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最近、予備校に対する不安感が落ち着いてきた。薬を増強したせいもあるんだろうけど、慣れてきたのが大きいと思う。いらない授業(手の届かない数学と、いまさらやってもなぁ、の現代文)に出ないことにしたので、時間的にも余裕ができてきたし。そのせいか、最近ちょっとだれ気味。カウンセラーや妻に言わせれば、今はリハビリ中なのだから、だれ気味くらいでちょうどいい、ってことになるのだろうけど、気分的にすっきりしない。今年度の医学部合格はあきらめたつもり。(まだ未練たらしく「運がよければ」と思っている自分もいるのだけれど。)でも、来年度の合格、という目標が、遠すぎて現実感が沸かない。それよりも、なぜ医者になりたいのか、という根本が揺らいでいる感じがする。せっかくBlogをつけているのだから、この際読み返してみた。医学部に決めたしっかり考えている自分がそこにはいた。正直、前の仕事を続けていれば、と思うこともあるけど、それでは未来がない。あのときにしっかりそう感じたから、この道を選んだんだ。時々、読み返してみよう。ただ書き散らしているだけだったら、時間の無駄だし。
2005年09月28日
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予備校って、祝日も営業してるのね。こないだの敬老の日は授業お休みだったけど、今日は授業あり。ついでに言うと、体育の日も授業あり。おとといまで、知らなかった。仕方ないので、行きましたよ。本当は休みの日は子供の面倒を見る時間を取りたいのだけれど、まあ、しょうがないさ。英語長文と古文と生物。合間に数学の自習。受験生って、大変なんだな。私は半エスカレーターで大学に行ったから知らなかったけど、私の世代は第二次ベビーブームだから、今よりもっと大変だったんだろうな。あの頃のクラスメイトたち、若いときにしっかり勉強していたんだな。遅ればせながら、頑張らしていただきますよ、あの頃のみんな。
2005年09月23日
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昨日、昔大規模プロジェクトを一緒にやったメンバーを中心にして、送別会を開いてもらった。前回の送別会で無茶飲みしてひどい目にあったので、今回は抑え目に行くつもりだったのだが、やっぱり少し飲みすぎてしまった。まあ、今日に残っていないので、前回よりはましだけれど。久しぶりに顔を合わせる人が多かったので、懐かしい話や近況などを語り合って、結構盛り上がった。当時はみな独身で、私が先陣を切って結婚したのだけれど、今はかなりの人が結婚していて、子供も持っていて。時の流れを感じてしまう。あの頃はがむしゃらに仕事に打ち込んでいたな。もう送別会もこれで打ち止め。あとは会社関係は提出書類が少々残っているだけで、こうして感慨にふけるようなことはないだろう。これでもう本当に、ただの一予備校生になった。帰り際、みんなと握手した。皆私なら大学に合格できると思っている口ぶりで応援してくれた。現実は厳しいんだけど、私にはその力があるのかもしれない、とちょっと思わせてもらえた。あとは新しい人生を突き進むだけ。
2005年09月03日
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退職者説明会、というのに出席した。退職するに当たって、いろいろ提出しなきゃならない書類を書いたり、会社から貸与されているものを返却したり、今後のことを説明されたり。スーツを着込んで、ネクタイを締めて出席した。これでしばらくビジネススタイルとはおさらばだ。もしかしたら永遠に。なんとなく記念に残したくなったので、写真を妻に撮ってもらった。明日は会社には行かない。つまり今日で会社との直接のつながりは実質的に切れた。なんか、ひとつよりどころがなくなったようで、不安定な気持ちがする。もう、給料をくれるところはない。自分で引き寄せない限り。それでも息子は成長するし、妻だって生きていく。でもまあ、プレッシャーはほどほどに、目の前のことをこなしていこう。あまり気負いすぎてもいいことはない。Relax, and do my best!
