成定 竜一~高速バス新時代~
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新宿西口に並ぶ高層ホテルのうち「京王プラザホテル」と「ハイアットリージェンシー東京(旧名称:センチュリーハイアット東京)」は、京王と小田急という大手私鉄が経営するホテルとして、私はなんとなく親しみを感じる。特に京王プラザは、開業した1971年当時、新宿の街自体のプレゼンスが今よりずっと劣っていた(なかでも西口方面は淀橋浄水場の跡地で、噂では「幽霊が出る」とも言われていたらしい)状況の中、思い切って47階建ての超高層ホテルを作り、従来の「御三家(帝国ホテル、ホテルオークラ、ホテルニューオータニ)」とは異なるアプローチで事業として成功させた点、日本のホテル業界に新しい風を吹き込んだと業界で評価が高い。車内吊りや駅貼りポスター、『京王ニュース』などの自社媒体による沿線マーケティングによって、例えば沿線の主婦が3~4人の小グループでホテルのランチを楽しむ、あるいは沿線の若者が同ホテルで結婚披露宴を行なうといったように新しいホテルの使い方を提案したのだ。当時はまだ敷居が高かったホテルという世界を、京王沿線に住む主婦や若者にも開放した、といってもいいかも知れない。京王がすごいのは、そういう沿線マーケティングを単にホテル事業の成功のためだけに使ったのではなく、同時に沿線イメージの向上にもつなげた点だ。それまで京王といえば、東急や小田急など周囲の私鉄と比べると事業規模も小さく、箱根のような有名観光地も持たないため、企業としても路線としても地味なイメージだった。そこで、「気軽にホテルライフを楽しむ」というホテルの需要喚起策そのものをイメージリーダー的に使いながら、電車の清潔そうなカラーリングなどもあいまって(さらにバブル期にはトレンディドラマのロケが多く行なわれたことなども加わり)、「超高級ではないけれど、ほどほどお洒落で上質な生活ができる」という京王線の沿線イメージを定着させた。同ホテルは、海外でのマーケティングこそインターコンチネンタルホテルズの力を借りたとはいえ日本語名称では「京王」を冠に据え、京王沿線の需要を喚起するとともに京王沿線に対し沿線価値の向上でお返ししており、いわば私鉄によるホテル経営の鏡とも言える。一方、京王より9年遅れた小田急は違う戦略を採っている。世界的ホテルチェーンのハイアット・インターナショナルと提携し、小田急名義よりはハイアットブランドをオモテに出し続けてきた。この提携はフランチャイズ契約(他に「運営受託契約」など複数の提携方法があるが細かい話をすると本筋から離れるので、近所の酒屋さんが突然ローソンに変わるというようなフランチャイズ契約を、取りあえずここではイメージいただきたい)であり、ブランドと運営マニュアル、(特に海外での)マーケティングはハイアットのものを活用するものの、ホテルで働くスタッフは小田急子会社の社員であるし、土地建物も小田急のもの(ただし生命保険会社と共同所有)であり、誤解を恐れず極めて短縮して言うと「小田急のホテルにハイアットの看板をかけたもの」である(実際にはもうちょっと複雑だが)。ホテル経営が黒字でも赤字でもそれは小田急側の問題であり、ハイアット側は売上高(契約によっては営業利益)の金額に応じて小田急から運営フィーを受け取る形だ。経営主体は小田急だから、京王プラザ同様に小田急沿線で様々なマーケティングが行なわれ(一例として、小田急グループの会員制ポイントプログラムは同ホテルのほか鉄道やタクシー、百貨店などと共通)小田急沿線において需要が大きく喚起されたと同時に、「外資系」のブランドを冠したことで海外を含むより幅広い顧客を集めることができた。近年、至近距離にある「パークハイアット東京」(こちらの経営は東京ガスだ。そういえば京王の新宿高速バスターミナルで、出庫回送中の車に無線で「現在地は?」と問うと、よく「ガスタンク前」と返ってきていた……あのころ既にガスタンク跡地に同ホテルが建設中だったはずだけどなあ)が成功し日本国内でハイアットブランドの価値が向上したことを受け、2007年には、ダブルネームとして使用してきた小田急側のブランド「センチュリー」さえ捨て、「ハイアットリージェンシー東京」と改称している。大切なことは、どちらのホテルも事業として成功していることだ。つまり、どちらが上、という話ではないのだ。前者のように自社ブランドにこだわればグループ内の他サービス(鉄道本体はもちろん、流通や不動産など)とのシナジーはより大きくなるし、後者のように「ホテルのプロ」と組めば、その分のコストは発生するものの世界中から容易に集客できたり、高いブランドイメージをすぐに手に入れられたりする。関西においては、時代は下ってバブル期に上記2ホテルを大きく上回る超高級ホテルが私鉄によって開発されたが、もともと高級イメージが十分な阪急は自社ブランド「ホテル阪急インターナショナル」で、高級イメージに乏しかった阪神は、「ザ・リッツ・カールトン大阪」を運営受託方式で開業している。ホテルを経営しようとする者は、自分たちが既に持つリソース(土地/建物/ノウハウ/ブランド/顧客など。私鉄の場合「土地」はもちろんだが、沿線住民という「顧客」を持っている意義は実は大きい)を正確に自己分析し、それぞれの事情にあった形の経営形態を選ばないといけないし、ハイアットなどに運営やブランドを委託するのであれば、お互いを高めあうことを義務付ける契約内容にするため綿密な交渉をしなければならない(例えば運営委託費が極端に安ければコストが浮くように見えるが、それでは委託先が本腰を入れてくれず、結果としてお互いに得にならない)。ただし、冠が自社であれ外資系チェーンであれ、自分たちが経営するホテルである以上、サービス向上にも集客強化にも自分たちが真剣に努力しないとならない点は変わらない。本日あえてこのようなことを書いたのは、今後の高速バスビジネスにとって何かの参考になると考えるからだ。地方部の既存路線バス事業者にとって、高速ツアーバス各社が地方路線に攻めてくる脅威は明白な一方、十分すぎるほどの運行ノウハウと、地元での認知度という大きな二つの「売り」を持っている。従来からの「直営方式」にこだわらなければ新しい可能性もまた見えてくる。「既存事業者=高速路線バス、新規参入=高速ツアーバス」という固定観念を自分たちの中で認めてしまった瞬間、全ての成長がストップする。既存事業者の皆様にはもっともっと先を見ていて欲しい。彼らの高速路線バスを私たちのサイトで代売するという流れは、足元においてはようやく加速し始めたばかりだが、あくまでそれは一つのきっかけに過ぎない。既存事業者各社が自分たちの事業のあり方を自身で真剣に考え始めることが、私たちが目指す一つのゴールだ。そして彼ら自身が、自分たちの強みと、自身の弱みや今後想定される脅威を冷静に自己分析することこそ、そこへの第一歩である。
2010.05.24
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