、半数以上の警察官は品行方正でちゃんとしていると思います。 ノンキャリア組なのに努力して県警本部長になった人だっています。
2020.06.08
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対馬放火殺人事件の裁判員裁判の判決から、もう2年と3か月という月日が経ちました。 この間、僕は生きた心地がしないまま今日に至っています。仕事もほとんど出来ずにカウンセリングを受け続けています。 一滴も酒、ビール、ワインなどは飲んでいません。そういう気分になれないのです。 将来のこととか幸福になろうとか前向きなことは考えたことがありません。 心にぽっかりと穴が開いて、僕の心はずっと死んでいます。 弁護側、一定数のメディアの人達、冤罪論者の言う通り、受刑者が真実は無罪であるのであれば、その責任の一端を痛感せざるを得ません。 補充裁判員だったから、評議に直接加わっていなかったから、関係無いです、などと言い逃れるつもりはありません。 その時、僕が、有罪無罪の判断について、どのような立場にあったかに関係なく。 もし、受刑者が真実は無罪であるのなら、僕はそれなりの責任を取ろうと思います。 人を不幸にすることに加担しながら、自分は幸せになろうなんて、僕には、そういうことはできません。
2020.06.06
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裁判員制度の守秘義務について、元最高裁長官の矢口洪一氏(故人)は、「一定の守秘義務は必要だが、刑事罰までは規定しなくていい。……裁判に関与すれば、話していいこと、まずいことは誰でも分かる。体験的感想を語るのは、制度の改良のためにも必要だ」と、刑罰を科すことへの疑問を呈しておられました。 守秘義務の強制は、元裁判員の表現の自由や国民の知る権利を制約することになります。 そして、とくに問題となるのは、冤罪を防ぐうえで障害となることです。 たとえば、被告人が無実を訴えたけれども有罪判決が出た裁判に参加した裁判員が、自分では無罪だと考え、主張したことを黙っていれば、誤判を救済する道を狭めてしまいます。 袴田事件で一審死刑判決を書いた元裁判官が、「無罪だと思った」と告白しましたが、これによって死刑判決の問題点がいっそう明らかになりました。 また、実際の評議や評決の状況が明らかにされなければ、裁判員制度の検証もできません。 裁判員や事件関係者のプライバシーを侵害しない限り、評議などについて明らかにすべきです。 そうしてこそ、冤罪を生まないための保障をつくっていけます。 ちなみに、アメリカでは、陪審員に守秘義務はありません。 冤罪を無くしたいと考える人達は、裁判員への罰則による守秘義務規定を廃止することを求めています。
2020.06.03
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対馬放火殺人事件の裁判員裁判では、3人いる検察官のうち1人が東大法学部卒の女性検事Oさん(当時34歳)でした。(既述した、新聞記者と冤罪論者曰く)有罪論者ですら庇いようのない創作話の幾つかを法廷で力説したのは、彼女です。ヤッケの話もそうです。 彼女は悪びれることなく、すらすらと主張を述べ、被告人と被告人にくみする証人を徹底的に言い負かしました。それはそれは強い責めの口調で。 ところが、その被告人を死刑にするための彼女の主張のかなりの部分は判決理由では認められませんでした。 彼女自身も、自分の主張に自信があった訳ではなかったのだろうと傍聴していた新聞記者も感じていました。 傍聴席からはO検事が主張を展開するたびに、その合間に、裁判官と裁判員の表情を確認する様子が見えていました。裁判官と裁判員の反応を気にしているような印象を受けたそうです。 僕は補充裁判員だったので、直接、証人には質問できませんでした。 質問内容を書いたメモを渡して、それを裁判長がチェックして可と判断された場合のみ、そのメモを左陪席判事が読み上げていたことは既述しました。 その僕のメモによる質問にO検事は一喜一憂しました。検察に不利になるような証言を証人にさせるような質問をされるのではないかと。 検察側と弁護側の尋問の後、裁判官の質問も終わって、最後、裁判長が「裁判員の方は質問はありませんか」と振ってくるので、僕が「あります」と言った瞬間、O検事は僕を見つめました。 何度も質問するうちに、O検事は、僕が「あります」という前に、僕を見るようになりました。 