「カウンター」の調子がおかしいよね?
記録が下がっちゃってるんだから・・・・この前の「10000人突破!」のときだったら大変!
10000人目が二人になっちゃったら、景品が二重払い!
「楽天広場」!どうしてくれちゃうんだよ~!!!!
でも、いまだに私書箱に、何の連絡もないんですよ・・・・・まだ景品は手元にある・・・・・
さて、昨日は「教育長」との懇談会があって、小中高のかくPTA会長が集まったんだけどね、教育長さんの発言にちょっと変だと思ったから発言したんです。
「もし、いじめとか青少年犯罪の噂でも聞いたら、すぐに学校へ行って校長なり教頭に問いただしてください」
これねえ・・・・逆だと思うんですよ。
私のところにある父兄から、いじめの情報が入ったとします。
「会長、こんないじめ問題があるって知ってるんでしょ?」
私が知ってるならいいんですけど、知らなかった場合、
「ええ?会長にも隠してるんだ!・・・」なんて言われるだけ・・・・
「そんな会長なら要らないでしょうに」、もしくは「PTAなんて学校から信頼されてないんですね」っていわれるのが落ち!
逆に、どんな小さなことでも報告してもらえたら、「もちろん知ってます。学校側ではPTAと連携を図り、速やかに対処してます。」って言えるでしょ?
「うちの学校は報告・連絡・相談がきちんとできてるんだ!」っていう安心感が出てくると思うんですよ。
そのてん、うちの学校はきちんと報告を頂いてますからね、昨日も教育委員会の「指導課長」さんから、
「ナイト会長のところは、650人の児童数なのに、ほとんど問題ないですね」って言われちゃった。
もちろん、皆無というわけには行きませんけど、「小さな芽のうちから摘み取ってしまう」っていうような、対処法が教師にもPTAにも浸透してる結果だと思います。
例を出して言えればいいんだけど、最近「個人情報保護法」なんていうのがあってね、具体的なことを言えないのが残念です。
ひとつだけ言うとね・・・(おいおい!いいのかよ!)
教室で物がなくなったとかしたとき、
「じゃあ、みんな・・・しっかり目を閉じなさい!・・・・・・・そしてやった子は手を上げてください」って言うんですって。
デモね・・・・ほとんど手を上げる子はいないらしい・・・・それでも先生は・・・・
「はいわかった・・・・正直に言える子ってすばらしいよね・・・・いま手をあげた子は、あとでいいからなんでそんなことをしたか、職員室に来て教えてくださいね」って言うんだって。
そうすると、教室で手を上げなかった子でも、「職員室」で、「これこれこういう理由でやっちゃいました」って来てくれるんだそうです。
これが「嘘も方便」って事だと思うんですよ。
あらら、水戸黄門、書く時間が少なくなってきたな・・・・・
「斉藤親子」が逃げ出したとこまででしたよね。
「もうばれちゃいましたか・・・カッカッカッカッ・・・・・」って黄門様が笑っちゃったんだけど、これは、箱根峠で浪人たちが襲ってこなかったから、「斉藤親子が自分達の仕業だとばれた」ってことで逃げ出したからなんですよ。
「頭脳明晰、度胸満点」の黄門様を騙しとおせるもんじゃない・・・・って「にせ親子」が逃げたんですけど・・・・逃げることも、黄門様にはお見通しだったんですね。
そのまま、三島から沼津へと向かいます。
沼津はこの当時から、「伊豆の魚介類を江戸に運ぶ」という港町で、漁船も30艘あったといいますから、漁師町でもあったんですよね。
「鯛やひらめ」なんていうのが採れたそうです。
先を急いで・・・・今度は「原宿」へ向かうんですけどね・・・・狩野川には橋が架かってなかったんで渡し舟に乗ることになります。
船の来るのを待って、茶店でお茶を飲んでますとね・・・・「風車の弥七」と「お純」が現れるんです。
そしらぬふりをして茶店に入いり、小さな声で「ご隠居様」に言ってるのを聞いていますと、
「この先、原、吉原、蒲原辺りまでは順調に旅は続けられそうですが。。。その先由比でちょっとしたことが起こりそうなんです。」
聞いてみますと、浪人者たちがこの「由比宿」にかなりの数、集結しているということ。。。。。
そういえば「由比宿」・・・・・・神奈川宿での事件、覚えていますか?
そそ、あの「浦島太郎の寺」の住職が「由比宿」の出身で、あのときの代官も「由比宿」の役所に勤務してたんですよ。
この町は、「由比正雪」が生まれた町としても有名でね・・・・紺屋の生まれだと聞いてますけど、そのお店が平成の今でもあるんですよね。
その屋号も「正雪紺屋」というらしいんですけど、慶安事件の首謀者のお店がその名前をつけたまま、残ってるっていうのも不思議な話ですよね。
ともかく、渡し舟が来たんで、そのまま原宿・・・吉原宿まで足を伸ばしいます。
原宿は平坦な道のりで14キロほど続きますが、土地が悪く、畑には適さないようで漁業で生計を立てている町なんですけど・・・ここは通り過ぎましょう・・・・
続いて吉原宿・・・・
アア、原宿から吉原宿までの道のりが、実は「富士山」を見るのには最高の場所って言われてることをお伝えしつつも・・・・今日の泊まりは「吉原宿」ときめてました。
吉原は「大津波」がこのあとあって、今歩いてるよりずっと北側に路線変更するんです。
だからここも「左冨士」が有名なんですね。
また後年、水がきれいなことから、ここには製紙工場ができ栄えた町なんです。
さて、今日の泊まりは「吉原」どまり・・・・明日は蒲原とおって由比の町へ入ります。
続く
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