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アレは、今から30数年前になろうかと思います。

私は、「青森国体」に向けての「地下道」の工事に入っていました。

それまで、山の中の現場ばかりで、街中に出てくるっていうことじたいなかなかないことでしたから、ちょっとウキウキ気分・・・

その日も、現場事務所から測量の機材を担いで、40メーターほど離れた地下道工事の現場に向かっていましたが、近くにデパートの女子寮があって、すれ違う人はそこの住人・・・つまり若い女性ばかりでした。

彼女たちが好む男性のタイプは、おそらく白いワイシャツがまぶしくネクタイの似合う公務員とか銀行員・・・・、一部上場企業の俗にいう「サラリーマン」たちだったと思いますが、そんなことはちっとも気になりませんでした。

私はというと、工事現場ですから「作業服の上下」にヘルメット・・・・ネクタイの代わりに白いタオルを首に巻き、足元は、天気もいいのに長靴っていうスタイルですから、若い女の子とどうのこうのなろうなんていう気持ちはサラサラないのですが、「この女性たちと同じ空気を吸ってるんだなあ」って思うだけで、けっこう幸せな気分でした。

工事現場は、JR線の「開かずの踏み切り」の下に地下道を掘り、交通渋滞を緩和しようとする工事でしたから往来する車の合間を縫って、舗道から車道にいったん出なければなりません。

車道に下りた瞬間・・・「危ない!」って声がして、私は腕を引っ張られました。

引っ張られたとき、その方向を見ると「必死な顔をした」赤いメガネフレームの女性が見えましたが、私はというと、背中に担いだ測量の機材でバランスを崩し転んじゃったんです。

転んだとき、ちょうどタイミングよくその女性が測量の機材を掴んでくれましたから、ひっくり返ったのは私だけ・・・・・

「危ないなあ・・・・なんで引っ張るんだよ!」

私は起き上がりながら、ちょっとぶっきらぼうに彼女に話しました。

「あなたこそ、この往来の激しいとこで車道に出るなんて危ないでしょ!」

「あのね!俺、この車道のど真ん中に地下道掘るんで、車道のど真ん中に行かなきゃ仕事にならないんだけど!」

彼女が掴んでくれた「測量の機材」を、乱暴に取り戻しながら文句を言いました。

彼女はようやく、「これから工事を始める建設会社の人・・・・」ってことに気がついたらしく、ちょっと顔を赤くしながら小さな声で「ゴメンなさい」って言ってくれました。

彼女はそのあと、その場をすぐに立ち去り、二度三度振り返りながらぺこりとお辞儀していきましたが、

私の元には彼女がつけていた甘酸っぱい香水の香りが残されました。

ちょっとその香りにひきつけられたのでしょうか・・・・・

測量作業の手元をするために、ちょっと遅れてきた作業員が、

「監督さん。。。ちょっと可愛い子じゃねえか!」

そういってからかいましたが、私はしばらく彼女の後姿を眺めてましたねえ。

その翌日の事です。

「きっと彼女はあの女子寮の住人に違いない」っていう妙な自信があって、昨日と同じ時間にまた、測量の機材を担いで同じ場所に立っていました。

「デパートの社員なら出勤時間は同じ」・・・そういうつもりがあったのかもしれません。

そして、昨日と同じ時間、彼女は同じ「赤いめがねのプラスチックフレーム」を掛けながらやってきました。

「昨日はゴメンなさい」・・・・・そう声を掛けてくれるかな?なんて思いましたけど、彼女は気がついてもいない様子で、私の前を通り過ぎていきましたね。

「マア、そんなもんだろう・・・」

ちょっと残念な気持ちもありましたが、それはそれで、彼女の毎日の通勤を見守るっていうのが、私の楽しみになり、日課になったようです。

日曜日で仕事が休みの日、私は朝から部屋の掃除をして、洗濯をして・・・それで、もうすることがなくなったとき、「あ、洋服でも買ってこなくっちゃな」・・・なんて考えました。

洋服なんか買おうなんて思ってもいません・・・正直なところ、彼女の働いてる姿を見てみたいなあ・・・なんて思っただけだったでしょう・・・だってデパートは日曜日に休みませんから。

「どこの売り場なんだろう?」・・・・そんなことも知らないで、デパートに来てしまいました。

「子供服売り場・・・・・」

何の根拠もなかったんですけど、なんとなく5階の子供服売り場に行ったんです。

「あ、いた!」

ちょうどそのとき、・・・・彼女は3歳くらいの子供を連れた母親の接客をしていて、ちょっと飽きて来ているその子に、洋服を併せているところでした。

「ちょっと雰囲気が違うなあ・・・・あ、赤いめがねがないんだ・・・」

そんなことを思いながら、しばらくの間、その光景を眺めていましたね。

その母親が水色のシャツと半ズボンを買い・・・・帰りしな私の横を通ったとき、彼女は始めて私に気がついたようです。

ちょっとしたためらいがありましたが、私は彼女に近づきました。

「いらっしゃいませ、何かお探しですか?・・・・・男のお子さんですか?」

「いや・・・・ボクの服、探してるんですけど・・・」

彼女は一瞬キョトンとしていましたが、そのあと下を向いてクスクス笑い出したんです。

「なにかおかしい?」

「だってここ、子供服売り場ですよ?」

確かに、私が着るのには小さすぎる洋服ばかりでした。

「今日はメガネしてないんだね」

私は彼女が私のことを思い出してくれているのかもしれないのに、思い切ってそう切り出したんですよ。

「だって、子供服売り場だと、メガネってきつく見えるから・・・ここではコンタクトしてるんです。」

それから、

「今日はカジュアルなかっこうしてるんですね」って言ってくれました。

「あれ?だれだかわかるの?」

「ええ。毎朝会ってるんだもの・・・わかりますよ!」

今は仕事中だからお話できないっていわれて・・・・・その夜、7時半にデパートの裏の喫茶店で会う約束ができました。

その時間が来るまで待ち遠しかったなあ・・・・・

それまで本屋で立ち読みをし、前から見ようと思ってた映画なのに気もそぞろに見たりしながら、ずっとその時間を待ちました。

約束は7時半なのに、私は7時前からその喫茶店で待ちました。

彼女が到着したのは8時ちょっとすぎ・・・・・・喫茶店においてあった週刊誌も2回読み返したあとでした。

「ゴメンなさい・・・・メーカーから電話が入って・・・・」

本当にすまなそうな顔をしながら喫茶店に入ってきた彼女は、赤いめがねをかけていました。

つづく






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Last updated  2017.04.14 05:00:05
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