2005年08月30日
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二日酔いだ。胃が重い。昨日、長らく常駐してきたお客様の人たちと飲んだ。私の送別会だ。普段はビールとウィスキーしか飲まないようにしているのだが、昨日は芋焼酎なんかも飲んでしまい、今日まで残ってしまった。お客様にはプロジェクトの途中で抜けてしまった関係で、少なからず迷惑をかけていたのだが、そんなことはおくびにも出さず、むしろ長い間本当にありがとう、とお礼を言われてしまった。正直、自分のやってきたことが認められるのは、うれしい。花束をもらった。仕事自体はもう辞めたも同然で、後は手続きだけなのだが、こうして送別会なんかをやってもらうと、今が人生の区切りなんだ、と実感する。来週、今度は昔一緒に大規模プロジェクトをやったメンバーが送別会を開いてくれる。これで区切りはたぶんおしまい。もう振り返ることもないのだろう。でも、きっちり結果を出したときには、この人たちのことを思い出して、メールの一通も出そうか、とも思う。人生のある期間を共に戦ってきた人たちなのだから。
2005年08月26日
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昨日、退職願を課長に提出してきた。もう退職についての話は十分していたので、課長との話は雑談程度。特に何もなく終わった。その後、何人かお世話になった人に挨拶をして、会社を後にした。後は、長い間お世話になっていたお客さんのところに挨拶(飲み会?)に行くのと、退職者説明会といって、いろいろ手続き関係のこととかを説明される会に出席するくらい。これで、10年弱勤めた会社ともお別れ。あっけないといえば、あっけない。まあしかし、それまでにずいぶんいろいろ思い悩み、いろいろな人に相談した上での結果なのだから、そんなものなのかもしれない。会社の同期、先輩、一緒に仕事をした人たちにメールを出した。多少は返事が返ってくるのかな?そういえば、何通か「退職しますメール」を受け取ったけれど、自分では返事を出したことがなかった。今考えると申し訳ないことをしたな、とも思う。もう後戻りは出来ない。
2005年08月13日
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会社の同期の連中が、私が辞めることを肴に飲もうという話になって、飲んできた。いつもは飲んでいる薬のこともあるので、かなりセーブして飲むのだけれど、今日はつぶれる寸前まで飲んでしまった。実のところ、同期はかなりの数辞めている。いろんな理由で、いろんな仕事をしている。でも、新卒から10年近く勤め上げた会社の同期というのは、それなりにつながりを持っているもので、一緒にいるとそれだけで落ち着く。心が和む。受験勉強の話とか、みんなの近況とか、あとは他愛のない話とか。気がつくと5時間ぐらい飲んでいた。終電を逃したやつもいるんじゃないかなぁ。こうしてまたひとつ、会社を辞める区切りの儀式が終わった、ともいえるのかもしれない。まだいくつか区切りの儀式はあるのだけれど、だんだん自分がもうこの会社の人間ではないことが実感させられてきた。働いている連中の仕事の話なんか聞くと、遠い世界の話のような気がしてきた。さて、今は二日酔いと格闘中だ。勝つぞ。
2005年08月09日
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今、Microsoft Tech Ed 2005という催しに来ている。Microsoftが主催している、技術情報の展示やセッション、研修などを行う大々的な催しだ。私はMicrosoftの技術資格を保持しているので、まだ進路を決めていなかった頃に申し込んだら、無料で招待されることになったのだ。医学部受験を決めた今となっては、正直、あまり意味のある催しではないだろう。どうせここで身につけた知識が生かされることはないのだし、何より受験生の身、時間の無駄である。しかし、IT業界に9年間身をおいた者として、IT業界に別れを告げる区切りとして、参加することに決めた。開催期間は今日2日から5日までの4日間だが、参加するのは今日だけ。話を聞いていると、すごく懐かしく感じる。遠い昔に学んだ知識を思い起こさせてくれる。不思議な気持ちだ。少し、悲しくもなった。この業界にいれば、まだまだ一線級なのに、とちょっと後悔めいた気持ちにもなる。一つ一つ、区切りをつけていく。9年間いた場所と別れるには、気持ちの整理をつけるためにも意味のある行為だと思っている。でも、受験勉強もしなくちゃ。今からちょっと抜け出して、数学を進めよう。
2005年08月02日