僕には、O検事を苦しめようというような意図はありませんでした。 ただ「真実を知りたい」「疑問に感じたことを説明してもらいたい」という一念で検察側証人弁護側証人に関係なく、いろいろな証人に質問をしたのです。 僕が質問した中には、検察官と弁護士と職業裁判官という本職の法曹が誰も気づかなかった盲点に触れたものがあって、僕が質問をしたために真実が暴露されたということが幾つかありました。 証人は嘘を言うと偽証罪に問われるので、僕の質問に本当のことを答えるしかありません。 検察側鑑定証人のN大学法医学I教授もそうでした。 僕の質問が端緒となって、職業裁判官からも追及され、実はFさんの受傷時刻は検察側主張の時間帯を外れる場合があると、I教授は真実を述べられました。 検察が主張するような1,2時間程度の誤差ではなく、5時間以上の誤差がある場合があるとI教授は言われたのです。 その際、I教授は、僕に向かって、「なかなかいい質問をしますね」と学者らしく言われました。不利な立場に追い込まれたというのに、賢い質問をする裁判員を評価する余裕があるとは、ご立派でした。 ところが、このやり取りを見ていたO検事は表情が曇り、時折、僕を睨みつけました。 検察は法医学教授に明らかな偽証をさせた訳ではありません。誤差が大きく不正確な鑑定意見を法廷で述べさせたのです。 I教授の鑑定手法(好中球が受傷部位に集まる時間的特性を利用した受傷時期の特定手法)は現在世界的に刑事裁判で認められている手法ではありません。誤差が大きいので刑事裁判では認めていない国の方が圧倒的に多いのです。 O検事もこのことを知らなかったはずはないと、新聞記者と冤罪論者は言っています。 被害者遺族が涙ながらに、被告人を極刑に処して下さいと訴える際には、O検事は裁判員に眼差しを何度も向けていたと新聞記者は言いました。 論告求刑の際もO検事は、裁判員席に目をやることを忘れなかったそうです。 僕には、それらは、哀願の眼差しに見えました。何としてでも被告人を死刑にしてやろうとするための。 ところで、福岡高検は福岡高裁の無期懲役を相当とする判断を受け入れて、死刑を求めて上告することを断念しました。 この点について、新聞記者と冤罪論者は、福岡高検の検事たちの内心にも冤罪の考えがよぎったからだと言っています。 しかし、哀願が得意なO検事は、裁判員にお願いしたように、福岡高検の検事たちにも「死刑を求めて上告して下さい」とお願いの直訴をしたのでしょうか。 実際、O検事がそんなお願いの直訴をやっていたとすれば、被害者遺族は少しは救われると言う人がいるのです。 O検事が度々裁判員席に目をやるので、おじさん裁判員たちは彼女のことに興味を持ちました。 O検事は、毎日毎日、法廷に同じ髪留めをしてくるので、「ちゃんと髪を洗っているのか」と心配する裁判員がいました。 結審後、評議だけのために裁判所に通うようになってから、裁判員の何人かは、昼食休憩で、裁判所近くにある検察庁の前を通って飲食店に向かう際、道端でO検事と遭遇しました。 O検事はソフトクリームを食べながら、道路を歩いていたそうです。 最後に。 O検事は、小学生向けのメディアから取材を受けて、検察官の仕事のやりがいは、次の2つであると答えています。小学生相手の回答に、つい無邪気になって本音が出たようです。 ・犯罪(はんざい)を犯(おか)した人(ひと)が会(あ)いに来(き)てくれて、更生(こうせい)したのを見(み)られるとき ・犯罪(はんざい)を立証(りっしょう)できたときに得(え)られる、問題(もんだい)を解決(かいけつ)できたという安堵感(あんどかん) あれれのれえ、犯罪者視点とO検事視点だけのようですが。まあ、かつて担当した犯罪者と会いたいと思われても、死刑になれば、もう会うことはできませんがね。 それと、弁護側がでっち上げられた可能性があって確度が低いと主張する間接証拠の寄せ集めで、犯罪を立証できていると運よく裁判所から評価されたとしても、そのような場合は、問題を解決できたという安堵感は生じないと思うのですが。 控訴審、上告審、再審と将来に渡って何十年も不安が続くのではないでしょうか。 そして、重要なことはお忘れのようで。 被害者や被害者遺族のことは? 何が何でも被害者の無念を晴らしてやろうという視点は? 小学生だって、犯罪の加害者と被害者のことは理解できるんですよ。 こんな回答で小学生本人とその保護者が納得できればいいんですがね。 それと、もし、この回答をFさんとS子さんの遺族が見るようなことになって、「やっぱりO検事は被害者とその遺族のことは親身に考えない検事だったのね」と思われなければいいのですが。
