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5月の初め頃、肉を食べながら友人(日本人)たちと飲み会をしました。くだらん事を色々話しているんですが、基本的にブラジル好きな奴らなので自然と話題は結婚の話へ。解説。ブラジル好き→ずっと住みたいという願望→でも永住権ってどうやって取るの?という流れなんですが、ブラジルで子供が生まれればその子供はブラジル国籍。養育の義務が発生するので、自動的に夫婦に永住権が与えられるわけです。事実「契約結婚」もあるとかないとか。「子供の名前はいかがしたものか」「私、もう考えてるで!」「ほう」「男なら『翔』『和風』『マコ』とか…」「君、絶対元ヤンでしょ」「『風』って字は入れたい」「じゃあ『風太郎』ってどうよ」「なんか『プー太郎』ってあだ名つけられそうでいやだ…」「ブラジルにも日本にも通用する名前がいいな」「名前の最後に『nho』って付けたらどうか。カズキ、ならカジーニョ」「それじゃ本名があだ名扱いじゃん」「じゃあ無理に自然な感じにせず、両方の個性を際立たせるようなものに」「うーん」「うーん」 ・ ・ ・「『オパ郎』はどうだ」全員「それだ!」かくして僕の子供の名前はオパ郎に決定したというお話。とっぴんぱらりのぷう。
2005年07月28日
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朝イチ、編集部に電話がありました。紙面を組んでたおじいさん、急死との事。会社を愛し、残業を進んでやるような人。僕がブラジルに来てすぐに親しくなり、よく一緒に酒を飲んでました。月曜は出社していたらしいが、僕が風邪で欠勤。火曜に遅刻連絡、結局出社せず。水曜、入院したとの情報。木曜、連絡とれず。金曜、朝方に急死。とりあえず現在、夜の10時。オフィスに忍び込み、彼の席でウイスキーをあおる。何かのマンガでやってた弔い方だけど、あの人と僕にはこれが似合う気がします。ゆっくり休んでくれい。そういやブラジルに来てから、プロの旅人の人とよく話すんですが、「大学在学中に旅に出たんだけどね。帰って留年しちゃったんを機に、もういいや、って」「あ、君と俺、同じ大学じゃん」「まぁ人生分からんよね。これから先、定住できんのかなぁ俺」うーむ洒落にならん。
2005年07月24日
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最近、サンパウロ新聞に「新人記者日記」ってのが載りだしました。まぁ記事が無い時の代原みたいなもんなんですが、僕オパ太郎がボチボチと書いてたりします。しかしアレだ。なんで「日記」なのに、一日分の紙面で三日分の日記を載せるのか。具体的には、 ×月×日 先日、所用が重なってシャワーを浴びる事なく、前日と同じ服で出勤してしまった。それを発見した友人連中、私がシャワーを浴びていないと知るや鼻をつまみ「何考えてるの」「人間性を疑う」と罵詈雑言。さらには「ブラジルではそういう行動をするかしないかで人を評価するから気をつけろ」と真面目な顔して説教される始末。その友人連中も日本から来たばかりなので、私は「ブラジルでは」なんて、よくも堂々と言えるなぁと思いながら聞いていた。しかし実際、どうなのだろうか。ブラジルはおおらかな国と聞いていたが、結構そのあたりは厳しい国なのかもしれない。今度から原稿を落とそうとも最低限シャワーは浴びる所存だ。 ×月×日 ブラジルの街では野良犬をよく見かける。日本で犬と言えば電柱に小便をひっかけるものと相場が決まっているのだが、この国の犬はその点、なかなか行儀がよろしいと思う。その代わりの特徴はと言えば、死んだように地面に寝っ転がるあたりだろうか。人が近寄ってもぴくりとも動かず、風景とただ同化するのみである。日本は公衆衛生とやらにうるさく、保健所が積極的に捕まえにくる。呑気に寝ていたら命が危ないので、日本の野良犬はいつもトコトコ歩いているのだ。