型をこよなく重んじるも、嵌ることをめっぽう嫌がる作曲家の日記

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2020.05.21
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カテゴリ: 今だから
2月から新型コロナウイルスのことばかり書いていますが、
これまで考えてきたことや頑張ってきたことの変更を余儀なくされる、
例えば音楽の受け入れられ方やその広まり方が変わることで、
音楽の価値そのものが変わってしまうようなことが起こりそうです。

これまでもウイルスそのものよりも不安が感染してしまっていると書きました。
明治や大正時代にコレラが度々流行した時と今が似ていると言う記事があります。
この不安の感染は、
『健康を侵されることを恐れた人々が、患者に危害を加え、差別や暴動に至った経緯がある。
普段であれば理性的に対応できる人も、どんどん追い詰められていく』
また、明治や大正時代にこれらがしばしば流行した時に、
『一般の住宅でも、患者は行政によって有無を言わさず家族と引き離されたといい、
残された家族らが、悲しみと怒りから病院を襲撃する事件が各地で起きた。』

患者と家族との面会が制限されることは現代でも大きな不安要素で、
是が非でも感染させられたくないという想いに至るためです。
そして、有事のようなこの集団ヒステリーをくい止めるためには、
ウイルスが直接の原因ではないことによる犠牲者が出ます。

経済を止めるということはウイルスをくい止める代わりに、
他の犠牲を出すということです。
今更ながらにウイルスの犠牲者よりも自殺者が上回る話が出るようになりました。
本当に怖ろしいのはウイルスよりもむしろ集団ヒステリーだと感じるのです。

このことについて堀江貴文さんは次のように言っています。
「例えば昼間に箱根に遊びにいってどこで感染すんのよ」
「集団ヒステリーだからどうしようもない」
ということなのです。また、
「だから緊急事態宣言なんか必要なかったんだよ、、、
はやく集団ヒステリーから目覚めましょう。。。」
​とも。

一昨日アベノマスクが届きました。
街中で見ている限りアベノマスクをしている人は皆無です。
マスクをしていない人も普通に見受けられます。
マスクがすでに安価で出回っていること、またアベノマスクの配布に時間がかかったこと、
デザインとして受け入れられないなど理由はさまざま考えられますが、
差し迫って必要とされておらず旬を超えてしまった感が否めません。

そこで思ったのは、街中で集団ヒステリーは本当に起こっているのかということです。
感染者数を数人単位でカウントし一喜一憂するのは劇場型で、
緊急事態宣言解除に向けての数的根拠は安心を担保する程度としか言えず、
集団ヒステリーを起こしている専門家の言葉は、
再発の心配で0にするまでいつまで経っても収まらないのです。
しかし、その数人のことの影響で倒産や廃業してしまう企業があるのです。

また、国民皆が感染しないように協力するとはポジティヴに考えられません。
例えば東京1千万人皆が同等に理解できる教育や指導は誰がしてもありえないです。
どうしても自粛要請に応じられない人もたくさんいると思います。
それでも感染者が数人というのは十分に少ない、
何の備えのない無防備な人も感染しないと言えます。

世界ではデモがたくさん発生しています。
「ウイルスはフェイクだ」 ​(アメリカ)
「ウイルスよりも感染拡大防止策のほうが危険」 ​(アメリカ)
規制に抗議するデモ「強制ではなく、自由を求める」 ​(ドイツ)
新型コロナウイルスは国民を統制する目的で政府が仕組んだ陰謀だ ​(オーストラリア)
香港を取り戻せ、革命の時だ ​(香港)

集団ヒステリーが解けなければ理屈上多くのことが元に戻らなくなります。
簡単なことでは今後の外出時にはいつでもマスクの着用が義務付けられるなどです。
マスクはともかくソーシャルディスタンスやフェイスシールドが必要なのでしょうか?

まず人の社会での営みとして握手やスキンシップはできなくなります。
知っている人同士であればテレワークできることもあるかもしれませんが、
初めての人と関わる仕事やその他テレワークしにくい仕事なんて山ほどあります。
オンライン授業などもできることと実習が含まれるとできないことがあり、
相手が複数の場合に一方的に話すことはできても、問いかけることは難しいと思われます。
また、現在の海外から訪日する外国人は99.9%減だそうです。

新しい生活様式とは今までの自由が極端に減る様式です。
残念ながら音楽全般はクオリティが問われるものではなく、
用途やニーズで区分けされるものになりつつあります。
コンサートホールは客席でソーシャルディスタンスを取ると15%で満席となるそうですが、
もちろん入場料収入による採算は合いませんし、全席指定にする必要があります。
そもそも平成以降に造られたホールは観客が15%では残響時間が長すぎて、
演奏された音楽そのものにも影響が出てホールの良さを活かせられません。





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最終更新日  2020.05.21 12:56:32
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