2020.05.30
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傍聴した新聞記者たちが驚いた話です。 対馬放火殺人事件の裁判員裁判の法廷では、多くの創作話が検察によって主張されました。 創作話と言うのは、確かな証拠による裏付けのある話ではなくて、検察官が想像で作出した話であるということです。 その最たるものは、殺されたFさんが、受刑者が経営する鉄工所の敷地内で半殺しにされたという主張でしたが、そのような証拠はなく、公判廷終盤になると、検察はその主張を取り下げました。 新聞記者と冤罪論者は、裁判所の訴因変更命令に検察が応じたものだと言っています。 また検察は、Fさんが妻の携帯に送ったメールは、受刑者がFさんになりすまして送ったものであって、そのメールを送信した時点ではすでにFさんは半殺しにされていて意識はなかったと主張しました。 ところが、裁判所は判決理由でこの検察主張を認めていないのである。 さらには検察は、Fさんはユッケを着たまま殺されていたから、受刑者の鉄工所で作業を手伝っている際、受刑者と口論になり、被害に遭ったものだと主張しました。 Fさんがユッケを着る場面は、①イカ釣り漁をしている時、②生け簀の魚に餌をやる時、③受刑者の鉄工所で作業を手伝う時の3つの場面しかない。殺害された当時は、イカ釣り漁は休業しており、生け簀の魚にも餌をやっていなかったから、消去法で鉄工所で作業を手伝っている場面しかない。だから、Fさんは、受刑者の経営する鉄工所で被害に遭ったと、検察は主張したのである。 この主張について、検察は、弁護側と冤罪論者からだけでなく、有罪論者からもダメ出しを受けた。 なぜなら、ユッケというのは、漁師にとって、いわばユニフォームのようなものである。漁に出る時、生け簀の仕事をする時以外でも、着用する機会はいろいろと考えられるからだそうだ。 実は、殺されたFさんは受刑者の鉄工所にエンジン換装工事に出していた漁船以外にも漁船を持っていたそうだ。その船は自宅前に係留していたそうだ。 例えば、係留中の船を手入れしたり、係留のロープに絡まった海藻などの異物を取り除いたりするためにユッケを着た状態で作業した可能性が考えられると言う。 家事の汚れ作業をする時もユッケを着用していたかも知れないとも言う。 検察は、受刑者が経営する鉄工所でFさんが暴行を受けたことを裁判所に認めてもらおうと躍起になった。 それで無理に話を作ろうとしたと新聞記者と冤罪論者は言う。 もし、それが認められないと、Fさん殺害だけでなく、娘のS子さんの殺害と家屋への放火も、一連の犯行すべてが、受刑者によるものでないと評価されても仕方がないと検察内部では判断していたからだ、と有罪論者ですら言っている。 つまり、検察は、弁護側が言う所の「でっち上げられた可能性のあるような胡散臭い間接証拠ばかり」では、有罪判決に持って行くのは無理だと、実は、自分達自身も考えていたということだ、と言うのである。 既述したことだが、警察と検察は、捜査と公判廷対策で、被害者遺族をとことん利用して、その遺族全員の心を踏みにじった。 新聞記者と冤罪論者は、警察と検察は、被害者遺族にも法廷で主張したような作り話を聞かせたのだろうと言っている。 仮に有罪説に立ったとしても、被害者遺族からすると、家族を2人も惨殺されて、家屋が全焼して、思い出のアルバムなども全部燃えてしまって、無期懲役の判決では、警察と検察は何をやってるんだ、ということになると新聞記者と冤罪論者は憤慨する。 検察官の法廷での作り話が災いして、裁判官と裁判員の心に無罪の可能性がよぎり、死刑判決が出なかったと、被害者遺族が思ったとしても仕方がないそうである。 そして、受刑者が真実は無罪であるのであれば、どうして真犯人を野放しにしているのかと、これはこれで警察と検察に対する怒りは抑えきれないだろうと、新聞記者と冤罪論者は被害者遺族の心中を思いやるのである。 受刑者が犯人であろうがあるまいが、どっちにしても、被害者遺族は救済されないでのある。 被害者遺族は判決直後は、裁判官と裁判員を恨み、冷静に考えるようになってからは警察と検察を恨んだであろうと、新聞記者と冤罪論者は想像するのである。
2020.05.30
