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拉致被害者の皆さんが帰って見えられ、ニュースがその話題一色だった頃のお話です。某ニュース番組に出演された蓮池透さんが、「『熱心に活動されていらっしゃいますが、お仕事は大丈夫なのですか?』なんて質問してくる人がいますが、大きなお世話です」と言っておられました。確かに、人の私生活をあれこれ詮索するような言葉は不愉快でしょうが、私もそう思っていました。「この人達、一日中拉致被害者奪還運動に取り組んでいるようだが、何を収入源に生活をしているのだろう?」と。勿論、当事者や関係者にとって注目してほしいのは拉致問題であり、自分達の私生活など何ら関係がないことだと考えられるのは、もっともだと存じます。ただ、当事者でない私や私の母の関心は、拉致問題だけに専念して考えず、それを訴える人々自身にまで及びます。何故なら、画面に映って語るその人がどんな人か判明しなくては、その発言をどこまで信用していいのか判断できません。当事者や関係者にとっては問題はただ一つであり、論ずべきことも、配慮すべきことも、考慮すべきことも一つですが、非当事者は、当事者の方々から見れば杞憂や余計な心配でしかない周囲のこまごましたことまで気になったり、考えたりする場合があります。ちなみに、私が「性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する特別法」成立の際に心配したことの回答が得られる、あるいは論じているサイト及び文献を、成立後の現在も私は探し出せていません。まず、金融及び生保系です。消費者金融ならば、戸籍変更前に借り捲くられて自己破産されても、変更してしまえばまた借りられます。カードも再び作れます。それを当事者の良心のみならず会社側でもチェックできるようにする方法は? 生保で「女性特有の病気やその後遺症のときは金額UP、女性の為の生命保険」といった保険に加入していた場合の保険は? 例え女性の為の保険でなくても、保険料が男女で異なる生命保険に加入していた場合は?次いで、司法系です。警察は現場の血痕を手がかりに男性・女性と判断して、過去のデータから検索する訳にはいかなくなります。また、容疑者や身元不明の被害者を発表する際には、今後は「容疑者は遺伝子上、女性。戸籍上は男性」とか発表されるのでしょうか? また、骨格は遺伝子の性に沿っていますから、白骨死体身元不明死体の照会も両方視野に入れないといけなくなりますが、その体制は整っているのでしょうか?他にも、婚姻が可能になるのだとしたら、変更したことを隠していたとか黙っていたとかで、裁判で争う例も出てくるのでしょうね。また、雇用者が元女性とは知らずに雇用し、有機溶剤や電気を扱う現場で労災や職業病を発生したときの対処は? 皆様、御存知とは存じますが、有機溶剤は男性より女性の方が体内に蓄積しやすく、電気に対するショックも女性の方が大きくなります。体脂肪率などにも左右されますが、やはり同じ体脂肪率であれば男性より女性の方が影響が大きい傾向が出ているそうですから、法廷で争うとなると些か分が悪いでしょう。最後に、宗教系です。仏教では死んだときの性別で戒名をつけて貰えるでしょうから良いとしても、キリスト教の洗礼名はどうなるのでしょう? 他の宗教で男性と女性で戒律が違う宗教もございますが、こういった宗教を信仰されている場合はどのようになるのでしょう? 宗教によっては、女性の寺院への立ち入りも制限されますが、戸籍上男性となった遺伝子上女性の方は、そういった場所でも立ち入りが許されるのでしょうか? 神を謀った、あるいは侮辱したことにはならないのでしょうか?生活面での問題は取り巻く環境が個々によって大きく異なりますし、本人の生き方の問題ですから心配致しません。ですが、上述のようなことは第三者である非当事者も絡む問題です。言葉は悪いですが、当事者や関係者は特別法を背景に、自分達の主張を希望に近い形で押し通すことが出来ます。ですが、受け入れる側については指針も法もありません。個人主義だ、民主主義だ、価値観の多様化だ、差別撤廃だ、といった主張を受動的に受け入れるしか術はありません。「発生した時に考えれば良い」ではなく、「想定されるすべての問題について、解決策や妥協案を明確化する」くらいにはしておいていただきたいのですけれどね、私は。例え万全を期したつもりでも、想定外のことが発生するのが人間社会ですから。想定できることすら明確化されていなかったら、受け入れる側の一人としては心配ですし不安ですよ、本当に。
2003年10月04日
