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2009年01月12日
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わたくしも、主人の実家に帰り親戚が集まって鍋を囲みました。


主人の母親、わたしからみれば「姑」ですが、いつも書いております。


とっても働き者で、自分のことよりまず人のことを考え、人のために汗を流すことを当然のこととし、誠意をもって接するすばらしい人です。


ただ・・・自分が一番大事、人のことは自分のあとで、私をアテにしないでね主義のわたしにとっては、あの自己犠牲精神は、素晴らしいと思うものの、マネができない、いや、むしろしたくない精神かもしれません。


自分が食事を取ろうとしたとき、人が尋ねてくると、その食材を差し上げる、そのことを喜ぶ。


元旦に、年に一度しか顔を見せないような遠い親戚の子供たちだけがお年玉をもらいに(だけ)やってくる。


わたしなら、ふざけるなと言いたいところだけど、一年に一度でも「アテ」にされることがうれしい、訊ねてきてくれることがうれしい、と言います。


田舎なので、学校にあがったり、合格したり、正月、誕生日、とにかく「お祝い」がもらえそうな時だけ報告にやってくる多くの分家の子供たちだけど、それでもうれしい、と言います。


畑もしているので、野菜をたくさん作って人に配ります。


漬物やらっきょも、人のために作っているようなものです。


野菜も、平気で盗んでいく近所の人が多いです。


それでもなお、「人のため」になにかすることがうれしいようです。


当然、わたくしは「嫁」として非常に可愛がっていただけているので、人のために生きている姑の愛情たっぷりの野菜も山ほどいただきます。


でも・・・大変申し訳ないのですが、どうしても食べきれないときがあります。


葉もの(きゃべつ、はくさい、小松菜、ほうれんそう、ちしゃ、春菊)・・・・・


畑から取ってきたばかりの土のついた新鮮な野菜ですが、これを一度に大量にいただいても、そうそう食べきれるものではありません。


実家から車で1時間半、車で帰り、荷物をおろし・・・・即座に台所にたって野菜の土を洗い落とし茹で、調理する元気は残っていません。


ああ、申し訳ないなぁ・・と思いつつ、どうしても新聞紙にくるまれたままお亡くなりになるお野菜さんもいらっしゃいます。


バチあたりな嫁をお許しくださいまし。


っていうか、そろそろ自分のために時間を作ってはいかがでしょうか?


あまりに働き者なので、近所の親しい方々は、この人は背中にゼンマイ付いている、それが切れたときポックリ逝くね、と言います。


もし姑になにかあったら・・・


わたしは、実家の周囲にあそこまで目を配り心をくだき、心をこめておつきあいすることはできないと思います。


親戚づきあいも狭くなると思います。


畑もできません。


お墓も中がいっぱいになってきたので、今後の課題です。


どうなるかわかりませんが、まずは野菜を新鮮なうちに食べるようがんばります。


いつもどうもすみません。







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最終更新日  2009年01月12日 10時56分18秒
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