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今回は、個人的な話で恐縮ですが、僕の個人的な恐怖譚をお話したいと思います。 それは10代の頃、地元警察の刑事数名から、あわや連続放火犯に仕立てあげられかかった話です。 僕は10代の頃、受験浪人を経験しました。その時、僕は、予備校生になるのではなく、自宅で勉強をして、模擬試験だけを予備校に受験しに行くという生活をしていました。 アルバイトもせず、毎日、ほぼ1日中、勉強していましたが、勉強ばかりでは運動不足になるので、勉強の合間には、腕立て伏せやスクワットなどを自宅でやり、屋外でランニングなどもやっていました。 僕の家があるところは田舎ですが、それでも昼間は、自動車、トラック、バイクなど、そこそこの交通量があるので、安全な時間にランニングをやっていました。 ランニングするのは、夜8時から9時30分くらいの時間でした。10時を過ぎることはありませんでした。 ある夜、たまたま、職務質問を受けたので、素直に氏名、住所、浪人生であることなどを答えました。 すると、その数日後から、何日も続けて、自宅前に不審な男が立つようになりました。 僕は、「Z会」や「大学への数学」の学力コンテストなどの答案を、ほぼ毎日、自宅外200メートル先にあるポストに出しに行っていたので、その不審な男とは頻繁に顔を合わせました。 何度も顔を合わせるうちに、気持ちが悪くなったので、ついに「どちら様ですか。なにか用があるんですか」と訊ねました。 そうしたら、その男は、刑事であることを明らかにして、「連続放火事件の捜査をしている」と言いました。 同じ頃、別の刑事も、僕の父の職場を訪ねて、同じく「連続放火事件の捜査をしている」と言って、僕のことを根掘り葉掘り、父に訊ねたそうです。 どうやら、僕は、その「連続放火事件」の犯人であると所轄署から疑われていたようでした。 実は、警察が僕に目を付け、僕の家の様子を伺っていた最中も、放火事件は2件起こっていました。 僕は、疑われていると知って以降は夜外出していないので、警察が僕のアリバイを証明したはずでした。 ところが、僕の家の前にいた捜査員は、僕に対して、「お前がホシだ」とぬけぬけと言い放ったのです。 僕は、若気の至りもありましたが、堪忍袋の緒が切れて、その捜査員に猛抗議しました。そして、それでも納得できなかったので、所轄署に乗り込み、刑事課長に噛み付きました。 警察が24時間、僕を見張っている間に、同一犯によるものと思われる放火事件が2件起きた。この時点で、僕はホシじゃないだろう。そう認めろよと、抗議したのです。 すると、刑事課長もまた、ぬけぬけと言いました。「ホンボシは他にいるかも知れない」と。 『わっはっはっはっは、あんた達は馬鹿じゃねえか。こんなことだから、連続放火犯がなかなか逮捕できないんだよ』 僕は笑い叫びました。 10代の僕の放言に、50代の所轄署刑事課長は反論できませんでした。 この連続放火事件は、夜、人がいない木造の建物を狙って、火が付けられるという事件でした。 それらの放火現場はすべて、僕のランニングコースからは遠い所にありました。その何れの放火場所にも、僕は行ったことがありません。 結局、警察が僕へのマークを解いて、しばらくして、その連続放火犯は逮捕されました。 僕をマークしていた捜査員と、僕の家族や知人に僕のことを訊いて回っていた捜査員が、僕たちから離れたから、人海戦術で犯人が逮捕できたのです。 田舎の所轄署には、「少ない捜査員」しかいません。 その「少ない捜査員」を効率的に使い、的確な指示を出さないと、このように、狭い田舎の連続放火事件ですら、犯人逮捕に時間がかかるのです。 夜、ランニングしている浪人生が、ひょっとすると、むしゃくしゃして、放火したかも知れない、と考えた刑事課長の着想は悪くはありません。それでビンゴする事もあると思います。 しかし、僕にアリバイがある中、2件も同様の手口の放火事件が起きているから、その時点で、刑事課長は、捜査員に、僕から離れて、他をあたれと指示しなければならなかった。 刑事課長が僕に拘ったために、捜査員の割り振りに失敗して、犯人に、余計な放火事件を数件も起こさせてしまった。 連続放火犯の最後の数件の犯行は、間抜けな刑事課長のアシストがあったから成し遂げられたと思われても仕方がないのです。 この捜査の実態を知れば、被害に遭った建物の所有者と一般市民の皆さん方は、どう思ったでしょうかね? 僕は、僕の家を張り込んでいた刑事とそうするように指示した刑事課長に謝罪を求めました。 証拠もないのに、「お前がホシだ」と言われて、僕は心を痛めたからです。 