型をこよなく重んじるも、嵌ることをめっぽう嫌がる作曲家の日記

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2021.12.07
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カテゴリ: 作曲家
昔「ちっとも変わらないですね。一貫している。」と言われたことがあり、
その時は誉め言葉として受け取った気がするのですが、
今考えてみると「変わらない」のではなくて「変われない」ことのほうが多く、
数年ぶりに会っても、人は何歳になっても変わらないことがよくわかります。

信念や長所はもちろん変わらないほうがいいのですが、
それ以外にも人にはどうしても変えられないものがたくさんあるようです。
人が変われる機会は環境が変わる時や想定以上の批判を受けた時ですが、
同じ環境でも時と共に取り巻くものが変わっていくので世の中の変化を察することはできます。

結果的には「苦労は買ってでもしろ」という言い伝えのように、
どうしても世界が狭くなって自分の考えていることが全てだと思い込んでしまいます。
世の中は良くも悪くも変わっていますが人は意外と変わっていません。
その最たる例がうまくいっている人、テレビに出てくる人、作曲家かもしれません。


先日、招待を受けた日本人作曲家のオーケストラの演奏会に行きました。
当日受付で座席指定券に変えるシステムで、受け取ったのは何と1階の前から4列目です。
招待客の多いこの手のコンサートではVIPでなければ良い席が当たりません。
綺麗に1席ずつ間隔が空けられ列ごとに交互に割り振られ居心地は悪くありませんでした。

しかし、そこに隣と1席空けられている座席に何と青年が座ってきました。
何ともばつが悪そうな雰囲気だったので、休憩中に話しかけてみました。
楽理科に在籍する学生で、当日券を座席指定して購入したとの話でした。
その日の作曲者の1人に教わったことがあるとのことでした。

なぜ作曲に進まなかったと言えば入試に必要な勉強が好きではなかったからとのこと。
和声学や対位法は奥が深く作曲家必須の勉強とは思えるのですが、
なぜそのルールを守ったうえで深めていかなければならないか、
またそのルールで作られている音楽は日常で聴かれません。

音楽理論を知らなくても作曲はできる、世の中に流れている音楽は即していない、
自分がつくりたい音楽とはかけ離れているなどさまざまな理由で若者は理論を好みません。
しかし、中高年の教員は自分が教わったままの価値観でいることも少なくありません。
演奏においても、音大に入らずこれらの理論と関係なく活動している人が増えています。

コンサートに先立って作曲家によるプレトークがありました。
そこで感じたことはまず皆大学教員であるにも関わらず話が上手ではないことでした。
また、配布された曲目解説と同じことを話していたり具体性や親近感に欠いていました。
他分野の作曲家はもっと饒舌だと思うのですが、何とも残念でした。

どちらかと言えば早く来た内輪のお客への顔見せのような意味に取れました。
4人4曲の作風はそれぞれ異なり、時代様式で言っても90年くらいの差がありました。
ここで聴衆の疑問は、なぜその音や様式で作曲するのかという率直なものでしょう。
感じられることは過去への拘りであって、作曲家自身しかわからない拘りです。

前世紀までの現代の音楽は理論が全てであったのに対して今世紀は覆されました。
新しい音を模索する音楽が減り、もはや好きな音で作る状況になりました。
勿論これまでのしがらみや拘り、変わらないことを美学としているのかもしれません。
また、もはや過ぎ去った音楽を奏法の新しさだけでゴリ押ししているようにも見えます。

デジャヴの音楽で新しさを装っても、これまでの音楽を超えることはできません。
聴衆の求めは巧みさではなく、どれだけの個性がそこにあるのか、世界があるのかです。
そこに新しい時代の「歌」があると言われても聴衆が詰まらないと思えば、
どんなに緊張感を持って歌っても詰まらないことに変わりはありません。



現代音楽とは今だにそんな特殊な世界ですが、講釈は万人が理解できる必要があります。
新しい芸術音楽と言ってもすでに他種の対抗馬がたくさんいることを知るべきです。
自分の環境だけで昔からの拘りを貫くことは世の中のためにはなりません。
それを知ったからこそ自重する人が多いわけで、変えられぬ拘りは即再考するべきです。

時代を読み、周りを見て何をすべきかと考えている人はたくさんいると思われます。
しかし、僅かな中高年の拘りが象徴的に捉えられたり全ての中高年を代表したりします。
例え目に付く中高年が鼻についたとしてももっともっとリスペクトできる人は身近にいます。
今こそ優秀な中高年は自らを語るべきであり、世の中を先導するべきなのだと思います。





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最終更新日  2021.12.07 20:44:53
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