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今日、会社の上司に退職する旨、報告をしに行った。「結論から言います。引退することに決めました。」と切り出すと、「そうだろうな、と思ってた」と返されました。今年度末の受験、来年度中頃の学士編入、来年度末の受験の3回のチャンスで国公立の医学部を目指すつもりであること、それに失敗したら、生豆焙煎のコーヒー豆屋さんを開こうと思っていること。蓄えはそれなりにあること、生活は多少切り詰めれば何とかなるであろうこと、今の仕事は自分の得意なことではあるけれども、自分の好きなこと、自分の価値観にマッチしたものではないことに気づいたこと、生来が勉強好きで、自分の技術で自分の将来を築きたいこと、今の仕事はスペシャリストとして自分の技術で将来を築くには不安が多いこと、子供の発達障害に興味があり、小児精神科のようなことをやりたいこと、テストは昔から得意だったし、資格試験もあれだけ取ったんだから、受験には向いているのではないかと思ったこと、いろいろなことを話した。上司は、それだけ考えているのであれば、俺は賛成する、とおっしゃってくださった。ただ、ちょっと意外な展開だった、とも付け加えて。退職の手続きの用紙一式を受け取った。もう後は振り返らない。これからはとりあえずの一歩として、受験生として難関の国公立医大受験を目指すだけだ。道は決まった。後は進むだけだ。進めばいろいろなことが起こるだろう。でも突き進んで、新たな大きなキャリアの流れに身を任せるステップに入ったのだ。
2005年07月28日
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この一ヶ月、今までのキャリア、今後のキャリアについてずいぶんといろいろ考えた。おそらく、生まれて初めてだろう。自分のことについてこんなに考えたのは。医師への道を目指すことに決めた。家族には金銭的にも精神的にも負担をかけることになろう。医師がいくら給料がいいといっても、6年間+αの空白期間をまともに働いた場合に比べれば、生涯収入では劣る可能性も高い。今まで積み上げてきたITエンジニアとしてのキャリアも、かなり(ほとんど?)の部分、無駄になる。やり直すには遅すぎることはない、なんてよく聞かれるセリフだが、正直遅すぎるといわれて、反論することは難しい。でも、・自分の得意なことは何だろう?・自分の好きなことは何だろう?・自分が達成感を得られることは何だろう?・自分の価値観に見合ったことは何だろう?自分で自分を問い詰めると、今の仕事はただ「得意なだけ」でしかない。しかも、10年後、20年後の自分を想像すると、惨めな姿しか思い浮かばない。であれば、やり直すべきだ。今まで積み上げてきたものを一旦放り投げてでも。自分には多少の財産も、健康な肉体も、結構よく働く頭もある。つまり、挑戦権はあるのだ。なにより、自分の持てる知識を磨き、未知なる世界を求め、それにより目の前にいる困った人の力になれるというのは、自分の価値観にしっかりマッチしている。挑戦してやる。
2005年07月27日
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高校時代の同級生6人+恩師2人で、飲んできた。小さな同窓会だ。別に普段から付き合っている友達というわけではないので、みな懐かしい顔。自分の店を持ったやつ、親の工場を継いだやつ、会社勤めのやつ、失業中のやつ。いろいろな人生を、それぞれ歩んでいる。先生の一人に、医学部へ進もうかと考えている、発達障害を扱いたい、という話をしたら、大いに励まされた。賛成してくれた。妻、親、友人、カウンセラー、高校時代の恩師。みな、私の無茶な人生設計に賛成してくれている。そろそろ人生の折り返し地点に差し掛かろうとしているときに、10代の連中と共に学ぼうとしている、というのに、賛成してくれている。後は自分が腹をくくるだけだ。こんな生き方にチャレンジできるのも、さまざまな人のさまざまなバックアップがあってのことだし、それには素直に感謝したい。また、この年になって「大学受験、受かるような気がする」と思える脳みそをくれた親には特に感謝したい。この期に及んで、まだうじうじと考えている自分がいる。でも、大体腹は決まった。
2005年07月19日
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先日、カウンセラーに勧められて、「働くひとのためのキャリア・デザイン」金井 壽宏 著 PHP新書という本を読んだ。その中で、まず自己イメージをチェックする、という項目があって、3つの質問--引用開始--1. 自分は何が得意か2. 自分はいったい何をやりたいのか3. どのようなことをやっている自分なら、意味を感じ、社会に役立っていると実感できるのか--引用終了--に答えることを求められている部分がある。私の場合を、きちんと整理しておこう。○ 自分は何が得意?コンピュータの扱い。雑学。勉強も得意分野かな。子供と動物の扱い。論理的思考。パズル。好きなことに対する集中力。人の悩みを聞くこと?○ 自分は何をやりたい?人の役に立ちたい、というか、自分のアシストで人が喜んだり、助かったりする姿を見たい。知らない世界(地理的なものも、学問的なものも両方)を知りたい。○ どのようなことをやっている自分なら、意味を感じ、社会に役立っていると実感できる?多くの困っている人を助けている自分。人に喜びを与えている自分。・・・こんな感じかな?