そして、同時に、僕は、ぞっとしました。 アリバイがあるのに疑いを持ち続けられました。 知らない間に、警察の中では、僕は「ホシ」と呼ばれていた。 もし、犯人が逮捕されなかったら、僕はアリバイがあっても、強引に犯人に仕立て上げられたのではないか。張り込んでいた捜査員が「家から出た」と嘘を言えば、僕は犯人にされてしまいます。 僕の生殺与奪の権利を、その捜査員が握っている。僕や一般市民にとっては正当な抗議でも、その捜査員から逆恨みされれば、大変な事になったかも知れない。 そう考えると、夜も眠れませんでした。 たまたま、雨が降れば、濡れた傘は家の中に持ち込まず、玄関外の傘立てに置きます。 また、洗濯物は普通、庭の物干し竿に干します。 もし、その家の外にある、傘なり、洗濯物なりを、誰かが持ちだして、放火現場に置いたら、僕は、犯人でもないのに、犯人にされたのではないか、などと、この出来事があった、10代当時、僕は考えることがありました。
2020.05.22
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実は、対馬放火殺人事件では、朝7時50分より前の時間、犯行現場と受刑者宅の間の道路沿いにある免税店の防犯カメラに、犯人と思われる男が軽トラに乗っている映像と時間が記録されていた。 ただ、この映像はぼやけていて、その男が受刑者であると特定できる代物ではなかった。 警察と検察は、この免税店前から、普通自動車を運転して受刑者宅に通じる細い道の入り口まで、どのくらいの時間がかかるかについてのみ実証実験をした。そして、その結果、朝7時50分頃までに受刑者が自宅に戻ることが「何とか可能だ」と法廷で説明した。 この点について、現地の交通事情に精通している冤罪論者は、「何とか可能」どころか、絶対に不可能であると断定するのである。 以下に、冤罪論者がそう断定する根拠を述べる。 まず、冤罪論者が指摘するのは、警察と検察の実証実験は、がらがらに道路がすいている時に行なったものである点である。 放火殺人事件が起きた朝は、火事のために消防などの緊急車両や野次馬の車が往来していたのだから、交通量が多く、警察や検察が主張するほどスムーズに車を走らせることは出来ない、と言う。 そして、次に冤罪論者が指摘しているのは、警察と検察の実証実験は、靴を履いた警察官が普通自動車を運転するものであって、犯行時の状況とは違っている点である。犯人はサンダル履きで軽トラを運転したわけであるから、実証実験でもその通りにやらないと信頼度に欠けると言っているわけである。 さらには、警察と検察が法廷に出した検証映像では赤信号にひっかかり止まる場面が少ないから、どうせ、何度も何度も検証実験をして、その中で一番、スムーズに車を走らせることが出来た映像を持ってきたんだろうと、冤罪論者は言うのである。 そして、最後に、この実証実験は所詮、防犯映像に記録されていた免税店前から、受刑者宅のある小道に通じる入り口までに限った実験であるところに、そもそも欠陥があると冤罪論者は言う。 警察と検察は、受刑者は自宅に戻る前、軽トラを家族や近所の人達の目の届かない所に隠して、自宅に戻ったと主張した。なぜなら、家族や近所の人達は、その軽トラに乗ってFさんが受刑者宅の隣接鉄工所にやって来ていたことを知っていたから、絶対に見られてはならなかった。 そして自宅の自部屋に戻る際も、玄関から入ったのではなくて自宅外階段から2階の自部屋へ戻ったと、警察と検察は主張した。 つまり、警察と検察は、実証実験でも、受刑者宅に通じる小道まで入り込み、軽トラを隠し、外階段から2階の部屋に戻る所までやっていないから、受刑者に犯行が「なんとか可能だ」なんて言えないと冤罪論者は呆れるのである。 その上、冤罪論者が「絶対に不可能」と言うのには、科学的根拠がある。 受刑者宅近所には軽トラを隠せるような場所はそう沢山はない。それらの隠し場所は何処をとっても受刑者の自宅からは徒歩で数分はかかる。 その何れの隠し場所からでも、サンダル履きでは、自宅までの結構な距離を走って戻ることはできない上、自宅外に辿りついたとしても、最後は外階段で時間を取られることになる。 実は、受刑者の家の外階段は長年の雨露で至る所が浸食または腐食、陥没していて、家族は誰も、普段、使っていない。仮に受刑者に使用可能であると仮定しても、80キロを超える体重の受刑者が無理してその階段を登ろうとすると、急ぎ足では不可能である。 結局、防犯映像の記録のある免税店前から、受刑者が、サンダル履きで軽トラを運転して、朝7時50分頃までに自宅2階の自部屋へ戻ることは不可能である。だから、警察と検察は全区間での実証実験ができなかったのだと冤罪論者は断定するのである。