犬には強盗も関係ないので、この国は日本より格段に暮らしやすいのではないか。そんな事を考えて犬を見ている。 ×月×日 日本祭りに行ってきた。ジャバクアラに着くが、無料バスは大混雑。仕方ないので徒歩で現地に行くが、ここでも大混雑。よくここまで集めたものだと運営サイドに心の中で拍手を送った。それはさておき今回のテーマは「アニメと漫画」だったようだが、ただの客寄せではなかったのかと疑問が残る。ブースを覗いたが、パネル展示とアニメ上映では元々好きな人間でなくては何が何やら分かるまい。せめて説明文を用意し、日本文化とアニメの関係の解説ぐらいは必要だったのでは。しかもANIMEだけならともかく「HENTAI」(猥褻なアニメ)まで展示していたのはびっくり。アニメっぽい絵なら何でも良いのだろうか?これだけで一日分。こんな毒にも薬にもならん文章を載せるあたり、なかなかおおらかな新聞だと思うけどそれはまた別の話。…ホント、そんなに書けませんから!これの他にまだまだ記事は書かなきゃならないんですが、他の記事は書くべきものが決まってるだけ気楽。テーマ自由で一日三本って…。うーん鍛えられる。
2005年07月21日
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もう無理にブラジルブラジルするのはやめにして、以後フリーダムでつらつらと書くとプレッシャーが少なくなっていいかもしんない。リベルタドーレス杯は南米一のクラブを決める大会なんだけど、こないだそれの決勝がありまして。Ave.Paulistaという大通りまで地下鉄に乗ってえっちらおっちら行ってきました。もうね、メトロの車内からしてすでにヤバいさらにヤバいバリヤバ。FCサンパウロの熱狂的なサポーター達が電車の中でモッシュ!ここはSlipknotかSUM41のライブ会場ですか?でも一緒になってモッシュ。壁や天井もグーで叩く。応援歌は知りません!最初はビル壁面にある大型ビジョンでやるものだと思ってたんですが、放映せず。で、何千人ものサポーターがバールの家庭用テレビに押しかけやがります。狭い店内なのに観客はウン千人単位。死ぬ死ぬ。得点が入れば肩を組みあってまたモッシュ&ダイブ!「カンピオーン!(champion)」頭から赤ワインかけられたりしながらハーフタイム。元々は車道なので、気がつくと群集をかきわけ車が通ってきます。「今日みたいな日にでかいツラして車乗るんじゃねえ!」そう言ったかどうかは知りませんが、車に押し寄せるパウリスタ。殴る殴る。まるでスト2のボーナスゲーム。わずかな時間に車ボコボコ、フロントガラスはヒビで真っ白に。絶え間なくあがる花火バクチク、公衆電話のカバーをひっぺがして太鼓代わりに。そこかしこに立ち上るマリファナの匂い、盾を構えた機動隊。結果は4対0でFCサンパウロの優勝ですた。僕は優勝が決まったあたりで怖くなって帰りましたが、勝利の宴は朝方まで続き、翌日の交通機能をマヒさせたそうです。銀行のガラスも全部割れてたしなぁ。駅の看板すら消えてたし。帰ってから、近所のバールの親父に「Ave.Paulista行ってきたよ」って言ったら「ユーアークレイジー」って言われた。僕もそう思う。こういう口調は書いててとても楽だなァ。
2005年07月19日
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ほんと、すごく久しぶりの更新。あまり更新しなかったので、自分の口調を忘れてます。そういや一人称って「僕」を使ってたよね?みたいなみたいな。更新できなかった理由は…まぁ基本的には仕事が忙しかったとです。この一週間ほど、色んな事がありました…。実は8日から新人の記者が入ってきて、さらに寮に同居してたり。さらに毎晩毎晩、彼の生活用品の買い物に付き合わされたり。日本語センターってとこで現役女子高生日本語教師の密着取材してたり。リベルタドーレス杯の決勝戦を見に行って、暴徒化したり。「日本祭り」という祭りに参加して恥ずかしいデザインのTシャツ買ったり。誕生日が来たり。…。誕生日を祝ってもらえるメドが立たんとです。orzあ、一人だけいたっけ。某日系ホテルでギャルソンしてる兄ちゃん。「女の子からクッキーもらったんだけど、俺クッキー嫌いなんだよなぁ。あ、明日誕生日だよね?あげるわ。パラベン~(おめでとー)」orzなんだかもう、くじけそうな気分。