2005年07月15日
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子供のころ、私はまったく片づけができず、授業中じっとしていられず、いつもちょっとはみだしては、いじめられる存在だった。発達障害の一種で、ADHD(注意欠陥・多動性障害)ってのがあるのだが、それの軽い状態だったのかもしれない。今でも片付けはできない。段取り付けて優先順位を付けて、っていうのも苦手。会議なんかでも、30分を超えると席を立ちたくなる。(そういえば、会議のときしょっちゅうトイレに逃げてたな・・・。)今の仕事を辞めて、医者になりたい。医者になって、発達障害の子供たちの力になってあげたい。障害自体は直せなくても、うまく付き合っていく術を少しでも多くの子供と、その子を育てている親に伝えていきたい。なりたい、とは思ってはみたものの、常識で考えれば、妻子もちのいい年した人間が、いまさら大学に6年通って、研修医を2年勤めて、なんてことは、誰もが反対すると思っていた。しかし、周りの人間がみな、賛成してくれている。自分の親にも大賛成された。今ならまだ間に合う、って言ってくれた。大学受験、してみようかな?こう見えても、結構頭の性能には自信があるんだぜ。おっちゃん、いまどきの若いもんにはまだまだまけないぜ。
2005年07月13日
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今の今まで、流されっぱなしの人生を送ってきた。親と塾の先生に勧められるがまま、中高一貫+大学推薦つきの中学に入学。そのまま大学まで流れて。理数系のほうが好きだったから、理数系を選んだ。大学では適当に過ごして、適当すぎて1年留年して、卒業。留年したくせに大学院受験を目指して、あえなく頓挫。先生に勧められるがままに、今の会社一社だけを受けて、入社。入社してからも、特に主張することもなく、だらだらと9年。仕事はそつなくこなしていたけれど、ふと振り返ると何も自分で決めてない人生。このまま40,50歳を迎えたときどうなるんだろう?それを考え出したころから、心の調子がおかしくなった。むきになって資格取得を繰り返したこともあった。でも、不安感はぬぐえない。たまたま、地獄のようなスケジュールのプロジェクトに組み込まれて、心が限界信号を発した。5月から仕事を休んで、今に至っている。今の仕事は、やめようと思っている。これからの長い人生の方向を決めるときが、やってきた、そう考えている。どうなるのかはまだわからない、けどじっくり考えて、いろんな人の話を聞いて、生まれて初めて自分の人生の方向を定めようと思っている。そして、それにかけてみようと思う。
2005年07月10日
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少し前、某大手ポータルサイトからたどって、求人紹介会社に登録した。今日、面接を受けてきた。一時間半くらいの面接時間で、いろいろなことがわかった。年齢がリミットに近いこと。IT関連はやはり無茶な仕事ぶりの会社が多いこと。会社が見つかっても、就職までにはそれなりにハードルがあり、時間も結構かかる(一月くらい)こと。脱サラして、生豆焙煎の豆屋をやろうか?発達障害を診られる精神科医になろうか?なんていう、先方にしてみれば一銭にもならない話にも、結構親身になって話に乗ってくれた。先方には、50歳くらいになったときの自分の姿のイメージが描ける職場、ITのスペシャリスト、研究職のような仕事、あるいは講師のような仕事があれば紹介してほしい、と伝えた。さすがに豆屋のフランチャイズの求人は扱っていないだろうし、それは自分で探すこと。とにかく、いま自分の前にはたくさんの道が広がっている。人生で初めての経験だ。どの道が正しいのかなんて、わかりはしない。ただ、立ち止まってじっくり考えて、決めた道をしっかり歩んでいくだけだ。時間はたっぷりありそうで、それでいて限られている。でも、ここであせっても仕方がない。
2005年07月07日
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昔同じ会社の同期だったやつと、久しぶりに会って話をした。数年前に彼は会社を辞めていて、しばらくフリーのプログラマーをやっていたが、今年別の会社に就職した。辞めたことで、視野や人脈が広がったし、人生を客観的に見られるようになった、と言っていた。私は会社の中の一組織の中のそのまた一部分しか知らない。今いる会社自体、私にとっては大海なのだ。振り返れば、これまでの人生、私はいつも流されて生きてきた。他の人にとっては重大なイベント(入試、就職、結婚、出産、・・・)、皆、自分の意思で「こうしよう」と決断して進んできたものではない。立ち止まって見渡そう。今自分がどこにいるのか。どこから来たのか。自分の前には何本の道があるのか。そして、今回だけは自分で道を決めよう。
2005年07月05日
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訳あって、今仕事をしていません。休職中。8月末に休職の期限が切れるんだけど、元の鞘に収まる自信がない。というか、元の職場での自分の将来像を想像できないので、不安がすごく強い。辞める、という手がある。幸い、蓄えもあるし、多少の準備期間はもてる。元の仕事はコンピュータ関係。いわゆるSE。でも、スキルを活かした転職、というのにもまったく食指が動かない。いっそ、何もかもなげうって、ゼロからリセットしてまったく違う分野で働いてみたい。今からじゃ医者にはなれないかなぁ。生豆焙煎のコーヒー豆売りにもあこがれるんだよなぁ。法律関係の仕事なら、不安感が少ないかなぁ。弁理士とか、どうなんだろう。自分はすごく恵まれていると思う。この年になって、将来の夢をあれこれ考えられるのだから。でも、今は雲をつかむような話で、まったく実感がわいてこない。今まで、流されっぱなしの人生で、選択というのをまったくしてこないまま生きてきたから、真剣に、全力で、自分のキャリアを設計するんだ。
2005年07月02日
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