2020.05.21
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一定割合の新聞記者と冤罪論者は、受刑者の姉が裁判員裁判の法廷で述べた受刑者のアリバイ証言は信ぴょう性があり、事実を述べているとしか思えないと言う。 対馬放火殺人事件が起きた日の朝7時50分頃、受刑者の姉は出勤のため、自宅玄関を出て行こうとしたら、階段から降りてくる弟(受刑者)の足音を聞いた。 受刑者の姉は、それより前の時間から、弟(受刑者)の部屋の中から、物音がするのを聞いていたが、弟(受刑者)がなかなか起きてこないことに意識があったので、出勤の際、ドスドスと重量感のある、いつもの弟(受刑者)の2階から降りてくる足音を聴いて、「やっと起きてきたか。寝坊助の弟め」と内心で思っていた。 ちなみに、受刑者の家庭は、受刑者本人と姉、母の3人家族で、2階には受刑者と姉の部屋があるが、普段、母は2階には行かない。対馬放火殺人事件が起きた日の朝も、母は2階に行っていない。(仮に2階に行ったとしても、母の足音は「ドスドス」という重量感のある音ではない) そして、出勤後、受刑者の姉は職場の同僚と、放火殺人事件のことを話した。 と言っても、この時点ではまだ、惨殺された遺体が発見される前だったので、職場の同僚たちは、単なる火災という認識だった。「早朝から火災が起きて騒がしかったよね」という話で盛り上がったのだ。 その際、受刑者の姉は次のように語ったのである。これを複数の同僚が聴いていた。「朝っぱらから火事で騒がしかったよね。外はそんなに大変だと言うのに、今日は私が出勤する頃になって、やっと寝坊助の弟(受刑者)が起きてきたのよ」と。 この発言は、受刑者の姉が先々、弟(受刑者)が放火殺人事件の容疑者になることを予期して、前もって、仕組んだ発言などではないことは、誰にだって容易に理解できるだろう。 問題なのは、この事件当日の朝7時50分頃、受刑者が自宅にいたという、この事実なのである。 これは法廷で、裁判長の判決理由の朗読を傍聴していれば分かることだが、裁判官と裁判員の合議体も、この受刑者の姉のアリバイ証言は否定できなかった。 つまり、裁判所は、受刑者姉のアリバイ証言を否定せずに、受刑者が犯行現場から戻って、朝7時50分頃自宅にいることは「何とか可能」だ、という検察の主張を採用した。 ところが、この事件を取材した新聞記者と対馬市内の交通状況に精通した冤罪論者は、受刑者が犯行現場から逃走して、その時間に自宅に戻ることは、「何とか可能」どころか、絶対に不可能であると断言する。 そして、新聞記者と冤罪論者は、犯行現場から自宅に戻る検証をしなかった警察と検察に対して、「不可能だから、出来なかった」と言うのである。 この、新聞記者と冤罪論者が不可能であると言う根拠については次回、述べる。 なお、以降の内容は、対馬放火殺人事件は冤罪事件であると信じる理工系の学位取得者の知人が激高して言ったことだが、ここで紹介しておく。「やってやれないことはない」とか「なんとか可能だ」などといういい加減な根拠から結論を導き出すということは、自然科学の分野ではあってはならないことだが、有罪無罪を決める裁判でも同様にあるべきではない。
2020.05.20
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今、僕が悩んでいることの1つは、今後、対馬放火殺人事件の再審請求を叫ぶ人達が、僕に接触してきたとき、どのような対応をとればいいのだろうかということです。 実は、先々、このようなこともあろうかと、裁判員在任中にK裁判長に被告サイドの弁護士と関わることはアウトなのか否かを確認しました。 すると、K裁判長は「裁判員裁判の評議の秘密を洩らさなければ、被告人サイドと接触しても問題はない」と言いました。 僕は少ない数の新聞記者から個人情報を知られています。 もし、先々、受刑者サイドが記者を通じて接触して来たら、その対応については、世論に問うて、みなさんの良識に従いたいと考えています。 そして、もし、僕が不治の病に侵され、余命いくばくもない状態になった場合、知人に預かってもらっている音声データをどうすべきかということも、そう遠くない将来、結論を出さなければなりません。 その時も、世論に問うて、みなさんの良識に従いたいと考えます。