2005年07月19日
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ただいま帰りました♪しばらく沈黙していたので、「おいおい、ついにネタ切れかよ」と思われてたと思いますが、今週も無事に取材を済ませてきました。今回はグァタパラ移住地。昨年9月に小泉首相がヘリで降り立ち、「感動した!」と言ったとこです。で、今回は首相来伯(ブラジルは伯剌西爾と書く)の記念碑がついに完成したというのでいざ取材に行ってきました。さすが小泉関係のイベントとあって、今回は気合が入っています。ありとあらゆる日系団体の代表クラスがぞろぞろと出席。ぞろぞろと…挨拶を……長ぇよ!ヽ(`Д´)ノ 式典の出席者が例年の7、8倍はいるので挨拶にかかる時間もそれに比例。こっちは記事にしなきゃいかん手前聞いておかねばならんので、イライラもあってタバコの減りが激しかったです。で、なんだかんだでついに記念碑の除幕。高さ3.7メートル、黒御影石製の立派なシロモノ。「では会長、どうぞ!」するりするりとカバーが剥がされたそこには…「感動 小泉純一郎」・・・また「感動」かよ!ヽ(`Д´)ノ 決め台詞ですね、ほんと。「月に代わっておしおきよ」「同情するなら金をくれ!」「お前はもう死んでいる」これらと同レベルかそれ以上に使用頻度は高いのでは?日系の人は喜んでましたが、小泉首相を知る日本人は何やら複雑な表情でした。あ、ついでに日本語学校も取材したんですが、太鼓を叩いていたさちえちゃん(14)がすごく可愛かったです。ねこみみやメガネに次ぐ「萌え」の要素として、「ハチマキ」という新たな地平を開拓した気分。オススメ。超オススメ。
2005年07月11日
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最近仕事が凄く忙しくなってきて、ブログ更新も身を削る思いのオパ太郎ですこんにちは。さて突如トップに現れた謎の団体へのリンクですが、ちょっと解説します。「あしなが育英会」という団体を知っていますか?親を亡くした遺児のための奨学金事業で有名な団体ですが、上の「神戸の学生寮」というのは阪神大震災で親を亡くした子供たちのための心のケア施設「レインボーハウス」に併設している、奨学生のための学生寮です。さてウガンダという国ですが、実はエイズが蔓延しているんですね。村民の半分がエイズ感染者という村も存在するそうです。当然親をエイズで亡くしてしまう子供も多く、そこであしなが育英会はウガンダに「ウガンダレインボーハウス」を建設し、エイズ遺児の心のケアを行う事にしました。そして数名の学生を派遣し、実地でのケアプログラムの開拓を行いました。我が学生寮からは二人の学生が派遣され、そのうちの一人が上で名前を揚げた北田さん。で、彼は現地で活動をする過程で親を亡くした上に心臓病の少女と出会い、何かできぬものかと支援を募ってるという次第です。まぁ身内から見ても、大切な連絡事項(支援先など)のログが流れてしまっていたり、200万円の根拠、治療計画などが記されていないため用途が不透明など、不備は多々あるんですが…。最近の更新は大学一年生の日記みたいになってるし。結構な数の指摘メールをびゅんびゅん送りました(笑)僕があしなが学生募金事務局の神戸支部長として活動していた頃、よく「遺児だけじゃなく、他にも困ってる人がいるじゃないか」って言われました。でも、縁があって遺児と関わり、現状を知るとやっぱり動かなきゃいけない。これは偽善じゃないか、そう躊躇してたら何もできない。これからしばらく、僕も地球の裏側から神戸の状況を見守っていこうと思います。できたらこれを読んでくれた皆さんも、彼らの活動を知ってくれればと思います。・・・それにしてもそろそろコルコバードの写真とかアップしないと、ここがブラジルブログという事を自分でも忘れそうです。