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すぐ男の身体になれないから、戸籍が変えられないから、すべての問題が容易にならない、軽減されない、と嘆き訴えるFTMの方。簡単に手術が出来たり、戸籍が変更できたとしても、それらがすぐに片付く事はありません。むしろ、増加する可能性大です。考えてみて下さい。ヘリコプターでチョモランマの頂上に一気に登った人がいます。下山は自力で行うという条件で登ったのに、その人は街中を歩くような軽装で、荷物も財布と携帯電話程度です。あなたはその人が無事、下山できると思いますか? また、その人に手を貸したいと思いますか?まあ、私は無事に下山できると思いませんし、手も貸しません。そんな計画性のない人に手を貸せば、自分の命まで危ういのは明らかだからです。要するに、そういうことです。計画性のない行動は暴挙でしかないし、具体性のない計画は賛同を得られません。安易に考えて、準備や計画で手を抜けば、痛い目を見るのは本人です。そして、取り返しのつかない事態を招くこと確実です。例え万全に準備し、綿密に計画を立てても、チョモランマに挑むといえば、馬鹿にする人も、笑う人も、止める人も、心配する人も、応援する人もいます。社会的偏見が根強いのは確かですから、FTMの方を馬鹿にする人も、笑う人も少なくないでしょう。ですが、社会通念上、認めざるを得ない言動を取っていれば、認める人も受け入れる人も増えていくのです。友人でも知人でも、親でもパートナーでも、一人でも自分をある程度理解し、受け入れていると思われる方に心当たりがある方、一寸考えて見て下さい。その人は、あなたが男の身体になろうとしている(あるいはなった)から、戸籍が変えられるかもしれないから、理解したり、受け入れたりしているのですか?違うでしょう。まず、あなたありきで、障害を理解し、受け入れた訳でしょう。つまり、あなたの人となりを知っているからであって、何も知らない人に計画性も具体性もなく、男として生きたい、男になりたいといっても、真面目に取り合ってくれる筈がないのです。第一、外見や戸籍が変わっても、その後、どうこうしていくのはあなた自身です。そこに至るまでに、その後について覚悟したり、用意したり、検討したりしておかないと辛いでしょう。登山したら下山します。しかも、下山の方が困難が伴います。男の身体になったって、その後があるのです。ハッピーエンドの字幕が出て、おしまいって訳にはいかないのですからね。
2003年01月26日
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今朝、テレビ朝日のスーパーモーニングにて、8月28日の日記で触れた方の特集を放映致しておりました。スーパーテレビよりは良かったと思いますし、比較的『可哀想な人』という部分も強調されていなかったと私は思うのですが……申し訳ありません。不満はあるのです。それもお金絡みの面で。手術日捻出が困難と申す点に付きましては、他人の個人的経済事情であり、支出面は各家庭様々なので困難な場合も多々あると存じます。ですから、これが苦しいという点は私が物申すところではございません。問題は報道側の部分になるのでしょうね。母と一緒に見ていたのですが、その人を女性として雇用する都合上、その人の為だけに作られたプレハブの女子更衣室が百何十万円と出た瞬間、「何!? こういう人を雇うにはそんなに金かけて配慮しないとなの!? それじゃあ、中小企業じゃ雇えないわよ! それも市ってことは、市民の税金でアレ作った訳でしょう!?」はい、もっともなお言葉です。ちなみに、母は病院勤務の現役介護福祉士です。それでも、この反応です。配慮内容はともかく、金額面まで提示する必要があったのでしょうか? まあ、「大阪市は費用云々ではなく人権に配慮しています」というアピールにはなるでしょうが……大阪市の財政危機は深刻だといわれる中、一個人の特定障害者対象に百何十万円となりましたら、いらぬ非難は多少なりともあると存じます。また、百何十万円もかけて配慮する必要がある場合もあるとなれば、雇用の際に二の足を踏む経営者もいらっしゃると存じます。それでも、これには私は危惧を覚えこそすれ、それほど不満には感じませんでした。不満に感じましたのはですね、その後の手術費用云々です。「手術は保険適応外となる為、100万円~150万円と非常に高額で、更に術後も個室を使わなくてはならない」……はい、確かに100万円~150万円は高額です。ですが、保険適応内でもそれくらいかかる手術は多々あります。ちなみに私の身体を、真面目に正確に通院して管理すると、1年間の保険適応内の定期検査だけで約20万円前後です。投薬、診察料、リハビリ、交通費などは除いてです。これで一寸体調崩して入院となれば当然別途加算です。更に申せば、「個室でなくてはならない」というのが病院側の方針や治療の関係であるのならば、差額ベッド代は不要の筈です。差額ベッド代が発生致すのは、飽くまで患者側の要望の場合であり、病院側の都合のときは原則発生致しません。皆様、御注意下さい。序でに申しますと、出演されてらした方が手術に踏み切れない理由は費用面のことのようでしたが、その後に「GIDなのに手術しないのは、手術費用が高いせい」といったふうにも受け取られそうな話の流れに仕立てますのも、如何なものなのでしょう。「GIDは誰もが手術を望んでいる」と認識されても迷惑な気が致します。安くなっても望まない方は望まないでしょうし、望まないからといってGIDではないとも申せません。まあ、特集の狙いは『困難な障害さえも乗り越えた家族の絆の強さとその美しさ』だったのは明白でしたけれどね。但し、すべての家族があんなふうに乗り越えて参れるとは私は思いませんけれどね.。それも、MTFではなく、FTMなら尚更ですね。無意識の男尊女卑が未だ健在な上、家族から母が消えて父が二人になる訳ですから。更に、「努力すれば、誰もがああなれる筈」と盲信致していると危険ですよね。これは努力云々ではなく環境及び個人差があることですからね。
2003年12月03日
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