2020.05.17
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今日は重要な話をさせていただきます。 裁判員制度発足から10年。いまだかつて、このような事を発言する裁判員経験者は誰もいませんでした。僕が初めてでしょう。 その重要な話の前に、僕が置かれていた(置かれている)状況をご理解いただきたいと思うのです。どうして「そうしなければならなくなったか」ということです。 まず、僕は裁判長と書記官から理不尽な仕打ちを受けました。 裁判員に選任されて、宣誓をしぶる裁判員候補者を前に、裁判長は言いました。「今回の裁判は特殊な長期の裁判だから、特別に、本来、支給基準に該当しない人にも宿泊費を出します。だから、裁判員就任を引き受けて下さい」 ところが、翌日になると、書記官がこの約束を覆そうとしました。 結果的に、最初の約束通り、宿泊費は支給されましたが、それは僕が相当に抵抗して、長崎地裁会計課長の決定的なミスを録音したからです。僕が何もしなかったら、地裁は宿泊費を出さなかった。 以上の経緯は本ブログ、3月11日と12日の以下の分で詳述しました。宣誓したくないオーラで重い空気。それを吹き飛ばしたK裁判長の詐術K裁判長が約束した「宿泊費」を出せないと言ったH書記官とU会計課長 揉めに揉めた宿泊費騒動。結局、非を認めて支給するも、謝罪はしない長崎地裁 また、K裁判長からは他のことについても嘘の説明や不適切な発言を繰り返し受けました。4月1日分と4日分で詳述しています。評議室内でのK裁判長の暴言ないし問題発言の数々。 読者の皆さん。僕の被害状況が分かる音声データがあるとすれば、それを聴きたいですか? そして、以上のような「明らかに謝罪すべき場面」でも謝罪をしないばかりか、裁判員業務終了後も、別途起きたトラブルについても責任を取ろうとしません。このことも詳述しました。 裁判所は、何が何でも評議の秘密を裁判員と裁判員経験者に守らせようとします。 それを担保するために罰則付きの守秘義務を押し付けます。違反者は6月以下の懲役か50万円以下の罰金に処せられます。 裁判所は、裁判員と裁判員経験者が秘密を漏らしやすいと考えているようですが、これは、とんでもない誤った認識です。 僕は、秘密の漏洩の危険が大きいのは裁判員と裁判員経験者ではなく、守秘義務違反について何ら罰則で縛りのない裁判官と裁判官経験者の方だと考えます。 裁判官と裁判官経験者の全員ではありません。その危険性があるのは一部の問題がある裁判官と裁判官経験者です。 裁判員と裁判員経験者についても、罰則付きの守秘義務があるからと言って絶対に安心はできません。 もし、事件関係者や、事件に思い入れのある急進的な市民から、問い詰められれば、評議の秘密を漏らしたり、他の裁判員や裁判員経験者の個人情報を教えたりすることが考えられないわけではありません。 例えば、刑務所から出所した元被告人から詰め寄られ、次のようなことを口走る場面が容易に想像できます。「自分は無罪を主張したんだ。恨まれるのは可笑しい。恨むんだったら、強く有罪を主張した○○さんを恨め。○○さんの勤務先を知っているから教えてやるよ」 僕のような補充裁判員は原則、評議と評決には関わらないことになっていますが、話し合いの最中、裁判長から「この点についてどう思いますか」と訊かれるので、自分の考えを述べざるをえなくなりました。 この僕の発言が、被告人を有利にするものか不利にするものなのかは分かりませんが、評議の最中に発言したこと自体、「評議に関わっている」ことになるではありませんか。 仮に、裁判長から質問されて全く発言しない補充裁判員であったとしても、事件関係者や事件に思い入れのある急進的な市民は、そうは理解してくれないと思います。 録音のきっかけは、裁判員就任の宣誓前に裁判長が約束した「宿泊費」を書記官と会計課長が「出せない」と言ったことです。 これで全く、地裁関係者が信用できなくなりました。それで自己防衛のためにやむをえず、始めました。 嘘で騙すような事をされなければ、このようなことはやっていません。 結果的に猛抗議の末、「宿泊費」は出してもらえることになりましたが、ICレコーダーで録取した音声データは消去することが出来ませんでした。虚偽の説明に懲りない裁判長から再度、嘘の説明や不適切な説明を受けたからです。 