今日は午前中が雨、・・・午後から雪へと変わる模様です。
ナイト・ジュニアの熱は下がったのですが、それでも37度2分・・・今日一日休ませましょう。
夕べ会社から戻ったら、「自分だけのブログが欲しい」なんていうので、作ってやりましたよ。
ナイト・ジュニア・コンボイ 」ってとこだけど・・・・まだ最初の挨拶しか書いてない。
マア、そのうち何か書き始めるでしょう・・・・
さて、昨日の皆さんのコメントに「登場人物が多すぎる」なんて書かれちゃいましてね・・・・いまさら突然消すわけにも行かないので、ちょっと整理しましょうかね。
東海道を駿府に向かって歩いてる水戸黄門の一行は9人(「黄門様」、「助さん」、「格さん」、「飛び猿」、「風車の弥七」、「お純」、幽霊の「お七」に「義経」それに、私「八兵衛」)
あることから武家の親子連れ(斉藤外記、正三郎親子)と知り合いになります。
聞けば、「尾張藩士」で、御家の内紛を、殿様に報告するために来たとか・・・・・
それを襲って「浪人者の一団」があり、それとは別に「公儀隠密」のお志津が来たり・・・・
てんやわんやになるのですが、あるとき、お志津が浪人者たちに誘拐されちゃうんです。
で、幽霊の義経公が、浪人者たちの会話を耳にしたところ、「奥州藤原氏の亡霊」が関係あるって事、「尾張藩の秘宝、お狸様」が「信長と秀吉の霊」を押さえつけているって事、斉藤親子が実は浪人者の仲間であるようなこと、などを話すんですよ。
「黄門様」に報告して、「お志津」を助け出し他あと、今度はお志津からも意外なことが話されて、・・・・それは斉藤親子が実の親子ではなく、息子「正三郎」が・・・・・ってとこで終わってますよね・・・
いいですか?ここまで?
じゃあ続けますよ!
「それじゃあ、いったい正三郎の正体は?」
私は、「ご隠居」に勢い込んで質問しました。
「おそらくは奥州藤原家の末裔・・・・・この連判状の最後に名前の記してある”藤原正衡”という男であろう・・・・・」
「それじゃあ、幽霊は関係ないんですね?ただの末裔・・・・・・」
「いや、あの男は子供のころから、”藤原の天下取り”を叩き込まれているであろうし、さっきの幽霊の催眠術の話を聞けば、どうやら藤原四代の亡霊が取り付いているであろう」
「じゃあ、”お狸様”はどうなってるんです?」
「神奈川の宿で出会ったという”工藤何某”という男から手渡されたもの、おそらくそれがお狸様・・・・」
「信長、秀吉の霊はもう、この世に現れて暴れまわってるってこってすか?」
「それはまだであろう・・・・・尾張から持ち出されたとしても、まだ壊されてはいないはず!」
だんだん、なぞが解けてきましたねえ・・・・・
「皆さん、明日は早出を致しましょう。」
「斉藤親子はどうします?」
「今のところ気づいてはいない様子・・・・そのまま連れとして一緒に行きましょう・・・飛び猿はお志津さんと一緒に別に行動しなさい・・・・そうじゃな、・・・義経さんも一緒のほうがよかろう」
その夜の内に、飛び猿、お志津、義経は旅立ちました。
翌朝、斉藤親子に「急がねば、浪人者にまた襲われる」という理屈をつけて、一緒に旅立ったのは言うまでもありません。
箱根の峠越えには草鞋10足必要だったっていうような話しもあるくらいで、かなりきつい山越えになりましたが何とか、「箱根の関所」までたどり着きました。
「入り鉄砲に出女」ってくらいですから、男は簡単に出られたのですが、「お純」はかなり長い間調べられてました。
先に行った「お志津」も調べられたんでしょうかねえ・・・・・
実は「お志津」達は、関所を通らず「関所破り」をして山越えをしたんですよ。
「箱根の関所」って明治まであったんだそうですけど、実際「関所破り」で死罪になったのは5人ほどだったそうです。
それ以外の「関所破り」は、捕まっても役人の責任となるので、「道に迷った」ということにして軽い刑で済んだって事を聞きました。
じゃあ、なぜ「お純」はそうしなかったのかって?
もちろん、「斉藤親子」をごまかすためですよ。
ナントカ無事関所を通過して、一行は三島の宿に入りました。
この地は北条氏の「山中城」があったことで有名ですけど堅牢な城だったようです。
また、この三島は「三島大社」で有名で・・・・旅の安全を守る神様として有名なんだけど、実は「源頼朝が源氏再興」を祈願したじんじゃなんですよ・・・・・
ここに義経さんがいたら、ずいぶん複雑な思いだったでしょうね・・・・・・・
無理やり「箱根越え」をして疲れたので今日はここで一泊するんですけどね・・・・
今日はちょっと忙しいので・・・このあと続く!
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