2005年07月07日
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振られたネタは返すのがオパ太郎の基本方針でありますので、Chizurinさんとjoy*さんのサイトにあったMusical Baton、チャレンジしてみたいと思います。最初はオランダから始まったんだとか。すごいな。Q1:Total volume of music on my computer:えーと…アルバムが200枚くらい入ってたはず(パソは日本に置いてきた)だから…一枚40メガと仮定して、8ギガぐらいのはず。ACIDMAN、Spitz、GRAPEVINE、NUMBER GIRLはコンプ。あとマイケルジャクソンも。洋楽パンクロック系はコンピ盤をよく借りて聞いてますた。Q2:The last CD I bought:うーん、今のところCDプレーヤーが無いから買うに買えない…。最後に買ったのはきっとスピッツで『スーベニア』。Q3:Song playing right now:クラブミュージックが嫌でも耳に入る今日この頃。バールでひっそり奏でるクラシックギターもお気に入りです。Q4:Five songs I listen to a lot, or that mean a lot to me:・星になれたら/Mr.Childrenオパ太郎のテーマソング。この歌の歌詞のような心でいれたらカッコいいと思う。「こっそり出てゆくよ だけど負け犬じゃない」・佳代/GOING STEADY同じ名前の彼女がいました。別れたあと、一年くらい引きずりました。その時の自分のテーマソング。「佳代、佳代、佳代 あああああああ」・omoide in my head/NUMBER GIRLすごく好きな一曲。共感できるというか何というか。焦燥感がなんか、もう、たまらん。「ああ制服の少女よ 気が狂いそうな青空と朝日のせいで白く眩しい」・ZEGEN VS UNDERCOVER/NUMBER GIRLまたナンバーガール。街を歩いてる時によく口ずさんでる。聞くとニヒリズムに陥りそうになる、けど魅力的。「オレもまた この風景の中に消えてゆくのだろうか」・時計台の鐘/天野月子天野月子は最近のイチオシ。というか邦楽女性ボーカルでまともに聴くのはこの人だけです。その中でもこの曲はサラリとした雰囲気が好き。「止まってしまえ時計台 八時を告げる間に」Q5:Five people to whom I'm passing the baton:これを読んだ人にバトンをタッチ。というかこのブログを定期的に見てくれている人、5人もいるのだろうか?※「あ、俺見てる」って人はぜひコメントを。
2005年07月05日
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ただいま旅から帰りました!とりあえず疲れました。ぐったりしてます。最初はちょっとリオに行ってコルコバードに登って、みたいな程度のモンだと思ってたんですよ。まさか1200キロの旅になるとは…サンパウロ→リオデジャネイロ→ベロ・オリゾンテ→サンパウロという、ブラジル三大都市トライアングルコース。異常に元気なおじいさんおばあさんの中に混じり、腹に酒を流し込む3日間。一回じゃ書ききれないほどネタに溢れた旅である事と、本業の記事作成の締め切りが迫ってるため(けっこう深刻)、またボチボチ小出しにして書いていこうかと思います。といっても土曜日になったら今度は往復560キロのグァタパラ取材ですが。今日は本業で死にそうなので詳しくはまた明日以降書きます…。あと、バナジウム天然水さん復活おめでとうございます。風邪も治してね☆
2005年07月04日
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