裁判員業務終了後、一定時間が経過して、音声データを消去しようとも思いましたが、またしても、裁判所が起因することでトラブルが起きて、そのことで人権を蹂躙され、謝罪さえしてもらっていません。それで消去できませんでした。 ICレコーダーで録取するきっかけを作ったのは裁判所。そして、再三、その音声データを消去する機会があったのに、その機会を無くしたのも裁判所なのです。 このICレコーダーで録取した音声データは、ICレコーダー本体ごと、僕が居住する県とは離れた県に在住する信頼できる人に預かってもらっています。 その人は何が録音されているのかは知りません。僕が裁判員経験者であることも知りません。 ただ、僕の身に何かあった時、某新聞記者に渡すように、ICレコーダーを入れた包みに同封した手紙にその旨を書いています。その人は手紙のことも知りません。 僕の身に何もなければ、包みの封も手紙の封も破られることはありません。 僕は今、疑っています。僕が疑うのは、同じ裁判員だった仲間ではなく、裁判員を務めていた当時の一部の地裁関係者です。 つまり、その当時の一部の地裁関係者が、ひょっとすると、先々、嘘をでっち上げて、事件関係者や事件に思い入れのある急進的な市民に、僕のことを悪く吹聴して、その結果、僕の人権がまたもや不当に蹂躙されるかもしれない。 間違ったことをして反省せず謝罪しない人間は、また間違いを仕出かすのではないかと、とても不安に感じています。
2020.05.12
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裁判員を務めたことを全ての人に秘密にすることは不可能です。 単独で仕事をしている人以外、裁判員に選任された段階で、まず職場の関係者に知られてしまいます。地裁では、裁判員拘束期間中に審理されている裁判員裁判は1つしかないので、職場の関係者は具体的な事件名まで容易く把握できてしまいます。 狭い地域社会の裁判員裁判となると、法廷で傍聴席にいる知人に顔を見られるということもあり得ます。 事件を担当する地方検察庁の検事数人は、裁判員選任過程で、被告人を有利にしやすい者が裁判員に選ばれないように目を光らせているので、選ばれた裁判員の氏名も当然把握することになります。 裁判所の書記官ですら、絶対に裁判員経験者の個人情報を漏洩しないとは断言できないと思います。 結局、人の口には戸が立てられないのです。「誰が何の裁判員裁判を担当した」ということを、その裁判員経験者が生存中、完全に秘密にし続けることは出来ません。 どこから裁判員経験者の個人情報が漏れて、事件関係者から報復を受けるか分かったものではありません。 それに、裁判員経験者に危害を及ぼそうとする者は、何も事件関係者だけとは限らないのです。 裁判員裁判の判決に不満を持つ、事件とは直接利害関係のない人達が、それぞれの信念から行動を起こす場合があります。 僕が担当した「対馬放火殺人事件」は、事前に、「死刑論」と「無罪論」が真っ二つに割れていました。 しかし、結果は「無期懲役」の判決だったので、双方の立場の世論からバッシングを受けることになりました。 僕を含む、この事件の裁判員裁判の裁判員経験者は、事件関係者だけからではなく、事件に思い入れのある急進的な一般市民からも、いつ攻撃されても不思議ではないのです。 実は、僕は裁判員任務終了後の2年間に数回、裁判員を務めたことによる報復と思われる攻撃を受けました。事件関係者からではありません。事件に思い入れのあると思われる急進的な一般市民から攻撃を受けたのです。 その攻撃の中には、厳密には軽微ながら犯罪に該当するものもありました。 攻撃を仕掛けてくる人は、僕が対馬放火殺人事件の裁判員だったことを知っている人物ばかりでした。 ただし、彼らは、「お前の関与した裁判員裁判の判決に不満があるから、お前を攻撃するんだ」と明言はしません。 そんなことをすると問題が大きくなることが分かっているので、「つい、うっかりと誤って、攻撃をしました」と話を作るのです。 今の所、軽微な事件ばかりですが、これから先、どうなるのかは分かりません。 僕のように、有罪無罪の判断が難しい事件を担当すると、その裁判員業務に起因する精神的な問題が発生するリスクに晒されるだけでなく、刑事事件の被害者になるリスクも背負うことになることを分かって欲しいのです。 この2つのリスクは一生涯、存在し続けるということなのですよ。
2020.05.09
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